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A-Sync Combination!  作者: NES
第一幕 ア・リトル・リトル・ハッピー
3/7

ア・リトル・リトル・ハッピー(3)

 学校では携帯電話及びスマートフォンの使用は原則禁止。それが建前となっている。とはいえ、現実にはせいぜい授業の間は電源を切っておくとか、マナーモードにしておく程度の対応だ。電車やバスの優先席付近で平然と大声で通話をしている大人たちに、口うるさく注意される筋合いなど欠片かけらもない。

 一限目が終わった後の休み時間に、カザネはソウタからのメッセージを確認して死にたい気分になってきた。お弁当を忘れるなんて、カザネ一生の不覚、だ。おまけに今日に限って、学食で済ませようにも財布の中身が心許こころもとない。

 それに、折角ソウタが作ってくれたお昼ご飯だ。それが例え、どんなに冷酷な男の手によるものであったとしても……


 昨夜の騒動を思い出して、カザネはバッタリと机の上に突っ伏した。もう嫌だ。何らかの手段によって時間を巻き戻して、全てをなかったことにしてはしまえないだろうか。具体的には、カザネがほんの二言三言を発しなかったというくらいの、ほんの些細ささいな改変で良い。

 本当にどうして、「いける!」なんて思ってしまったのか。元を正せばソウタが悪い。お風呂上がりのカザネを見て、にっこりと微笑ほほえむとか。なんだそれ、ジゴロか。その気になっちゃったじゃないか。ばぁーか。


「カザネ、元気ないね。どうしたの?」


 明るい調子で話しかけてきたのは、クラスメイトの森塚マキだった。カザネとは高校に入ってから知り合って、良く判らないうちに友人になった。友達なんてのは得てしてそんなものだ。

 男子から『高エネルギー反応』と揶揄やゆされているカザネと違って、マキはいかにもな『女子』という印象だった。柔らかそうなくるくるのウェーブヘアに、程よくふっくらとした体形が実にけしからん。それに比べたら、カザネなんて女としては落第点も良いところだ。特に今日ばかりはその姿があまりにもまぶしくて、カザネには正視に耐えなかった。

 あー、せめてこの半分くらいの女子力があったとしたなら。堅物のソウタだって、メロメロにしてやれたのになぁ。


「お弁当忘れたの。そしたら、ソウタにいが届けてくれるって」


 告白の話なんて、マキには口が裂けても言えるはずがなかった。何しろソウタの名前を聞いただけで、マキの表情はぱあっ、とあからさまなほどに明るくなるのだから。


「ソウタさん、今日学校に来るんだ」

「ううん。お昼休みの前にちょっとだけ抜けてくるから、事務室にお弁当預けたらすぐに戻るってさ」


 咲くのがあっという間なら、しおれてしまうのも一瞬だった。花の命は短い。ソウタは駅前の楽器店で働いていて、カザネのいる高校には週一でフルートの講師をしにやってくる。吹奏楽部のマキはそこで、すっかりソウタの虜になってしまった、という顛末てんまつだ。

 ソウタは確かに、すらりとした痩せ型の線の細い美形ではある。たまに家でフルートを吹いている姿を見ると、カザネも思わずうっとりとして我を忘れてしまうくらいだ。お店でも結構な数のファンがついているらしい。ただ本人はとんだ真面目君で、そういったお誘いとかには一切乗ったりはしないのだそうだ。


 ――ま、そこが良いところではあるんだけどさ。


 ぐぐぅ、とカザネはまた頭を抱えて塞ぎ込んだ。マキの気持ちだって、カザネにはちゃんと判っているつもりだった。マキの方は、カザネとソウタが本当の兄妹きょうだいだと思い込んでいる。それだからこそ、ソウタに対する想いが真剣であるとカザネにも打ち明けてくれていた。

 なのにカザネはそれをすっかり出し抜いて、ソウタに告白までしてしまった。結果は玉砕。これはもう、どうして良いのかさっぱり判らない奴だ。マキに相談はできないし、ソウタともこの後どう顔を合わせれば良いのやら。後先考えなさすぎなこの性格を、カザネは自分でも何とかしたいという気持ちでいっぱいだった。


