DREAM DIVER Real or Game?2
昼下がり、織田はDLS(Dream Lost Syndrome)治療室の入っているビルに来ていた。ここのビルの幾つかのフロアーは、トレーニングルームとして取り分けられている。WD課の事務職員や他、関係職員もここでトレーニングをすることができる。
「…ハァ……シャワー浴びてくるか……」
ジムで一汗かいた織田は、汗を拭ってシャワールームへと向かった。
Dream Diver(ドリーム・ダイバー)は激務だ。夢の世界でのお仕事と聞くと、なんて夢想的で楽しそうなのだろうと思うかもしれないが、実際はひどく現実的だ。現実(リアル)の世界に疲れた人たちがその逃げ場、また現実の延長としてその世界を造り上げているからだ……。そんな世界にどっぷりと浸かるのだ。見ず知らずの他人の、それも問題を抱えた人の話を延々聞かされる身のことを考えてみて欲しい。それに最初はその問題の原因さえ分からないのだ。それは凄まじく退屈で、どうでもいいような、それでいてあてどもなく何かを探している、そんな状態だろう。それと共に、身体面での負担もある。そのような疲れる環境に連続して、時には昼夜問わず潜ることが求められる。精神は絶え間なく活動しているが、肉体は強制的に眠らされる。よって、ダイバーたちは普通の人よりも長く睡眠体勢にいることになる。夜寝ているような眠りではなくて、ただ横たわったままということだ。つまり、身体が鈍るのだ。
「…はぁ……さっぱりした……」
オレンジブラウンの髪をタオルで乾かしながらシャワールームから出てくる。備え付けられた鏡の前で自身の身体をチェックした。
「……なかなか筋肉付かねえな………」
織田は鏡の中の自分の姿を見て、小さくぼやく。はたから見ると、割と肩幅はあるし、細身ではあるが引き締まっていて程よく筋肉が付いているように見えるのだが、彼は不満らしい。
「マックとか凄いもんなー……」
織田は以前に着替えの時見た、同僚の姿を思い浮かべる。彼は正しく脱いだら凄かった。貴公子然とした見た目からは想像出来ないほど、イイ身体をしている。異様な程ムキムキではないが、美しく均整の取れた身体つきに仕上がっているのだ。
「…アサイは上背があるしな……」
織田の頭の中にニヤけた髭面の男が浮かぶ。浅井は背が高い。WD課の中で群を抜いている。それだけでアドバンテージがあるというものだ。マックほど筋肉量がある訳ではないが、身長のおかげか、スラッとしてスタイルも良く見える。羨ましい限りだ。織田も低いほうではないが、浅井の隣に並ぶと頭一つ分以上の差がある。というか、WD課の面々は高身長のメンバーが多い。一番低いのは総監理官だろう。
(…副監も、身体鍛えてるんだろうか……)
ふと頭に浮かぶ、彼女のカラダ。彼女は脱がなくても、スタイルがかなり優れているのが分かる。美しく整ったバスト、細くくびれたウエスト、形の良いヒップ……。
「……っ………」
思わずなぞった彼女の身体のラインに、独り赤面する。どうしても先日の妄想が頭から離れない。筋肉的な意味で考えていたのに、いつの間にか性的な瞳で見てしまっていた。ジェシカの実際の裸など見たことがないのに、頭の中で彼女の服を脱がしてしまう。
(……自分の上司でこんな妄想するなんて、マズいよなあ……俺……)
グシャグシャと頭をタオルで乱暴にかきまぜ、顔を両手で叩いて息を吐く。
「…はぁー……ちょっとリラックスルーム寄ってくか……」
