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2 ヒトメボレとコシヒカリ 2-6

6


 お昼時の中庭は実に気持ちがいい。屋根から解放され、僅かばかりの緑と太陽に触れ、心が洗濯されるようだーー


 楓との距離は相変わらず椅子の端と端、教室の隣の席以上二個隣の席未満。別段大した会話もしない。何となく思いついた事を投げかけ、投げかけられたら必要な事だけ返す。それで何となく成り立っている感じがして、秀一は安心する。

 楓は踏み込んでこない。秀一も踏み込まない。ベンチの端と端。それでよかったし、楓も無表情ながら何となく満足そうにしている感じがする。


 前回のボクっ娘発見から早数日。

 お昼の時間になったら約束あるなしに関わらず秀一はここへ来るし、楓も。


「しっかし楓も何て言うか変な奴だよな」


 昨日のお昼のことだ。

 いつも通り黒澤さんと呼ぶ秀一に、突然楓が「楓でいい」と言い出したので呼び捨てにしている。が、案外秀一自身しっくりきていた。理由を問うたら、その方が友達っぽいと返されて返答に困ったものだが。


「選択科目一緒だったの知ってただろ? 声掛けてくれたらいいのに」


「美術? うん。迷惑かなって」


「そんなわけないって。むしろ助かるよーーホラ、人物画の二人一組の時とかさ」


「秀一、アリアドネと組んでた」


「そんな名前なのかあの石膏像……」


 秀一が週に二度ある選択科目ーー美術の時間に楓の姿を見つけたのはついさっきの出来事だった。入学してから数回授業を受けていたのに、それが彼女の部活と同じ美術であったのに……今まで気付かなかった。選択科目は三クラスが合同となるため、可能性は二分の一だったのだがすっかり失念していた。

 授業中で声も無しに驚いた秀一。必死の「俺だよ、俺」アピールにも楓はぺこりと頭を下げただけだったので訊いてみたのだが、案の定知らなかったのは秀一だけのようだった。


 先日の葵との通話以降、秀一は気を張っていたが例の男子生徒からの接触はない。葵の取り越し苦労だったのではないかと秀一はうっすらと考えていた。


 肝心のボクっ娘、玲の方は進展があった。

 直ぐに翌日行動を起こした秀一。実家の手伝いで何かと忙しいようだったので、

空いている日を選んでもらい、文芸部に遊びに来てくれる約束を取り付けた。今日の放課後だ。


「……そんな訳でお願いします孔明先生!!」


「まさかの丸投げにワタシ驚愕ですっっ!! 三回どころか一回の礼も尽くされた記憶がないのですがワタシこれ拒否していいやつですかっっ!? 散歩してていいやつですかっっ!?」


 そんなこんなで放課後の文芸部。


 秀一はこんな事もあろうかと玲には『文系部の』書いている小説のキャラ設定としての対談という名目で誘っていたのだ。一蓮托生、葵がそう言っていたのだから仕方がない。そう秀一はほくそ笑む。


 愛奈がニコニコとケーキを切り分けている。

 急だから大した物は作れないと言っていた割に、見栄えのいいレアチーズケーキだ。薄紫のソースの上にブルーベリーがちょんと飾られて可愛らしい。

 桜はミキサー音を立ててコーヒー豆を磨り潰していた。時々秀一は疑問に感じる。ここは喫茶店部ではなかろうかと。


 程なくして文芸部に目当ての来客が訪れた。

 

「こんにちはー! 毎度お世話になってまーす。フラワーマリーでーっす」


 ガラガラと音を立て快活な声が聞こえる。秀一は簡単な謝辞の言葉を掛け、着席を促す。部員の紹介を手早く済ませ、自分も席に着いた。直ぐに愛奈や桜が反応する。ケーキとコーヒーが運ばれ「何これ、喫茶店?」と目を丸くする玲を見て、秀一はどこか誇らしげな表情を見せた。

 

「ま、対談なんて大したものじゃないんですよ実際。玲さんは普通に我々と雑談をして遊んで行ってくれたらいいんですっっ。我々が勝手に玲さんの口調とかそういうのを参考にしてキャラ設定に使わせて貰いたいっていう趣旨なワケです」


「あははー……やっぱボクって言う女の子、珍しいですよねー」


「あ、それと。この際ですから敬語も要らないのです。自然な感じが望ましいと我々考えていますのでもうそれは存分に寛いでいいのですッ!!」


 これでいいのか? と言わんばかりに眼鏡を反射させる葵。秀一は親指を突き立てグッジョブのサインで答える。

 それから暫く、雑談に没頭する一同。

 玲は人見知りとは無縁の性格なのだろう。物怖じせず会話に飛び込み、自分から会話を切り開き、とにかくあっという間に馴染んでしまった。さすが接客業、といったところか。


「ーーあ、そう言えば文芸部って水嶋と仲いいんですか? 水嶋 猛(みずしま たける)。」

 

