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2 ヒトメボレとコシヒカリ 2-8

8  


「バカなの?」


「バカなの。……はぁ。ホントバカだ俺は」


 開口一番。

 秀一に浴びせられたのは、楓の冷水だった。やってきては何も口にせず、ひたすらにレ・ミゼラブルを読み耽る秀一に気付いた楓が問うた。秀一は昨晩の前向きな悲劇を伝え今に至る。


「いや、まぁ昼だけ抜けば晩ご飯くらいは食べられるし……問題ない」


 相槌を打つようにお腹が存在を主張し、気まずい空気が流れる。


「問題……ない?」


「お、おうよ」


 楓は表情一つ変えず、ふーんと声を漏らす。


「あげる」


 秀一の前に置かれる弁当箱。楓サイズの小さな、小さな弁当箱だ。中には一辺三センチ程度の小さな、几帳面な三角のオニギリとウインナーが一つ。

 食事も終盤だった楓の、残り全てだった。 


「イヤ、ホントそんなつもりで言った訳じゃなくて……」


 気を遣わせてしまった。

 施しを期待したのではなくて、本当にそんな浅ましい気持ちではなくて。

 ーーそうお腹が喋る。駄目だ説得力が無さ過ぎる、と秀一は観念した。恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちを感じながら、一つ頭を振って好意に甘える。


「明日はーー」


「ーー?」


「秀一のも持ってくる」


「いや、イヤイヤイヤイヤっ! ダメだって悪いって!!」


「私がそうしたいからーー嬉しくて」


「嬉しい?」 


「友達に何か出来るって、嬉しい」


「そうか?」


「友達が出来てよかったーー勇気を出して、よかった。話しかけて、よかった」 


「……それ、死亡フラグだからな? ちょっと高度なやつだけど」


 殆ど無表情と言える楓の口元が優しく歪んでいるような気がした。

 楓は空になった弁当箱を片付け、無表情ではにかんだ。それがはにかみと気付くのは、今は自分だけかもしれないーー秀一はそう思った。


 まだ昼休みの時間は残っていたけれど、楓は「またね」と言って校舎へ戻っていってしまった。何かお礼考えておかないとな。そんな事を秀一は考える。


「やぁやぁ秀一クン。昨日振り!」


「あぁ、玲さん」


 突然現れた玲に秀一は右手を挙げて答える。ニヤニヤしながら「カノジョ?」と訊く玲に「まさか」と短く答えた。秀一の真横、拳一つ程の距離に玲はえいと飛び込んできた。


「なっ、何ですか突然!」

 

 思わぬ至近距離に心臓が跳ねる秀一。僅かな風ではしばみ色の髪が触れてしまいそうだ。そんな秀一の反応に玲は珍しい物を見たといった表情だ。


「あれぇ? 秀一クン照れてるよね!? ボクもまだまだ捨てたもんじゃないって事か、うんうん」


「照れてないからっ!!」


 そのまま秀一の横顔に唇を近付け、低いトーンで玲は告げる。


「ーーキミ、見られてるけど、何かあった?」


 予想外の言葉。予想もつかない言葉。

 しかし秀一はその言葉の指す人物が直ぐに浮かぶ。


「水嶋猛? 水泳部の」


「ボクね、さっきまで学食に居てさ。……体育館の。で、中庭経由で帰ろうかなって。そしたらさ、キミ達を見かけたわけ。『あーこりゃ見せ付けてくれるなぁ』って思ったから声を掛けなかったのね。で、靴を下駄箱に押し込んで戻る途中にふと気付いちゃって。あ、また水嶋だって」


「下駄箱か。水嶋って、どんな奴なんだ?」


「直情的なやつかな。あと滅茶執念深い。中学の時もちょっとした問題になって、ボクも結構詳しくその時に話は被害者側から聞いてるんだけど、あれはちょっと普通じゃないなって思ったよ」


 水嶋は中学の頃、玲の同級生に恋をしたらしい。

 水泳部の女の子だった。毎日のように一緒に帰ろう、と誘う。女の子が部活を休んだら水嶋も休んで誘う。それだけなら良かった。中学生の微笑ましい求愛と言えた。


 少しおかしくなってきたのは、少女が水嶋にやめてください、そう直接訴えた頃からだった。

 少女の家に手紙が届くようになった。


 少女が何か失敗をした次の朝には「失敗しちゃったね、でも好きだよ」

 少女が何か成功をした次の朝には「頑張ったね。愛してる」

 少女が恙無く過ごした次の朝には「今日もいい日になるといいね」

 休日を家で過ごしたら次の朝には「外はいいよ、デートしよう」

 休日を外で過ごしたら次の朝には「楽しかったねまた行こうね」


 誰にも気付かれないうちに、コトンと。手紙が届くようになった。


「それは……イヤだな」


「お互い合意の上なら勝手にしろって話だけどね。結局先生が間に入って親同士話し合ってから水嶋は大人しくなったみたいだけど……昨日も何かこそこそしてたみたいだし。気になってさ」


「わざわざ悪いな。っと、そろそろ時間になっちまう。戻るか」


「また遊びに行くよ! からかいたくなっちゃうから免疫付けといた方がいいよ、じゃね」


 何のだよ、と舌打ち一つ。秀一も教室へと急ぐ。先に動くべきか、泳がせて様子を見るべきか。秀一は決めかねていた。相手の狙いは自分。何を調べたいのだろう、何をしたいのだろう。

 そんな事を考えて午後を過ごし、放課後を迎えるーー


「時に。お兄さん、一目惚れってあると思いますか?」


 葵は突然それを切り出した。桜は表情を強ばらせ、愛奈は唇に指を当て何処かへ想いを馳せる。


「……俺は、あると思う」


 率直な意見。秀一の率直な意見だ。


「そうですか」


「でも、それは恋じゃない」


「と、言いますと?」


「きっかけに過ぎない、そう思う。そこから相手を知ろうと願い、相手と自分の距離を縮めようと考える。そのきっかけに過ぎない、って事さ。自分のペースと、相手のペースと、両方考えて、両方尊重して、お互いがそう思えるようになったら、そっから恋だ」


 ふむーー声こそ無かったけれど、口がそう動いた。葵は悪戯な子供のように口の端を釣り上げる。


「童貞らしい考えですね」


「うるさい!!」


「でも、嫌いじゃないです。ーー水嶋猛を屋上に呼んでおきました。あとはお任せします」


 行ける。秀一なら大丈夫。そう背中を押された気がした。


「……あぁ。サンキュな孔明先生。……あと、愛奈先輩!」


「はぁい?」


「水嶋猛って、知ってますか?」


「……うーん。ごめんなさい」


「ですよね。ーーいや、いいんです。ちょっと外出してきます」


「いっとう上等なコーヒー、用意して待ってますね」 


 ーー話を、しよう。

 男と男で、女の話を。

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