「何だ狩生、お前弁当忘れたのか。授業中に腹グーグー鳴らすなよ?」

「うっさいタケ。女子の会話に入ってくんな」


 失礼な物言いでカザネの横に立ったのは、同じクラスで陸上部の淀木よどきタケヒロだった。年がら年中イイ感じに日焼けしている、自称『ホットでクールなナイスガイ』……まごうことなき馬鹿だ。この脳味噌筋肉野郎は、一年の時にリレー選抜でカザネにタイムで負けてから、何かと絡んでくるようになった。二年生で同じクラスになったと知った時には、カザネはショックで眩暈めまいまでしてきたものだった。


「誰が女子だ。森塚しかいないだろうが」

「ふん、女子に負けたって認めたくないのは判るけどね。こちとられっきとしたオンナノコ様ですよ」


 タケヒロと話をしていると、ついヒートアップしてしまう。カザネはがばっと身を起こすと、タケヒロに向かって大きく足を開いてみせた。ついでに、ぴらっぴらっとスカートのすそつまんで持ち上げてやる。この体育男は、発言の割には中身が純情真っ直ぐ君だ。この時も顔を真っ赤にして、慌ててカザネの方から視線を逸らした。ははっ、面白れー。


「そういうのやめろよ。ああくそ、悪かったってば」

「ちゃんと下にいてるから問題ないですよーだ。ほら、あっちいけっての。しっ、しっ!」


 手で追い払う仕草しぐさをすると、タケヒロはすごすごと去っていった。全く、何の用事があってきたのやら。あんなんでも陸上部のエースなので、それなりに女子からは人気がある。一時期はいらぬやっかみを受けて、大変な目に遭った。カザネは別に、筋肉に欲情するタイプの女子ではない。どちらかといえばもっと文化的で、物静かな方が好みだった。


 ――なんだか頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。タケヒロが急に現れて、場を引っき回したせいだ。不機嫌な顔をしてふんぞり返ったカザネの様子に、マキがくすりと笑みをこぼした。


「……なに?」

「ううん。淀木君も気にしてたんだなぁ、って思って」


 なんだそりゃ。気持ちの悪いことを言わないで欲しい。ただでさえ、タケヒロはカザネにちょっかいをかけてくる頻度が高すぎた。この前なんて学校から帰ろうとしたら、無理矢理陸上部の練習に誘われて付き合わされた。

 申し訳ないが、普通の人間がカザネを相手にして、勝負になんかなるはずがなかった。目立たないように手加減をするのだって、カザネにしてみれば相当に骨が折れる行為だ。「なるべく普通に」というのが、ソウタとの約束になっていた。以来昇降口から外に出る際には、周囲にタケヒロがいないかどうか確認する習慣になってしまっている。


 大体帰りが遅くなるとロクなことにならない。カザネはソウタの言いつけ通りに、至って一般的な女子高生として生活しているつもりだった。余計なトラブルは起こさない。この前のことは事故。カザネは本来被害者であるはずなのに、宮屋敷からはこってりと絞られる羽目になった。実に理不尽極まりない。


「それよりさ、聞いた? 駅前のガード下に、すっごく当たる占い師が来てるんだって」


 ああ、そりゃきっと魔法使いだよ。


 と、簡単に受け答えをする訳にもいかないのだ。友達を相手に、隠さなければいけないことが多すぎる。カザネはやれやれと頬杖ほおづえをつくと、とりとめのないマキの話に耳を傾け始めた。




「いようソウタくん、ごきげんよう」


 高校の校門を出てしばらく歩いたところで、ソウタは会いたくもない人物に行く手をふさがれた。白いスーツに、ラメの入ったピンクのシャツ。カザネに言わせれば死にかけたハリネズミみたいな髪型をした、無駄に体格ガタイの良いサングラスの男だ。素性を知らなければ、まずもってまともな職業に就いているようには見えないだろう。

 一応は、ベリルから報告は受けていた。異言語話者バルバロイが動いている。大方カザネの周辺をウロチョロとしているのだと思っていたら、案の定だった。こういうやからには、あまりカザネに近付いてもらいたくない。異言語話者バルバロイがどうのこうのではなくて、保護者的な観点からソウタは真面目にそう考えていた。


