Chapter.7「会議!」
「あんた、どこ行くの?」
「ああ?」
数日後、どうやら隣の住人が帰宅するのが自分と比べてずいぶん遅いのに気付いた愛が、今まさに教室を出ようとするまさにその人に声をかけた。
「どこって、仕事だよ、仕事。お前も来るか?」
「仕事って何よ?それに、私忙しいのよ。あんた、ここでの私の立場わかってるの?」
「俺の教育係だろ?」
「そっちじゃなくて、いや、それもそうだけど、生徒会長よ、生徒会長」
「ああ、そう言えばそんなことやってたな、お前」
「やってたな、じゃないわよ。私がどれだけ忙しいか…」
「わかった、じゃあ待っててやるよ」
「へ?」
「だから、待っててやるって、忙しいんだろ?」
「いや、そうだけど…」
「じゃあ、生徒会室にいろ、俺は小雨に呼ばれてた方の用事先に済ますから」
「勝手に決めるな」
「じゃあなあ」
「ってこら!」
自分の言いたいことだけ言って、黒羽は職員室に向かって行った。
「はあ」
「どうしたの?愛?」
そう気遣うベリーショートの少女は書記の東浪見早子である。とは言え、早子は二年一組で、愛とは小学部からの付き合いなので、一つ下の副会長と違って愛のことを名前で呼ぶ。
「うーん、ちょっと残業がね…」
「え?あとこれだけじゃない。いくら私たちだけって言っても…」
そう言いながら自分と愛の間にある書類の枚数を確認した。今日は部活やら家庭の都合やらで珍しく生徒会室には二人しかいない。
「ああ、早子、そっちじゃないのよ。射手の方」
「ああ、例の新隊長のこと?」
このつっけんどんな態度は、突然現れた馬の骨が自分たちの上官になったことによって生じた、前隊長と現隊長の信頼の差によるものである。
「まあ、今確かにOZの動きが無いのもあるけど、西岐波隊長はもうちょっと私たちのことを気にかけてくれてたわよ」
愛以外の生徒会メンバーは黒羽の戦いを見ていないので、愛からの説明を受けても、黒羽の事をにわかに信じられなかった。
「まあ、あいつも私たちと同い年だからね」
「それよ、いくら支配者だとしても、それが隊の指揮ができることにはならないわ」
さらに、メンバーが西岐波に懐いていたということもあり、なかなかに黒羽を隊長と認めるには抵抗があった。
「まあ、確かにそうかも、でも黒羽が言ってたけどこの人事異動はなんとかっていう偉い人が決めたらしいから何か考えがあるんじゃない?」
そう言って最後の書類を書き終えると、早子がじーっと愛を見つめていた。
「何?」
耐えかねて愛は早子に訊ねた。
「愛、あんたがどんな男に好意を持ってもかまわないけど、私情をはさんでこの隊の名を汚したんじゃ西岐波隊長に顔向けできないわよ?」
私情をはさんでいるのは、この場合珍しく早子の方であったが、まさか普段冷静な早子の口から聞くとは思わなかったので、愛はつっこむのを忘れてしまった。それに、客観的に判断すると、恋愛感情というより憧れと言った方がいい、現にもう一度黒羽が戦っているところを間近で見てみたいと思う自分が居ることを愛ははっきりと自覚していた。
「誰がアイツに好意なんて持ってるって言ったのよ?」
まったく、いい迷惑だ。と、愛は思う。
「すでに両親に挨拶すませたと風のうわさでお聞きしましたが?副隊長?」
「引越しのあいさつよ、引越しの!なんたって隣なんだから。それに母さんだけよ」
「…」
「何?その目は?」
「別に。さっきも言ったけど、隊の品位が下がらなければ私に異論は無いわ」
「おい、愛いるか?」
そこで、当の本人が生徒会室に入って来た。
「勘違いしないで、私は、これからもこの生徒会メンバーでうまくやっていきたいだけ。他意は無いわ」
そう言って、自分の荷物をまとめると、戸口に立っている黒羽の横を通り際に挨拶して帰って行った。
「それでは、私はこれで失礼します。隊長」
「おう、おつかれさん」
(…誰だっけ?あいつ?)
