Chapter.17「Battle on the amusement arcade」
―西川原―
「ひとつ隣の駅でも、結構雰囲気違うんだな」
「まあ、ここは結構娯楽施設が多いから」
黒羽達は大型のゲームセンターの前にいた。
「で、なんでこんなとこにいるんだ?」
「えーと、それは…」
そう言いながら愛はカバンの中から何か髪を取り出して黒羽の前に突き付けた。
「これよっ!!」
「あぁ?」
見ると、例のブラックテディベアが印刷された雑誌の切り抜きであった。
「これがどうした?」
「この子たちがここにいるのよ!!」
愛はゲームセンターの入り口の真上にある看板を指して力強く答えた。
「…あるって…それこの前とってやったじゃねえか」
黒羽は先の統括祭での射的の件を思い出しながら答えた。
「ちがーう!あれは全長60cmの家用、これは手のひらサイズの持ち運び用のストラップテディベアなの!」
「…じゃあ、さっさととってこいよ。俺はその辺のコンビニで立ち読みでもしてるから」
次は黒羽の鼻先にビシッと愛の指が向けられた。
「あんた、バカじゃないの!?もしあと少しってところまでいって両替行ってる間にとられでもしたらどうすんのよ?」
「また別のを狙えよ」
「何を悠長なこと言ってんの?人のものを横取りするなんてとんでもないことよ?特三で取り締まりたいくらいよ」
「はぁ、ああ、そう…」
つまり愛は、ゲーセンに通う者たちの中で暗黙の了解でタブーとなっている、所謂ハイエナ行為を予防するために黒羽を学校帰りにわざわざ自宅の最寄りの駅のひとつ前でおろし、連れてきたのであった。
「じゃあ、早くしてくれ」
黒羽は抵抗は無駄だと悟った。
「ちょっと黒羽見てて!!」
「何回目だ?」
「うるさいっ!!」
愛が両替に行くのは、すでに十回を軽く超えている。
「あいつ、才能ないな」
千円札を握りしめて両替機へ向かう愛の背中を見ながら黒羽は自分の財布から小銭を取り出した。
「何それ!?」
「知らん、お前の方が詳しいだろ?」
愛が両替から帰ってくると、黒羽はブラックテディベアのプライズ全5種(表情や装飾品が違っているが、黒羽には全部同じに思えた)の入った袋を人差し指一本でぶんぶん回していた。
「いくらかかったの?」
「700円だ」
「何でそんな簡単に取れるの?」
「つーか一万以上使って一つもとれねえお前の方がすごいぜ」
「私は機械が苦手なのよ」
(だったら初めっからやめときゃいいのに…)
と、思った黒羽だったがまた面倒なことになりそうだったのでやめておいた。
「ほらよ」
「えっ?全部もらっていいの?」
「俺にこれが必要だと思うのか?」
「それもそうね。あんたがこの子たちの良さを理解できるのは5年早いわ」
「調子に乗るな」
と、愛の頭に軽くチョップを入れ、黒羽は出口へ向かった。
「ちょっと待ってて、なんかおごるから。コーヒーでいいわよね?」
そう言って黒羽の返事も聞かずに、愛は自販機に向かって行った。
「ふぅ」
ため息をつくと黒羽はなんというわけもなく裏口、つまり二人が入ってきた正面とは逆の扉へ足を動かした。
裏口を出るとそこは細い路地であった。
普通の高校生ならこんな暗い時間でなくともあまり通りたくない、そんな感じの雰囲気をした路地であったが、ふと視線を左に向けるとそこには黒羽以外にも数人の若者がいた。
しかも案の定というべきか、あまりいい雰囲気ではない。
「…ミカンだ」
そういう黒羽の視線は、その集団の中心にいる髪の毛が全体的にオレンジで、はねている髪の毛、所謂アホ毛と呼ばれるものに近い髪の毛が緑色のまさしくミカンと形容するにふさわしい少年に向けられていた。年は黒羽と同じくらい、背は黒羽より少し低く、と言っても175cmはあるだろう、目は切れ長で冷たい印象を与える。
「…誰だ?お前?」
ミカン、もといオレンジの少年が黒羽に尋ねた。
「…通りすがりの高校生さ」
「ふざけてんのか?」
「俺がふざけてたら、なんか問題でもあんのか?」
特にふざけてないことを大きく否定しない黒羽に対して、オレンジの少年は特に憤りを感じているわけではないようだった。
「…いや、まあ、別に、そう言われれば特にないな」
「そうか」
何の生産性のもない会話を済ませると黒羽は伸びを一つすると、また店内に戻ろうとした。
「ちょっと待て」
黒羽にいちばん近かった背の低い、やはり黒羽と同い年くらいの少年が声をかけた。
が、しかし黒羽は意に反さずに扉の取っ手に手をかけた。
