Chapter.15「射手(アーチャー)と戦車(チャリオット)」
《どういうことですかっ!!!!??》
黒羽は思わず携帯から耳を離した。
「っるせえな。何の話だ?」
《何の話じゃないですよ。確かに祭りにいくって言って九州行ったあなたが、何でテレビつけたらビヘッドを真っ二つにしてんですかっ!!?》
雷斗はやや興奮気味に言った。
「何でって……、ビヘッドがいたから」
《いたからって、管轄が違うでしょ!!しかもテレビに映って、どうするつもりなんですか!?》
「その点は大丈夫だ。許可は取ったからな」
どうやら雷斗は管轄外で黒羽が暴れまわっていたと思っているらしい。
《…じゃあ、まあいいですけど。あっ、会長…いや、伊吹副隊長は?》
「ああ、無事だ。つーか俺の心配もしろよ」
《あなたは殺しても死にません》
「失礼な奴だな、人を化け物みたいに」
黒羽は極めて心外だというセリフを微塵もそう思ってない口調で答えた。
《…ご存じないなら言っておきますが、隊長は十分化け物ですよ?》
「ええー」
不毛な会話がいつまでも続きそうだったので愛が口をはさんだ。
「はいはい、もういい加減にして。さっさと帰りましょう」
《そうですよ、来週には選考会があるんですから》
「選考会?」
「その話は後で話すわ」
「だ、そうだ。じゃあな」
《…あっ、ちょっと!》
問答無用で電話を切ると、黒羽達は十八時三十五分発の湖野林行きの電車に乗りこんだ。
「あー、疲れた。もう俺寝る」
「はあ?ちょっと、ビヘッドの報告はどうすんの?」
と、言ってるそばから黒羽は爆睡していた。
「まあ、いいわ。私はシャワーでも浴びてこよ」
そう言って準備をしていると急に黒羽が寝言を呟いた。
「…タカ…ラが…政府に…何故だ?」
「宝が政府に何故だ?どんな夢見てんのかしら」
と、一応つっこみを入れて専用車両の各部屋に備え付けの浴室に向かった。
「はあ?宝が政府に?あるわけねえだろそんなもん」
愛の真面目な質問に、バカじゃないの?という表情で黒羽が答えた。
「あ・ん・たが!言ったのよ!!!」
「おっ、おう」
愛の気迫に気圧されて黒羽は一歩退いた。
シャワーを浴びてさっぱりした愛は元気全開だ。
「でも記憶にねえもんは答えらんねえよ」
「まあ、そうでしょうけど、何か無いの?そんな夢見るきっかけになるような何か?」
「うううううーーん……」
「…、黒羽?」
「……」
「?」
「すー、すー」
「って、寝るなっ!」
愛に思いっきりどつかれた黒羽は頭を抱えながらゆっくり顔を上げた。
「あー、もううるせえな。まだ湖野林まであと六時間くらいあるじゃねえか、もうちょっと寝かせろよ」
「そんなことはどうでもいいのよ!話の続きはどうなの?」
「話ってなあ、寝言についてそんなに詰問されても…、なんでそんなにこだわるんだよ?」
「だって…、なんか珍しく、なんて言うか…、雰囲気が違ったから」
「なんだよ?雰囲気が違うって」
「こう、真剣っていうかなんていうか」
黒羽はため息をついた。
「あのなあ、真剣に政府に宝があるって…、俺は一体何者なんだよ?」
「だから聞いてんのよ」
「あーっ、もう知らん、知らん!もうこの話は終わりだ!思い出したら話してやるからもう寝かせろ」
言うなり黒羽は横になった。
「分かったわよ、もう」
「これが、約一八時間前の話よ」
「はあ」
湖野林に着いた翌日の放課後、生徒会室で愛は早速宝の話を早子に相談した。
「何よ?そのやる気の無い返事は」
「だって、どうでもいいし」
珍しくどうでもいいことを熱弁する愛であったが、早子にとっては微塵も興味をそそられない様子であった。
「ぜーーーったい、あの時の黒羽見たらあんたも気になるわよ」
「でも、私見て無いし」
「もう、なんで誰一人理解してくれないんだろ?」
「まーだそんなこと言ってたのか」
そこへ黒羽が生徒会室に入って来た。
「お前って結構変人なんだな」
「奇遇ね、今日は珍しく私もあなたと同意見よ」
「もう、分かったわよ。この話はもう終わり」
早子ははや一五分ほどこの話を聞いていたのでやっと解放されてため息をついた。
「で、何の用?射手でまたなんかあったの?例のビヘッドの話とか?」
