DREAM DIVER Real or Game?5
結論を先に言うと、ヨコタから勧められたゲームは非常に面白かった。
(……久しぶりだね……こんなに熱が入ったゲームは……)
ヨコタの家からの帰り道、神山はさっきのゲームのことを考えながら歩いていた。
(ストーリーもそうだけど、あのリアル感、本当にそこに、ゲームの世界の中に入っているような感じ、やっぱりVRゲームは違うな……)
いまだ熱の冷めやらぬ頭で、神山は先ほどのゲームプレイの感覚を追う。ゲームのストーリーはよくあるRPG(ロールプレイングゲーム)系の、役割を決めて、それに沿って仲間と共に旅に出て冒険したり、モンスターを倒したりする昔からあるものだった。キャラクターの職業(ジョブ)も、戦士や剣士、魔法使いに治癒師、勇者に賢者といった、ファンタジーにてよく聞き慣れたものだ。ちなみに神山は魔法使い、ヨコタは剣士を選んだ。プレイ方法は、今回はネット通信によるオンラインリアルプレイは、未成年者ばかりということと、履歴によって兄にバレるかもしれないことへの恐れから致し方なく避け、ゲームソフト内のAIを用いたオフラインプレイだけに留めた。それでも神山を充分満足させることができる程に作り込まれていた。
(…ストーリーの柔軟性、多様性……既定のAIの固定のオフラインプレイでもあれだけの分岐と対応がある……そしてVR――……本物のような美しいグラフィックは当然のこと、サウンドや歩く感覚……平衡感覚と空間認識能力を使う感じも味わえる……)
神山は知らぬ間にたどり着いた我が家へと入り、自分の部屋へと向かう。鞄を下ろして長く息をついた。おもむろに瞳を閉じてさっきの映像を、自分が“実際にいたかのように”感じた場所を目蓋の裏でなぞる。とても仮装グラフィックとは思えない程に澄んだ青空、その下に広がる青々とした草原。森へ入ると耳に届く現れたモンスターの唸り声、肉薄する息遣い。隣りで戦う胴に銀色の鎧を纏ったヨコタの剣と敵の刃が激しくぶつかり合い響く、金属の削れるような高い音。そして自分の掌から生まれる、現実では持ち得ない魔法の力。それは自分の思いのまま、望むがままに発現し、形を変え願い通りの結果を描く。神山は無意識に自分の手を握り締めていた。そこはもう本当に、『仮想(ヴァーチャル)』とは言えない程にリアルな世界だったーー……。
「……これは確かに、中毒になる人がいるのも分かるね………」
眉を引き寄せて神山は苦笑する。マズい、と思う。このゲームには依存性がある。政府が年齢制限を設けているのにも大きく頷ける。『だけどーー……』と、神山は薄く目を開けた……。
「……僕の望む世界がそこにあるのなら………」
彼は求めてしまっていた。新たな刺激を、新たな世界を。彼は見つけてしまった。平穏で同じ日を繰り返す、退屈な毎日という閉ざされた部屋から逃れる扉を。その世界へと通ずる扉の鍵を手に入れなければ。幸いなことに、鍵を見つける手段はもうすでにその手の中なのだからーー……。
「うっす、おはよう!寝不足なってねーか?昨日興奮してさ」
「…なってない……と言いたい所だけど、中々寝付けなかったよ。やっぱり余韻が残ってて」
次の日の通学途中、話しかけてきたヨコタに神山は肩をすくめて応対する。昨日の夜に寝るのが遅くなってしまったのは本当だ。だが、あのVRゲームのせいだけではない。並んで歩きつつ話を続ける。
「じゃあ今日も俺ん家寄ってけよ!昨日の続きしよーぜ!」
「……今日はちょっと……ていうか、お兄さんにはバレなかったの?」
一番気になる部分を聞いてみる。ヨコタは『あ〜』と、頭の後ろを掻きながら苦笑する。
「絶っ対バレない!って思ってたんだけどな〜、昨日兄貴が帰ってきて部屋に入ってすぐに、『お前、今日俺の部屋に入っただろ!』……ってさー……」
「……だろうね………」
むしろなぜバレないと思ったのか。VRゴーグルを探す時にあれだけ漁ってれば、物凄く敏感な人でなくても気づく、と神山は思う。
「それでVRゲーム勝手にやっちゃったのもバレちまって。『勝手に人の部屋に入るな、ゲームをするな!』ってすげー叱られたよ」
「災難だったね……止めなかった僕も悪かったよ……ごめん」
ヨコタの誘いに乗り、挙句他人のPCのハックまでしてしまったのだから、神山も少なくない責任を感じていた。しかし、それでは今日また一緒にそのゲームをしよう、と言うのはどういうことなのだろうか……。謝った神山にヨコタは大きく手を振って言う。
「いいんだ、誘ったのは俺だし、神山はパスワード解いただけだから」
