トレーニング その後 (トレーニングの意味と店主の責任)
今回少し長いです
トレーニングをしたその日の夜。
俺はタオルと剣を持って、もう一度庭に出た。
そう、手に持ってるのはただの剣。
聖剣サマと違い、俺が造った鉄の剣。
それを昼間の時のように構え、赤猪のイメージを浮かべる。
理想とするのは昼間の再現。
昼間のイメージと同じ速度で赤猪のイメージが突撃してくる。
それを昼間の時のように赤猪の上を跳び超える。が、低い。
身を躱すのが精いっぱいで、受け身をとって着地する。
その間に向きを反転させていたイメージの赤猪が俺に再度突撃してきて、
俺は体勢を整えようとするが間に合わない。
激突、そして暗転。
少し頭痛がする。
イメージの中でとは言え、強いダメージを負ったときはいつもこうなった。
聖剣サマからは「イメージの許容量を超えたから起きる頭痛だよ。要するに考えすぎによる頭痛」と言われたことがある。
タオルで汗を拭って、剣を片付けて庭から店の中へと戻る。
「お疲れ様、どうだった親父?」
「・・・・・・ハァ。見ての通りだよ、なかなか上手くいかないもんだ」
店に入ると、気遣うように聖剣サマが話しかけてきた。
タオルをかごに放り込みながら答える。
「自分の力、聖剣の力無しで、使ったときと同じ動きをするのは無理がないかなって思うんだけどさ」
「聖剣言うなよ。お前を使わず通常の剣だけで、同じ動きができるようになることに意味があるんだよ」
「無理して自分を使わないトレーニングしなくてもいいんじゃない? あるものは使えば」
「いつまでもお前に頼るわけにはいかないだろ。いつかはお前は売れて、客のモノになるんだから」
「そうだけどさ、心配ぐらいさせてくれよ」
聖剣サマは売り物である。
今は売れずに手元に残っているが、いつかは俺の手から離れることを望んでいる。
聖剣サマが、ではない。俺が望んでいるのだ。
いつか来る別れが来た時、聖剣サマがなくて困ることは減らしておくべきだと思う。
「まあ、いつも心配かけてることは、反省しているし感謝もしている」
「うん、どういたしまして」
・・・・・・・言葉にはしないが、聖剣サマはかなり優しい。
もし俺が聖剣サマがなくて困ることを察すれば、この店に残ることを考えてくれるかもしれない。
それではダメだ。
店に聖剣サマが居続けると、聖剣ということがバレて国外追放になるリスクが高まる。
そして、それ以上に思うことがある。
俺はこのお喋りで優しい聖剣サマに外の世界を見て欲しいと思う。
きっとこの聖剣サマは、外の世界に行けば大活躍をすると信じてる。
その旅立ちを少しでもいい客に持って行って欲しいという夢もある。
その夢への足かせに俺はなりたくないという、ただのワガママなんだろう。
「じゃあ、親父? もしかして自分を使うトレーニングってあんまり意味がない? 普通の剣と感覚が狂うから、迷惑だったりするか?」
「そんなことはねぇよ。理想とする動きを1度体験できるってのはトレーニングになるし、お前が居なかったらイメージトレーニングが単調になるだろ」
「そういうもんかな?」
「そういうもんだ。普通の剣を使った基礎的な動きのイメージトレーニングして、お前を使った実践的なイメージトレーニングをする。最後に普通の剣でお前の動きを再現できるか試す。これが一番いい訓練のやり方だと思ってるよ」
「そうか。うん、そうか! じゃあ今後もバシバシ訓練するからな!」
「そうしてくれ。あとお前を使って訓練するのは、俺の訓練になるからだけじゃないんだぜ」
「え? そうなのか?」
「ああ、お前は実戦経験がないからな。イメージでも戦闘訓練をすれば、戦闘のアドバイスができるようになって売れやすくなると思ってな」
「なるほど、そこまで考えてるとは。さっすが親父、トレーニングの時も商売のこと考えてる商売人の鑑だぜ!」
「そりゃどうも、ありがとうな」
聖剣サマ、いやコイツがベテラン冒険者に売れないのは俺が原因だ。
もし聖剣という域まで達さないで造れたなら、
もしこの国以外で店を構えていたなら、
そう考えることもある。
けど、実際コイツは聖剣として造られ、聖剣ということがバレたら国外追放されるかもしれない存在になった。
だから俺は、聖剣であることを隠し、駆け出し冒険者に格安で売ることに決めた。
そう、決めたのは俺だ。
だったら、少しでも良い駆け出し冒険者に出会えるように、聖剣サマに俺の持つ力、知識、全てを使って売れるように努力するのが俺の責任だと思う。
それが俺を「親父」と慕ってくれる聖剣サマに対しての責任だと思う。
読んでくださった方々、ありがとうございます