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A-Sync Combination!  作者: NES
第一幕 ア・リトル・リトル・ハッピー
6/7

ア・リトル・リトル・ハッピー(6)

 魔法使いの用いる力は、この世界の基本原則に従っている。大雑把に言ってしまえば、ズルではあるがルールには違反していない。世界は完璧と呼べるほどに安定はしていないが、傍目はためには小さなほころびの一つですら観測することが困難だ。

 世界のルールを作り上げているのは、無数の意志の力となる。それは人だけであるとは限らない。宇宙という広大な世界を固着させるに足る強力な意識体のことを、人類は太古の時代より畏怖の念を込めて『神』と崇めてきた。


 では人間の如き矮小わいしょうな生物には、神の与えたもうた規律をただ諾々(だくだく)と受け入れることしかできないのか。答えは、いなだ。世界は美しくも少しの揺らぎもない、唯一無二の方程式で表されているのではなかった。人はその計算式に、ごくわずかな程度とはいえ干渉を試みられる。それが俗に、『魔術』と称されるものだった。


 一方で、この世界にはそういった森羅万象の基本原則を超越した者たちがいる。プログラムでいうところの、「バグ」だとでも思えば良いのか。彼らにとっては世界の在り方など、何の意味も持っていなかった。魔法使いたちがあれこれと魔術式をこねくり回して、ようやく世界との折り合いを見つけて発生させるような現象があるとして。彼らはそれをいとも簡単に、まるで朝食のパンにバターを塗るみたいにしてこともなげに実現させてしまう。


 異能。異形。人外。その呼ばれ方は様々だ。彼らのもつ特異な法則性は、魔法使いたちの理論によってでは言語的に理解を伴うことが非常に困難だった。故に、魔法使いたちは彼らのことを『異言語話者バルバロイ』と呼称した。




 かなり古い、公民館か何かの跡地だった。確か、一昨年辺りに新しいものが建てられて、機能はそちらに移されたのではなかったか。取り壊しが中途半端になされていて、壁面の一部が無残に砕かれて大穴が空いている。立入禁止のフェンスでぐるりと囲まれてはいるものの、侵入すること自体は大して苦にはならなそうだった。


 随分と出遅れてしまった。ソウタは辺りに人避けの術が施されているのを確認すると、廃墟の敷地に入り込んだ。間違いない。一ノ宮ダイトが先に訪れている。魔法使いであるソウタの方は、ダイレクトに相手の罠に引っかかってしまった。気付くのがもう少し遅ければ、一晩中関係ないトラブルに見舞われ続けていただろう。


 しかしそのお陰で、相手の素性に見当をつけることができた。この辺りで占い師としての活動をしている魔法使いに、恐らくは相違ない。ソウタが目配せすると、ベリルとコランがさぁっと建物の側面に向かって走っていった。なるほど、判ってしまえば単純だが、知らなければこれはこれで対処が厄介だ。魔法使い同士の戦いというのは、どうにも骨が折れるものだった。


「ソウタくん、のんびりだったねぇ」

「魔法使いには魔法使いのルールってものがあるんです。一ノ宮さんこそ、らしくもなく手こずっておられるようで」


 夜の闇は、ダイトにしてみれば真骨頂だ。ざっと見た感じ、ダイトがここに足を踏み入れてから二十秒、といったところか。相手が魔法使いとはいえ、ダイトの『帝国』を前にして五体満足で立っているとは意外だった。痛めつけてもてあそんでいたのか、それともらしくもなく手加減でもしていたのか。いずれにせよ、雪の御子(スノーチャイルド)に知られれば大目玉は確実な不祥事だった。


「カザネはいるのか?」

「ソウタにい! 遅いよ、もう!」


 それは悪かった、とソウタは口の中で呟いた。実際、つまらないことで喧嘩なんかするべきではなかった。ソウタがもっと大人になって、上手にかわせるようにならないといけない。カザネを戸惑わせてしまったのは、ソウタ自身に迷いがあるからだ。ふぅ、と様々な雑念を溜め息と共に噴き出して。


 ソウタは殺風景な廃ビルのコンクリートの床に立つ、一人の女性と対峙した。


「町屋トヨカ、だな?」


 端的に表現すれば、地味な女性だった。二十代半ばから後半といったところか。黒髪が肩の辺りで真っ直ぐに切り揃えられている。目鼻立ちは整っている方だが、美人かと問われればそういう訳でもない。見るからに幸薄いといった印象で、どうにも記憶に残りそうになかった。街を歩いていれば、一日に十回以上はすれ違う程度の他人。そんな女性だった。


「宮屋敷の、後見人か。ビーストは返してもらう」

「『結社』について知っているようだな。残念だが、そんな名前の奴はもういない。そこにいるのは僕の大事な――カザネだ」


 かつて、カザネをそう呼んだ連中はもういない。そいつらはカザネを、人間だとは思っていなかった。実際にカザネは、純粋な「ヒト」ではなかっただろう。世界の法則を無視した儀式と、おぞましい手続きによって生み出された……人外の「モノ」。