と、じーっと黒羽は去りゆく早子を見ていたが、さっぱり思い出せなかった。(例の事件の際、早子は風邪で学校を休んでいたので黒羽との面識は無いので思い出せるはずは無かった)
(生徒会メンバーで…ねえ)
愛はその一連の流れをぼーっと見ていると、
「おい、愛何やってんだ?遅らせてんだから早くしろ」
「はあ」
「?どうした?」
「何でも無いわ」
「変な奴」
すでにこの年で中間管理職の気持ちを味わうのかと愛はため息をつくしかなかった。
「ここは?」
「新しい仕事場だ」
「資料室じゃないの!!」
生徒会室を出て約五分、射手の仕事をするために黒羽についてきたはずだが、たどり着いた先はB塔一階であった。
「現状ほーこくは正確にしろ、正確に言うと昨日一七三〇時をもってここは資料室から我が『特三部』の部室になった」
「…、はい?」
「あんた、今から射手の仕事って言わなかった?」
「そうだが」
「それで、たった今部室って言わなかった?」
「そうだが」
ヒュッ!!
「ぅお!?」
資料室、もとい部室の前の花壇を見ていた黒羽のすぐ横を炎の矢が飛んで行った。
「何やってんだ!?危ねーじゃねーか」
「ふざけるのもいい加減にしなさいよ」
「ふざけてなんかねえよ」
そう言うと、すぐそばにあるイスに座って話し始めた。
「特三のメンバーは全員ここの生徒だろ?だったらここを集合場所にすりゃちょうどいいじゃねえか。生徒会でも無い俺が生徒会室にいるのは変だろ?」
「それはそうだけど…」
「さしずめ射手第三特務隊皆風学園支部ってとこだ。だけど、ここは一応学校だから、ここに射手の施設を作るには手続きが色々面倒だったんでな、部活として学校側に申請した。…まあ、活動内容は未定だが」
「何それ?特三の活動するんじゃないの?」
愛も適当に散らばっていた歴史の教科書を重ねて座った。
「ここの警備は射手に比べてゆるゆるだからな、そこに機密情報を置いとく訳にはいかねえからな」
「…じゃあ、何すんの?ここで」
「まあ、当面は本部からの連絡待ちだな」
「それ、部活にする意味ある?」
「いいんだよ、とりあえずは。だからお前部活動の内容考えておいてくれ」
「何で私がっ!?」
「月曜までな、俺はまだ提出しなきゃならねえ書類があるからここに顔出せるのはもうちょっと先だ」
「えっ、ちょっ…」
愛の返事を聞く前に、黒羽は資料を片づけ始めた。
「何やってんの?」
「何って、お前はこんな紙にまみれて過ごしたいのか?」
「まさかこの量を片づけるの?」
愛は目の前に広がる紙の海を見て呟いた。
「当たり前だろ?俺たちが使うんだぞ?自分のことは自分で処理すんのが筋だろ?」
さも、当然といった顔で黒羽は言ってのけた。
「まあ、とりあえず他の生徒会のメンバーにここの場所の報告と部活内容の提案をするように言っといてくれ。ああ、もちろん、原案はお前が出せよ、漠然としているより話が進みやすそうだからな」
「まあ、そうでしょうけど、…って、もっかい聞くけどここの紙はどうする気?」
「ああ?片づけるよ」
「誰が?」
「誰って、それぐらい俺がやっとくけど」
「俺がって、この量をひとりでやるつもり?」
改めて確認すると、どうみても一人で出来る量では無かった。
「いやー、お前って結構面倒見いいんだな」
「あのね、私はあんたの教育係なの!つまり、私はあんたが変なこと起こさないように指導する義務があるわけ、分かる!?」
日本時間午後七時三七分、黒羽と愛は部室の資料を二時間ほどかけて整理した後、帰宅するために学校最寄りの駅、皆風学園前駅、二番ホームにて電車を待っていた。
「おいおい、たいがい失礼な奴だな、俺は比較的常識的だよ」
「一体誰と何を比較して常識的なのよ」
プルルルルルルルルッ!!
