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1 ヒロイン宣言ッ! 1-2

2 


 彼がそれを思い出したのはそれから数時間後の事。

 

 毎週欠かさず購入している漫画の雑誌、幾つかの作品を読み進めた。

 携帯を取り出してゲームの様子を確認し、行動力を使い切るまでプレイした。

 パソコンを立ち上げ、動画サイトを少し見た。


 彼は高校入学に合わせて新天地で一人暮らしを始めた。事情は、色々。

 

 友達も居ない、遊ぶ場所も今は知らない。早い話、時間を持て余し始めた頃だ。

 ふと、思い出した。先刻受け取ったチラシでも見てみるか、そう思い立った。


 正直冷やかし半分だったし、どんな文言を見ても部活には入らないだろうと踏んでいた。

 あのマッドサイエンティスト口調の彼女が何部なのか、どんなチラシを書いたのか、ちょっと見てやろう。その程度の興味だった。


『親愛なる山科 秀一(やましな しゅういち)

 信じて戴けないかも知れませんが、貴方は75日後に死にます。

 けれどそれは回避できる未来です。

 我々、朝日ヶ丘高校文芸部がそれをお手伝いします。

 ぜひ一度部室にいらして下さい。

 最後に、私は予知能力があります。だからこれを書きました。

 これから起こることを当てます。

 下に、幾つか記しておきます。

 もし当たったら、少し心を開いてください。

 貴方を、救わせて下さい。

 文芸部 部長 国穂葵』


「ーーーー!!」


 薄気味が悪い。気持ちが悪い。後味が悪い。気分が悪い。

 言い知れぬ嫌悪感を秀一は覚える。

 この手の悪戯は気分が悪くなる。部活の勧誘に紛れて行うなんて余計に。

 整然と几帳面に手書きで書かれた文面が余計に。

 余白を埋める魔法陣のようなものが人の顔じみていて余計に。

 或いは呪詛の言葉のような言い知れぬ何かが幾つも書かれているのが余計に。

 ーー気持ちが悪い。


 後悔した。激しく嫌悪した。

 絆されてこのチラシを受け取ってしまった自分に。

 悪い奴ではないと信じてしまった自分に。

 寒気がする。

 彼女の口調に、眼鏡に。

 平然と悪趣味なものを配る狂気に。


 クシャクシャだったチラシを固く、固く丸めてゴミ箱へ叩きつける。

 勢いが余ってゴミ箱を外れ、床に着地したそれを拾うのも腹立たしい。

 嫌悪に溶かされた脳、怒りに熱を帯びる身体、後悔に揺れる喉。

 それらは数時間前の彼女との会話に遡り、そこで気付く。


 ーー違和感。


 違和感があった。薄気味悪さに、おぞましさに、不可解さに紛れて。

 冷静な状態ならまず気付く。すぐに警戒網に引っ掛かる。

 そんな簡単な事にすら及ばなかった。届かなかった。


 秀一は自分が乾いた喉が弱く情けない音を絞り出したのをひどく客観的に聞いた。


「ぁ……れ?」


 ーー何で、俺の名前を?


 同時に、悪戯にしては手が込みすぎていないか? と別の疑問が生まれた。

 クシャクシャのチラシをもう一度開いて伸ばし、もう一度考える。


 会話中名乗った覚えはない。以前出会った覚えもない。ーーそれ以前に手書きでこれを書くとしたらある程度は時間が必要のはずだ。几帳面に、整然と。走り書きでも殴り書きでもないこれを。 

 それならばーー事前に調べていた事になる。何のために? 悪戯、本当にそうだろうか。

 入学式でクラスメイトの顔と名前も一致していないのに調べられるものだろうか?

 名簿や個人情報を事前に調べて嫌がらせーー考えられない。得るものが無さ過ぎる。


 要求は部室に足を運ぶこと。霊感商法の線はーーある。学校でやるリスクを考えると暴力に訴えるようなものではないと見て取れるが。

 一番馬鹿げているのは「全て真実」だ。予知能力なんて眉唾なものが実在していたとしたら、万が一存在していたらーー可能性は無くはない。名前を知る手段もそれで説明がついてしまう。


 なくはない(、、、、、)ーー秀一はいっそ乾いた笑いを漏らした。

 存在しないものを、あり得ないものを無くはないなどと思ってしまった自分に。自虐的皮肉だ。


 チラシの下半分に答えがある。目論見通り動いてしまうのはやや癪だが、存在しないものを存在しないと証明できるならそれも構わない。そう思えるほどに彼は辟易してしまっていた。


『17時55分 朝日ヶ丘駅にて痴漢発生。2番ホームが騒然とする』


 時計を見遣ると時刻は18時03分。今からだと遅い。ならばと次に進む。


『18時12分 全国ネットの報道番組で国民的キャスター古岡次郎が言い間違える』


 曖昧な表現だ。だがこれなら確認が取れる可能性が高い。

 テレビのスイッチを入れ、番組を流す。程無くして、その時はやってきた。


『ーーこのように、団塊のジェダイに……失礼しました。団塊の世代にーー』


「ーーんなっ、噛んだ……だと……!? 間違いない。噛んだ。言い間違いとは言えないが……噛んだ。あのベテランにして報道番組の顔である古岡さんが……ジェダイと! ……ジェダイ、と!」


 画面上の時刻はーー18時12分。予言通りだ。

 だが、彼が深層心理のうちに間違えて欲しいと願うあまり幻聴を引き起こした可能性もある。もう一度確認しなくてはならない。ハードディスクで。


『ーーこのように、団塊のジェダイに……失礼しました。団塊の世代にーー』


 ーーやはり噛んでいた。団塊のジェダイは実在したのだ。

 だがそれを一つ当てたからと言って予知能力を軽軽に信じてしまうのは憚られる。そんなことをしてしまったら秀一はこんな半笑いの弛んだ表情で自分革命を成し遂げてしまうのだから。


 よって次の予言を確認した秀一は、これならどうだと言わんばかりの内容に閉口する。


『21時14分 緊急ニュース、ザグレブ国際空港でエンジントラブルが原因の接触事故、幸い死者は無し』


「……そりゃ、本格的に事件だな」


 ーー思わず呟きが漏れる。

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