DREAM DIVER workaholic3
「副監は?」
「まだ粘るとさ」
浅井がカプセルから出てきたところに神山が尋ねる。織田の姿が見えない。
「…オリタはどうした?」
「さっき休憩に行った。さすがにルームに六時間缶詰めってのはキツイね…」
「…俺なんかダイブカプセルん中詰め込まれて六時間だぜ?監禁かってんだ」
浅井が首を回すとゴキッという音がした。カプセルに入って患者の夢の中にいる時は睡眠で言うレム睡眠に近い。身体は休んでいるのだが、脳は活性化している。意識だけ別の世界へ飛ばすような感じで、最初潜る時は不思議な体感だと言う。ダイブ中にダイバールームのカプセルに入った自分の姿を見ると、何とも変な感覚に陥るので勧められていない。リアル幽体離脱を経験できるのである。そのダイブカプセルは狭いわけではないが、機械の中に押し込められて様々な電気コードに繋がれるわけだから、快適な眠りとは程遠い。まして仕事で強制的に睡眠状態に意識を持っていくのだから尚更だろう。起きた時には身体が固まってしまっているものだ…。浅井が神山にも休憩を促す。
「副監がお前らも休んどけってよ」
「了解ー」
席を立った神山がメインディスプレイを見た。そこにはまだ働き続けている河野たちの姿がある。それを見て彼が口を開いた。
「…夢の中の被潜入者の体感時間でもうすぐ十三時間超か……完璧ワーカホリックだねこの人たち」
「ったくだ。それに付き合う副監も副監だけどな…」
浅井はまだ身体をあちこち伸ばしている。ディスプレイを見ながら神山が言葉を続けた。
「…でももしこれが普段からの勤務体制だったとしたら、相当“ブラック”だよね……」
神山が皮肉っぽく口元を歪めて笑う。そんな彼を浅井がたしなめた。
「おい、いくら夢の中を現実と勘違いしてるつっても、夢の中の映像がそのまま現実世界と直結してるわけじゃないって副監から散々言われてるだろ?現実でこんな無茶な働き方ずっとしてたら、そりゃドリームロストシンドロームにもなるだろうよ…その前におっ死んじまう」
浅井が溜め息混じりにそう言った。それに神山が答える。
「…僕だってそんなこと解ってるさ。耳にタコが出来るくらい言われたからね……でもコウノが勤めてる会社の親会社とも言える『夢天道』は、過去に別の下請け兼、子会社で過労死疑惑の案件を出してる」
「…何だって?」
浅井の目が鋭くなった。神山が説明を続ける。
「三、四年前だと思うけど、一人の男性社員が突然心不全で亡くなった。厚労(厚生労働省)の立ち入りが入って調査の結果、月百時間超えの残業があったことが明らかになったんだ…」
「……マジかよ……」
また浅井が溜め息を吐く。
「…ん?お前、それ副監に言ったのか?捜査に関わってくる重要な情報じゃねえのか」
「こんな情報、副監なんかとっくに知ってるよ。ってか、むしろお前が知らないことのほうが驚きなんだけど。一時期ニュースで大きく取り上げられていたからね…」
浅井の問いに抑揚たっぷりに、とっくに知ってる、を強調した神山。それに浅井がふて気味に皮肉を言う。
「……俺はお前みたいにゲームはしねえんだよ」
今度はその言葉に神山がムッとして返す。
「…ゲームは関係ないだろ…大手のゲーム会社の事件なんだから皆知ってるよ……」
ムスッとしながらも言葉を加える。
「…その時『夢天道』は男性社員の死を過労死とは認めなかったけど、判決では遺族に損害賠償を支払うよう命令が出た……『夢天道』が過労死を認めなかった背景には、その時その男性と同じように過重勤務していた人たちが他にも山ほどいて、それが普通だったということと、彼の死を過労死と認めてしまうとそれらの人たちの仕事量も見直さなければならなくなってくるということ、これらが理由としてあったと言われてる。まあ、結局は是正措置が言い渡されたんだけどね……」
神山が薄茶色の瞳を伏せながら言葉を切った。
「……コウノの夢ん中がアイツのリアルと同じだとしたら、是正されてない可能性大だな……」
浅井が渋い顔で呟いた…。その言葉に神山も同意する。
「だね…どっちにしろ何か長くなりそうな予感がするから、明日にでも会社のほうに聞き込みも行くんじゃない?」
「明日はマキタたちにバトンタッチしたいねえー…」
浅井が遠い目をして言った……。マックとマキタは今日は非番なのだ。そこへ織田が休憩から帰ってきた。
「アサイ、戻ってたのか。お疲れだな」
ダイブカプセルに長時間入っていた浅井に労いの言葉をかける。
「おう、俺もちょっくら休んでくるわ…副監がまだ中に潜ってんだけど、後頼めるか?」
「ああ、分かった」
了承する織田に浅井が意地悪く笑いかける。
「…眠ってる副監の身体に悪戯したらダメだぜ…?」
「……!!…っ…バッ…!」
みるみる織田の顔が赤くなってゆく。先程の映像をまた思い出したのだろう。そんな二人の横を通り過ぎて、神山がダイブルームを出て行く。馬鹿に付き合ってる暇はない、と言う風に。左手を上げて浅井もその後を追った。
「……はああ……」
後に残された織田は再び熱くなってしまった顔を右手で隠しながら、サポートコンピューターの前に座った。
