教えてっ、お風呂ってどうすればいい? 3
「ふぅ」
無事にシャンプーを終え、綺麗に洗い流してさっぱりして息をつく。
この次に待ち受けるのは、全くの未知であるリンスとトリートメント。
そもそも、この二つの違いがわからないし、どうやって使えばいいかも知らないし、これらを使った効果も知らない。
女歴一日目の俺からしてみれば完全に地雷案件だ。
なんとか夏大先生にご協力を賜ることができたが、これからは一人でやらねばなるまい。
そのためにも、今日はしっかりと覚えなければならないのだ。
だから、成長して大人っぽくなった夏の裸を凝視してしまうのは仕方のないことなのだ。仕方ないったらないのだ。
「というわけで、夏先生お願いします」
「なにがというわけなのか、徹底的に問いただしたいけど今は見逃してあげる」
俺何か変なこと言ったかな……。
ま、いいや。夏が気にしないというなら俺も気にしないようにしよう。
それじゃあ本題へ移ろう。
「ハイ、夏先生。質問があります」
俺は入学したての小学生のようなビシッとして美しい挙手をする。
ふふふ、人間は初心を忘れてはいけないのだよ。時々でも思い返して復習しなければならないのだ。
しかし、そんなことができる人間はごく一部。この一部の中に俺は入っているのだァーッハッハッハ!
しかし、残念なことに俺の目の前にいる夏は残りの大多数に属しているようで、
「なに? どうしたの?」
という低俗な回答が返ってきイタタタ!
「あんたは昔から考えが顔に出てる癖があったけど、女体化してからその癖がが顕著になったわね」
なにっ!? そんなのは初耳だぞ! まさか、夏はその癖を利用して、俺の思考を読んでいるということか!? プライバシーに真っ向から喧嘩売ってるじゃないか! これは大問題だ。すぐに訴訟の準備ry──
「馬鹿なこと考えてないでさっさとしなさい。砕くわよ」
「何を!?」
砕く!? 以前ならまだしも、今の俺には頼りになる息子はいないぞ? TS化を特殊召喚するために息子をリリースしたからな。
なら何を砕く? 夏が砕きそうなもの……夏が砕きたいもの……おっぱいか?
女のおっぱいの大きさは、男でいうところの息子の身長と価値が同じだと聞いたことがある。
嫉妬? 嫉妬心なのか!? いや、確かにぽっと出のやつにおっぱいの大きさが負けるのは相当屈辱だけど。それはわかるけど!
それで砕くってちょっと酷くない? やりすぎな感じすry
「早くしろ、とあたしは言ったわよ?」
「イエスッ、マム!」
半ば無理やり思考を中断させて、背筋を伸ばして続きをする準備を整える。
初めて自分と親以外の女性の裸を見てテンションが爆上がりしているが、これ以上はいけない。やりすぎは死だ。
悪寒が俺の体を震わせているというのに、夏は知ったことかと言わんばかりの態度で話し始める。
「まずは髪をある程度絞って水分を抜くの。それから、トリートメントを髪につけていくの。この時のポイントは、トリートメントは毛先からつけていくことよ。髪っていうのは毛先が一番ダメージを受けるんだから、毛先を一番早く手入れするのは当然よね。あ、ここでひとつ注意点というか、気をつけなきゃいけないことがあるんだけど、トリートメントは頭皮につけちゃうと色々面倒なことになるから極力頭皮にはつけないようにしてね。本当は髪全体に満遍なくつけ終わったら、色々としなきゃいけないみたいだけど、あたしは面倒だから二、三分放置してから洗い流すわ。ちなみに、面倒な方法も一応覚えてるけどどうする?」
長っ!? 呪文かな? しかもこれでも簡単な方だなんて、女って本当に面倒なことしてるんだな。あぁ、別に嫌ってわけじゃなくて、あのガサツな夏が──
ギロッ。
ビクゥッ!
