Chapter.6「駅はどっちだ!?」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「何中ため息ついてんのよ、せっかく久しぶりにドーナツ食べに行こーってのに」
教師たちは例の黒羽問題の会議に全員出席しているので当然のごとく今日の部活は休止である。というより生徒会ですら強制退去を命じられた。愛以外の生徒会メンバーは校門前で教師たちに事態の説明を求めていたが、やがてあきらめて帰って行った。
それをぼーっと見ていた愛だったが、ドーナツの無料券を持っているという寿々に誘われて今現在はドーナツショップ、『ドーナツ○』の前に立っている。
「…あんた、ホントどうしたの?さっきから変よ」
「んぁ、うん。ちょっと考え事…」
「ふーん、聞いてあげるからとりあえず店の中に入ろ」
はっとして愛が振り向くと、後ろには別の高校の一団がいかにも迷惑そうな顔でこちらをみていた。
「う、うん」
「…で、何考えてんの?」
店に入ってドーナツを注文して席を探していると、ちょうど前の客が席を立った。すかさずそこへ寿々が座ると、愛はゆっくりとした動作で寿々の正面に座った。
「せっかく、いい席とれたんだし、しっかり聞いてあげるわよ」
そう、ここは日当たりも良く、窓はおしゃれな雑貨屋などが並んでいるこの街でもちょっと有名な通りに面しており、おまけに仕切りがあって、ちょっとした個室になってるこの店で一番の席なのだ。
「黒羽のこと…」
「ん?どうした、惚れたのか」
「ッ!!!?」
愛はあやうく飲んでるコーヒーを吹き出しそうになった。
「違うわよ!!なんで、そんな話になるのよっ!だいたい、私そんな顔してた?夢見る乙女みたいな」
「うんにゃ、全然」
寿々はしれっと答えた。
「じゃあなんでそんなこと言うかなぁ…」
「だって、そうやって元気でちょっとうるさいくらいがあんたらしいよ」
「うるさいは余計よ…でも、ありがとう」
(なんだかんだ言いながら、やっぱり私のこと気遣ってくれてんだな)
そう心の中でつぶやくと、寿々は真面目な顔で言った。
「やっぱ、魔衣師のこと?」
「うん、なんでうちに来たのかなぁって」
一応、極秘扱いになっているはずのことであるが、あれだけ堂々と風術を使えば、気づくものが出てきて当然である。さすがに風の支配者だということまでは分からないだろうが…
「そうよね、魔術系授業以外は他の学校と変わらないんだから、転校してまでうちに来る理由なんてないのに、もともと使えんだから」
「自分の力を自慢でもしに来たのかしら」
ホントの疑問は、どうして大して規模の大きい街では無いのに支配者がこの街に配属されたかのかということであったが、ホントのことを言う訳にはいかないので、愛は適当に答えた。
「そんな理由で編入試験に通るかしら?」
「……」
「それに、そんな魔術至上主義者には見えないけど」
「……」
愛がコーヒーをすすりながら答えた。
「うーん、魔術至上主義では無いでしょうけど?そこんとこ…ってか、あいつ他人に興味無いんじゃない?」
「…まあ、そういった節はある気がする」
魔術至上主義とは、生まれつき魔術が使える者、つまり魔術師こそが一番崇高な生き物であるということを主張する者たちのことである。それゆえ魔術至上主義者は、魔術師以外の人間を自分たちより格下とし蔑んでいる。
表面上は『打倒OZ』という大義名分の元に共に戦ってはいるが、文明界、魔術界間のわだかまりはこうしたところにいまだに残っているのが現実だ。
