捨てた明日
『まーた無茶な特訓して! いくら蓮でも危ないからダメだって何度も言ってたでしょ!?』
クロ、姉…?
『まったく……蓮のお父さんに蓮のこと頼まれたんだし、なにより僕も心配なんだよ? もっとちゃんと言うこと聞いてほしいなぁ』
あぁそうだ……逃げちゃって、結局ケンカしたまま来ちゃったなぁ…………明日、謝らなくっちゃ……
………明日?
静かになった戦場に立つ影。東木は肩で息をしながら、やっと動かなくなった足元の少年を見ていた。無数のナイフが突き立った身体からは血だまりが広がっている。
竹槍なんて多くの人が関わった兵器なんて召喚してしまったため代償の走馬灯も酷かったが、マスクで吸入している安定剤のおかげもあって徐々に落ち着いてきた。この苦痛は何度体感しても、やはり慣れるものではない。
……さてこいつだが、どうしてやろうか。身元を調べたのちに晒し首にして………いや、さすがにそれは中立組織の奴らが黙ってないか。
まぁとにかく本部に持って帰って……
「いらない」
聞こえた瞬間、少年に刺さっていたナイフの1本が目の前に飛んでくる。既のところで避け、後ろに飛び退く。
なっ……まさか、まだ生きていたのか!?
「馬鹿だなおれは…この期に及んで、まだ、生きて帰るつもり、だったなんて………こんな惨めに、逃げた先の、明日なんて、いらない…いらないんだ……………それならおれは、こいつらに、一矢報いて……」
ボソボソと呟きながら、虚ろな目で、少年が立ち上がる。その目に再び文様が現れた。
「しぶといやつめ、今度こそ息の根を止めてやる……!」すぐさま構えを取るが、なにやら少年の様子がおかしい。
目の文様が赤く光り出し、突き出した右手の太刀も徐々に赤く光り出したのだ。少年の周囲の空気も揺らいでいるような気が………
「…………今日、ここで死んでやる」
何かする気なら、こいつが動き出す前に先手を!と身構えた瞬間、今まで感じたことないほどに強烈な痛みに襲われた。
「ぐあああああああ!!! ぁぐ…………あ、熱…いっ!!」
高熱で粘性のある、液体…? ……いや、これは溶けた鉄!! まさかこいつ、こんなことまでできるのか!?
顔を上げると、熱に気を取られていて気がつかなかったが、少年は走りすぐ近くまで接近していた。
まずい、なんでもいいから何か召喚し「あついんだよくそがあああぁあぁぁあぁあああぁああ!!!!!」
困惑した頭ながら、咄嗟に盾を召喚することができた。しかし蓮の体は即座にそれを溶かして真っ二つにする。東木は悟った。何を召喚していたとしても、このときの少年の勢いは止めることができなかったであろう、と。
叫びながら蓮は、右手の赤くなった太刀を勢いに乗せて振り上げる。その切っ先は東木の脇腹から胸にかけて……そして顎、マスクを破壊する。
後ろによろめきながら、外れてずり落ちるマスクを掴む。 しまった……薬のカードリッジが壊れて、使い物に、ならなく……………
ずぷっ
東木は目を見開く。その胸には深々と刃が突き立てられていた。その熱で傷口が焼かれる音が聞こえてくる。
「あああぁぁああぁあああ!!」東木は痛みに悶えながら蓮の胸を蹴りとばし、しばらくフラフラとしたあと糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
蹴り飛ばされた蓮は、動くこともなくそのまま地面に倒れこむ。
……クロ姉、ごめん…おれ帰れそうにないや………たぶん許してくれないだろうけどさ……父さんにはおれから言っておくから……………だから…………
やがて金属の焼ける音が収まり、戦場には静寂が訪れるのであった。