告白
馬鹿か!馬鹿だ!!馬鹿なんじゃないのかな私はよぉっ!?
こんな汚くて掃除が行き届いていない部屋だよっ!!
そんなの………が、いるに決まってるじゃん!
そんな当然のことをすっぽり頭から抜け落として、なにを悲劇のヒロイン気取った上に『可哀想なエリアちゃんのために頑張ろう』だ。どうして調子に乗って格好つけて自分に酔いながらのんびり景色なんか眺めていやがれるんですかねぇえ?
「いやぁああっ!!!」
この世界に来てすぐに私のやるべきことは1つだったんだ。
それは一刻も早くこの部屋から逃げること。あいつらがいるこの部屋から。同じ空間にいるなんて最悪だ。目が覚めてから今までずっと一緒にいたって気持ち悪過ぎる。そんな私が許せないってか寝てる間もムカデを下敷きにしてたってことなのかエリアちゃんっ!?信じられないっ!!
勢いに任せて部屋の外に飛び出す。
こんなところにいてられるかぁっ!!
「えっ、エリア!?」
「うっぷす」
部屋から出てすぐにぽふんと柔らかな感触にぶつかる。
反動で後ろに転びそうになったところでその感触に支えられる。
「あら、もう起きたのね。でも突然部屋から出てきてどうしたの?」
「うわぁあ離して離してっ!早く逃げないといけないんだからぁ!」
逃げたいのにぶつかった柔らかさにそのまま身体を押さえられて動けない。じたばたするがまったく振りほどけない。離してくれない。
「ちょっとエリア?暴れないの。よしよし。落ち着いて。」
うごうごと更にじたばたとするが逃げられる気配がない。その上無駄な抵抗どころか逆効果で次第にこちらの体力が少なくなっていく。息もしにくくて、視界の端に小さな光がちらつき始める。
「うっ、うっ、うぅ~………むしぃ~」
「むしぃ?……って、虫?」
手足に力が入らなくなり、へたんと垂れた所でなんとか絞り出した声に柔かな感触が答えてくれる。
(って、エルースさん…じゃん)
そこでようやく目の前の人物の正体に気がつく。
きょとんとした顔で私を見つめるその視線に見守られ…
「虫は嫌なのぉ……」
私の世界は暗転した。
◆◇◆◇◆
「ん…」
「起きた?」
「あ……エルース、さん。」
「おはよう、エリア。よく寝てたわね。」
少しだけぼーっとするが手足の感覚は戻っていて動かすくらいならできそうだ。首を動かし、視線をさ迷わせる。
見覚えのある景色だ。
どうやら私は元の布団の上で仰向けに寝ていたようだ。
違うことといえば、横でエルースさんがチクチクと縫い物をしていることか。私が目を覚ましたのに気がつくと手を止めて私の額に乗せる。
「まだちょっと冷たいけど、だいぶ良くなったかしら」
「ん……温かい」
額にじわっと広がる温もりにほっとする。
「私……どうしちゃったんだっけ?」
「虫が出たって大騒ぎした後に気絶しちゃったのよ?覚えてない?」
「虫……っ!?そう、だった……うぐぅ?」
「まだ寝てなきゃダメよ?」
布団の下にいたムカデを思い出し、逃げようとするが額を押さえられていて立ち上がれない。というか、腕も足も少しは動かせるがとても立ち上がれる程の力が入らない。
「やだぁ…むし、来るぅ…」
「心配しなくても布団の下にいた虫ならお母さんがやっつけたわ。」
「え?本当?どうやって?」
「窓からぽいって。」
その言葉に僅かに込めていた力が抜ける。
窓から放ってくれたならすぐには上がってこれないだろう。
「良かった」
ひとまずの危機が去って、胸を撫で下ろす。
寝起きのボケた頭も少し会話をしたらすっきりしてきたし、動揺していた気持ちも収まってきた。一段落したといっていいだろう。
「エリアったら本当に虫が嫌いなのね。」
「そりゃあもう。あのシルエットが特に嫌っ!エルースさんだって虫嫌いじゃないんですか?」
「私?考えた事もないかしら?ふふふ。でも、そうねぇ…確かに気持ち悪いかもしれないわね。」
「でしょ?」
そうでしょ?そうでしょ?
虫なんて気持ち悪くてばっちぃしホントに世界からいなくなったらいいんだよ。
そうでなくたってせめて人様の前に現れないように配慮するとかさ?まったくもう。エルースさんだって気持ち悪いって言ってるんだよ。こんな可愛い人を怖がらせて恥ずかしくないのか?エルースさんみたいに……エルースさんだって……エルース…あれ?
そっと、顔をあげる。
私の頭を撫でる肝心のエルースさんは楽しそうに笑っている。
……あれ?おかしくない?
私、エルースさんを『エルースさん』って呼んだ?呼んでない?え?呼んだ、よね?……あるぇ?これって不味くない。
エルースさん曰く、体温の低いはずの私の身体から冷や汗がどっと沸く。今の今まで私ってば『エリア』ちゃんじゃなくて完っ全に『春菜』として喋ってた。
「ねぇ、エリア?」
「ひゃいっ!?」
動揺しながらもなんとかエリアちゃんとして返事をする。
だけどそれも無駄な事だ。
たぶんエリアちゃんじゃないってバレた。
バレたに違いない。
私、どうなるんだろう。
怒られる?責められる?