「待てって言ってんだろっ!!」
「俺に?」
そこでようやく黒羽は再びその集団の方を見た。
「お前、その制服、皆風学園のやつだな?」
「…だから?」
黒羽は面倒事に巻き込まれそうであることを自覚しながら適当に答えた。
「だから?、じゃねえよ。お前こんなところで何してる?」
「It’s none of your business.」
「はぁ?」
「意味が分からねえならこんなところじゃなくて本屋にでも行って辞書で調べな」
黒羽は今度こそ店内に入ろうとした。
「そんなことはどうでもいいんだよ」
今度は別の男が黒羽を呼び止めた。
「お前ら、ちょっと魔法が使えるからって調子に乗りすぎなんじゃねえか?」
「魔法を使えないお前らがどれだけ偉いか、この場で教えてやるって言ってんだよ」
少年たちが口々に自分が思う最高の文句で黒羽に因縁をつけてきた。
しかし、黒羽の興味はそんなことではなかった(この雰囲気に慣れているのは目をつむっておくことにする)。
「お前ら?」
「ああ、お前もこいつも、学校外じゃ魔法が使えもしねえのにこんなところでまででけえ面してんのが気に入らねえって言ってんだ」
どうやらオレンジの少年は他の少年の仲間ではなく、一人からまれているとことだったようだ。
「へー、お前、魔術学校の学生だったのか?」
この黒羽の疑問はオレンジの少年が私服だったことによる。
「だったら、何か問題でもあるのか?」
「いや、別に」
その割には、少年は余裕の表情である。
「で、何がしたいんだ、お前らは?」
オレンジの少年は自分を取り囲む少年たちに尋ねた。
「とりあえず、財布をおいていけ」
「お前もだ」
お前、とは、黒羽のことである。
黒羽は声をかけた少年に近寄ると射殺すような目付きでゆっくりと言い放った。
「誰にモノ言ってんだ?」
「ぅっ…」
そう言われた少年は思わずしりもちをついてしまった。
「おい、何ビビってんだ!」
「もういいからさっさとやっちまえ」
リーダー格の少年の号令で二手に分かれて黒羽とオレンジの少年を取り囲んだ。
もちろん、このふてぶてしい男がそんなことで礼儀正しくひるむはずもなく、
「やめとけ、やめとけ、けがしないうちに帰った方が賢いぞ」
「同感だ、まあ、俺としては嫌いじゃないけどな、喧嘩」
どうやらこのオレンジの少年も好戦的な性格のようだ。
「なめんなぁぁぁぁぁ!!!!」
一人の雄たけびを皮切りに全員が一斉に動いた。
「ぶふぉ!!」
と間抜けな声を出した少年はものの見事に黒羽に脳天締め(俗にいう、アイアンクロー)を食らって気を失ったところを後ろに控えていた仲間に向かってブン投げられた。
「何…?」
リーダー格の少年がごくりと息をのんだ。
「うわぁぁ。助けてください。寺田さん!」
「今度はなんだ!?」
寺田と呼ばれた、リーダー格の少年が振り返るとオレンジの少年の前で二人の仲間が突っ伏していた。
様子を見る限りでは一方的にやられているようであった。
「何なんだ…お前ら」
「名乗るものほどの者じゃあありませんよ、寺田さん」
無論、こんなふざけたことを言うのは天竜さんに他ならない。
「寺田さん…」
見ると、寺田以外の少年たちは完全に戦意を削がれた、あるいは刈り取られているようだった。
「じゃあ、俺は急ぐんで…」
そう言って黒羽は、今度こそゲーセンの扉を開け光の中に消えていった。
「うらぁぁぁぁぁっ!!!」
意地か、寺田はオレンジの少年に拳を放った。
「フンッ」
オレンジの少年はゆるりと体を動かして、ものの見事にクロスカウンターを寺田の顔面に決め、体ごと吹っ飛ばして地面にたたきつけた。
「つまんね」
自分に因縁をつけてきた少年たちに興味をなくしたオレンジの少年は、残った少年たちに告げた。
「こいつら連れてさっさと帰れ」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
少年たちは仲間を連れて一目散に逃げ出した。
「さてと…、あいつはいったい何者だ?」
オレンジの少年の興味は黒羽に移ったようだった。
少年もゲーセンの扉を開けようとして、そこで固まった。
「あれは、愛…か?」
少年の視線の先には、黒羽に買ってきたコーヒーを渡す愛の姿があった。
どうやら、少年は愛を知っているようだった。
「まあ、今日のところはいいか」
そう言って、手にかけていた扉の取手から手を離し、踵を返して暗闇の街の雑踏に消えていった。