「ふーん、まあ、いいけど。いい加減、岡村先輩どうにかした方がいいんじゃない?」
「私は知らないわよ。だいたい、しつこいのよ、何回も何回も。せっかく俺様が告白してやったのに、何故断るんだってことなんだろうけど。自分の顔見て言えってのよ」
「一応、学校一のイケメンってことになってるけど。まあ、天竜が入ってから意見は割れてるらしいけど」
「あの、いかにも自分が上です。って面が気に入んないのよ」
「あー、はいそうですか…」
「そうなのよ」
「じゃあ、なんで他の人と付き合わなかったのよ?彼氏いれば先輩も黙ったかもしれないのに」
「こう、ピーンと来るやつがいなかったのよ。先輩の他にもしつこいのがいたし」
「ひとりも?」
「ひとりも」
「あんたも、たいがい理想高いわね」
「なによ、そういうあんたも彼氏いないでしょ」
「私はあんたみたいにモテないのよ」
「うそばっか。この前もラブレターもらってたでしょ?」
「直接言う度胸のないやつに興味ナシ!」
「何よそれ、じゃあ教室のど真ん中で愛の告白されたい訳?」
「うーん、まあそのくらいのことしてくれたら付き合ってやってもいいかな」
「…絶対あんたの方が理想高いと思うわ」
「そーお?」
「そうよ、ふふふっ」
「はははは」
とりとめのない会話だったが、愛の気持ちはだいぶ前向きになっていた。
「そろそろ帰ろっか?」
「そうね」
そう言って鞄を持って店を出た二人だが、駅まであと少し、というところで寿々はふと思い出した。
「でも、何で天竜は家に呼んだの?」
「だから、言ったでしょ。あいつが隣りに引っ越してきたから、その挨拶に来ただけよ」
そう言いながら、愛はちらりと時計をみた。
「寿々、あんたの電車あと五分よ」
「マジっ!?やばい、今日は夕飯の買い物頼まれてたから次の電車乗らないとまずいのよね。ごめん、先行くわ」
「うん、分かった。」
「じゃあまた明日!」
「ばい」
愛がビシッと手を上げ見送ると、寿々はダッシュでひとごみの中に消えていった。
対して愛は今日とくに用事がある訳ではない。
「ちょっと、散策してみますか」
誰に言うでもなく愛は呟くと、愛は普段は使わない道を選んで進んで行った。
「うーん。どこだ、ここ」
しばらく、そぞろに歩いていた愛であったが、現在はなんの面白みもないビル街の細い路地を歩いていた。
「景色悪いし、そろそろ戻るか」
そう思い、踵を返し、もと来た道を戻ろうとすると、
「おい、ちょっと待て」
いやーな予感がしながらも愛はゆっくり振り向くと、そこには愛より少し年上くらいの男が立っていた。
「やっぱり、愛か」
「あんた誰?」
「何だ、忘れたのか」
「うん、興味無いし」
「てめー、あれだけさんざん告白してやったのに俺の顔を忘れるたぁずいぶんと舐めたことしてくれるじゃねえか」
「はぁ、噂をすれば何とやらか…」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!?」
「あー、もう私忙しいので、これで!」
「そういう訳にはいかねえよ」
「じゃあどういう訳だったらまかり通るのよ」
「だから、俺と付き合えってことだよ」
「却下!!」
「即答してんじゃねえよ」
漫才の様だが、本人たちはいたって本気である。
「だからあんたに興味ないって言ってるでしょ」
「お前、自分の置かれてる立場が分かっていないようだな」
「はぁ?」
「こういうことだよ」
ガンっ!!