そこで、電車がホームへ入って来た。
「おお、電車来た。さっさと帰ろうぜ」
「って、人の話聞きなさいよ」
廃藩置県が行われてすぐ、都道府県制度が廃止され、魔術を発揮させやすい場所、つまり人間が魔力を吸収しやすい場所に内閣、射手始め国の主要機関が移され、それに付随して街が移動した結果、そういった施設中心に田園都市が形成され、さらには、その都市を繋ぐように電車、あるいは新幹線が走っているため、クモの巣状にさらに巨大な田園都市が形成された。
街の重要度に比例して第一~第八の階級が与えられており、唯一にして最高の階級を与えられた第一都市は内閣府およびその関係者のみが居住することを許されている。
そして黒羽が転属してきたこの都市は、第六都市、『湖野林』である。
「とにかく、明日からはちゃんと学校来なさいよ、手伝ったんだから、仕事終わったんでしょ」
「あぁ?いや、俺まだ射手の方の仕事が残ってんだ。引き継ぎとか…」
「引き継ぎ?でも西岐波隊長、ああ、もう元隊長か」
《次は~西川原、西川原~》
そこで、車掌が黒羽たちが降りるひとつ前の駅をアナウンスした。
「で、まあ、とにかく、私見たわよ、元隊長が引き継ぎ準備しているの」
「まあ、こっちの引き継ぎは終わったんだけどな」
そこで、黒羽は愛から視線を外し、窓の外を見た。
「…、向こうの引き継ぎが…」
「って、それって十八支部の方?」
「まあ、そうなるな」
「引き継ぎって、あんた向こうで何やってたの?よく考えたら『十八支部の八咫鴉』って言ったってすごい魔衣師がいるって噂を聞いたぐらいで、詳しく知らないわね」
「まあ、元々その名前はうちの親戚連中が俺をバカにしてつけた名前だしな」
「そうなの?」
「ああ、俺は射手に入る前から現場をうろちょろしてたんだけど、ギャーギャーうるさいから、カラスって呼ばれててさ、さらに俺の実家が八咫烏山ってとこにあったもんだからいつの間にか八咫烏になってたわけ」
「へー、自分で名乗ってたわけじゃないのね」
「当たり前だろ、何で竜がわざわざ鴉を名乗らねーといけねーんだ?どっちかって言うと竜の方が強そうじゃねえか?」
「まあ、そう言われれば…、そうかもしれないけど」
《次は~半能~半能~》
「あ、もう着いた」
「で、結局あんた向こうで何やってたの?階級は?」
プシューーーーーーー
電車が半能駅に着きふたりは改札に向かって歩き出した。
「階級は軍曹」
「軍曹からいきなり中尉に昇格したわけ?やってらんないわね」
「まあ、隊長にあてがうための形式的なもんだろ。どうせこっちでも俺のやることは変わらん。どこへなりとも飛んでいくさ」
「あんたの能力なら文字通り飛んで行くんでしょうね」
改札を出ると、街灯が煌々と燃える広場に出た。
「ここは明るいな、星なんてほとんど見えねえくらいだ」
「もともと割と大きな蓄魔器の生産工場があったのよ。その名残で割と設備は整っているの、この街は」
「へぇ」
「だけど、隣町にここより精度の良い蓄魔器作る会社ができちゃって、最近じゃ政府から規模を縮小するように言われてるらしいわ、ほら、あんたがビヘッドを真っ二つにしたでしょ?あの工場よ」
「ああ、あったな、そんなこと」
遠い昔のことのように話している黒羽であった。
「なんでも選べ、俺のおごりだ」
「へぇー、やけに気前いいじゃない?」
歩いて十分、ふたりは自宅マンション一階のコンビニ、『ネクストストア』(略式、ネクスト、ちなみに全国チェーンである)にいた。
「部下の労をねぎらってやってるだけだろ?さっさとしろよ」
そう言う黒羽のかごには今日の晩御飯であろう弁当がすでに二つほど入れてあった。
「それにしてもあんたよく食べるのね」
「そうか?こんなもんだろ」
「よく考えたら同い年の男の子と一緒にご飯食べたこと無いからそういうことよく分かんないなあ。あっ、このケーキおいしそう」