一ノ宮(いちのみや)さん、どうも」


 ぶっきらぼうなソウタの返事に、異言語話者バルバロイの外部担当者、第八の騎士(ナイトナンバーエイト)一ノ宮ダイトはにやり、と口角を持ち上げてみせた。


「つれないな。お互い知らない仲でもあるまいに」

「正直、あまり会いたいとも思っていませんでしたので」


 ダイトは異言語話者バルバロイから派遣されてきている、カザネとの交渉担当だった。カザネ関係で何かがあれば、必ず確認のためにすっ飛んでくる。ダイトの顔を見ない期間が長ければ長いほど、カザネは無事平穏に暮らしていると言えるのだが。


 今ここにダイトがいるということで、カザネとソウタの現状はして知るべきだった。


「これでも気を遣って、学校にはあまり近付かないようにしてるんだぜ?」

「当たり前でしょう。余計な波風は立てないでいただきたい」


 思わず声を荒げたソウタに向かって、ダイトはずい、と身を乗り出してきた。決して背が低くはないソウタを、ダイトはしかし真上から見下ろす姿勢となる。足元から黒々とした影が伸びて、ソウタの下に潜り込んでいるのが判った。サングラスの向こう側から、刺すような鋭い視線が感じられる。ソウタはそれを、真正面から受け止めた。


「それはこっちの台詞せりふさね。カザネちゃんは本来俺たちの一員なんだ。魔法使いが面倒を見ると言った以上、しっかりとその責任を果たしてもらわないと」


 異言語話者バルバロイは魔法使いでもなければ、まともな人間でもない。正確には、人間であることですら怪しい者たちだった。


 人であって、人でない者。その出自は様々だが、彼らは人の世界を追われ、魔法使いたちに実験の道具とされる自らの運命にあらがおうとした。その結果として生まれた集団コミュニティが、知る人ぞ知る異言語話者バルバロイだった。

 彼らは人の手の届かない場所に安住の地を見つけ、外の世界から仲間を受け入れつつひっそりと暮らしている。異言語話者バルバロイの里に入った者は、原則として二度と人の世には戻ってはこれない。また同時に、異言語話者バルバロイに認められない者は、何人なんぴとたりともその里に足を踏み入れることは許されなかった。


「ふん、何を偉そうに。八番目の愛人風情が」

「ソウタくん、大人しそうな顔して言うねぇ。俺は好きだよ、そういうの」


 異言語話者バルバロイがどのような組織形態を持っているのか、外部にはほとんど漏れ伝わっていなかった。ただ一つ明らかなのは、頂点に立つのが『雪の御子(スノーチャイルド)』と呼ばれる一人の女性であることだ。一ノ宮ダイトはその雪の御子(スノーチャイルド)に仕える、八番目の騎士だという。


「要件は判ってます。先週の件でしょう?」

「そう、それ」


 ダイトはぱちん、と指を鳴らすと芝居がかった素振りでソウタから離れた。異言語話者バルバロイの使う力は、魔術ではない。より直接的に世界に働きかけて、根本的にその在り方を書き換えてしまう。それも雪の御子(スノーチャイルド)から寵愛ちょうあいを受けている雪の騎士(スノーナイト)ともなれば、ソウタには想像もつかないレベルのはずだった。

 ……しかしだからといって、ソウタは一歩も退く訳にはいかなかった。ここでソウタが折れてしまえば、カザネの管理権限は異言語話者バルバロイにあっさりと奪われてしまう。そんなことになれば、二人はもう二度と会えなくなる可能性だってあるのだ。おいそれとマウントを取らせてしまってはいけない。たとえ虚勢きょせいに過ぎなかったとしても、ソウタはカザネのために精一杯その場に踏みとどまっていなければならなかった。


「先月からだいぶあったかくなってきてさ。俺もこの辺りにこう、ちょっと羽目外しちゃってる系のお馬鹿さんたちがき始めているって報告は受けてたのね」


 その話については、ソウタもベリルから聞いて知っていた。町内会の回覧板でも回ってきたくらいだ。不審な男が目撃されている。大体暗くなり始める夕方から、夜半にかけて。女性の一人歩きは気を付けること。

