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2 ヒトメボレとコシヒカリ 2-7

7  


 玲が部室から出て行くと、部活は一気に平常営業へと移行する。

 葵はノートを取り出し書き物。愛奈は編み物を、桜は雑誌や携帯を見ながらコーヒーの豆を挽く。

 時折、四方山話に興じてはまたそれぞれの趣味に取り掛かる。

 秀一の場合はだらりと筋肉を弛緩させ、携帯ゲームと対峙するのであった。


「あーっ……くそっ」


 思わず声を出してしまい、はにかむ秀一。

 遊んでいたゲームで負けてしまったーーつい家に居るような気分で漏らしてしまったのだ。


「何か、あったんですかぁ?」


 横から覗き込んでくる愛奈。慌てて秀一は弁解する。


「いや、今やってるゲームがあって、期間限定のイベントなんだけど……なかなか難しくて。つい」


「あーこれパラバトじゃん。シュウイチ君もやってたんだ」


 背後から桜の声。気配を全く察知できなかった秀一は続け様に肩を跳ねさせる事になった。


 パラディン・バトル、通称パラバト。

 所謂ソーシャルゲームである。

 戦士、騎士、悪魔、天使などがごちゃ混ぜに登場する中世モチーフの戦略ゲーム。

 将棋の駒のように交互にユニットを動かし、敵を全滅させるとクリアといった内容である。


「このイベントねー。結構鬼畜なんだよねー」


「桜先輩もやってるんですか? いや実際どうクリアするのかわからないですよ」


「あー。アタシはルシフェルでゴリ押ししたからねー。なかったらキツかったと思うわ」


「持ってるんですか!? ルシフェル!?」


 秀一は目を輝かせる。

 このゲームにおける入手難度、ユニット性能、イラストの完成度、それらを加味し付けられたレアリティは五段階。

 ルシフェルはそのヒエラルキー頂点に君臨する五つ星最強ユニットの一角であった。

 入手するためには一回数百円という課金を経てのくじ引き、要はガチャで引き当てる必要がある。

 

 この手のゲームにはよくある制度だが、まともに自軍を強力ユニットを揃えるとなると相当な金額を必要とするため、そうそう簡単にはお目に掛かれない代物であった。


「まぁ、アタシには幸運の女神がついてるからね」


 桜の言葉で秀一は何かを察知し瞬時に葵を見遣る。

 しかし、当の葵は視線に気付くと「違います」と手をヒラヒラとはためかせるばかり。


「世の中には意味のわからないことが沢山あるってこと。シュウイチ君、それを教えてあげるわ」


 そう得意気に言うと、桜は自分の携帯を取り出し、何やら操作を始める。

 すぐに「これでよし」と呟き、携帯を差し出す。


「悪いけど、愛奈。また三回お願い」


「ふぇ!? 愛奈ですかぁ? ……んー。いいですけど。……ここを押すんですよね? ん~。可愛い猫さんが当たるといいなぁ……」


 可愛い猫さんというのは獣人ケットシーの事だろう。

 今ガチャの目玉キャラとしてそのイラストが頻繁に流れているのを秀一は知っていた。


「ふぇぇー。外れちゃいましたぁ!! えいっ。あぁぁごめんなさーい!! もう一回……だめですぅ!! 力及ばずでした……ごめんなさい……」


 不吉な独り言が繰り返される中、どうやらガチャは終了したようだ。


「はーい愛奈。おつかれ~。さてシュウイチ君。これ手に入れた順のキャラ画面なんだけど、見てみて」


「なっ……!? ルシフェルが……三連続……だと……!?」


 馬鹿なありえないーー秀一は背中に冷たい物が流れるのを感じた。

 このゲームにおける五つ星出現確率は3%と明記されている。

 その3%の中にも十を超える種類のキャラがいて、実際の出現率は限りなく低い。

 それを三連続、それは偶然にしては限りなく低い確率になってしまう。


「そうなのよ。理由はわからないんだけど、愛奈が引くとルシフェルしか出ないのよねー。正直、ルシフェルばっかり居てもどうしょうもないんだけどね」


「ちょっ……先輩、いいすか? 一回だけ、一回だけ、お願いします」


「ふぇぇぇん! 目が、目が怖いですぅー!!」


 変質者のごとくにじり寄る秀一にドン引きながらも、愛奈はガチャボタンを押してくれた。

 結果はーー勿論ルシフェル。


「っきたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 神の敵対者ルシフェルぅぅぅ!!」


 秀一の歓喜の叫びが響く中、桜と葵はやれやれといった表情で顔を見合わせた。


「ちょっと、アンタね。調子こいて課金とか考えるの止めときなよ? あくまで愛奈がワケのわからないヒキ持ってるだけなんだからね? 碌な事にならなくっても知らないからね?」


「はいっ! 勿論ですよ!! 愛奈先輩ありがとうございますホント女神です!!」


 えへへとはにかむ愛奈を尻目に、秀一は行き詰まっていたイベントに挑戦する。

 そしてーー時は流れ夜の自宅。


 興奮冷めやらぬ秀一は桜に釘を刺されていたのにも関わらずガチャに励んでいた。

 あれだけアッサリと五つ星が出ているのを見てしまっているのだ。一つくらいと油断していた。


「『我は勇敢なる狩人コボルト、いつでもそなたの助けになろう』って……お前じゃ役不足だっつうの! 次、次」


 『勇敢なる狩人コボルト』『魔峡の歌姫セイレーン』『雄々しき壁ゴーレム』『知性無き悪意スライム』

『傲慢なる凶刃アラクネ』『輝く幻獣ユニコーン』etc,etc(などなど)…… 

所謂ハズレの山を積み重ねゆく秀一。


 冷静になった時には、もう手遅れだった。


「に……にまんよんせんえん……だと……!?」


 ようやく迎えた五つ星『遅すぎた英雄伊達政宗』を手に、秀一は断食を決意する。

 どうして中世に戦国武将がなどと考えてはいけない。そういうものなのだ。


 打ち拉がれる秀一とは裏腹に。

 遅すぎた英雄は圧倒的な物理殲滅力で活路を開いていったーー


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