そう言いながら、愛のかごにはすでに十個ほどのケーキが入れてある。
「俺も女がこんなにもケーキ食うとは知らなかったぜ、…いや、お前だけか?あいつはそんなに食ってた記憶無いし…」
どっちかっつーとあいつは羊羹だな、羊羹。等と笑っていたが、愛は新発売のケーキに夢中で聞いていない。
「あっ、お姉~」
「恋」
振り返ると、私服姿の恋が立っていた。愛がロングヘアーなのに対して、ショーットカットの恋であったが、顔はよく似た姉妹だと黒羽は思った。
「何やってるの?」
「こいつがケーキおごってくれるって言うからいろいろ見てたのよ」
「それはそれは、お世話様です」
恋は、後ろで待っている黒羽に向かって軽く頭を下げた。
「相変わらず、しっかりした妹だな、お前も好きなもんかごに入れな」
「一万二千三百五十三円になります」
(ケーキを一万円も買ったのは初めてだ)
吐き気がする程の量のケーキを両手に抱え、黒羽達はエレベーターに乗り込んだ。
(そう言えば結局向こうで何やってたのか聞くの忘れてたわ)
そう呟いたのは、翌日の朝会であった。
「あいつ、今日から向こうか…」
「結構よ。あの人がいると、士気が下がります~」
転校からはや二週間、黒羽は一向に生徒会のメンバーの信頼を得ることはできていなかった。
もっとも、例の事件以降、射手の主だった活動は無く、また、黒羽も積極的に生徒会メンバーの信頼を得ようともしないので言うまでも無いのだが…
「特三部など、さっさと廃部にすべきです」
「私もそう思うわ」
愛と並んで歩いていた副会長、野沢雷斗に、会計、鈴木鈴が答えた。
「全く、上に立つ者としてこれほど信頼を得られないやつも、ここまで来ると珍しいわね」
愛は黒羽の実力を実際見ているし、指揮能力があるかどうかは別として、西岐波も一応は黒羽を認めているようだった。皆がここまで、黒羽を目の敵にしているのか分からなかった。もしかして、もしかすると、自分は本当に黒羽に恋をしているのか?
「どうしたんですか?会長?」
そのことについて、気付かないうちに真剣に考えていたのか愛の歩みは止まっていた。
「断じて違うっ!!!!!!!」
「…何が…?」
「大丈夫ですか?会長?」
そこで愛は初めて自分が大声をあげていたことに気付いた。
「だっ、大丈夫よ。何でも無いわ」
ジリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!
「!!」
(本部より生徒会へ指令。生徒会メンバーは校内警備にあたること。および、一般生徒は職員の指示に従い行動すること。繰り返す…)
「校内警備?」
「何なのそれ?訓練以外で初めて聞く指令だわ」
「とにかく、指令通りにすること、考えるのは後回しよ」
「「了解!」」
そう言うと、愛達はそれぞれの持ち場に走って行った。
放課後――
「今日のあれはなんだったんだ?」
「知らないよ、私だって本部からの言われたことそのまま言っただけだもん」
緊急指令後は、何事も無くほどなく解除され、生徒会メンバーが再び顔を合わすのは結局放課後になった。
しかも、もろもろの事情で現在集まっているのは高等部一年コンビの雷斗と射手からの指令を受ける『伝令』の蟹沢未来であった。
「なんなら見せようか?指令書」
そう言って、未来は自分の手元にあった紙をひらひらさせた。
「分かったわよ、今回の指令の理由」
「会長!」
そこへ愛がぐったりした様子で帰って来た。
「何だったんですか?結局」
「ビヘッドよ…」
「「ビヘッド?」」
二人は声をそろえて言った。
「つまり、私たちじゃ手に負えないと判断したのよ、本部は。黒羽のいない特三ではね」
「何だって?」
「じゃあ、どうやってビヘッドの処理をしたんですか?」
「水無の特四が湖野林に来たらしいわ。特四にも支配者が来たらしいからね」
水無とは、湖野林に隣接する第六都市である。
「屈辱だ」