それが一番重大なのだが。神山が気にかかってたことを聞く。
「…そうだ、お兄さん、誰がパソコンのロック解除したか聞いてきた……?」
これも胸のそわそわ感として、睡眠を減らす原因の一つではあったと思う。そんな神山の心配をよそに、ヨコタはケロッとした声で言う。
「ああ、『パスワード変えたはずだけど』って言われたから、当てずっぽうで入れたら開いた、って言っといた。怪しい、っつって不審そうに聞かれたけど、まあ、何とか誤魔化しといたぜ」
「…ありがと……ホント悪かったね……」
何気に友人に迷惑がかかっていることに、神山の申し訳ない気持ちが増す。ヨコタの兄は、まだ本心では納得していないだろう。事あるごとに聞いてくるかもしれない。向こうに学校の門が見えてきた。足を進めつつ口を開く。
「また聞かれたら、僕がプログラミングかじってて、ついお遊びでやっちゃったって言っといてくれる?必要だったら謝りに行くから」
「まあ、もう大丈夫だと思うけどなあ……そうそう!いいんだよ!それでこってり絞られたあと、どうしてもって言うんなら“許可”さえ取ればやらせてくれるって!!」
「…ヨコタのお兄さん、本当に優しいね……というか、良い人なのか悪い人なのか分からなくなるよ……」
神山が思っていたよりヨコタの兄は、弟に甘い兄貴分のようだ。しかし、年齢制限付きのゲームをそれと知りながら未成年者に許してしまうのはどうなのだろうか、とも思う。
「あと、絶対オフラインで遊べよ、って。オンラインプレイは年齢誤魔化してんのがバレるからって」
「うん、そうだね……会話してたら何となく分かるもんなんだよね」
社会人か否か、プレイしている間の会話で、ある程度勘の良い人ならば気づかれそうだ。学生と社会人は生活リズムもスタイルも少しずつ違う。そういうところでもバレそうなものだ。でも中には上手く誤魔化して、学生であってもあのゲーム内の世界に紛れ込んでいる人は一定数存在していそうであった……。
「そんなわけで今日もやらねーかと思ったんだけどなー」
「…今日はごめん、ヨコタ……ちょっと用事があるんだ……」
神山が申し訳なさそうに断る。そんな神山にヨコタの瞳がギラリと光った。門の前で神山の肩をガシッと掴み言う。
「……お前まさか、“デート”か!?デートなのかっ!?」
「ちょ、離してよ、ヨコタ……!違うってば……!!」
「お前、嘘はいけねーぜ!!俺はなあっ、知ってるんだぜ!お前がモテるってことをよ!!」
「だから、モテてないし、デートでもない!いい加減にしてよ……!!」
朝の中学校の校舎に、肩を掴まれガクガクと揺さぶられた神山の憐れな悲鳴が吸い込まれていったーー……。
「……今日は酷い目に遭った………」
帰路についていた神山は、今日の学校でのことを思い出して、いつもより深い溜め息をつく。何を勘違いしたか、今日は用事があるとゲームの誘いを断った神山を、デートだ!と騒ぎ立てるヨコタによって今までになく賑やかな一日になった。クラスの男子たちからは、『裏切り者!』と、叫ばれるし、他愛ない用事で少しでも女子と話そうものなら、『怪しい……』と胡乱な瞳で見られるし、事あるごとに話題をそっちに持っていこうとするヨコタたちに神山はげっそりしたのであった……。
「……ああ……疲れた………」
中学生って、何であんなに恋愛系の噂話が好きなんだろう……と、自身も中学生であることを棚に上げつつ遠い目をする神山。したいゲームがあるから、とかなんとか言って適当に誤魔化しておけば良かった。というのも、これからある神山の用事というのは、正直に話すのを憚られるような類のものだからだ。家に着くと、挨拶だけしてすぐに部屋に篭る。服を着替えて、夜に備えてベッドに潜り込んだ。
「……父さん、何時くらいに帰って来るかな……」
携帯端末でアラームをセットして神山は目を閉じたのだった……。
「…ん……九時過ぎか……一回降りてみよう……」
時刻を確認し、服を整えて一階へと降りてゆく。リビングでは父親がゆっくりとお茶を飲みながらテレビを見ている。母親は洗い物中だった。
「…父さん、お帰り……」
「ん?ああ、ただいま」
「今日はちょっと早かったね……」
「ああ、まあな……」
弾まない会話。決して仲が悪いわけではない。ただ、お互いあまり相手に関心が無いだけなのだと思う。それをキッチンで母親が盗み聞いている。手を止めてこちらへと歩いてきた。
「…アキヒト、夕飯まだでしょ?食べときなさいよ」
「……夕飯、何……?」
「今日はハンバーグと野菜スープ。今注ぐわね」
「…ハンバーグだけ食べるよ……」