 どうやら相手は魔法使いでも人外でもなさそうだ。だったら特段影響はないだろうと、ソウタはそれを捨て置いてしまっていた。


 ところが――それが今回の問題の火種となった。


「で、先週。深夜の住宅街で、一人の男が無残な姿で発見されて、病院に搬送された。全裸だったのは本人の趣味。こいつがくだんの不審者であるというのは、その後の警察の捜査で判ったんだが……問題は、発見時の状態だ」


 ダイトはサングラスを下にずらすと、さもたのしそうにソウタの方に目線を向けてきた。監督不行き届き、とでも言いたいのか。ただあれはソウタに言わせれば不幸な事故に過ぎなくて、カザネはむしろ被害者の立場だった。責めを負うべき者がいるとすれば、それはその変質者一人だけのことだ。


 そしてその変質者の方だって、まさか相手が人ならざるケダモノであっただなんて考えもしなかっただろう。


「まるで高出力のスタンガンを長時間押し当てられたような酷い火傷やけどに、ショック症状。雷でも落ちたんじゃないかって、ネットでも話題になってたよ」


 み消しに動いたのは、宮屋敷だった。一度世間に拡散を始めてしまった情報をせき止めるのは、たとえ魔法使いであっても困難だ。今回のやり方は、まずは他の場所でちょっと漏電事故などを起こしてもらう。その流れで、そういった解釈も有り得るのだなぁ、などという認識を世の中になんとなく蔓延させておく。後は適当な芸能人のゴシップでも二、三件流してやれば、ネットギークたちは喜んで新しいネタの方に飛びついていってくれた。


「見たくもない男の裸を見せつけられたカザネに、同情くらいはしてやれないのか?」

「するさ。だからこそ、こうしてわざわざソウタくんに苦言をていしにやってきたのさ」


 そういうことか。ダイトの目的は、最初からカザネではなくてソウタだった。異言語話者バルバロイは攻撃の対象とするべき相手を誰にするべきなのか、きちんと把握している。ソウタはあきらめて、がっくりと肩を落とした。そういうことであれば、ここは大人しくみずからの非を認めて謝罪しておこう。恐らくは宮屋敷にも話は通っている。厳重注意処分、って奴だ。


異言語話者バルバロイはカザネちゃんの意思を尊重して、ソウタくんに預けているんだ。その期待を裏切るようなことは、しないでおくれよ。何しろカザネちゃんは、雪の御子(スノーチャイルド)から次の騎士に任命される可能性だってあるんだからな」


 カザネが雪の御子(スノーチャイルド)のお気に入りであるとは、ソウタも以前に聞かされていた。強い力を持ちつつも、外の人間とまともに関わることができる。それは異言語話者バルバロイにおいては非常に重要なスキルなのだそうだ。この一ノ宮ダイトもちょっと「まとも」とは言い難い男だが――これでも「かなりマシ」な部類なのだという。


「それじゃ、カザネちゃんによろしくねん」


 ひらひらと手を振ると、ダイトの身体はずぶずぶと地面に沈んでいった。後には影だけが残って、それも徐々に薄くなって消えていく。後には何も残されていない。魔術が使われた気配なんて、これっぽっちも感じられなかった。異言語話者バルバロイの持つ力――カザネにもある、人外の者たちの能力だった。


「……やれやれ、困ったものだ」


 そうは言われても、ソウタにはカザネを完全に制御コントロールできる自信なんて微塵みじんもなかった。痴漢に遭ったら、悲鳴を上げて逃げろとでも教えれば良いのだろうか。賭けても良いが、カザネはそんな言いつけなんて絶対に聞かない。黒焦げにするか、血だるまにするか。むしろ今回は殺さなかっただけ上出来だと、めてやるべき案件だった。


 後はこのダイトのおとずれを、カザネにどう伝えるべきなのか。


 新たな悩みの種を植え付けられて、ソウタはまた一つ溜め息をいた。


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