2 ヒトメボレとコシヒカリ エピローグ
10
秀一は扉を開けた。
いつもの部室、いつものテーブル、そこにいつものように座る葵と桜。
秀一はそこに自分の席がある、そう思うと少しこそばゆい。
「終わりましたか? お兄さん」
「多分、な。ポッキリ折れたと思うぜ」
「では、ご飯にしましょう」
予想の斜め上から言葉が飛んできた。思わず秀一は目を丸くする。
桜は不敵な笑みを作って携帯を取り出して見せた。
昨晩秀一の送ったメッセージがそこにはあった。『サクラチル。伊達、降臨』と。
「最初は何この暗号って思ったんだけどさ、アンタ……やっちゃったんでしょ、ガチャ」
「うっ……」
「そんな訳で、一人暮らしじゃさぞかしお腹を減らせてるのではないかと、昨日葵と相談したの。で、出来の悪い後輩の為に皆でおかず持ってきて夕飯パーティしようよって」
「ハイッ、そんな訳ですね。ワタシ国穂葵、何と肉じゃがを用意して参りましたっ!! 勿論、ワタシ国穂葵、一切の妥協をせず調理に取り組みましたのでご安心をっっ!! そして、このお米は何と母方の実家が新潟の農家ということで、玲ちゃんが提供してくれたものですッ!!」
「部室に炊飯ジャーがある……だと!?」
「アタシは料理とかは……ゴメン。できないから、さ。昨日のシチュー持ってきた」
「愛奈は……じゃぁーん! ビーフストロガノフっ!」
「アンタ、何気にすごいよね……」
……沈黙。
「ってか、おかず偏り過ぎてないですか? 戦士と重戦士と狂戦士のパーティなんですけど!?」
「ったっはー!! そっちの打ち合わせも怠らずやっておくべきでしたねっ!!!」
「大丈夫ですぅ、多分食べられますよぉ!」
愛奈の根拠のない発言を機に、食事の準備が始まる。
準備と言っても温めるだけだったが、皿と小皿と大皿で無理矢理用意した感じは少し圧巻だ。
元々準備していたからか、炊飯器は直ぐにピーと炊き上がりのサインを出す。
「米うまっ!! 孔明先生、これって……」
「はい。コシヒカリです。後で玲ちゃんにはお礼言わないとですねっ!!」
いつの間に連絡先交換してたのだろう、と疑問に感じつつも秀一はご飯を貪る。
そう言えば、玲の悩みとやらはどうなったのだろう。
葵が解決の手助けをしたのだろうか?
後で聞いてみようーー
「食後にいっとう上等なコーヒーあるからねー」
「ケーキもありますぅ!!」
ーー文芸部も、楓も、玲もすごい人ばかりだ、そう思った。
最初の一歩はすごい怖い。
きっと誰だって怖い。
それを知っているから、先に踏んでくれるんだ。
躊躇ってしまう秀一よりも早く。
だから秀一は安心して歩ける。
だから秀一は甘えてばかりもいられない。
踏もう。
次は自分が先に。
ーー帰宅した秀一はパンパンに膨れたお腹を抱えて、ベッドへ飛び込んだ。
気分がいい。直ぐに眠ってしまいそうだ。
「これでよし、と」
秀一はメッセージを文芸部に送った。
少し考えたけれど、なかなか素直にお礼を言うのも照れくさかった。
だから何かそれっぽい台詞は無いかと考えた挙句、そう送ることにした。
『我は勇敢なる狩人コボルト、いつでもそなたの助けになろう』と。
ーー昼下がりの中庭、一つのベンチ。
「……何かあった?」
「ん? 弁当めちゃくちゃ美味しいな」
「もっと前から。何か、楽しそう」
「あれ? そんな顔してたかな……」
秀一はベンチの中心から少し外側、楓は端から少し内側。
教室の隣の席くらい。今は、多分これ位。
ーー遠くで玲が手を振っている。秀一は一際大きく手を振って返した。