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DREAM DIVER  作者: 坂田クロキ
10/25

DREAM DIVER workaholic2


「オリタで遊ぶのはそこまでだ。お前たち、仕事が入ったぞ」


織田が項垂れていると、西羽根がやって来た。後ろに神山もいる。そして患者も運ばれてきてオペレーターによってダイブマシンに繋がれてゆく。


「やれやれ、今日は日曜日だってのに休ませちゃくれないのかねえー」


「DLS(ドリームロストシンドローム)を発症するのに土曜も日曜もないだろう。速やかに潜る支度をしろ」


「りょーかいー…」


わざとらしく愚痴をこぼした浅井に、容赦なく西羽根が仕事をするよう命じる。と同時にオペレーターに合図をして、資料を出させた。


「今回の患者は『河野・明(コウノ・アキラ)』、ゲーム制作会社夢天道(ムテンドウ)の下請け会社、『レインボー・ドリーム』に勤めているプログラマーだ」


「…『夢天道』……?」


「『夢天道』っつったら、大手じゃねえか」


西羽根の言葉に浅井と神山が反応した…。そんな彼らに相槌を打って説明を続ける。


「『レインボー・ドリーム』も下請けの中では一、二を争う大きな会社だ。同僚の話によれば、今日彼と会う約束をしていたのだが、時間になっても待ち合わせの場所に来ない、連絡もつかない。それで家に行ってみると、夢の世界で迷子というわけだ…」


「よりによって休みの日に迷子にならなくたっていいのになあ…」


メインディスプレイに映った黒髪眼鏡の真面目そうな男を見ながら、また浅井がボヤいた。そんな浅井や織田を見渡して西羽根が人選を告げる。


「メインダイバーで副監とアサイ、オリタは今回はサポート役だ。基本的なオペレーター、コネクトセッティングのやり方は分かるな?」


「はい、養成所で一通りは」


「ならば問題ないだろう。カミヤマ、お前はオリタのサポート業務のアシストに回れ。オリタ、解らないことがあればカミヤマに聞くと良い」


「了解しました」


「…了解…」


「りょーかいですよっと…」


浅井たちが返事をする。西羽根は無言でジェシカに視線を投げた。“この人選決定は変えるな”という指示である。彼女はそれに肩をすくめたのだった…。


「総監、被潜入者のコネクトレベル、ボーダー、共に安定しています。いつでも潜入可能です」


「分かった。総員配置につけ!潜入開始だ!!」


「『了解!!』」


ジェシカと浅井はダイブカプセルに、織田と神山はサポートコンピューターパネルへと接続を急ぐ。その途中、設定するためにキーボードを叩きながら、織田は非常に気になっていたことを神山に尋ねた。


「…なあ、カミヤマ…さっきの俺の夢…見たか……?」


正直、話題にするのも辛いのだが、確認しておかねば仕事に集中できやしない。コンソールに手際よく入力しながら、織田のほうには向くことなく神山が答えた。


「見てないよ。個室にいたから」


素っ気なくそう答える神山に織田は心からホッとした…。


「そうか…なら良いんだ。悪いな、関係ないこと聞いて」


安堵した様子の織田を横目で見て、神山が口を開く。


「…安心して、僕は他人の夢にそんなに興味ないから」


神山の言葉に織田は手を止める。他人の夢に興味ないなら、なぜドリームダイバーをやっているのだろうか。もちろん夢迷い患者を治すためであって、興味本意で潜るものではないが。それでもダイバーらしくはない神山の発言に、織田は彼を見た。神山は手を動かしながら答える。


「そんなに、ね。全くないわけじゃない。面白そうな世界もあるからね…でも、そうだな……」


一通り自分のほうのセッティングが終わったのか、神山が手を休め織田のほうに向く。そして、ニヤッと笑って言った。


「強いて言うなら、“自分の夢に飽きた”のさ」


「……へえ……」


独特な表現をする彼に、織田はそう返すしかない。


「手、止まってるよ。さっさと繋いじゃいなよ」


「…ああ…分かった……」


そうして織田は再び作業を再開するのであった……。







「どう?そっち、ちゃんと繋がった?声聞こえてる?」


『はい、コネクト完了しました。映像、音声共に良好です』


「オーケー、そのまま接続を継続しろ」


『了解』


織田との通信が確保できたのを確認してジェシカは室内を見回す。そこはパソコンだらけのオフィスルームだった。キーボードを叩く音がそこかしこからしている。被潜入者の河野明も黙々とそこで働いていた。ステルスモードのジェシカと浅井に気づく者はいない。


「…ここは彼の働いている職場のようね」


「ったく、日本人ってのはどいつもこいつもマジメだねえ…コイツも夢の中でまで会社行って仕事してらあ…」


浅井が感嘆と呆れが混じった声で揶揄する。それにジェシカも同意して言った。


「まるで“ワーカホリック”ね…マジメで一つのことに集中して、最後まで成し遂げる。勤勉で途中で投げ出したりしない。努力と辛抱強さ、忍耐と根性。それは確かに美しい特質かもしれないけれど、自分の健康や家族を犠牲にしてまでもそれを優先することを美学と呼ぶのはこの国の悪いクセね。『中毒』と言わざるを得ないわ…」


