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A-Sync Combination!  作者: NES
第一幕 ア・リトル・リトル・ハッピー
5/7

ア・リトル・リトル・ハッピー(5)

 『結社』なんてものは、存在しない。それが、宮屋敷の公式見解だった。


 確かに一時期には、そういった不埒ふらちたくらみを持った魔法使いの一団がいたことはあったらしい。しかしそんなのは、遠い過去の物語でしかありえなかった。悪い魔法使いなんて、どこにもいない。宮屋敷は自らの力で、そのうみを出し切った。後にはアカシックレコードの指し示す、究極の未来アルティメットフューチャーひかえている。


 ……だが待ってほしい。それなら何故あの恐るべき人造人間ホムンクルス魔女ソルシエールナタリー・ダルレーは未だにこの地上を我が物顔で跋扈ばっこしていられるのか。あの驚異はどこから現れて、どこへ向かおうとしているのか。宮屋敷だけではない。世界中の魔法使いたちが血眼ちまなこになって捜索を続けても、ナタリーの消息はようとして知れなかった。ただその通った道筋に残された、血生臭い鮮烈な痕跡だけがその健在ぶりを自己主張アピールしている。


 『結社』の正体は、人の目には見えないほどの小さな星のきらめきと、蜘蛛の糸みたいな微細で複雑な繋がり。魔法使いたちにその真実をもたらしてくれたのは、他でもない『結社』の首魁その人――宮屋敷アマネだった。


「明確な姿かたちを持たぬものをでようとしても、それでは実体は掴み切れない。『結社』の全容を知ろうとするのであれば、その者は世界の見方から変えていく必要があるだろう」


 魔法使いの世界に、『結社』はまるで織り込まれたかのように存在していた。『結社』を追いかけたところで、辿り着くのは魔法使いたち全体のコミュニティでしかない。しかも頂点にいるのは、追う者と同じ宮屋敷。こんなの、最初から判るはずがなかった。


 アマネが、この恐るべき『結社』を作り出してでも成し遂げたかったこと。宮屋敷の頭首が今の女に変わった時に、それはつらつらともっともらしい言葉を用いられてあれこれと説明がなされた。


 宮屋敷という組織に溜まっていた、邪悪と不正を一掃するため。アマネはそのおこないが明るみに出ることを前提にして、隠蔽いんぺいされていた全ての悪を白日の下にさらしてみせた。

 当然それらは許されるべき行為ではないし、アマネ自身も処罰されてしかるべき罪を犯した。とはいえ、アマネの動機はアカシックレコードの指し示す究極の未来アルティメットフューチャーおもんばかっての犯行だった。宮屋敷は、その罪状を必要以上に追求することはしない。


 ……そんなのは、建前上の大嘘に決まっていた。


 アマネの持っていた崇高な理想を、現在の宮屋敷に解るはずなんてありはしなかった。若い年下の男にうつつを抜かして、アマネのやっていた施策の大部分を潰してしまって。魔法使いの世界は、かつてない混乱のさなかにある。この原因をアマネ一人に押し付けている状況を、こころよく思っていない魔法使いたちは大勢いた。


 アマネという魔法使いは、力そのものだった。普通の人間であれば、アマネに近付くことですらかなわない。アマネの持つ力は平たく言ってしまえば、「死」――命あるものの完璧な、かつ不可逆的な停止だ。

 地の底奥深くに自らを封印し、側近たちとの直接的な接触をも徹底して排除した環境の中に身を置いて。アマネは宮屋敷の実務的な処理の内、実に七割以上をたった一人でこなしてみせていた。


 アマネが『結社』であるのなら、すなわち宮屋敷とは『結社』なのだ。『結社』であることはむしろ、魔法使いとしてあるべき姿である。


 そう唱える者たちがいたとしても、何の不思議もない。しがない占いの力しか持たない底辺の魔法使いである町屋トヨカもまた、そういった魔法使いの一人だった。



 トヨカがアマネと接見したことがあるのは、ただの一度だけだった。本人の才覚の問題もあって、トヨカは常日頃食うにも困る経済状況に置かれていた。とりあえず何でも良いから、宮屋敷から仕事を斡旋あっせんしてはもらえないだろうか。占い程度の力では、やれることなんてたかが知れている。それでも魔法使いとして生きていけるのであれば、トヨカにはそれが一番喜ばしいことだった。


「トヨカといったか。私は、貴女あなたの力がとても素晴らしいものだと思っている。うらやましいくらいだ」


 ただっ広い空間に椅子が一脚置かれただけの謁見えっけんの間で、トヨカは我が耳を疑った。今アマネは、何と言ったのか。安全距離を呼ばれる数メートルの空間を挟んだ先で、車椅子に腰かけた女の白と黒のまだらの髪が、ざらり、と揺れた。まるで巨大な二匹の蛇が、絡み合っているようにも見える。その向こう側からは、真っ赤な瞳が正面からトヨカの姿を見据えていた。


