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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第11章 顚末と甘やかな関係
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離宮に来て3週間。

真理の怪我はだいぶ良くなってきたが、アレックスからしてみれば、全く油断できない。


彼女はタフで意外に痛みに鈍感だと言うことに気づいた瞬間から、いっそう過保護に拍車がかかった。真理がいくら大丈夫だと言っても王子にしてみれば、大丈夫じゃないのだ。


肋骨のヒビはとにかく厄介だ。朝、目覚めてベッドから起き上がる時や、寝返りをする時、咳やくしゃみをする時はかなり痛そうで、そのたびにアレックスはいたたまれない。


やっと最近、ソファの背もたれに背を預けたり屈んでも痛みが出なくなった、少しくらい速足で歩いても肋骨に響かないから、と言われても王子は信用できない。


なによりアレックスにとってショックだったのは深いキスが出来ないことだった。


呼吸が苦しくなると真理が痛がるから、品行方正も度を越して、真綿どころか繊細なガラス細工に触れるように、真理を大切に大切に扱いキスすらも我慢して、彼女の怪我が治ることに専念する毎日になっている。


真理を甘やかしたい、癒したい・・・そう思う気持ちは膨らむばかり。


自分のプライベートスペースに他人を入れたがらないアレックスでも、彼女が絡むと人が変わる。


アレックスは呼び寄せた人物が到着したとの知らせを受けると、分かった、と返事をした。


「お客様?」


それまで、アレックスの伸びた赤毛を手櫛で梳き、ルーズに襟足でちょこんとひとまとめに結んであげていた真理が不思議そうに尋ねる。


広い離宮にほぼ二人っきりの生活。

クロードら側近たちも戦後の休暇を与えられ、各々の場所に戻っているから、ノートフォークは最低限の護衛と料理人やハウスメイドしかいない。

彼らも二人の前にはあまり姿を表さないよう、徹底されている。


来客もロナルドだけで、他からの要望は断っているから、誰が来たのだろうと不思議に思ったのだろう。


アレックスの赤毛はくるっとした緩い天然パーマだ。この半年、髪を切る暇がなかったので肩口まで伸びているのを、ずっと無造作にまとめていた。


いかんせん、顔の良い男は何をしても様になるもので、王子の彫りの深いくっきりとした顔つきとその髪型が似合うと、真理はお気に入りだ。


恋人にそんな風に言われれば気分も良くなる。公務に戻るまではこのままでいようと決めて、今は毎日、彼女に髪を結んでもらっていた。自分の髪を愛しい人に毎日手入れしてもらう、という親密な行為にアレックスはご機嫌だ。


真理の柔らかい手が頭から離れるのを惜しく思いながら、彼女の問いに「ああ」と答えると、アレックスは立ち上がり「君も一緒に」と言って真理の手を取った。






「やあ、マダム。今日はわざわざ済まない」


応接室に入ると件の人物と連れの二人は、きっちりと立って恭しく礼をした。

真理が、まぁ!と驚く。


「クリスティアン殿下、こたびの戦争の勝利、おめでとうございます。心よりお慶び申し上げます」


「ありがとう、マダム。わがまま聞いてもらって感謝するよ」


アレックスが労うと、マダム・ミューラー・・・「ザ・グレース」のオーナーデザイナーは、更に膝を深く落として頭を下げた。


真理が不思議そうな顔をして自分を見る顔に、微笑みかえすとアレックスは答えた。


「真理の冬服が足りないだろう。私邸にあるのは春夏物だし。だから、マダムに頼んで持ってきてもらった。それに・・・」


と言って、真理の髪の毛を掬うとキスして指先を包むように握って続ける。


「気分転換に、髪の毛や手脚の肌の手入れをしてもらうと良い、荒れてしまってるから」


実際、真理の髪や肌は長期に渡った戦地取材と過酷な人質生活で傷んでいる。

毎晩、アレックスが真理の手脚や髪の毛にアロマオイルのスウィートオレンジをマッサージしながら塗り込むが、それだけでは物足りなく、服のついでにマダム・ミューラーに相談していたのだ。


もう、と真理が顔を赤らめるのを愛しく見つめる。


「俺は真理の髪の毛、この長さも似合っていて好きだ。初めて会った時はこの位の長さだっただろう。あまり切らないでほしいな」


当然ながら彼女の髪も、取材に出る前に切って肩ぐらいまでだったのが、肩甲骨をかなり過ぎたあたりまで伸びていた。


甘やかさを滲ませた王子の願いに真理は頬を朱に染めたまま頷くと、アレックスは良かった、と言って今度は唇に掠めるようにキスをした。


今のアレックスの辞書には「人目を憚る」という言葉は無い。真理に関して言えば、元々無かったか・・・。


マダム・ミューラーはさすがと言うべきか、王子のタイミングを見計らって真理に声をかけた。


「アメリア様、このたびのこと心よりお見舞い申し上げます。ご無事のお戻り、本当に本当にようございました。今日はお身体に負担をかけないよう、ゆっくりお手入れさせていただきますのでご安心下さいませ」


怪我のことは王室府からのコメントでも発表されているが、念のためアレックスからも伝えてあった。

彼女の身体を労わる言葉がマダム・ミューラーから出た事でアレックスは満足する。


真理はマダム・ミューラーが感極まったような涙声でそう言うのを、嬉しそうな顔で受け止めると「ありがとうございます」と返した。


マダムの連れの二人はザ・グレースのコレクション発表会でスーパモデルを手掛けるヘアアーティストにエスティシャンだ。

アレックスは真理のために一流を、とリクエストするとともに、真理の体調に気をつけて慮れる人物をと、希望していた。


マダムの側に控えている二人を見て大丈夫だろうと判断する。どちらも世界中のブランドで引っ張りだこの人物だ。これなら彼女もリラックスできるはずだ。


「真理はドレッシングルームとメイクルームでやってもらうといい。俺はマダムにここで君の洋服を見せてもらうから」


マダム・ミューラーの後ろには移動式のワードローブにコンテナがこれでもかとたくさん鎮座していた。

そして、裸のトルソーが何体も並んでいる。

何しろ2トントラックで運ばせるほどの量を持ってきてもらったのだ。


真理のために何かを選ぶのは大好きだし幸せだ。ウキウキしながら、さらに付け加えた。


「君の好みからは外さないから、似合うのを俺が選んで良いか」


彼女は迷うような顔を一瞬した。

真理はあまり買い物をしない。質素で堅実な生活を好む。選ぶものは仕事柄、機能的なものばかりだ。

恐らく、アレックスがまた恐ろしいほどの量の洋服や靴やバッグやアクセサリーを買うのではと危惧している顔つきになっている。


むろんアレックスはその気満々だ。

これから色々な場面で必要になるだろう。

だからこそ世界に名だたる一流ブランドのオーナーデザイナーをここまで呼びつけている。

プレタポルテなことが不満なほどだ。普段着だってオートクチュールにしたい。


だけど彼女は観念したように、いいわと答えてくれた。

どうせ、こうなったら言っても無駄だろうと思ったのだろう。


良い傾向だ。この手のことにも慣れてもらわなくてはならない。


恋人の返事にアレックスは笑みを深くすると、今度は耳元に口をつけて、さらに考えていたことをこっそりと囁いた。

その言葉に真理がもっと顔を赤くする。


彼女のそんな様子をクスクス笑いながら見つめると、握っていた真理の手をマダムに引き渡して、アレックスはあの日と同じように告げた。


「うんとキレイにしてくれ、俺の大事な人だから」


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