 あいつらは魔法使いの面汚しだ。ソウタの師である狩生アキミツが命を懸けて戦いを挑んだ、『結社』を名乗る人非人にんぴにんども。ソウタの頬が、ぴくり、と痙攣けいれんした。


「お前に、何が判る!」


 トヨカの表情が、怒りに歪んだ。気迫が圧となって押し寄せてくる。ダイトはひゅうっと口笛を吹くと、すっかり戦意を失くしてその場で腕を組んだ。トヨカの苛烈かれつな感情の波にさらされても、ソウタは目を細めただけだった。


「今の宮屋敷に尻尾を振って、訳も判らずに従うだけのお前に、何が判るっていうのよ! アマネ様がいてくれたからこそ、私たちは一つにまとまっていられたのよ! それをあんな、乳ばかり張った小娘ごときに、一体何ができるっていうのよ!」


 宮屋敷アマネの信奉者は多い。魔法使いだって一枚岩ではなかった。現在の宮屋敷頭首に対する風当たりも、決して弱いとは言えない状況だ。ソウタ自身、その辺りの事情は察して余りあるものがあった。現頭首の話はとりあえず脇に置いておくとしても、アマネの果たしてきた功績については認めざるを得なかった。


「ふざけるな!」


 だがその功罪もまた――確実に存在していた。狩生カザネという、少女の形をとって。


「お前こそ、『結社』が何をしてきたのか判っているのか! 罪もない命を実験の道具として玩具おもちゃのように扱い、『銀の鍵』に『魔女ソルシエール』という人造人間ホムンクルス、そこにいるカザネだって、れっきとした被害者だ!」


 カザネと初めて会った日のことを、ソウタは今でも覚えていた。金色の、綺麗な髪。「ああ、このだ」と、ソウタにはすぐに判った。ソウタがカザネの気持ちを受け入れれば、宮屋敷と敵対することになる。さもありなん、だった。

 ソウタは一目でカザネに心を奪われた。宮屋敷どころか、世界の全てを敵に回したってかまわない。胸の奥に熱い想いが生まれるのが、痛いほどに理解できた。


「ソウタ、この子は人として育てられてこなかった」


 アキミツの話を聞くうちに、ソウタは涙を流していた。嘘だ。そんなの酷すぎる。カザネは檻の中で、丸くなってすやすやと寝息を立てていた。どうしてそんなところに閉じ込めていなければならないのか。その理由を知って、ソウタはカザネに対する想いを新たにした。


「カザネは僕が守る! 人として育てて、人として暮らして、人としての幸せを与える! 僕がカザネを、必ず幸せにしてみせるんだ!」


 いかに宮屋敷アマネの理想が気高くとも。そんなものは、カザネの幸せに比べれば屁みたいなものだった。ソウタはカザネのために生きる。カザネの想いに応えてやれない以上、それを除いたカザネの望む未来を可能な限り与えてやる。それが魔法使いとして、カザネの兄弟子として、ソウタがカザネにしてやれる精一杯のことだった。


 ソウタの怒号にトヨカがひるんだ隙に、物陰からベリルとコランが飛び出した。目標はカザネを捕らえている檻だ。トヨカを攻撃するのは、得策ではない。最優先事項は、カザネの救出。カザネと同じ異言語話者バルバロイのダイトでは、あの檻を破壊するのは困難だった。


「一ノ宮さん、当てるな!」

「なんじゃ、そりゃあ」


 猫たちに気が付いたトヨカが、後ろを振り向く。ダイトがそこを攻撃しようとした寸前に、ソウタが鋭く声をかけた。命中打を狙ってはいけない。それでは完全にトヨカの思うつぼだった。


 ダイトの足元から、影が槍となって伸びた。魔法使いのソウタからすれば、何度見ても頭がおかしい。魔術式も詠唱も必要ない。ダイトにとって影は自身の一部であり、自在に操れることの方が当たり前のものだった。


 『影の帝国(シャドーエンパイア)』。射程は光ある限り何処までも。光に照らされたところに、影あり。真実の闇の中にでもまぎれない限り、ダイトの影は執拗に獲物を追跡する。一度捕捉されれば、決して逃れることはできない。


 そう、余程の『幸運』にでも恵まれない限りは。


「きゃっ!」


 影の槍が、トヨカの肩をかすめた。やはりか。あまりの出来事に、ダイトはぽかぁん、と口を大きく開けた。大方ソウタが来る前には、一撃も浴びせられなかったのだろう。直接の殴り合いばかり経験しているから、こういうからめ手にやられる。トヨカは強い力こそ持たないが、かなり厄介なタイプの魔法使いだった。