もしかしたら、殺されちゃう…とか。
「あの………、その………」
言葉が出てこない。
何か言った方がいいはずだ。
取り繕うにしても、誤魔化すにしても、認めて謝るにしても。
どれにしたって何か喋らないとダメだ。
でも、何をどう説明していいのか分からない。
何を話したらいいのかさっぱり浮かばない。
そんな私を見かねたのかエルースさんが口を開く。
「エリアは辛くなかったかしら?」
「え?」
だけど、その口から出てきた予想外の言葉に私の方が間抜けな声を口から漏らしてしまう。
突然、投げ掛けられた謎の質問にエルースさんの顔を見る。
そっと微笑むような優しい表情のままだ。たぶん私の答えを待ってるんだ。
辛くなかったか?今の状況が?そりゃあ……辛いです。
望んでなんかいないとはいえ、健気な少女の身体に取り憑くように入ってしまい、今、その状況が明るみに出ようとしている。
しかも、それがバレそうになってるのが少女の母親。
その母親本人に問い詰められているこの状況なんか辛い以外の何者でもない。
でも、私だって本当に望んでた訳じゃないんだ。
確かに私自身が死んでしまったことは悲しい。やり直せるなら生き返ってやり直したい。
だけど、エリアちゃんという存在を無くしてまでそうしたいなんて絶対に思わない。この状況は事故で、私の意思は関係ない。
だから、私は悪くない。
だから、そんな怖い顔で問い詰めないで。
(………え?どうしてそんなに優しい顔で笑っていられるの?)
エルースさんの表情は終始変わらない。
温かい微笑みは決して私がエリアちゃんだと疑ってるような顔じゃなかった。
(そういえば、私のことずっと『エリア』って呼んでる)
もしかして、エルースさんってば、まだ私が本当のエリアちゃんじゃないって気がついてない?バレてない?
行ける?これ、行けるんちゃう?
『エリアはお母さんと一緒で楽しいから辛くないよ』
そんな台詞が頭を過る。
エリアちゃんならこう言うはずだ。
どんなに病気で辛くても周りに心配をかけまいと必死だった少女は必ずこう言う。
そうだ。これだ。間違いない。
エリアちゃんになりきれ。なりきるんだ、私!
「すぅ……エリアはお母さんと一緒で楽しいから辛くないよ……って言ったら嘘に…なっちゃう、かもしれない、です。エリアちゃんはエルースさんと一緒にいられる時間が何よりも楽しくて幸せだったけど、できれば、この部屋じゃなくてエルースさんとお父さんとお姉ちゃん達とどこかに出掛けたり、ううん。そうじゃなくても家事を手伝ったり、もっと色んな一緒をしたかったと、思います。だから、辛かったけど……幸せだった。と思います」
―――終わった。
私の二度目の人生もこれで終わりだ。
それでも、取り繕った嘘なんか言えるか。
例え、このままエリアちゃんになりきればやり過ごせたかもしれなくても、それはしちゃいけない気がする。
ここで嘘ついて、この先どうなる。
本当にエリアちゃんの事を可哀想と思うなら、彼女の想いを伝えなくてどうする。
もう、私なんかどうにでもしてくれ。
「そう………そうなのね。やっぱり無理してたのね。もう!子供なんだからもっとわがまま言っても良かったのに。」
ふふふ、と笑うエルースさん。
少し怒った口調だがその顔からマイナスの感情は読み取れない。
「え?他に、えっと…何か」
反応というか、言うことかないの?
怒ってもいいし、泣いてもいいし…私の事を責めてもいいんだよ。
「他?そうねぇ。辛いだけじゃなくて、楽しいこともあったのかしら?」
「あ、えっと楽しいこと…えっと…お姉ちゃんがちょっかい出すのが鬱陶しいけど楽しかったり…お父さんの話が好きだったり、エルースさん…お母さんが側にいるのが心強かった…とか。」
私は記憶の中のエリアちゃんの記憶をぽつりぽつりと語る。
それを楽しそうな顔でエルースさんは聞いている。
その顔からは私を疑うとか責めるとかいう感情がやっぱり読み取れない。まるで、未だに私がエリアちゃんじゃないと分からないかのようだ。だけど、さすがにここまで来てそれはないだろう。
「あの……エルースさん?」
「何かしら?」
「私のことを聞かないんですか?」
お前は誰だ、とか。
どうしてエリアの身体に入っているのかとか。
そんなことをして何をするつもりなのか、とか。
「たくさん聞かせてもらったわ。」
「えっと、そうじゃなくて……私の…」
それはエリアちゃんのことですよね?
そうじゃなくて、私のことは気にならないの?
「そうねぇ。私が聞きたかったエリアのお話は聞かせてもらったから、今度聞かせてもらおうかしら?そろそろご飯の用意しないとカガイ達が帰って来ちゃうし。エリアの分も後で持ってくるから寝て待っててもらえる。」
「あ、えっと……はい。」
エルースさんはそう言い残すと部屋を立ち去っていく。
その後ろ姿を見送る。
まるで狐に摘ままれたような、とはこんな状況をいうのだろうか?それに……
「あれ?えっと……今度?」