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私録 -異常な私の異常な話- 南心(みなみこころ)のお話

作者: クル

恋とは一種の精神異常である。



それは偶然だった。昼食後に早めに自分の席に戻ったら急にもよおしてきてしまい、急いでお手洗いに駆け込んで、その帰りだった。喫煙室から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。その緊張しきった声はもう1人のたった一言によりみるみる覇気を失っていった。私は嫌な場面に遭遇しちゃったと自分の頭をかいて、もう一度お手洗いに戻っていった。

鏡に映る自分はとてもひどい顔をしていた。そこに映る自分があまりに未練たらしくて多少怒りを覚えたが今はそれすら入る隙間のないほど私の心は乱れきっていた。

彼、月見晴彦(つきみはるひこ)とは同じ高校に通っていた。私が勝手に憧れて、勝手に好きになった。でも、そうなって分かった事は彼の目には私なんて写ってなかったって事だった。だから私はこの気持ちに封をした。

大学は違かったか職場で再開した。だが、その時にはあの頃の胸の高鳴りは無くなっていた。


今までは。


この理由もなく溢れる感情は私自身どうすることもできず、自分が制御できるまで感情を流し続けた。

春休みが終わり、席に戻る。いつも通りの昼下がりであったが私にはあまりにも長い時間に感じ、耐えきれなくなり私は給湯室に足を運んだ。ブラックのコーヒーでも一気飲みすればこの沈んだ気持ちを少しでも紛らわせることができるのではないかと淡い気持ちを込めていた。

私は部屋に入って後悔した。先客として彼がいたのだ。明らかに元気がないからからの言葉を受けて、私は言葉を振り絞った。普通の人が見たら私のこの反応に気がつくであろう。でも、彼は現在普通ではない。気づく事はなかった。コーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ音が部屋を包み、相変わらず安物で不味いコーヒーが私の喉を通った。結果は何も変わらない。紙コップを軽く潰してゴミ箱に投げ入れた。

その時、彼の私を呼ぶ声がして立ち止まった。こみ上げる感情に無理やり蓋をして私は安い笑顔で振り返る。彼は私を飲みの席に誘ってくれた。おそらく、やけ酒のお供に選ばれたのだろう。そんな事はわかっている。わかっている。いつもならば軽く断るところだが、私も普通ではなかった。席に戻ると隣の同僚が話しかけてくる。あまりにも暗い顔をしていたためか、はたまた午前とはマークが変わっていた事に気がついたためか、心配されてしまった。私は適当な事を言ってごまかして仕事に戻った。

私の働く会社の周りはビルばかりで飲みに行くには3駅ほど行ったところがうちの社員の定番だった。その駅前で彼と待ち合わせをした。私はいつも『明るくて頼れる』というキャラクターらしく、今日はわざとそのキャラ演じて見た。でも、やはり辛かった。もし、今、私が酔ったりしたら勢いで彼と寝てしまうかもしれない。でも、そんな相手の弱みに付け込む事なんてしたくなかった。

彼はただただ飲み続けた。あまり強くない事を知ってはいた。だから病院に運ばれない程度には私から注意はしたが後は彼が酒に溺れるのをただただ眺めていた。少し羨ましかった。彼はこうして少しでも気を紛らわせることができる。でも、私は…私は彼をただ見守ることしかできなかった。5件目で彼がついに寝込んでしまった。店の閉店時間が迫り、私は彼を背負って店を出た。流石に駅まで運ぶことができそうもなかったので店の近くにあるビジネスホテルに彼を入れて、脱水で苦しまれても困るので水を何本か買って、一本を寝ぼけている彼に飲ませ、私は家に帰った。

次の月曜、エレベーター前で彼にあってしまった。彼からは後で飲み代とホテル代を返すとだけ言われてその時は別れた。

それから何も起こることがなく金曜日になり、私の心もようやく落ち着いてきたからだった。帰りに彼に声をかけられた。この前のお金と言って封筒を渡されたが明らかに多い金額が入っていた。私は計算して、少し少なめに受け取って残りを彼に返した。すると彼は頭を下げた。

彼の告白は聞くに耐えなかった。私が過去に自分に好意があったから甘えてしまったと言った。私はあまりの告白に思考が一度停止し、次の瞬間怒りと、殺意とか、そのような醜い真っ黒な感情がまるで大雨によりダムが崩壊したかのような勢いで私の底から湧いて出た。真っ黒になった私は私という枷を置き去りにして口から溢れ出た。

気がつくと私は会社の医務室にいた。目覚めた私についていた友人が泣いて喜んだ。私などうやら叫び倒してそのまま気を失ってしまったらしい。その日はそのまま家に返された。

翌月曜日。彼の姿が見えなかった。ああなったのは私にも落ち度がある。謝りたかった。でも、見当たらなかった。気になって上司に聞くと彼は今日から有給を使っており、当分出社しないと言われた。

その日の帰り、他の男性社員から聞き出した彼の家を訪れた。彼はすんなりと家の中に入れてくれた。部屋の奥まで行ったところで彼は私を襲った。ベッドに押し倒されて手を押さえ込まれた。少しは覚悟を決めてきたつもりではいたがそんな覚悟など簡単に砕け散った。とっさにまたを蹴り上げてしまった。悶える彼を横目に部屋の電気をつけた。部屋は散らかっていた。汚いというより何かがそこで暴れたという感想を持った。

汚い部屋を尻目に悶える彼の方を向き、正座した。そこから私は淡々と彼に先日のことを謝った。そして、次の言葉を言おうとした。だが、喉からその言葉が出なかった。突如、私の中から彼に関する記憶が溢れ出て感情となって目からあふれ出した。その記憶たちが私の背中を押してくれた。


私はあなたのことが嫌いです


涙を流し、笑顔で彼に伝えた。もちろん嘘である。今もたまらなく愛している。だが、私はいつまでも高校生の頃の私に縛られ続けるのが耐えられなかった。


私は久々に声を上げて泣いた。彼は一向に顔を上げることはなかった。


家への帰り道。ほおに当たる風が寒かったが何故か空を見上げたくなり、立ち止まって顔を上にあげた。実家で見た満天の星空を思い出しながら、私は東京の霞んだ空に悲しく光る綺麗な満月の下をまた、歩き始めた

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