『まあまだ彼がワーカホリックと決まったわけじゃないけれど』と、そう言いながらジェシカはコンピューターの間をすり抜ける。河野はひたすらキーボードを叩き続けていた………。






「………なあ…副監……いつまで待ちゃ良いんだ………?」


一向に物事が動く気配のない空間に、浅井がぐったりした声を上げた。ジェシカは腕組をして立っている。河野を眺めている瞳を少しだけ浅井に向けて言った。


「お前には努力と辛抱強さと忍耐と根性が足りないようだな……ここにいるやつらの爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?」


「え~要らねえよ、んなもん…」


げええ、と言うように浅井が床にへたりこむ。ステルスモードだから良いが、見えていたら“しっかり働け!!”と、ここの社員たちに物凄い形相で迫られただろう。――彼らは夢の中の体感時間で十二時間以上、現実世界換算で六時間、休みなく働き続けていた――…。


「…さすがに働き過ぎだろ、これ。一旦帰ろうぜー?副監さんよー…」


浅井が駄々をこねだした。ジェシカはそれを無視して河野を眺め続けている。やがて壁の時計の針が午後二十一時を指す頃、河野が肩を叩きながら椅子から立ち上がった。


「お!やっとか?やっと帰るのか!?」


ようやく膠着した状態が終わり、事態に動きが出たことに嬉々とした声を上げる浅井。だが、河野が家に帰ったとしても彼を目覚めさせない限り、浅井が仕事から解放されることはないのだが。席を立った河野は携帯端末と財布を掴んで部屋の外に出て行く。ジェシカは浅井に指示を飛ばす。


「アサイ、追いかけろ!」


「了解りょうかいっと!!」


やっとこの部屋から出られるとばかりに、浅井が喜んで被潜入者の後を追っていった。数分すると、小振りのビニール袋を提げた河野と頭をがっくりと項垂れた浅井が帰ってきた……。


「……ただいまー………」


「…やっぱりな……」


ジェシカが『想像した通りだ』という風に呟く。浅井がそれに憤慨した。河野はまた椅子に座って買ってきたものをつまみながら仕事を再開した……。


「おい!副監分かってたのかよ!?分かってんなら後追っかけなくても良いじゃんかよ~あーっもう!!」


しゃがみこんで頭をガシガシと掻く。そんな浅井を見下ろしてジェシカが冷たい表情で言葉を放つ。


「ちょっと見れば分かるだろう。短気は損気だぞ…お前そんなんだからいつまでたっても、『5A(ファイブエー)』捜査官になれないのよ」


“5A(ファイブエー)捜査官”――。『ドリーム・ダイバー』には資格が必要である。そしてその資格保有者の中にもランクがある。まず“A(シングルエー)”。4A以上のダイバーと一緒であれば潜っても良い。次に“2A(ダブルエー)”。3A以上のダイバーと共に潜れる。そして“3A(トリプルエー)”、ここからサポート無しで潜れるようになる。独り立ちだ。“4A(フォーエー)”、ダイバー中に3A以下のダイバーを教育する役目を担う。最後に最高ランク“5A(ファイブエー)”…人手不足のダイバー業界にとって稀少な存在であり、各国にも数えられるくらいしかいないという。名実共にトップダイバーだ。そんなものにそう易々となれるわけがない、と浅井は更にふて腐れた顔をした。ちなみにDLS治療室日本支部では、神山が2A、マックと織田が3A、浅井と牧田が4A、そして言わずもがな、ジェシカが最高ランク5Aダイバーである。ジェシカが織田をエリートと呼んだのは、二十歳という若さでいきなり3Aというランク保持者だったからである。ドリームダイバーのなり方には色々あるが、織田は養成所での訓練を経て、国家試験を受けたのだろう。オペレーターからの転身、成り上がりもあるが、どちらにせよ試験は受けなければいけないため、遠回りではある。なれたとしても、すぐに潜れるわけじゃないのだ……。織田も今は研修中のため4A以上のダイバーと共に経験を積む。浅井はやけくそ気味にわざとらしく大仰な身振りをした。


「へいへい、俺はどうせ“万年4A捜査官”だよ」


そんな浅井のふて腐れた態度にも動じることなく、ジェシカは冷静に言葉を返す。


「…お前を貶すつもりで言っているんじゃない。お前の能力は高く買っている。一回真剣に昇進を考えてみろ。総監もわたしの代わりにマキタかお前を副監に、と考えるくらいだからな…」


「…俺が副監……?何の話だ?」


浅井の目付きが鋭さを帯び、ジェシカを下から睨み上げた。


「本気の話じゃないわ、総監の警告よ。あまりにもわたしが聞き分けのないジャジャ馬だから、ってね」


ジェシカが表情を少し和らげ、近くにあった椅子に座る。


「そんなことより流石にこのままじゃ埒が明かないわね……アサイ、お前は一旦ルームに戻れ。オリタとカミヤマにも休憩を取るように伝えろ」


「…お前は?」


「わたしはもうしばらくコウノを見張る。ログアウトのためのコードスペースは空けておいてくれ」


「分かった」


浅井がログアウトしてこの空間から消える。ジェシカは、ふう、と息をついて未だコンピューターの前に張り付いている人達を見回した。


「……わたしも人のこと言えないわね……」


そう呟いて彼女も自分の仕事に没頭していった―……。





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