(…そんなこと言われたら、余計意識してしまうじゃないか……)
そしてなるべくジェシカの入っているカプセルを目に入れないよう注意するのであった―……。
結局ジェシカが戻ってきたのは、それから約三時間後のことだった。
「…まったく……こんなに働き続けている人たちを見たのは初めてじゃないかしら…」
彼女の声にも疲れが滲んでいる。河野の夢の中の映像は、最初に潜った時と変わらない。ひたすら皆パソコンの前でキーボードを叩き続けている…。
「…日付が変わろうが飯の時間だろうがお構い無しだな……まるでパソコンの前でキーボード打つだけのマシンみてえだ…」
浅井が彼らの姿を見ながらそう評した。神山も口を開く。
「長丁場になりそうだね…」
彼も溜め息を零した。現実世界の時計の針も、午後二十一時を回っていた……。オペレーターは皆帰ってしまっていない。ジェシカが三人を見渡して告げる。
「今日はひとまずこれで終了だ…今夜はわたしが夜番につく。明日以降の流れはまた明日ミーティングで伝えるが、二手に別れての捜査になるだろう。アサイは引き続き潜入、マキタとリャドにはコウノの会社『レインボー・ドリーム』に聴取に行かせる。『夢天道』のこともあるし、叩けば色々出てきそうだな…」
瞳を細めたジェシカに浅井がごね出した。
「え~また潜入かよ…もう勘弁してくれよ……耐えらんねーぜ、あの空間」
割と切実に訴える浅井。だがジェシカの言葉によって一蹴される。
「我慢しろ。本来お前とリャドとマキタが明日の出動日だろう。お前が潜らなきゃ誰が潜るっていうのよ?」
「マキタとリャドに潜らせりゃ良いじゃねえか。俺が聴取に行く」
「…ちょっとは聞き分けて頂戴。お前一人で聴取に行かせるのも不安だし、リャドだけでは潜らせるのも行かせるのも心許ない。かといってお前とリャドを二人で会社に行かせるのも、また潜らせるのも憂いが拭えない…お前は潜入に関しては一定の基準を認めているから単身潜ってもらって、マキタとリャドに一緒に行かせるのが一番なの……理解してくれた?」
「………っくしょう…わーったよ…!!」
ジェシカに説得され渋々浅井が了承した。そこに織田が話しかける。
「…俺も出ましょうか?明日」
ジェシカが織田のほうを見た。
「貴方、明日は休みでしょう?」
織田が肯定を示す。
「でも仕事にも早く慣れたいので。サポートでも潜入でも何でも、仕事があるなら見ておきたいです」
「かあ~っ!っとにマジメだねえ…お前もDLSなっちまうぞ~…」
浅井が不吉なことを言う。その言葉に神山がすかさず突っ込む。
「お前には縁の無さそうなシチュエーションだよね」
それに浅井が反論した。
「おいおい、俺は夢の中でまで“仕事”してるんだぞ?それに俺にだって真面目と言われる日本人の血は入ってる」
なぜか胸を張る浅井に神山が更に突っ込む。
「ほとんど九十五パーセントぐらいは違うでしょ」
「…妙にリアルな数字だなあ……そもそも今日が何曜日か言ってみろ、俺の勤勉さが分かるだろう?」
「“日曜が休み”っていう感覚が古いよ…シフト制じゃないか」
ヒートアップしてきた二人を止めるため副監が口を挟んだ。
「はいはい、そこまで。オリタ、明日本当に構わないのか?」
もう一度確認を取る。織田が頷いた。
「はい、大丈夫です」
今度は神山のほうに向いた。
「お前はどうする?人員はいるに越したことはないが…」
「……この流れで“休みます”、って言える人がいるわけないじゃないか…少なくとも僕には言えないよ……ま、気にはなるから来るけどさ…」
不本意、といった様子で神山も頷く。
「お前たち、まだ残っていたのか」
そこに総監もやって来た。ジェシカが彼に近づく。
「明日コウノの会社に聞き取りに行きたいのだけれど、アポ取るのお願いできるかしら?どうにも埒が明かなくって」
ジェシカが溜め息をつきつつ両手を上げた。
「…長引きそうか?」
「予想より少しはね。動き始めたら速いと思うんだけど」
パーテーションに背中を預けて言うジェシカに西羽根が肯定の返事をした。
「分かった。わたしのほうから彼の会社に連絡を入れておこう」
「ありがとう、助かるわ」
小さく笑んだジェシカから他のクルーにも西羽根は顔を向ける。
「今日も一日ご苦労だったな…明日も忙しくなるぞ、早く帰って英気を養え」
「やっと帰れる~ヒャッホイー!!」
「了解です」
「…了解ー」
浅井が一番元気よく返事をしてダイブルームから出て行った…。
「副監は今日はここに泊まるんですか?」
帰途につく途中織田がジェシカに尋ねた。ジェシカが視線だけ織田に向けて答える。
「ええ、患者に万が一があってはならないから患者をダイブルームに泊めておく場合、4A以上のダイバーの付き添いがいるのよ」
「そうなんですか…」
ジェシカも一日働いて疲れているだろうに、と織田は思うが、『4A以上』の言葉に自分には代わることが出来ないと知る。潔く労りの言葉だけかけることにした。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れ様」
二人は短く言って別れたのだった……。