「もう、また好き嫌いして。そんなだから身長伸びないのよ?ちゃんと食べなきゃ」
母親はそう言いつつもハンバーグを温めてくれる。神山は面倒くさいと思いながらも、黙って出されたものを齧った。と、そこに玄関のベルが鳴る。来たか、と神山は瞳を上げる。
「こんな時間に誰かしら……」
「…父さん……」
「…ん……よっこいしょっと……」
神山が合図を送ると、父親はソファーから立ち上がって玄関へ向かった。
「今晩はー、宅配便です!」
「はいはい、ご苦労さん…」
「『神山 晃典(カミヤマ アキノリ)』様、ご本人様でしょうか?」
「ああ」
「では、こちらにハンコをよろしくお願いしまーす!はい、ありがとうございました!」
「ご苦労さん……」
宅配人から段ボール箱を受け取った父親がリビングに戻ってくる。母親が不審そうに覗き込んだ。
「……何、それ………」
「…ん…アキヒトのらしいぞ……アキヒト」
父親からそれを受け取る。見た目の割に箱は軽かった。
「ありがと……間違って悪かったね……」
「構わん……勉強も怠らずな……」
「うん、分かってる、大丈夫だよ……」
それだけ言葉を交わすと、父親はテレビの前へと戻って行った。その箱を持って二階へ上がろうとすると、母親に止められる。
「アキヒト、それ何なの?」
「……パソコンで使うものだよ……」
「そんなこと言って、またゲームじゃないの?」
「…だったら何なのさ……」
しつこい母親に段々口調が雑になる。母親が目を吊り上げて詰め寄って来た。
「アンタね、家に帰ってからずっとゲームばかりじゃないの!四六時中ゲームばっかりして、いい加減にしなさいよ!」
「勉強もしてるだろ。この前のテストの結果見なかったの?」
「…そう言う問題じゃないのよ……」
「じゃあ、どういう問題なのさ……」
一触即発という体になる。怒りを抑えるように首を振って、呆れた様子で母親が父親にも話を振った。
「お父さん、お父さんも何か言ってやってよ……」
「……うん……まあ、アキヒトも勉強はちゃんとしてるんだから良いんじゃないか……?」
「お父さん!!」
母親がヒステリックに叫んだ。今度は父親に詰め寄る。『ちょっとは子どものことを考えてよ!』という母親の声と、その声を顔をテレビに向けたまま聞き流している父親。それらを後にして、神山は自室へと戻った……。
「…はあ……面倒くさい……」
神山は手渡された箱を机の上に置いて、椅子の背もたれに背中を預けた。母親はどうしてあんなどうでもいいようなことでムキになるのだろうか。ゲームをしてようが勉強をしてようが、人のしていることなど、他人には関係無いことだろうに。世間的には、父親のように子どもに関心が無さ過ぎるのもアレなのかもしれないが、母親みたいに一々干渉してくるのは、神山にとって耐え難いものがあるし、そうする意味が分からなかった。溜め息も出るというものだ。
「…ホントに面倒くさい……」
そうぽつりと呟いて、息をつく。しかし今は、それより高揚感のほうが勝っていた。身を起こして、机に置かれた箱を開封する。急く気持ちを抑えて乱暴にならないようにした。
「…これか……」
出てきたのは、昨日ヨコタの家で遊んだ時に使ったものによく似た物、“VRゴーグル”とその周辺機器のセットだ。そう、神山はこれを手に入れるために昨日の晩から今日にかけて密かに奔走していたのだ……。
「父さんに嘘をついたのは、少し申し訳ないけど、何とか上手くいって良かったよ……」
神山の言う嘘、また計画とは、父親の名義でこのセットを買うことだった。“VRゲーム”関連のものは、年齢制限がかけられている。それゆえ、VRゴーグルを買う時にも、宅配便の受け渡しの時にも、年齢の分かる身分証明が要るのだ。電話番号や住所はもちろん、会社の所在や、下手をすると会社まで確認の電話がかかってくる。もちろん、未成年者にもそうしたものを売りさばくような、裏の店みたいなものもあるのだが、そこまでするリスクは負いたくなかった。そこで考えた神山が選んだのは、父親名義でゴーグルを買って、『名前を間違えた』と言って宅配人から受け取ってもらうことだった。この計画には、深く聞かれるとバレるということと、まず父親に拒否されるという可能性もあったのだが、神山は八割から九割いけるだろうな、とふんでいた。神山の父親は息子にさして関心を抱いてないし、勉強さえ出来ていれば、それなりに何をしても良い、という父親の思考を知っていたので、実行に踏み切った。父親を騙すことになるのには、わずかな良心も痛んだが、法を犯すことについては、もうあと数年すれば成人するのだし、みな法の目をかいくぐってやっている人もいるのだからと誤魔化して、それほど胸は痛まない。