 その名前は突然降って湧いた。


「いや……特に……」


 言いながら秀一が部員に目で問うが、皆知らないようだ。


「あーいや、さっき来た時に部室の中を気にしてるみたいだったから。……あーボク中学の時水泳部で、その時の先輩って感じで。別に顔知ってるくらいで仲がいいってワケじゃないんだけど……」


「何かあったのかもな。ま、重要な用件ならまた来るんじゃないかな」


 それとなく話をはぐらかしておいたが、秀一はその男の顔を想像できた。半ば確信めいただけの仮説ではあったがーー恐らく間違っていないはずだ。校門で人目を憚る事なく愛を叫び撃沈した姿が過る。

 そう考えると、見られていたと考えるのが妥当だ。否、監視されていたと言うべきか。とすると、見られていたのは愛奈か、秀一か、或いは両方か。他の部員の線はどうか、等と思惑を巡らす。


「さてさて玲ちゃんッ! ちょっとした余興ではありますが、何を隠そうこの国穂葵……様々な本に触れ、読み進めていく中でですね、手相占いなども身に付けまして。もしよかったら玲ちゃんを占ってみようと思うわけですが、如何でしょう!?」


「へぇ面白そうだねっ。ボクの何を占ってくれるのかなっ?」


 何が『何を隠そう』だ。合コンのオヤジかと思わず悪態を吐いてしまいそうになる白々しさ。ともあれこのままでは目的が達成されて文芸部との繋がりが消えてしまうのも事実。秀一は一先ず葵の手相占いとやらに耳を傾けることにした。


「ふむふむ……はー。なるほどですねー。イヤこれはちょっと訊いていいのか悩む内容ではありますが……この占いの信憑性を高めるためと言うことであえて尋ねます……玲ちゃん、七つの時にお父さんを亡くしていらっしゃいますね?」


「えっ!!! すごっ!! 何で!? いやもう昔の話だから別にボクは気にしてないけど……そんなのまで判っちゃうの!?」


「えぇ。わかりますともわかりますともっ!!」


 胡散臭さが尋常ではないのだが、むしろ手相占いよりもっと上位の能力を持っている葵だけに信憑性もクソもない。むしろこれで食べていけばいいじゃないかとすら秀一には思える。


「さて、過去線に関して読ませて貰いましたので、次は現在を。……うーむ。ははぁ。なるほどなるほど。なかなかどうして乙女ですねぇ……玲さん」


 バッと手が振り解かれる。


「な、何かわかっちゃったのかな……はは……趣味的な……?」


「あ、それです。趣味的な何かの話です……いえいえ構いません。ウチの花ちゃんなんてそりゃもう酷いもんですから」


 突っ込みたい衝動に駆られる秀一。それ絶対今自爆しただけですよと言いたい。

 そして何げに桜に被害が及んでるのだが深く追求してはいけない。開けてはいけない箱もあるということだ。


「続けましょうーーふむふむ。そうですか。これは悩ましいですね。悩ましいでしょうねぇ。さて、玲ちゃん。現在のことはこれで大体読めてしまいました。まず、最近玲ちゃんは『本当にこれで良かったのだろうか』と考えている事があります。ワタシもプライベートを公表する趣味はありませんので、ここで言ったりはしません。しかしッ!! 差し出がましいようですが、未来線まで読めるワタシは相談に載って差し上げることも吝かではありませんっっ。いかがでしょうかッ!?」


「……参ったなぁ。ちょっと舐めてたよ。ホントにお見通しっぽいよねー」


「お褒めに預かり光栄ですともッ! ……ちなみにお兄さんもご希望があれば見て差し上げますが……」


「いや、遠慮しとく……」


 トークマジックですっかり信じ込ませる事に成功したようだ。或いは本当に知っているのか……葵の場合は判断が難しいところである。そんな状態の玲にある事無い事吹き込んだら、玲は秀一をそういう目で見るだろう。げに恐ろしき孔明大先生だ。


「また、遊びに来てもいいかな? 少し、相談する前に自分でも考えたいんだ」


「いつでも構いませんよ、気兼ねなくどうぞっっ! むしろ来て下さいお願いします!! ……まぁ、何て言いますか、一人で悩んでいたら気付かぬうちに自滅してしまう事ってあると思うのです。それはきっと玲ちゃんに良くない。あとーーお母様にも」


「ーーッ!! ホントにお見通しなんだね……うん。そう……そうだね。ありがとう、今日は楽しかったよ。そろそろ行かなきゃだから。ちょっと残念だけどまた来させてもらうよ!」


 玲は最後に桜や愛奈にご馳走様、と一言。秀一にも目配せして手を振って出て行った。一歩前進、というかもう葵の手の上なのだろうか。


 水嶋猛ーー

 秀一はこのまま何もないワケがないだろうな、と予感する。

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