浅井やマックに対する、他人から見たら可愛らしい嫉妬心と、年頃の青年らしい、ジェシカへの欲望を頭を振って払い、織田はシャワールームを後にする。こうして織田らWD課のメンバーが定期的、また積極的に身体を動かすのには理由がある。長時間横たわった姿勢でいるがゆえの運動不足を解消するためである。そんな風に自身の身体のためでもあるのだが、もう一つ大きな理由があったりもする。彼らは一応『警察官』なのだ。一応、というのは、他の課の警察官たちとは大きく仕事内容が異なるため、今でも世相や政界内、警察内部でさえも意見が分かれているからだ。業務的にも警察官と言える部分は少ない。どちらかと言えば彼らの仕事は、“治療行為”に当たる。だから、なぜドリームダイバーが警察管轄なのか、疑問に思う人も大勢いる。それでも彼らは警察という組織に所属しているし、『捜査官』の名を与えられている。職務は全然違うが、その末端と言えども警察官に求められている役割は認識している。それゆえ、彼らはいざという時に動けるように身体を鍛えておくのである。曲がりなりにも実動の警官がへなちょこでは話にならない。と、織田は思っている……。
「あれ、オリタ今日非番じゃなかった?」
織田がリラックスルームに入ると、筋肉とは無縁のような彼――ひょろっと細い体型ーーをした神山がいた。炭酸飲料とスナック菓子を片手に携帯端末を弄っている。
「…そう言うお前こそ、今日は非番じゃなかったのか?」
織田は自動販売機でボトルに入った水を買い、栓を開けつつ神山の前のソファに腰を下ろした。自分たちはまだ見習い期間だったり、ダイバーランクが低いので、基本、5A(ファイブ・エー)ダイバーである副監理官と同じシフトになっている。今日はジェシカが休みなので二人共休みのはずだった。
「僕はトモとリャドの応援だよ。今日運ばれて来た患者がゲーム中毒でさ、ちょっと聞きたいことがあるって言うから、駆り出されたってワケ」
「…そうか……お前、ゲーム詳しいもんな…」
「誉め言葉と受け取っとくよ」
神山がチラリと瞳を伏せながら織田を見た。今日のシフトは牧田とマックだ。牧田がいれば、マックも御せられるであろう。織田はボトルに口を付けながら、ぼんやりと思いに耽る。神山はゲームに詳しい。自身もゲームとか電子機器が好きなのだろう、常に電子端末を弄っている姿を見る。その知識や考え方が、患者を浮上させるのにも一役買っているのだろう。ここに運ばれてくる夢迷い病患者の中には、一定量でゲーム中毒だったり、ゲームの世界に依存するがゆえに夢迷い病になった依存症の人がいる。そのような人たちを目覚めさせるのに、神山はなくてはならない存在なのだ。そこまで考えて、織田は神山に対して色々疑問に思うことがある。電子端末に指を華麗に滑らせている神山を眺めつつ、何気無しに口を開いた。
「……お前っていくつなんだ?すっげー若いよな?」
「……すっごい若いってわけじゃないけど……十七だよ…」
「若っ!!十分若過ぎるよ……何歳からやってんだ、この仕事?」
「ん〜……、義務教育卒業してからだから……十五歳くらいかな」
「…十五!?十五って…ちょっと待て、確かダイバー規則に、ダイバーの試験を受けられるのは十八から、ってあったよな……?」
神山の歳に、衝撃と疑問が同時にやって来る。神山はニヤリと笑って答えた。
「ま、僕の才能ってヤツ?」
「…お前、ほとんど本気で言ってるだろ……」
織田は呆れたように言うが、あながち誇張でもないか、とも思う。
「まあ、この前すっげー難しそうなプログラム、即興で組んでたもんな……俺もちょっとはかじってるが、あんな量をあのスピードでは組めない」
『レインボー・ドリーム』の件を思い出してそう言った。その言葉に、何でもないように神山が言葉を重ねる。
「…まあね、プログラミングは小さい時からずっとしてきたし、好きだから。そっち方面の才能は確かにあったんだろうね…」
今も“それ”を打ち込んでいるのか、彼の手は忙しなく端末上を動く。
