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1 ヒロイン宣言ッ! 1-1


「っあアーーーー! 見えますっ。大変なモノが見えてしまいましたよぉ!」


「……何でしょうか?」


 彼は不覚にも足を止めてしまった。

 入学早々『近寄ってはいけない人ランキング』に殿堂入りするレベルの狂人とエンカウントしたのだと彼は半ば確信していた。

 彼女は眼鏡の端を平手の状態で人差し指と中指で持ち上げる。丸く、分厚い、顔の三分の一は眼鏡なのではないかとすら思われる大きな眼鏡を。


「先輩、部活の勧誘ならお断りですよ。ごめんなさい」


 状況から察するに内容は明白。

 要するに唾の付け合いだ。新入生をターゲットにした狩りとも言える。

 彼にとって煩わしいばかりのそれに再三付き合うのは些か気が重い。羽織った紺色のブレザーの左胸に付けさせられた『祝 入学』の飾り物を外して鞄へと押し込む。


「あっ、ちょっとまぁまぁまぁ、お兄さん。何もそんなに結論を急ぐことはないんですっ。そうですないんです、早計ってやつなんです!」


「勧誘じゃなかったら何ですか? 芝居がかったテンションで、気になるキャッチフレーズを投げ掛け、どうにかこうにか部活の話に持っていき、あわよくばそのまま入部を誘うテンプレ通りの流れですよね?」


「その通りお見事ズバリですっ! ぐうの音も出ないくらい看破されてしまいましたぁぁ!!」


やや暗めの栗色の長髪を揺らし、オーバーに頭を抱えて見せる彼女。片手に握ったチラシが遠慮する様子もなくクシャっと皺を立てているが、そんなことはお構い無しのご様子。


「そんなこんなの紆余曲折を経て、新入生は丁寧にお断りを入れた後にその場を去ったのでした。まる」


「ちょちょっ、ちょっとオニイサン!! 分かった、分かりましたからその足を止めましょっ! 一旦そのささくれ立った心と体を休めましょ!! あとワタシまだその丁寧なお断りを直接拝聴してないですからっ! それお兄さんの精神世界の中だけの結びですからっ!!」


 あなたのその言動でむしろ心のささくれが増えそうなのですが、と突っ込んでしまいそうになる気持ちを抑え彼は足を動かす。

 周囲には同じように幾つもの小規模な集団が作られていた。ある者は笑顔を、またある者は熱心な表情を浮かべ立ち話。

チラシを片手にキョロキョロと話し相手を探している者も少なくない。


校門を出るまでこんなやり取りをあと何度しなければならないのか、そう考えると彼は気が滅入りそうになる。尤も、世の中こんな騒がしい勧誘ばかりではないと彼は理解していたが。


「分かりました……そんな己の利益でしか物事を推し量れないお兄さんにまずこちらから立ち止まるメリットを提示しましょう! そうしますともワタシも身を切ります!」


「さりげなく暴言だからなそれ」


「たっはー! 最早敬う気持ちすら言葉から消失してしまいましたねッ! けれどその程度の暴言など想定内ッ! 心の準備万端のワタシには全く障害のうちに含まれないのでご安心下さい!! では次はお兄さんが心の準備をする番ですっっ!! この後のワタシの全身全霊を込めた決死のアピールで全身に走る稲妻に対する心の避雷針を準備する番です!!」


行きますと一言前置きして彼女は片手を腰に、肩幅に脚を開き、決めポーズを作った。そして徐に自らの顔を覆うビン底の仮面を剥ぎ、高々と天へと突き立て決め台詞を放ったーー


「ワタシの名は国穂 葵(くにひな あおい)。貴方のーーヒロインになる女だッ!」


 沈黙。


「……どうです?」


「メチャクチャ美人。悔しいが、テンプレ通りだ」


「お話を、しませんか? ヴァイオリンとかも意外と弾けます」


「帰ります。ーー俺では君を幸せに出来なかった。だが君は幸せになってくれ」


「フラグ折れたぁぁぁ!! 何かやむにやまれず身を引いた主人公のオーラを醸し出しながらフラグ折られたぁぁぁ!!」


 あせあせと眼鏡を装着しながら頭を抱える葵。

 はぁ、とため息一つ。彼は明後日の方向を向いて頬を掻く。


「チラシくらいなら貰うよ。そっちも望み薄の相手に時間食ってばかりもいられないだろ」


 差し出された右手に一瞬固まった後、すぐに葵は口元を弛め歓喜の呟きを漏らす。

 植物の蔦のような刺繍が入った白いブラウスの襟、その下にぶら下がる淡い桃色のリボンを揺らし意気揚々とくたくたのチラシを構えた。


「ワタシ、必ずやお兄さんを幸せにしますのでっ!!」


「そのヒロイン設定は却下でお願いします!!」


 はしっ! と渡されたくたくたのチラシを鞄に押し込み、彼はまた歩き出した。

 気紛れ、そう言ってしまえばそうなのかも知れない。

 眼鏡を外した彼女の姿は恥ずかしそうで、照れくさそうで、でも強がるようで、一生懸命だった。眼鏡で隠れてしまって気付かなかったけれど、もしかしたら終始そうだったのかも知れない。

 彼女は彼女なりの熱意を持って勧誘に、新入生たちと向き合おうとしていたのかも知れない。

 ーーそう考えたら、無下にするのも少し悪い気がした。


 やや角度の付いた太陽。式典とホームルーム、簡単なオリエンテーションだけで終了した学校。彼はこの後与えられた空白の時間をどう埋めようか、そんな事を考えながら帰路についた。


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