「抗議すべきですよ」
つまり、黒羽のいない特三は不要だと宣告されたに等しい。
「まあ、気持ちは分かるけど…。残念ながら私たちだけであのビヘッドと交戦するにはちょっと無理があるかもね」
この発言には、いつもは愛の言うことに意見することの少ない雷斗がかみついた。
「そんな、会長まで…そんな弱気でどうするんです!はっきり言いますが、会長はあいつのことを個人的に…」
「いい加減にして!」
愛は机をバンッと叩いた。
「みんなが何回も何十回も何百回も言うからあれから何回も何十回も何百回も何千回も考えたけど、私はあいつをそんな対象と見て無いし、客観的に見て、どう考えてもあいつの魔力は私たちより数段上よ」
「しかし…」
「何の話してんだ?」
三人が振り返ると、当の本人が呑気に突っ立っていた。
黒羽の間抜け面を見て、愛は自分の気持ちを確信した。ありえない。そりゃあ、顔がいいのは多少は認めるが…、じゃなくて。
「あんた、しばらく十八支部にいるんじゃなかったの?」
「思ったより早く仕事が終わったんで帰ってきた」
「そもそも、あんたがそんななめられるような顔してるからいけないんでしょ!分かったら、実力の一つでも私たちに見せなさいよ!」
「いや、俺…興味無いし…」
「あんたのことよ!!」
軽く愛をあしらった黒羽は生徒会メンバーに対して話しを続けた。
「諸君、どうやら今日はお留守番だったようだね」
「っ!」
言いにくいことをズバッという男である。
「ええ、どうやら本部は俺たちを信用していないようなのでね」
「いや、正当な判断だと思うぜ」
「なっ、あなたは俺たちの戦いを見ていないでしょう?」
雷斗がかみついた。
「まあ、でも愛のは見たからな。愛が副隊長なら実力は推しはかれるだろう?」
「いやっ、しかし…」
「それとも愛より戦闘能力に関してはお前の方が上なのか?…それなら、まあ…、悪かったけどよ」
「いえ、それは…、確かに、伊吹先輩の方が能力は上ですが…、しかし…」
そこで、愛が割って入った。
「雷斗君、さっきも言ったけど残念ながら魔力の限界がある蓄魔器を使う私たちではあの装甲にかすり傷一つつけられないと思うわ」
「ぐっ」
雷斗はまだ何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。
「そこで、今後の対策会議がさっきあったんだ。それについて、特三のミーティングを一七三〇時から始めるから、全員特三部部室に集合だ」
それだけ言うと、黒羽は部室の方に去って行った。
「いつの間にこんなもの持ち込んだのよ?」
「んー、一昨日くらいか…」
生徒会の会議の後、愛は早速特三部部室に足を運んでみた。みんなが黒羽のことを好きか嫌いかどうでもいい。個人の感情など、組織の前では介入の余地は無いのだから。
黒羽が隊長になった事は既成事実である。
「しかしまあ、この机とか結構いい机ね。射手から引っ張って来たの?」
「いや、元々ここにあった机がボロくてよ。とりあえずいらねえからゴミ捨て場に捨てに行ったら粗大ゴミ置き場にこれが捨ててあったんだ」
「うん」
「もったいねーからリユースすることにした。それがよ、サイズがぴったりだったんだよ。見ろこれ、ほら」
「…ふーん」
「ん?どうかしたのか?」
「いえ、何でも無いわ」
「変な奴」
そう言えば、一昨日、日本史教師の田村権三郎が何やらゴミ捨て場の前で騒いでいた。
後で寿々に聞いた話だが、どうやら田村が新しく発注してゴミ捨て場の前に置いていた机に問題があったらしい。メーカー、サイズはぴったりなのだが、如何せん汚れが目立ちすぎるということだ。
しかし急に、アンティーク調の机だったのかと言いだし、自分一人で勝手に納得し自分の担任の生徒に机を運ばせていたらしい、しかも今現在田村はいたくその机を気に入っているらしい。
(これを言うのは野暮ってものかしら?)