「はぁ、それは一体どういう?」


 間抜けな問いかけだ。そう思って、トヨカは赤面した。アマネは首を傾げると、口許くちもとをほんのわずかにほころばせた。「死」の魔法使いが思わずこぼした、何気ない微笑びしょう。それはトヨカをとりこにするのには、充分な仕草だった。


「その力は誰も傷付けない。私がどんなに真似をしようとしても、手に入らないものだ」


 トヨカは虚を突かれたように感じて――そして放心した。


 噂ではアマネは、生まれた時に未覚醒状態にあるその力を持って母親を死に至らしめた。通過儀礼イニシエーションの際には担当した師となる魔法使いがその場で息を引き取り、近くにいた多くの命が巻き添えを喰らって無残なしかばねさらしたという。この特別な場所に自らを隔離するまでの間に、アマネは数多くの命を刈り取ってきた。


 トヨカの力は、それに比べれば本当に大したことがなかった。ちょっと先のことが、ぼんやりと解る程度だった。良いことだったり、悪いことだったりと、中身はその時々でまちまちだ。触媒となる道具を使えば、もう少し具体的に未来が知れる。ただそれも、他の同様の力を持つ魔法使いたちと比べれば実に弱々しいものだった。


 それをアマネは、「素晴らしい」と評してくれた。どうしてだろう、トヨカは急に自分の力が誇らしいと感じられるようになった。誰かを傷付けるのではなく、誰かを導く力。それを教えてくれたのは、宮屋敷アマネという尊敬に値する魔法使いだった。



 アマネの口利きもあって、トヨカは宮屋敷の中で仕事を得ることができた。トヨカに任される仕事なんて、正直そんなに高度なものでも何でもない。でも、嬉しかった。トヨカのやることが、アマネの役に立っているというのなら本望だ。収入は安くても安定していたし、少なくとも生活には困窮こんきゅうしなくなった。トヨカにとってアマネは人生の恩人だった。


 そのアマネが――『結社』の首魁であるとして失脚した。


 トヨカは未来を占う中で、アマネに何かが起きることを察知していた。世界が、虹色の光に飲み込まれていく。アマネもまた、なすすべなくその中に取り込まれて。


 「死」の力をうしなった。


 それは吉兆である。トヨカの周りにいる魔法使いたちは、そう解釈した。アカシックレコードを信奉する宮屋敷の魔法使いたちが追い求める、究極の未来アルティメットフューチャー。人は苦しみや悲しみを、喜びへと転ずる力を手にする機会を得ることができる。これは喜ぶべき事態だ。


 ……本当に、そうなのか?


 トヨカはそれを疑問に思った。だって、アマネだ。圧倒的な力を持って、宮屋敷の魔法使いたちを率いて立つ支配者だ。それが力を失くして、ここにいるトヨカと変わらない、うだつの上がらないひ弱な魔法使いに成り下がったとして。


 それが本当に、人類が進むべき未来だと言えるのか?


 アマネは、強くあってくれなければいけない。アマネが強いから、宮屋敷は固まって一つの組織足りえている。トヨカもアマネのことを恩人として仰いで、それを心のかてとして日々を過ごしていた。神が地に堕ちたとして、これからはみな平等に仲良くとか言われて。一体全体、どうすれば良いというのだろうか。


 現実に、宮屋敷は大きな混乱に見舞われた。アマネから「死」の力を奪い去った魔法使いは、まだ通過儀礼イニシエーションを受けて一年足らずの若造だそうだ。それも、宮屋敷本家の跡取り女が見初みそめた恋人。二人はその年の正月に、大々的に婚約を発表していたばかりだった。


 陰謀だ。『結社』の存在を陰謀と呼ぶなら、こっちの方がはるかに胡散うさん臭かった。アマネによる組織の整理に続いて、新たな宮屋敷本家頭首による粛清しゅくせいの嵐が吹き荒れた。トヨカのいた場所は、部署ごと綺麗さっぱり解体された。なけなしの退職金を受け取って、トヨカはまた極貧生活に逆戻りだった。

 アマネは『結社』関係の重要参考人ということで、面会の申し出はまともに取り合ってももらえなかった。『結社』なんて、存在しないのではなかったか。ではアマネは何のために拘束されているのか。宮屋敷からの説明は、「保護している」とのことだった。アマネに対して感謝の言葉を述べる者はいても、復讐をたくらむ者などいない。宮屋敷の党首に対して、トヨカは強い不信感を抱くようになった。


