DREAM DIVER 始動after...
夜も更けて昼間とは歩く人々の顔ぶれも変わる時間帯――。眠らないこの街には灯りが灯され、まだまだ人が行き交っていた……。
「まだお仕事?総監ともなると大変ね」
「…そう思っているなら少しは自重しろ。わたしの仕事にはお前の尻拭いの分も入っているのだからな…」
DLS治療室日本支部のビルにも、まだ残っている人物がいた。彼が深夜オフィスでデスクワークに追われている所に、一人の女性が入ってくる。彼女は室内のソファーに腰を下ろした。
「……で、オリタは続きそうか?」
西羽根の問いに、彼女はソファーの背もたれに身体を預けながら答えた。
「…まだ分からないわ…結果は後になってみないと、ね」
そうでしょ?と、言わんばかりに西羽根を見やるジェシカ。彼女は言葉を続ける。
「でもまあ、最低限の要求事項は合格ラインじゃないかしら。素養もあるし、素質もそれなりに向いてそうよ…彼もこれからどうなるかは、後は彼自身ね。独り立ちできるよう教えるつもりだけど、患者は待ってはくれない。悠長に手取り足取りはムリな話ね。実戦で学んでもらわないと追い付かないわ」
「それが今日、オリタを無理矢理潜入に引き込んだ言い訳か?後付けだな…聞けば再ダイブ時に、患者の意識に取り込まれかけたそうじゃないか。下手すると監理不十分で責任を問われるばかりか、貴重な新入ダイバー捜査官を失う所だったのだぞ」
西羽根がジェシカを厳しい目で見る。電子端末の上の彼の手は、止まってしまっていた…。ジェシカはやれやれ、という風に肩をすくめる。
「…総監は良いスパイをお持ちのようね」
「お前が報告せんからだ。いい加減にしないと、マキタかアサイに副監理官の座を明け渡すことになるぞ」
「それって脅し?」
「脅しではない。このままお前が素行を改めないならそうなる、という先を見据えた“助言(アドバイス)”だ」
「“警告(ワーニング)”の間違いじゃない?」
段々、二人の会話が加熱してきた。ジェシカが背面から身体を離す。
「わたしは副監理官の椅子にこだわるつもりはないわ。かといってクルーたちの命を危険にさらすつもりもない。オリタのことも、行けると踏んだからダイブさせたのよ。そして貴方が思っているような重大なことは、起きていないから伝えなかった。この説明では不足?」
ジェシカの声が剣を帯びてくる。西羽根も負けじと声を強めた。
「お前は耳も馬なのか?お前のその認識が危険だと言っておるのだ。百歩譲って、ダイブの件は良しとしよう。実戦でないと学べないこともあるからな…しかし、取り込まれそうになったのは話は別だ。なぜオリタから目を離した?どうして警告しなかった?意識を同調させ過ぎると、取り込まれる危険性があることを」
「警告したわよ、患者の意識にむやみに近づくなってね…彼が聞かなかったのよ…」
ジェシカが大きな溜め息をついて、再び背面に勢いよく背を預ける。西羽根も彼女の言葉に少しクールダウンしたのか、ゆっくりと息をついた。
「…ならば仕方ない。すまなかったな、熱くなり過ぎたようだ…」
「気にしてないわ。人手不足が深刻なのはわたしも痛いほど解るから」
ジェシカの所はまだ何とかなっているが、ダイバー組織全体の人手不足は深刻な問題だ…。唯でさえ成り手が少ないダイバーたち…なるには特殊な訓練が必要な上に、試験によって合格できる人数も狭められている。それは、迂闊に水準の低いダイバーを増やして、夢迷い症候群の患者を発生させないためであるが、その精鋭部隊を作りたいがために現場のダイバーたちが過酷なダイブワークを強いられていると言ってもいい。とりあえず人手不足を解消するために、未熟なダイバーたちを現場に投入してDLS患者が大量生産されるリスクを負うのか、このまま慢性的なダイバー不足を抱えて、ダイバーたちが燃え尽きるまで動かし続けるのか……今、ドリーム・ダイバーの世界は重要な岐路に立たされていた―……。この転換期に織田を新しく入れた意味は何なのか。西羽根は眼鏡を外して目の間を揉んだ。
「……我々は次世代のダイバーを育てねばならん。それが今を生きる我々の義務であり特権だ…ドリーム・ロスト・シンドロームがこの世に蔓延り続ける限り、我々はそれと闘っていかねばならない…」
「まるで映画のラストシーンね…わたしも同感だけどね…」
ジェシカが淡く笑んで言った。ソファーから立ち上がる。
「仕事の邪魔したわね。また明日」
「ああ」
ドアの前に立ち、『そうだ、』とジェシカが振り向く。
「オリタの歓迎会、総監も来れば良かったのに。事務処理なんて気を遣わせないための口実でしょう?」
ジェシカがいたずらっぽく笑った。西羽根が眼鏡をかけ直して言う。
「…わたしがいないほうが皆楽しめるだろう…それに、仕事が残っていたのでな……」
再び手を動かし始めた西羽根にジェシカは、ふっと笑って総監室を後にする。少しすると彼の部屋からはまた、電子端末のキーボードを叩く規則的な音がして、夜の窓辺に溶け込むように響くのであった―……。