「いつまでも運に頼っているのは、感心しないな」


 恨みがましい目で、トヨカはソウタの方を睨み付けた。正体が判ってしまえば、そこまで恐ろしい相手ではなかった。町中に面倒な仕掛けを張り巡らせてくれたせいで、ソウタは結構な苦労をさせられる羽目になった。ベリル経由で宮屋敷からトヨカの情報を得られていなければ、今頃はどうなっていたことか。


 魔法使い、町屋トヨカの得意とする魔術は「占い」だった。かといって、アカシックレコードを読み取って正確に未来を知ることができる訳ではない。トヨカはカードを媒介にして誰かの未来をほんの少し操作し、『小さな幸運(リトルラッキー)』をもたらせられる。たかだか、そんな程度の話だった。


 だがそれが、実際に相手にしてみるととんでもない効果を発揮した。トヨカはソウタを対象にして、そこかしこに『小さな不幸(フィーントダンス)』をばら撒いていた。ソウタがそれに近付くと、力が発動して「大したことはないが手間のかかる」ロクでもない目に遭わされる。一つ一つは小さくても、束になればそれは充分な時間稼ぎとなった。

 更にはトヨカ自身は、『小さな幸運(リトルラッキー)』で幾重にも守られていた。直撃コースの攻撃など、まかり間違っても当たるものか。なまじ「当てよう」とすればするほど、トヨカの『小さな幸運(リトルラッキー)』は色濃く効果を発動する。馬鹿みたいなやり口だが、その正体を知らなければ対処のしようがない力だった。


 特に脳味噌筋肉の一ノ宮ダイトでは、攻撃を当てることは一生(かな)わなかったかもしれなかった。


「僕はとにかく、猫たちにまでは不幸を当てることはできなかったようだな」


 トヨカの力は、そこまで万能なものではなかった。作り出せるのは、誰か一個人を狙った『小さな不幸(フィーントダンス)』が限界だった。

 だから足止めは、ソウタとその使い魔、ベリルとコランに限られた。あまりにも妙な妨害が入ることに疑問を持ったソウタは、ベリルとコランの共有意識を介して近隣の猫たちに捜索を依頼した。そうしてみたところ……出るわ出るわ。ソウタやカザネ、ベリル、コランを対象とした『小さな不幸(フィーントダンス)』が練り込まれたカードが、町中のいたるところから発見された。


「大した情念だ。脱帽するよ」


 コランがカザネを見失ったり、カザネがあっさりと捕獲されてしまったのも、それが原因だった。どれだけ手間暇をかけて、これほどの大仕掛けを準備したのか。正直(あき)れるのを通り越して、めてやりたいくらいだった。


 ――宮屋敷を敵に回すなら、これくらいの覚悟がいる。


 他人事だが、他人事ではない。ソウタはぐっと奥歯を噛み締めた。そうだ。カザネと添い遂げるとは、こういうことを意味するんだ。果たしてソウタには、ここまでの強固な意思はあるのか。


 宮屋敷と戦って、勝てる自信はあるのか?



「……なるほど、そういう力なんだ」



 ゆらり、と金色の光が起き上がった。ベリルとコランが、上手くやってくれた。ダイトは両手をポケットに仕舞って、気だるそうに壁にもたれかかった。もう手助けをする必要はない、ということだ。檻から解放されて、敵の手の内も知れた。こうなれば、カザネに負ける要素などこれっぽっちも存在していなかった。


「マキがさ、喜んでたんだよ。失くしてた楽譜が見つかったって。占い師さんのお陰だって」


 その占い師は魔法使いみたいだし、会ったらお礼の一つでも言っておこうか。カザネはそんなつもりでいた。それがまさか『結社』の信奉者で――カザネをビースト呼ばわりする奴だったとは。


 気分が悪い。今日は本当に、どこからどこまでもムシャクシャとする。


 視界の隅に、ソウタが映った。カザネのことを、心配そうに見つめている。やれやれ。ソウタがあんな啖呵たんかを切ってくれなければ、久しぶりに殺しちゃってたかもしれないよ。ごめんね、いつも我儘わがままばっかりでさ。


「あんた、運が良いんだよね。じゃあちょっと試してみようか」


 一発も当たらないから、どういうことかと思っていたらそんなもんか。その力は、そうやって使うものではないだろうに。宮屋敷アマネの意思だとか何とか、随分と御大層な御託ごたくを並べてくれていたが。


 それこそトヨカは、アマネの願いを無視している。


 アマネはトヨカの力を、どうしてうらやましいと感じたのだと思う?


 それが誰かを傷付けることなく、幸せにするものだからだよ。『死』しか与えられないアマネにとって、トヨカはどこまでもまぶしい存在であったはずだ。


 トヨカは今、何をしている? 何をしようとしている? 『結社』? 宮屋敷?


 それでアマネが少しでも……喜ぶとでも思ってる?


「直撃させるつもりで、いくよ!」


 夜の闇を切り裂いて、稲光がひらめいた。当たれば即死、掠めただけでも重症間違いなし。溜まっていたストレスと共に、カザネは雄叫おたけびをあげながらトヨカ目がけて突進した。


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