「……ヨコタにも悪いけどね………」
今日ゲームに誘ってくれた友人の顔を思い出す。神山がコソコソこんなことをしていると知ったら、彼はどんな反応をするのだろうか。がっかりする?貶す?ののしる?それは悪いことだと、非難する?それとも『ズルい!!』と言って一緒にやろうとせがむ?明らかに後者だろうと、神山は苦笑しながら機器をセットしてゆく。コンピュータを立ち上げ、ゲームをダウンロードする。その時にも年齢制限があるので、名前や生年月日、アドレスやパスワードなどを打ち込まなければならないのだが、問題は無い。ここも父親の名前と事前に調べておいたパスワードなどを打ち込んでいく。
「…こんな所にも、ハック能力が役立つなんてね……」
神山は、今自分は完全にブラックなクラッカーだ、と自嘲した。そうして父親、『神山 晃典』に成りすまし、ほぼゲームの初期登録とセットアップを終えた。
「……さて、いよいよだね………」
ゴーグルを着け、ゲーム内のキャラクターの設定に取りかかる。
「…ああ……やっぱりリアルだ……」
思わず感嘆の溜め息が零れた。浮かび上がるキャラクターの全体像、ぐるりと三百六十度どこから見ても、まるで本当にそこにその人物がいるみたいだ……。選べるキャラクターの種類や、作り込みパーツの数も多い。これを全部見て選ぶだけで一晩かかりそうだと感じた。
「…とりあえず、簡単なパーツだけ選んでキャラを作ってしまおう……ジョブは、と……」
神山は、これまた多数あるジョブの組み合わせの中から、“魔法使い”を選んだ。“魔法剣士”も魅力的だったのだが、自分の性格からして最終的に使うのは魔法だけになるだろうと、それにした。次々とパーツを選んでキャラデザインを完成させてゆく。
「…とりあえずこんなものか……」
しばらくして神山は詰めていた息を吐き、一旦コンソールから手を離した。彼の見つめる先の画面上、いや、神山の目の前には、灰青のフード付きのローブを纏い、モノクルを左目に付け、長いロッドを手にした金茶色の髪の青年がいた。どことなく神山に似ている。なかなか良い感じだ、と無意識に口端が上がる。
「あとはゲームにログインするだけ……」
そこで彼の手が少し躊躇する。こういうVRゲームを楽しむホームは大きく分けて二つある。一つはネットに接続せずにプレイするタイプ。もう一つはオンラインでプレイするタイプだ。ネットに接続しないタイプのほうは、ヨコタの家で体験した。それでも充分楽しめたし、まだやり込み要素がありそうではあった。しかし、口コミではネット接続してプレイするオンラインのほうが断然面白いと言われている。
「…学生だってのがバレる確率は高くなるけど……」
今更身バレが恐くて、おどおどしながらオフラインプレイに甘んじる、というつもりは無かった。ここまで来たらとことんやる。神山はカーソルを移動させ、オンラインプレイを選択、クリックしたーー……。
「……ここが……VRゲームの世界……」
彼の目の前に新たな世界が扉を開けた……。そこにはひと昔前の欧州のような光景が広がっている。煉瓦や石造りの建物に石畳の道。人々の服装も長いドレスやクラシカルなデザインの洋服、騎士のような金属鎧のものを身に纏った者や、軽装だが皮鎧の傭兵風な男性も。金髪銀髪、碧眼金眼、果ては何やら猫の耳やら尻尾やらを持つ女性もいる。それら現実なら、神山の周りには到底いないような人々が、賑やかに市場を練り歩いていた……。
「……すごい………」
思わず立ち止まってひと言零す。目の前と言うよりは、中にいる感覚。自分が本当にそこにいるような感じになる。と、立ち尽くす神山の眼前、空中にエアーディスプレイが浮かび上がる。所謂ゲームや小説、漫画でよくある、ステータスウィンドウってヤツだ。後ろの人々が透けて見えつつも、文字が読める仕様のそれを、神山は目で追う。
「…“真っ直ぐ行った所の大きな建物にギルドという所があって、そこで登録ができます”……か…本当に凝ってるね……」
そのステータスウィンドウの仕掛けも、ギルドに登録というシステムも、本当によく出来ている。恐らくそこで登録すれば、リアルのネットワークでもそのように記録されているのだろう。この世界と現実の世界が連動しているのだ。神山は自分の胸が高鳴るのを感じた。
「……早く行ってみよう……」
彼は早まる鼓動を抑え、いつになく瞳を輝かせながら、ローブを翻して新しい世界で足を踏み出したーー……。