 以来宮屋敷とは、わずかばかり距離を置くようにして暮らしていた。今の生活が安定しないのは、そのせいでもあった。だが、それで後悔することなどない。


 アマネのやっていることは正しかった。アマネの理想を、宮屋敷の本家は解っていない。アマネの目指す世界こそが、魔法使いたちの求めるべき未来なんだ。


 そしてトヨカは『結社』という組織に、次第に魅せられていった。




 狭い檻の中で、カザネはぶすっとした表情で膝を抱えていた。懐かしい感じがする。この檻には、特殊な文様が彫り込まれてあった。魔術とはちょっと違う、異言語話者バルバロイの力を封じるものだ。これの世話になるのなんて、何年ぶりの話だろうか。確か前回は、中学生の時に雑木林を一つ丸焼けにして懲罰ちょうばつを喰らったんだった。


 辺りは真っ暗で、周囲に何があるのかは判らない。ただ風の匂いがするので、密閉された空間ではないようだ。寒くはない。壁と屋根はある、といったところか。トイレはどうすれば良いんだ。どうにも女の子ではなくて、獣として扱われている。ちょっと酷いんじゃないですかね。


 しかし油断していたとはいえ、あまりにもあっさりと捕獲されてしまった。カザネは先程の戦いを思い出してみた。戦闘と呼べるような上等なものではない。カザネの攻撃はことごとく外れて、相手にかすりもしなかった。さして強力な魔法を使われた形跡もないのに、だ。魔法使いではなくて、異言語話者バルバロイの関係者なのだろうか。


 その割には『結社』の名前を出してきた。カザネに向かってその名前を語る人間に、ロクな奴はいなかった。宮屋敷だろうが雪の騎士(スノーナイツ)だろうが、どいつもこいつもソウタとカザネの仲を引き裂こうとする。うるさい、大きなお世話だ。カザネはソウタと一緒に暮らす。そうしている限りにおいては、力なんか使わないで大人しくしておいてやる。それで良いじゃないか。


 ソウタは、カザネのことをどう想っているのだろうか。家族で、妹弟子。そんな形骸的な関係性については充分に承知している。カザネが知りたいのは、もっと感情的な部分だった。


 おかしいな。絶対にそうだと思ったのにな。ソウタのカザネに対する接し方は、普通に優しいのとはちょっと違う。言葉で説明するのは難しいが、明らかに特別な感情が込められたものだった。

 カザネはそれが、とても心地好かった。大切にされてる。愛されてる。そう感じられるのが、たまらなく好きだった。素直にそう言えてしまえば、きっともっと毎日は素敵になる。ソウタだって、カザネのことを大好きに違いない。


 そう思ったから告白したのに。ソウタは馬鹿だ。大馬鹿だ。


「やあやあカザネちゃん、久しぶりに会ったと思ったら随分と災難なご様子で」


 飄々(ひょうひょう)とした声が聞こえてきて、カザネはがっくりと肩を落とした。ああもう、大外れだ。ソウタは何をやっているんだか。こういう時、いの一番にカザネを見付けて駆けつけてくるのは、ソウタの仕事だろうに。異言語話者バルバロイに先を越されてどうするんだか。これを材料にカザネが連れていかれちゃうような事態になったら、目も当てられないんだよ?


「ダイトさん、助けに来てくれてどうもありがとうございます」

「うん、感情はこもってないけど、ちゃんとお礼が言えるようになった辺りは成長だね。感心感心」


 周りには暗闇が広がっているばかりで、一ノ宮ダイトの姿は微塵も見えなかった。どうやら、この檻には視覚情報を阻害する効果がある様子だ。その証拠に、ダイトの声はカザネのほんのすぐ近くから聞こえてきていた。


「異形を捕えるために、『結社』が開発した檻だね。骨董品だが、効果は充分だ。俺だとちょっと骨が折れそうかな」


 魔法使いであるソウタの方が、この場合は適任だといえるだろう。今はどこをほっつき歩いているのやら。ダイトがソウタに連絡を取ってくれれば早いのだが、この二人は絶妙に仲が悪い。まず間違いなく、二人が連携してことを成すなど有り得なかった。


「……ああごめん、トラブルの元凶が来ちゃったから、ちょっと待っててね。ついでにこの檻も開けさせちゃうわ」


 来たのか。確か、若い女の魔法使いだった。大した魔力も感じないが、カザネはどういう理由によるものか手も足も出せなかった。ダイトも危ない可能性がある。カザネはダイトのいるであろう方向に声をかけた。


「気を付けて。そいつ、良く判らない術を使うよ」

「判ってる。俺もカザネちゃんがそこまで間抜けだとは思っていないよ」


 褒められているのか、けなされているのか。ふふん、という鼻で笑う音を最後に、ダイトの気配が檻から離れていくのが感じられた。どうしてだろう、嫌な予感がする。この相手は、まともな手段では勝てないのかもしれない。


 ――ソウタにい、早く来て。


 カザネはぎゅうっとてのひらを握り締めると、真っ暗な空間にじっと目を凝らした。どんな時でも、ソウタがきてくれると思えばいくらでも落ち着いていられた。大丈夫だ。例え何が相手であったとしても、きっとソウタが助けてくれる。


 だってソウタは、カザネの想う……そしてカザネを想う、大切な運命の人なのだから。


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