などと思って、愛は結局自分の心に閉まっておくことにした。
「失礼します」
ノック音が三回した後、雷斗達が入って来た。
「おお、適当に座れ」
「…はい」
生徒会メンバー、もとい特三メンバーがそろったところで黒羽は話し始めた。
「じゃあ、まあ始めるが、大したことじゃねえ。例の新型のロボット、『ビヘッド』だが、現段階では対抗できる蓄魔器の量産は無理だそうだ」
「じゃあどうするの?」
「なんでもビヘッドが出回ってるのは今現在この近隣街だけらしい」
「えっ、そうなんですか?何故?」
今まで黙ってただ見ていた早子が口をはさんだ。
「さあな、俺はこの辺に詳しく無いから。だが、上の判断だとビヘッドとやらは未完成で、中規模都市が集まるこの近隣を狙って試験してるんじゃねえかって話だ」
そこで黒羽は一度話を区切った。
「…その話しぶりだと隊長は別の考えをお持ちのようですが?」
今度は雷斗が口をはさんだ。
「…まあ、な」
「では、どういったお考えで?」
「あー、なんつーか…個人的に言わせてもらうとあいつはその程度のやつじゃ無かったよ」
「どういう意味ですか?」
雷斗は黒羽を敵視していたことも忘れて思わず黒羽に詰め寄った。
「分かりやすく言うとお前らの大好きな西岐波とそこの副隊長を足して二で割った程度の実力だってことだ」
黒羽は何も言わずにただ聴いているだけの愛を指して言った。
「えっ、私?何が?」
「つまり実力は第六都市の副隊長以上、隊長以下ってことですか?」
「おお、雷斗の方が頭の回転が早いみたいだな」
「なっ」
「どうした?」
(名前…覚えてたんだな)
と、雷斗は思ったが口に出さなかった。
「いえ、個人的なことです。問題ありません」
「そうか、じゃあまあ続けるが、まあ要するにその程度の実力のやつをここに送り込んで実力を測るのは微妙なところだ」
イスに座りながら未来が訊ねた。
「何故です?副隊長以上の実力ならそうそう手は出せないんじゃないですか?」
「利益が無さ過ぎる」
「利益?」
そこで、黒羽は一枚の地図を取り出した。
「これを見ろ」
「?」
皆が一斉に覗き込んだ。
「この街からちょっと西に行った第八都市、洗坂にはここよりグレードは多少落ちるが奪取されれば十分にこちらの戦力を削ぐことができる規模の蓄魔器の工場はあるし、第八都市の連中なら、おそらく佐官クラスのやつじゃないと侵略を防げなかっただろう」
言いながら黒羽は地図でその場所を指して言った。
黒羽の言うとおり、ビヘッドの実力は第六都市では尉官、第八都市では佐官クラスで無ければ太刀打ちできないだろうということは概ね当たっているようだった。
ちなみに、官位は都市ごとに与えられ、黒羽で言えば第六都市中尉ということになる。
「でも実力の限界を知るためにここに送り込んだのかもしれないじゃない?」
「その結果、蓄魔器工場への被害はほぼ無いに等しく、あげくこちらにビヘッドを回収されたんだぞ?」
「いや、そうだけど…」
愛は口をつぐんだ。
「…まあ、これは結果論だからな。後からどうこう言っても仕方がない、上がそう言うんならそういうことにしとけばいい」
「まあ、そうね」
そこで黒羽は改まって自分の席の前に着いた。(別に明確に黒羽の机があるわけではなく、例の新しい机の前を陣取っているだけなのだが…)
「こっからが本題だ。ビヘッドと遭遇した際、第六都市尉官以下の者は交戦を禁ず」
「…なっ、そんな!!?じゃあ俺たちは何もできないじゃないですか!!?」
「って、じゃあ中尉のあんたも交戦できないんじゃないの?」
「俺はいいんだよ。交戦許可証持ってるから」
黒羽はさらっと言ってのけた。
「「「交戦許可証??」」」
「そんなにハモん無くても…」
「みんな当然の疑問よ。何であんただけそんなもんもってるのよ!?」
「何を言ってる?俺はビヘッド対策にここへ来たんだぞ?俺があいつらの相手しなかったら、俺は一体何しに来たんだよ?はい、そこ、三秒以内に答えよ」
黒羽は早子を指して言った。
「えっ?えーっと…」
「二、一、はい、終了。なっ、それ以外考えられないだろ?だったら俺が持っててなんら不思議はないだろ」
そこで黒羽は一度間をおいて改めてみんなに伝えた。
「確認するぞ、お前らの任務は今までどおりOZから市民を防衛すること。ただし、ビヘッドとは交戦しないこと、以上だ。分かったか?」
「「「「了解しました」」」」
みなしぶしぶ返事をした。
カリスマ…というのは生まれついてのものである。それだけは努力してもどうにもならない。数分のやり取りであったが、まだわだかまりがあるものの、天竜黒羽と言う男に何かを感じた生徒会一同であった。
こんな感じで第一回新生第三特務隊会議は終了した。