カラオケバトル
名探偵藤崎誠のマッドサイエンティストシリーズ、お楽しみください。
『マッドサイエンティストの野望』
『MSの野望2 マック救済計画 』
『マッドサイエンティストの復讐 熊本地震編 』
「うわ~」と藤崎はため息をついた。
下を向き、しかめ顔をする。
「満点が出ると思ったのに~
この点じゃ、優勝はないな~」
ふッ、と男は笑った。
「誰だ、この歌手?」
藤崎はイラッとした。
名探偵として、今まで何度か、この男を救ってきた。
貧乏な、マッドサイエンティストのこいつを。
今日も、突然、金の相談で事務所に来ていた。
大好きなカラオケバトルをテレビで見ているのに。
「彼女は城南海、
カラオケバトルの十冠女王だ」
藤崎はソファから立ち上がり、男にかみついた。
「へ~ッ、100点を出すとそんなに偉いのか?」
男は呟いた。
「プロの歌手でも、ほとんど出せない。
歌が上手くても、正確じゃなきゃだめなんだ」
藤崎はカラオケの採点を男に説明した。
音程、リズムの正確性は勿論、
抑揚やビブラートやこぶしなどの表現力が必要だと。
「俺なら簡単に出せるよ」
男はテレビを見ながら言った。
その時、100点が出た。
オペラ魔女だった。
「お前が出せるかッ。
カラオケなんてやったことないだろ」
藤崎は、この貧乏人が、という言葉を飲み込んだ。
「簡単だ」
「よし今から行こう」
藤崎は男の腕を引っ張り、立ち上がらせようとする。
カラオケバトルは続いていたが、城南海の得点を超えられて興味を失っていた。
「ちょっと待てよ」
男は腕を引き、藤崎を振りほどく。
「なんだ今さら。
満点だしたら、その分だけメシを奢ってやるぞ」
藤崎は苛立っていた。
男は3本の指を立てた。
藤崎は、首を傾げ、怪訝な顔をする。
男は喉を指差す。
「3ヶ月、待ってくれ。
準備が必要だ。
今は喉の調子が悪い」
「そうか。
じゃあ、3ヶ月後、その美声を聞かせてもらおう」
藤崎は吐き捨てた。
「じゃあ、今から行こう」
男は立ち上がった。
「どこにだ?」
藤崎はあっけに取られる。
「メシを食いに」
藤崎は首を傾げる。
「百点の前払いだ」
男は藤崎の腕を引っ張る。
「今日まだ何も食べてないんだ。
それに10万円貸してくれ。
歌う前に餓死しちゃう」
藤崎は小首を傾げながら立ち上がる。
財布から10万円を出し、男に渡す。
男に腕を引かれたまま、事務所を出て行った。
3ヶ月が経った。
藤崎は男が指定したカラオケ店に着いた。
は~ん、藤崎は一つ頷いた。
藤崎は男がやろうとしている事に予想がついていた。
この男はマッドサイエンティストであるが、天才科学者である。
藤崎は男が指定した部屋のドアを開けた。
ピザ、ポテト、唐揚げ、焼きうどん、さらに焼きそば。
皿がテーブルを埋め尽くしていた。
「お前な~」
藤崎は呆れた声を出した。
「どうせ、奢りだし」
男はピザを口に放り込んだ。
藤崎はハッとした。
モニタには既に100点が出ていた。
こいつ、やったなと思った。
「これで奢り、1回な」
男はコーラのジョッキを掲げた。
「お前も、飲み物たのめよ」
「ああッ。
ちッ、違うだろう。
ちゃんと歌ってからだぞ」
藤崎はビールを注文した。
男は、端末を取り上げ、選曲した。
イントロが流れる。
藤崎が知らない曲だった。
といっても最近の音楽は良く知らない。
ポップスのようだった。
男はマイクを取り、歌い始めた。
ふッ、藤崎は噴き出した。
音程を外している。
それにリズムも少し早い。
曲が終わる。
採点中。
結果が出る。
100点だった。
男は1本人差し指を立て、藤崎に微笑む。
藤崎は苦笑いする。
「もう一曲歌ってみろよ」
今度は演歌。
結果はまた100点だ。
「もう一曲」
「もう一曲」
「もう一曲」
男は8回、100点を出した。
藤崎はニヤリとした。
こいつは機械をいじっている、
奢る金はしょうがない、
俺も100点出してみたかったんだ、
とほくそ笑んだ。
藤崎が歌う。
82点。
藤崎が首を捻る。
もう一曲。
今度は86点。
「さてはこれか」
藤崎は男のマイクを取る。
「やめろ」
男は抵抗する。
藤崎は強引にマイクを奪い、歌う。
藤崎がニヤリとする。
78点だった。
藤崎は男を睨む。
「俺は潔癖なんだ」
男は藤崎からマイクを奪い返し、布巾でぬぐう。
藤崎はモニタを見つめたまま言った。
「いい加減に、タネ明かししろよ。
ハッキングして100点を出してるんだろう」
「そんなことしてない。
いや、ちょっとしたかな」
男はもう一曲入れようとする。
藤崎は端末を男から取り上げた。
「ステーキでどうだ」
男は頷く。
「作曲したんだ。
20曲くらい。
知り合いのアマチュアミュージシャンにベースを作ってもらって」
「作曲ッ?」
藤崎の声はフラットした。
「どうして?」
「カラオケマシンの調べたんだ。
どれくらいの誤差を許容するのかを。
音程やリズムの正確さを求めても、
ある程度の誤差は許容している。
そうじゃないと100点は出ない」
「当然そうだな」
藤崎は頷く。
「だから、音程をある程度外しても、正解という曲を作曲したんだ。
これを見ろ」
楽譜だった。
しかし、五線譜に♪は一つも無かった。
その代わりに☆や★マークで埋め尽くされている。
「☆、★は、これは音程、リズムを80%外しても、正解という音符だ。
俺が発明した。
だから音を外しても、カラオケマシンは100点と採点したんだ。
約束だから、10回奢ってくれよな。
金はまた返すから」
藤崎は端末を操作する。
履歴から、男が最初に歌った曲を選曲した。
藤崎は歌う。
92点。
初めて歌ってこの点。
もう少し歌えば・・・
95点。
99点。
次は。
「あれッ?」
藤崎は端末の画面に指を滑らせる。
「ない?」
歌った全ての履歴が消えている。
藤崎は男を見た。
男はパソコンを操作していた。
何か作業が終わったかのようにパソコンを閉じた。
「なんで消すんだよ~」
「まずいだろう~
ハッキングして曲を勝手にアップロードしたら。
これで証拠は残らない」
男は藤崎に微笑んだ。
ああ、と答え、藤崎はとりあえず笑顔を作った。
1ヶ月後、あるアマチュア歌手の歌が大ヒットした。
カラオケで満点が取れるという歌だった。
藤崎はカラオケ会社に企画を持ち込み、デビューさせたのだった。
カラオケ会社は企画を面白がり、協力してくれたのだった。
曲の印税はアマチュア歌手と男が8:2で分配した。
こうして名探偵藤崎誠は、貧乏な天才科学者を見事に救たのだった。
そして、藤崎はいそいそと出向いた。
一人カラオケに。
まいちゃん、ゆいちゃん、あんなちゃんもガンバレ~
大みそかにカラオケバトルやればいいのに。
SMAPの曲しばりにして。