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2 ヒトメボレとコシヒカリ 2-5

5  


 ドカッとベッドに体を投げ出す秀一。

 疲れた。精神力を大量に消費してしまった。そう思った。

 孤軍奮闘、孤立無援。

 色々なことがあったが、ハッキリと思い出せるあたり相当に濃かったのだろう。


 あの場で秀一が取った作戦は結論から言うと『紳士的解決』だった。


 仮にこれが美少女を口説くゲームであればこのエンカウントイベントは重要だ。

 連絡先、或いはクラス、学年など聞き出さなければ元の木阿弥、振り出しに戻る。さらに悪印象という遠回りを余儀なくされる状態。

 失礼な印象でフラグが折れてしまえば入部はおろか名前さえ聞き出せないまま終了だ。


 正直葛藤はあった。

 もしこのボクっ娘がソウルメイツブラザーカモンな軽いノリを好む場合、その判断はむしろ堅苦しくなってしまう可能性が高い。そうなると「キモい。うざい」などと蔑まれる危険性がある。

 秀一はそれを悦ぶ訓練された衛兵ではなかった。


 さらに忘れてはいけないのがその場に居合わせた楓の存在だった。

 彼女は今のところ部活のメンバーを除いて唯一と言っていい知り合い。

 昼飯を一緒に食べようと言ってくれているのだからそう悪い印象でもなかったのだろう。

 そんな彼女の反感を買うのもまた得策ではない。

 千里の道も一歩から、友達百人も一人から、なのだから。


 瞬間、思考を巡らしシミュレートする。 


 選択肢壱「ボクっ娘、捕まえたハハハッもう離さないぞー!」

 花屋「なにするんですかやめてください」

 楓「キモさわやか」

 結論、花屋からパンチ的な何かを貰いフラグ折れる。


 選択肢弐「僕は感じてしまった、運命を」

 花屋「なにこの気持ち……」

 楓「誰にでも色目を使う女の敵」

 結論、楓からビンタ的な何かを貰いフラグ折れる。


 選択肢参「アイドル、やってみないか?」

 花屋「えっボクなんかが……アイドル?」

 楓「楓もアイドルやるー」

 結論、別ルートに入り取返しのつかないことになる。


 碌なことにならないーー

 結局、秀一はどうにかうまいこと誤魔化す方法を諦めて一番無難な方法を選んだ。

 即ち、平謝り。


「あっ、舞い上がってつい勢いで……ほら、珍しいから。女の人で一人称ボクって。……ゴメンっ悪かった」


「あーそれね! もービックリさせないでよ!! ……あははっよく突っ込まれるんだよねー。ま、すっかりこれで定着しちゃってさ。今更直せなくって」


 大丈夫、肩を掴んだ悪印象はこれで払拭できた。

 頭を回せーーどうにか繋げろ秀一。


「そういうのが好きなんだ」


 来た、ジト目からのあっそう系発言! ここでどうにか出来ないと女の敵ルートに入る可能性がある。

 慎重に、何かないか? ーーそうだ、自己紹介。これで極めて常識的に機先を制すことが可能!


「好みっていうか……あぁ、俺は山科秀一、文芸部。正直に白状するけど、書いてる小説のキャラの参考にしたいんだ。だから良かったら今度ゆっくり話聞かせてよ」


「えー、何かそれ照れるね! でも、ま、別にいいよ。ボクは1-4、楠ノ木 玲(くすのき あきら)。帰宅部なんだ。今のところはね。おっ、いかんいかん。……悪いけど家の手伝い中だから、またね」 


 上等ッ!!

 これでボクっ娘は次に繋げられたーー後は黒澤さんのフォロー。大丈夫、落ち着けば問題ない。


「秀一、っていうんだ」


「あぁ、そうか。自己紹介してなかったねゴメン」


「ううん。秀一でいい?」


「好きに呼んでくれて構わないよ」


「秀一。うん。……部活、戻るから。またね」


 乗り……切ったーー


 言葉のアヤで小説家志望になってしまったがこの際大したことではない。適当に期間を置いて夢に破れた設定にすればいい、それで何とかなる。首尾よく名前も聞き出せたし楓への心象もそこまで悪いものではなかったはずだ。

 乗り切った、乗り切れた……そう安堵した秀一は愛奈にもフォローを入れて何とか切り上げ帰宅したーー


「そして今に至る、と」


 独り言だ。

 一人暮らしを始めてから秀一は独り言が増えたと自覚していた。

 よくそういった話を聞くが、自分もそうなるとは露程も思っていなかっただけに滑稽に思える。


 ーー着信。

 電話が鳴るのは彼にとって非常に珍しい事で驚いた。

 画面に写ったその名前を見て、あぁそうだ、と思い出し通話ボタンを押す。


「ィィィィイヤッホウ! こんばんわお兄さん!」


「なにそのテンション!!」


「イヤっ、まぁあれですプロ根性ってやつですッ! いえいえそんな事は些細な事でして、お話は粗方マナちゃんの方から伺っているんですよ。で、ですね、お兄さんに一つ話しておかねばといった感じの案件がありまして……」


「あれか? 子作りがどうとかって」


 受話器越しに葵の笑い声が聞こえてくる。少し受話器を離したのだろうがこちらに丸聞こえである。


「はー、イヤすいません。正直あの文句でなくて良かったんですが、『例えばこんなのはどうでしょう』って提案したものがそのまま採用されてしまったようで!! いやぁマナちゃんは本当に真っすぐでいい娘ですねぇ、感心してしまいますよワタシ」


「何かもっと無難な例えを提案してやるべきだったな!!」


 ふと、トーンが下がる葵。


「お察しの通り、あれは予知です。あの場でハッキリキッパリ相手の心を折ってやる必要がありました。あの場にマナちゃんが一人でいた場合、おそらく彼女は曖昧に返事をしたと推測されます。その結果、それがトリガーとなり彼女はストーカー被害に悩まされるとワタシは見ていました」


「なっ……!?」


「恐らく今回の一件でそれは回避できたことでしょう。ただ、その過程でお兄さんが関与してしまいました。彼の執着が形を変えてお兄さんに降りかかる可能性もあります。十分な注意を宜しくお願いします」


「物騒な話だな。何かアドバイスは?」


「はい。恐らく『心を折る』事で今回は解決、それは変わらないかと思います。マナちゃんに折られるもお兄さんに折られるも結果的には同じ、それで彼は大人しくなる。そうワタシは推測します」


「なるほどな。この前のさるかに合戦みたいな作戦はないのか?」


「さるっ……失礼ですよお兄さん!! これはもともとその場で心を折って解決、という予定の物でしたので正直ワタシも今回の転嫁に関しては十分な見通しが立っていないのです。あくまでお兄さんが何らかの被害に遭うというのも可能性の範囲です。まぁ、今のところお兄さんとカニが一緒にドラム缶に詰められて海に投げ捨てられるルートは未確認なので安心していいかと思いますが」


「それすっげぇ残酷なルートだからな!!」


「兎に角、こちらの対処不足で申し訳ないのですが何かが起きたら宜しくお願いします。ワタシいつでも相談には乗りますので」


「あぁ。頼むぜ孔明先生」


「アナタ絶対ワタシのことバカにしてますよねっ!!! ……そうそう、ボクっ娘の件ですが、執筆活動頑張って下さい。応援してます」


「バカにしてるのはお互い様ですよねっ!!」


 ーーそんなこんなで葵からの通話は終了した。


 玲の勧誘にストーカー男問題ーー今暫く頭を悩ませることになりそうだ。

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