「ちょっ…」
その男は持っていた鉄パイプを振りかざしてビルの壁にたたきつけた。
「何すんのよ」
「なーに、俺の実力をお前に教えてやっただけだ。炎術の使えないお前はただの高校生だってことをな」
「くっ」
未成年の蓄魔器の使用は、魔術学校の校区以外では原則禁止されており、下校時には生徒は魔術学校の管理する蓄魔器保存施設に預けなければならない。なお、皆風学園は諸事情により、学校のある坂の下に施設があるためにこの施設から学校間の間で魔術の使用を禁止する校則がある。
愛達射手は例外的に射手の業務の時のみ使用が許可されているが、それ以外は、弓道部の矢のケースのように専用のケースにきちんと管理しなければならない。
つまり、愛に告白してきたこの男(以下その辺の男A)、は魔術が使えない状態での愛になら勝てると思ったのだろう。
「こんなことして許されると思ってんの?」
「おいおい、よく見ろよ。どこにそれを許さない殊勝な奴がいるんだ?」
その辺の男Aの言うことは正しく、こんな薄暗いビル街の路地にいるのは二人だけであった。
今この状況は緊急事態に入るので、魔術の使用は特例で認められるだろう。だが生憎、ケースにはしっかりとロックがされており、相手がそれを待ってくれるとは到底思えない。
(大体、こういう事態に陥った時に対処するために魔術が必要なんじゃないかしら?これが終わったら本部に進言しておこう。もしかしたら改善されるかもしれない。今この状況をどうすることもできないけど)
「なんで私ってこんなに不幸なのかしら?」
愛は天を仰ぐが当然答えは返ってはこない。
「もう一回だけ言ってやる。俺と付き合え」
愛はあたりを見回すと、叫ぶと同時に自分のきた道をダッシュした。
「嫌っつってんでしょ、この名前も思い出せそうもない顔っ!!」
「この…」
最後の名前も思い出せないというのが悪かったのか、その辺の男Aの額には青筋が浮かんだ。
「まてこらぁあ!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
愛は必死に逃げているが、そろそろ追いつかれると覚悟して愛は身をかがめた。
…もうそろそろ捕まってもいいころだが一向にその衝撃は襲ってこない。あれ、今日はこんな夢見てるみたいな感覚は二回目だなぁ、と思っていると、これまた愛を現実に引き戻す声が耳に入った。
「ラッキー」
その辺の男Aの方に振り向くと、愛と男の間に立っているのは天竜黒羽その人であり、その辺の男Aは突然現れた黒羽を警戒して動けないでいた。
「よお、お前何でこんなとこにいるんだ?まあ、おかげで助かったけどさ」
こっちの気も知らないでへらへら笑って愛に向かってきた。
「…のよ…」
「んあ?どーした?」
「何であんたはいっつもいっつもいーーーーーーーーーーーーっつも余裕しゃくしゃくで現れんのよ」
「はぁ、んーまあ、実際余裕だからじゃねーの?よー知らんけど」
「うっさい、こっちはそんな場合じゃないのよ」
「ああ?俺だってな、駅に行くのに近道しようと思ったらこんな場所に着いて困ってたんだ」
「何やってんのよ、アンタ…」
「だから、駅の場所教えてくれ教育係さん?」
「はいはい、こっちよ」
そう言って、愛は自らが先ほど行こうとしていた道へ歩みを進め、黒羽はノロノロとついて行った。
「俺を無視すんじゃねーーー!!!」
「誰だ、お前?」
当然のごとくその辺の男Aは黒羽たちにかみついた。
「お前こそ誰だ!?突然現れて人の恋路を邪魔しやがって。いいか俺の名前は…」
「うるさい、黙れ、興味無い!」
ずーーーん
この黒羽の精神的攻撃はかなりのダメージをその辺の男Aには効いたようで、何か打ちひしがれているようだった。
「さー、帰ろ帰ろ」
「ええ、そうね」
「俺は空手二段だ!怪我したくなかったらそこをどけ!!」
叫び声とともに男が黒羽めがけて殴りかかって来た。
「はぁ」
黒羽はため息をついた。
さっきは必死に逃げていたので何が起きたのか愛には分からなかったが、今度はしっかり確認した。
黒羽は、その辺の男Aに向かって片手をかざしていた。
次の瞬間、例の見えない壁(実際は高圧の風の壁だが)にぶち当たってその辺の男Aは吹っ飛んだ。
(どうなってんの?)