ふぅ、自制自制。あまり考えすぎるとまたアイアンクローが飛んでくることになる。早く質問に答えなければ。
といっても、考える必要なんてないけど。
「夏が面倒っていうなら俺にとっても面倒なんだろうな。それなら夏がやってる方法でいいや」
そう、俺と夏は伊達に十何年も幼馴染をなっていない。
俺たちは趣味思考、好物、嫌いなことやものなどがよく似ているのだ。だから、夏が嫌というものは大抵俺も嫌なことというわけだ。
「そっ。それならさっさとするわよ」
そうそっけなくいった夏の耳が赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
なんで赤くなってるのか大体予想はついてるけど、そこを突っ込むと手酷いしっぺ返しが飛んでくることを十二分に理解しているので余計なことはしなかった。
そんなこんなで、やっと髪を洗い終えた。
髪だけでおさこんなにも時間がかかったのだから、体なんてさらに時間がかかるのでは?と戦々恐々としていたのだが、すぐに終わり少し拍子抜けしてしまった。
これで終わりかと気を抜いた俺は風呂に入るよりも、上がってからの方が面倒だという事実を、これから嫌という程知ることになる。
「髪を拭くときはガシガシと力強く雑に拭くんじゃなくてふんわりと柔らかく丁寧に拭きなさい。せっかく注意して髪を洗ってもここで雑にやったら台無しよ。いい感じに水分を切ったらそのタオルを髪に巻くのよ。んー、まだちょっと変だけど妥協点ね。それじゃあ次はこのジェルを顔に塗るの。本当ならもっとたくさん種類があるけど、どうせハルは覚えられないだろうし、面倒だからこのオールインワンを使うわ。文字通りこれ一つで肌のお手入れができる代物ってやつよ。塗り終わった? じゃあ次は──」
長い長い。そして早い。
夏はさっきから持ってきたカバンの中からたくさんの瓶やらなんやらを取り出しては説明し、俺に塗らせる。
ちょっと待って? 多くない? え、すごい量になってるんだけど。あ、この内の半分以上は使わないんですかそうですか。じゃあなんのために持ってきたんだよ。俺の説明のため? いえいえ文句なんてございませんよありがとうございます。
まぁ、そこから何やかんやあって現在夏と同じ部屋で寝ようとしている。
はしょりすぎだって?
いやだって、あの後はパンツ一丁で牛乳をがぶ飲みしていた俺を夏がどついたり、洗面所の鏡の前で並んで歯を磨いてる時にふざけて夏の胸を鷲掴みにした俺を夏がどついたり、ソファーで並んで座ってテレビ見てる時に夏の弱点である耳をいじった俺を夏がどついたりしてただけだぞ。
……俺どつかれてばっかだな。ちょっと自重しよ。
ふぅっ、と息をついて意識を切り替える。考えるのは主に明日のことだ。
明日からは学校が始まる。つまり、俺のお姉様キャラのスタートとなる日だ。変なテンションで騒いでいたいやつ認定されるのだけは避けたい。
こらそこ、もう手遅れだっていうなー。ちょっと自覚してるんだ。傷口をえぐらないでくれ。
……それ以前にみんな受け入れてくれるだろうか。俺の悪友たちは俺が急に女になったせいで距離を置いたりしないだろうか。
あいつらの性格を考えると、その心配は全く必要なさそうだな。むしろ、積極的に絡んできそうだ。主に、胸を揉ませろとかかな。
フッ、全く馬鹿な奴らだな。ちょっと安心したのは秘密だ。
と、そこまで考えて俺はあることに気づいた。
「なぁ夏。すっごい今更だけどさ、俺と同じ部屋に寝てていいの?」
俺の家に来てから何度目かのため息をついた夏が俺の疑問に答えてくれる。
「本当に今更ね。というか、なんで寝たらダメなの? 何かまずいことでもあるのかしら?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな。俺に襲われるかもしれないぞ?」
「女になったあんたがどんな風にあたしを襲うのか少し興味があるわね」
「いやまぁ確かにそうだけどさ……。夏は忌避感とかないのか? 幼馴染とはいえ、男が急に女になったんだぞ? 気持ち悪いとか考えない?」
俺の言葉に夏はふんっと鼻を鳴らした。
「そんなことどうでもいいわ」
「そんなこと……?」
「そう、そんなことよ」
夏は俺を安心させるかのように話し続けた。
「今日一日中ハルと一緒に行動して、ハルは女になってもハルだって確信したわ。ハルの根っこの部分は全く変わってない。むしろより強固になったと言ってもいいでしょうね。だから、あたしはハルを恐れないし、嫌いにもならない。だってハルだもの。これ以上の理由ある?」
不覚にも、俺は夏のその言葉にキュンとしてしまった。息子がいたら眠りから目覚めるシーンだ。
しかし、今の俺は女で息子がいない。
しかも、女になりたてだからこの性欲をどう処理すればいいのかわからない。
それに、俺にはしんみりとした空気は似合わない。
だから──
「夏、今夜は寝かせないぞ」
夏に覆いかぶさって、キメ顔で鳥肌の立つようなセリフを吐いた。
そしてそのセリフから一拍置いた後、俺はアイアンクローで自慢の美貌を砕かれることで、さっきまでの空気を有耶無耶にした。
そして、アイアンクローの激痛に耐えながら明日を思う。
そう、間違いなく──明日の学校は戦場だ。