「でも、本来、未成年者が潜ること自体はあまり推奨されてない。感情も不安定で、経験も浅いことが多いから。ただでさえ不安定な患者の無意識内に、これまた不安定な感情の持ち主が潜ってみてよ、意識体が影響し合って、ダイブルームが阿鼻叫喚さ。ただ、織田も養成所で耳にタコが出来るくらい聞いただろうけど、この業界は本当に人手不足なんだ。僕が特別に十五で試験を受けられたのも、単純に人手不足解消が入ってる。それと将来的に、とりわけ若い人材を早くから取り入れるための実験的要素もあるかな。副監の推薦も大きいかも」
「…なるほどな……お前、ホント若くからよく出来てんな……」
感心する織田に、『後はやっぱり才能』と、強調する神山だった……。彼は電子端末から目を離さずまでも、少し横目で織田を見て、話を続ける。
「そう言うオリタだって若いじゃないか、二十くらいだよね?」
「ああ、だがお前には負けるよ…」
「オリタも充分エリートコースだよ」
「そんな良いもんじゃないって……なあ、お前はどうしてドリームダイバーになろうって思ったんだ?」
「………………」
突然の核心を突く質問に、神山の手が一瞬止まった。言葉に詰まって押し黙ったようにも見えた。織田は瞬間、マズい、と後悔した。つい、今までの自然な会話の流れでポロリと聞いてしまった。聞くつもりはなかったのだと言ったら、それはそれでアレなのだが、そう、聞くつもりはなかったのだ……。慌てて言葉を見繕う。
「あ、悪い……そうじゃなくて……というか、良いんだ…言いたくなければ……何か変な質問しちまった……悪い……」
頭に手をやりつつ、気まずそうに謝る織田。それを見て、神山はしばらく電子端末を緩やかに操作して、やがて小さく溜め息をついた……。
「…別に良いよ……隠してた訳じゃないし。でも、オリタ、もしかしてアサイにも聞いた?皆にその質問して回ってるんじゃないよね?」
そう言われて、ギクリとした。織田は、以前浅井に同じような質問をしかけたことがある。その時は寸前で笑顔の彼に止められた。今思えば、もしかしたら彼にも思うところがあったのかもしれない……。あまりにも自然に躱されたから、今の今まで忘れていたが。だが逆に、あの自然過ぎる止め方は不自然だったような気もする。隠していた悪いことがバレた時の子どものような気持ちになりながら、織田は口を開こうとするが、先回りされる。
「その感じだとありそうだね……」
「………実はアサイに聞きかけた……」
「はあ……やっぱりね……アサイか…言わなかったでしょ?」
「…ああ……質問する前に遮られた……」
『だろうね』と、言う神山に織田は顔を上げる。それに答えるように神山が話す。
「ドリームダイバーになる人って、色々あったり、それこそ爆弾抱えてる人も多かったりするから、むやみやたらにそういうこと聞かないほうが賢明だと思うよ」
爆弾て何だ、と思わず白目を剥きそうになるが堪える。
「…そうなんだな……すまん…教えてくれて助る……」
「まあ、アサイに関することは僕もよく知らないし。副監なら知ってるかもだけど。ていうか、絶対知ってる」
うんざりした顔を作りながら、神山は電子端末をテーブルに置いた。そしてぽつりと話し出す。
「……僕は元DLS患者だったんだ……」
「………え…………?」
耳から入った神山の声に織田が目をぱちりとさせた。
「…お前が……?」
「そう、それこそ『レインボー・ドリーム』の時にアサイや副監が話してただろ?“明晰夢”がどうとか」
「あ、ああ……そう言えば……って、カミヤマ、無理に話さなくても……」
「いや、別に良いんだよ。僕自身ホントに隠したかった訳じゃないし、ただ、話すのが面倒くさかっただけなのさ」
「……構わないのか……?」
「良いよ、今時間あるし」
『どこから話すかなー…』と言う神山の思い出話に二人はしばしダイブしたーー……。