「空手ね、当たらねーと意味無いけどな」
黒羽は不敵に笑っている。
「てめえ、今何しやがった?」
「あぁ?ちょっと空気の密度を変えただけだ」
「お前、何を言ってるんだ?」
「ああっと、こいつはまだ秘密事項だったか、すまん、忘れてくれ」
「ふざけるなぁぁぁ!!!」
その辺の男Aは再び黒羽に殴りかかって来た。
「次こそぶん殴ってやる!」
「へー、そう」
今度は風術を使うこと無くぎりぎりの距離でこぶしをかわしていった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
次々とこぶしを振るって、その辺の男Aもだいぶ疲れがでたのか、息を切らしている。
「そっ、そんな貧相ななりで…、俺に向かってきたことを…、はあ、後悔させてやる」
「別に向かってってねーよ。今から帰るって言ってんだろ?向かってきてんのはお前」
「…っ!」
どうもその辺の男Aは頭は弱いらしい。
「うるさいっ!その口きけなくしてやる!この最弱野郎!」
その辺の男Aはそれでも次々とこぶしを振るった。
黒羽は片手でそれらの軌道をそらしその辺の男Aの前に躍り出た。
「じゃあ、俺に負けるお前は何野郎なんだ?」
構えていた右手を一気にその辺の男Aに向け放った。
「ごふっ」
鈍い音とともにその辺の男Aは地面に突っ伏していた。
「あんた、今何したの?」
「ん?何って、普通になぐっただけだが」
「何で、風術使わなかったの?」
「何で…って、相手が得意なもんで勝った方が相手に屈辱感を与えられるだろ?」
「いい性格してるわ」
「いや、これは結構大事なことだと思うぞ?完膚なきまでに潰しとけばまた俺に喧嘩売ろうなんて思わんだろ。無駄な争いが避けられるかもしれんぞ」
「でもあいつ空手二段って言ってたわよ。油断しすぎじゃない?」
「俺は十八支部じゃもっとおっかねえじじい相手にしてたんだ。あんなもん止まって見えるね」
「ああ、そうですか」
「まあ、そういうことだが、お前もちょっとは体鍛えた方がいいんじゃないか?今みたいなことがこれからないとも限らんし」
「女の子に体鍛えろなんて、ふつう言うことじゃないけどね」
「まあ、いいんじゃね?お前なら」
おかしそうに笑う黒羽をみていた愛だったが、我に返ってこう言った。
「うるっさいっ!!ぐずぐずしてるとまた迷子になるわよっ黒羽!」
「うぉっ、ちょっと待てって」
「おー、やっと着いた」
ほどなくして駅に着き、券売機まで来た時、黒羽はある事に気がついた。
「…駅名なんだったっけ?」
「あんた、なかなかいい度胸してるわね。駅までの道は迷うわ、駅名は覚えていないわ」
「うーん、俺って暗記力は結構いいから、たぶん駅名は見るの忘れたんだな~」
「あっそ、でもわからなかったらどっちも同じじゃない?」
「確かにっ」
何がおかしいのか、黒羽はからから笑っている。
「半能駅よ」
「おぉ、ってことは二七〇円か、はいよっと」
のんきな声でお金を入れて切符をとると、さっさと改札を通って行った。
「二七〇円か…って、あんた今までどうやって学校来てたの?」
「軍用車。電車に乗って来たのは今日が初めてだ」
「あっきれた。明日からちゃんと来なさいよ」
「おお、その気になったらな」
「どんな気だろうがちゃんと来なさい!」
「へーへー」
「…」
「あ?どうした?」
見ると、愛がうつむいて何かもごもごしていた。
「…と」
「あぁ?と?とって何だ?」
「ありがとって言ってんの!」
「…何が?」
「何がって…もういいわ!」
「変な奴」
「あんたに言われたくない!」
(一応、今日二回も助けてもらったのだからせっかく珍しく素直にお礼を言ったのにこの男は)
本人は偶然通りかかった先に愛がいて、自分の進路を阻むものを排除しただけなので、黒羽からすればまったくもって寝耳に水なのだが、一応愛としてはこれでも譲歩したらしい。
「俺、ここで晩飯買って帰るから、ここで」
黒羽はマンションに着くと、それだけ言って手をひらひらと振りながら、マンションの一階にあるコンビニの弁当コーナーへ吸い込まれるように進んで行った。
愛は自分の体が緊張から解かれていくのを感じた。
(ほんとにもう…何なのアイツ)
実は結構なピンチであったことを今になって実感した。
そこで、もう一度コンビニの方に顔を向けると、弁当コーナーでどれにしようか迷っている黒羽の顔をみて愛は吹き出してしまった。
(間抜け面)
愛は止めていた足を動かし、自分の家へ歩みを進めていった。その時、愛は自分の気持ちがずいぶんと軽いことには自分でも気づいていなかった。