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2 ヒトメボレとコシヒカリ 2-3

3


 濃紺色のカーテンが微風に押されてゆらり。直ぐに空気が隙間から逃げてくたり。穏やかな波のように寄せて返してまた凪へ。浅い雲が光に表情を乗せるーーゆらゆらふわふわと。向こうの体育館の屋根が、硝子が、或いは彼女のすぐ手の届く範囲にあった(さん)がきらきらと輝いて眩しい。


 唯、唯、眩しい。


 机には開き放しのノートがひとつ。ノートの上には飾り気のないシャープペンシルがひとつ。記した何かを削る度に磨り減った消しゴムがひとつ。彼女が、ひとつ。頬杖を突いて微動だにしない彼女が、ひとつ。


 ーー突風。

 穏やかだった波が乱れ、煽られたカーテンの端が彼女の頬を、手の甲を打つ。哭き声のようでも、怨嗟のようでも、威嚇のようでもある唸りをあげて打つ。

 彼女は支えにしていた手で張り付いた栗色の髪を掬って耳に掛けた。フレームに沿うように横髪はたわんで耳の裏に納まる。


 先程の風に巻き上げられたのだろう。小さいコンビニのビニール袋が彼女の目の前を、窓の外をふらふらと通り過ぎ、中庭へと落ちていった。頬杖を突き直し暫く動きを止めていた彼女は、ふと思い出したように時計をチラと確認してからノートに何かを書き始めーーすぐにペキッと音を立て折れた芯を手で払った。


「エンヴィ?」


 ふと、彼女はその手を止める。溜息を一つ吐いてノートをパタンと閉じた。


「それは嫉妬という意味ですか? それとも心理学的なニュアンスで羨望という意味でしょうか? ワタシには花ちゃんの言葉の意図が量りかねるのですが。……そもそもですね、それら二つの意味は根源的な感情そのものは一緒ですが結果として他人に与える印象は全く異なったものとなってしまうのです。ですから先にその辺りの意見の擦り合わせから始めないとーー」


「じゃあアンタが最初に頭に浮かんでギクっとした方の意味でいいわ」


「っはー! こりゃ手厳しいですね花ちゃんは!!」


 桜は窓を閉めてカーテンをぴちっと閉める。勉強の邪魔でしょ? と悪戯な笑みを作る。


「時に。花ちゃんは一目惚れってあると思いますか?」


 不意の質問に桜はうーんと唸った。

 下顎に指を付け、首を少し捻る。


「ワタシは無いと断言します。否、認めません。第一印象はあくまでその後の関係を友好的にするか、しないか、それだけです。それが如何に好印象であろうと、それが如何に好みの異性であろうと、それを妄信し愛と宣うのはーーその感情の大部分は期待です。自分勝手な押し付けです。残りの少しは妄想です。依存と毛ほども違わないと考えます」


「ありゃ、ラースの方だったかな」


「どの道大罪ですねッ!! ……ただ、率直に言って花ちゃんが考えてるそれは多分間違えています。何がどうという直接的な話題ではないので推測に過ぎませんが。おそらくそんなのではないですよ、というのを心の隅に留め置いておいて戴きたいとワタシは願います!! ……少なくとも、隣のクラスからわざわざ冷やかしに来るような案件ではないと言うことですっっ!!」


「はーいはい。からかい甲斐のない親友だ事」


 んべっと舌を出して桜はその場を離れた。

 カーテンを少し捲り窓の外をチラと伺った葵。ぽつりと呟いてまたノートを開く。


 ーーそんなんじゃ、ないんですよ。

 暫くして始まりを告げるチャイムが鳴った。


 幾度かのチャイムを経て。


 秀一は文芸部の棚を眺めていた。規則正しく並んだ本の背を追い、見知った名前に気付く。


「レ・ミゼラブルか。これならまぁ何とかなるだろ」


 昔映画で見たことのあるその本を取り、ポケットへと押し込んだ。

 文芸部である以上はそれなりの本を持っておきたい、でも文学に全くと言っていい程無知である彼が問われた時にあらすじくらいは答えられるもの……それがこの本だった。勿論読む気などない。彼なりの背伸びだ。


 暫くして桜が顔を出し、葵が顔を出しーー文芸部のテーブルは埋まってゆく。入り口側の奥には秀一が。その正面、窓側の角には葵が、葵の横には桜が。直ぐに愛奈がパタパタと駆け足で滑り込んできて、桜の正面に荷物を置いた。


 特に取り決めがあったわけでもないが、何となくこのような席順が定着していた。


「さてっっ。皆さん。事前に携帯の方で昨日の成果の程は伺っております。それについては特にワタシからはございません、というかお疲れ様でしたっっ!! けれどこのまま終わりという訳では勿論ありませんので、今日もボクっ娘勧誘活動を進めてもらいたいと思います。宜しくお願いしますっっ!! ホント頼みますッ!! ……時に、一つ提案なのですが」


「アンタの提案は禄でもない予感しかしないわね……」


「全く失礼ですねッ!!! ワタシこの歳までちゃんと犯罪に手を染めず品行方正真っすぐにやってきましたからッ!!! ……コホン。提案というのはマナちゃんです。マナちゃん一人で活動した場合、脱線してしまいどこかふわふわな所に行ってしまいそうな気がするのです。ですから今日はお兄さんを引率として付けることを提案しますッ!」


 あぁ、と納得する秀一と桜。愛奈は「ほぇ?」と他人事のようだが。


「では、お願いしますッ!! ワタシは已むに已まれぬ事情があって、そりゃもうのっぴきならねぇもんですから、今日はこれにて帰宅させて戴きます……が、非常に後ろ髪を引かれる思いで腸を断って帰宅するという事をご理解戴けたら幸いですっ!!」


 そう言って直ぐに葵は出て行ってしまった。昨日もそうだが、もともと忙しいので室外活動を命じたのだろうか? 秀一は中学時代「先生今日は採点で忙しいから自習ね!」と言われた時の気持ちを思い出していた。


「まー仕方ないね。んじゃ、まあアタシは知り合いの三年とか当たってみるよ。アンタ達はまた聞き込みとかヨロシク。っていうかその辺は任せるから、じゃね」


 桜も同様に部室を後にする。残ったのは不安そうな表情の秀一と、終始ニコニコと目を細める愛奈。

 秀一のおっかなびっくりな視線を感じ取ったのか、愛奈はドンと胸を叩き、その周囲をたゆませた。


「大丈夫ですぅ! 豪華客船に乗ったつもりでお姉さんに任せなさぁい!」


 あーその船タイタニックって名前じゃないですかね、と秀一は肩を落とした。


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