/8~/12
/8
「こんにちは、鴉天狗さん。今日はこんな辺境で取材ですか?」
先ほどから屋根の上でこちらを眺めている鴉にそう話しかけると、
一度視界から外れた後、射命丸がひょっこりと顔を見せた。
「ありゃりゃ、ばれてましたか。これでも結構うまく化けれたつもりなんですけどね」
「冗談は止してください。隠す気なんて全くなかったでしょう?」
「いえいえ、本気ですよ。ええ、本心からそう思ってます」
にやにやと笑いながら言う、射命丸という名の鴉天狗。
「……それで、射命丸さんが私のような迷い人に何か御用ですか?」
「迷い人が来たなら取材して新聞にするのが記者というものでしょう。
ちょっと面倒なことに巻き込まれて、随分と来るのが遅くなってしまいましたが」
大方、異変関係だろう。面白そうだからちょっと見てきたというルーミア曰く、下級妖怪の集合体が暴走したとかなんとか。
まあ新聞にするなら格好のネタだろう。面白おかしく伝えるものではないと思うが、
それを欲するものがいるなら、止める理由はない。
「まあ、いいですけど。射命丸さんはこれで14人目、ですね」
「……むぅ、少し遅すぎましたね。しかし私は諦めませんよ。
緋亜さん。なにか日記的なものは書いてませんか?」
「書いてません。書く気もありません。顔見知り程度の縁の人を優遇するほど私は甘くありませんよ」
いい加減に辟易としていた。
「そこをなんとか。ルーミアさんが頼めば聞いてくれます?」
「……あの闇の中で見つけられて、そのうえで説得できるなら、ご自由に」
「あーそういえば今は封印が解けてるんでしたね。これは骨が折れそうです。物理的に」
苦笑いしながら言う。
「ゆっくり飛んだらどうです?それから、」
「それじゃあ射命丸の名が廃ります。では、」
言うが早いか南に飛び立つ射命丸。
天狗というのはどうして皆、人の話を最後まで聞かないのだろう。
ルーミアは家に居るというのに。
/9
「緋亜さん。少し休憩しませんか」
暇つぶしと称して手伝いに来てくれたアリスが言う。
「緑茶が好きと言っていたので、本当は緑茶の茶葉を持って来たかったのですが、
生憎とちょうど切らしてまして。紅茶は飲めますか?」
「ええ、はい。問題なく飲めますよ」
「……待ちなさい。アリス、貴女は客人です。この私が作りましょう」
少しだけ不機嫌な声音で割って入ってくるルーミア。
「あら、珍しいわね。貴女が自分から働くなんて。大妖怪たる貴女はなんでも緋亜さんにやらさせていると思っていたのですが」
大妖怪、なのだろうか?どうにも風格というか、そういったものが欠けている気がするのだが。
「――ぐるるる!」
「――ほーらい!」
なぜだか蓬莱人形が割り込んで威嚇に対抗していた。
可愛い。
「喧嘩なら他所でやってください。また家を建て直すのは御免です」
そもそも私がルーミアの家を建て直すこと自体がおかしいのだ。
無駄に規模があるので修繕もそうそう簡単ではない。
「ほーらい!」
「ぐるるる!」
「……ああ、そうだ。緋亜さん、残念なことにまだ自立は出来てませんが、そのほーらい人形いります?」
「いいのですか?」
「はい。この蓬莱人形は時折首を吊りたがりますが、
そちらは定期的に魔力を補給すれば料理を代行してくれる、健全なほーらい人形です」
「……そうですか。ありがとうございます。
それと、先ほどからルーミアの首が締まっているのが見えるのですが」
「大丈夫ですよ。あの妖怪は一度死んだ程度じゃあ死にませんから。
それよりも、砂糖かミルクは入れますか?」
それは死んでない気がするのだが。
「ストレートでお願いします」
/10
ルーミアに連れられて、私は博麗神社にやってきた。
なんでも会わせたい人が居るのだとか。
博霊神社に居る人間と言えば二人ぐらいしか知らない上にどちらも顔見知りなのだが、それはルーミアも知っているので、別人なのだろう。
それから、射命丸は未だにルーミアを捕まえられてないらしい。
骨が折れたせいかもしれない。
……と、そんなことを考えて未だに半分もいかない階段登りと言う苦行から目を背けていた。
が、五分でネタが尽きた。
「ルーミア、しりとりでもしない?」
そう話し掛けると、ルーミアは実に眠たそうな声で快諾してくれた。
「じゃあしりとりのり」
「り……リンガリングコールド」
「土間」
「マスタースパーク」
「蜘蛛」
/11
「胡桃」
「ミスディレクション……あ、」
くるくると回りながらルーミアは言う。
「ーー変な縛りなんかしてるから負けるのよ。
それで、そこのあんたは何の用かしら?」
冷めきった、博霊の巫女としての声が、響く。
「あ、霊夢。姉さんはもう来てる?」
「ええ、来てるわよ。そして暇をもて余してるわよ。
しかし、人の家に完全武装で来るとは何を考えてるのかしらね?」
「霊夢……?」
互いに乾いた笑みを交わして、睨み合う。
「ーー喧嘩?喧嘩なのかしら?どうせやるなら派手にやってよね?!」
そんな私達を、木の枝に足を引っ掛けてぶら下がった青い髪の少女は、
カラカラと晴れやかに笑うのだった。