「ああ、そんなこともあったなあ。忘れてた」
「忘れてたって、あんたそんな重要なこと」
「冗談だ、冗談。それはちゃんと書類を提出しておいた。俺が来た理由はこれだ、これ」
「何それ」
早子が受け取るとそれは部活内容についての変更届であった。
「特三部のやつだ。特三部じゃ何する部活か分かんねえだろ」
「あんたがつけたんでしょ」
一応愛はつっこんでおいた。
「で、これが私たちの活動内容ですか?」
「まあ、そんなとこだ」
「どれどれ、……何これ?」
「見ての通り、購買部だが」
「何よ、購買部って?」
早子から書類を受け取るとそこにはしっかりと『購買部』と書かれており、活動内容の欄には…
「…物品販売」
「はしょり過ぎでしょ!」
「なんでだよ。そのまんまじゃねえか」
「見てみなさい、行が七行あるってことはだいたい五,六行は書くもんなのよ、普通」
「常識にとらわれすぎだよ、お前」
「あんたが非常識過ぎんのよ」
このままだと永遠と話が続きそうだったので、早子は手続きに入った。
「もう、何でもいいわよ。で、その購買部、具体的にどういうふうに活動する訳?」
「そもそもなんで購買部なのよ、そんな部活聞いたこと無いけど」
「いや、この学校購買ないじゃねえか。お前たちが意見出さねえから藤崎に聞いたら購買があったら便利だって言うから」
「藤崎って誰?」
「うちのクラスの男子よ」
「全然思い出せない。特徴は?」
「…うーん」
「特徴がないのが特徴だ」
黒羽が堂々と答えた。
「ああ、そう」
「そうだ」
「……」
「……」
「…、まあ、藤崎の話はいいじゃねえか」
「そうね、直接関係ないし」
「で、何を販売する訳?」
「それなんだよな、まあ鉛筆とか、文房具とか売ればいいんじゃないの?」
「無いの…って、あんた、なーんにも考えて無いのね…」
「まあ、藤崎が言ってたのをそのまま書いただけだからな」
「いばるな!そんな理由でこんな書類受理できる訳ないでしょ」
「そこでお前たちだ」
「「?」」
愛と早子の頭上に疑問符が浮かんだ。
「お前らに任せる」
「「っはあ!!?」」
それだけ言って黒羽は生徒会室を出ようとした。
「あんた、ちょっと無責任すぎじゃ…」
「俺はここに来てから日が浅い、この学校で何が必要なのか知らん」
「まあ、そうかもしれないけど」
「だから何が欲しいか希望を出してくれ。業者はそれから探すから」
「必要なものって?」
「まあ、さっき言ったとおり、文房具とか、パンとか、菓子とか自転車とか、犬とか」
「待て待て、何で学校に犬が必要なのよ?」
愛は一応つっこんでおいた。
「…癒し?」
「私にきくな!」
夫婦漫才の様な駆け引きに早子は呆れて無理やり話を切り上げた。
「はいはい、分かったから。この書類は適当な書式に直して処理しておきますからあなたは業者を見つけておいてください」
「んじゃ、そういうことで」
「愛、選考会の準備もしなくちゃいけないんだから早くしましょ」
「ああ、そうだ、その選考会って一体…」
黒羽が言いかけた時、非常ベルが鳴った。
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!!
「緊急事態、緊急事態、湖野林東地区射手湖野林支部付近にてビヘッドを確認。校内にいる一般生徒は校内に待機、射手は現場に急行せよ、繰り返す、……」
「あらら、久々の戦闘か、まあ、例の弱点の魔術的レベルの検証にはちょうどいいか」
「何の話?」
早子には黒羽の言うことが理解できない。
「えーっと、それは…」
機密事項に抵触する可能性があるこの情報を離していいものか思案していると、
「それは、行く途中で話す。さっさと行くぞ」
「ちょっと、黒羽それ言っていいの?」
「さあな。それは後々考えよう」
「そんな適当な」
「……、だって、お前ら、戦いたいんだろ?」
「そうだけど…」
「雷斗達もそろそろしびれ切らしてる頃だろ。ちょうど副隊長様に九州でその糸口を示していただいたんだし?」
黒羽は意味深に愛を見た。
「!!?」
(な、何、今の)
愛はいつもと違う雰囲気になんと返事してよいのか分からなかった。
「まあいい、さっさと行くぞ。支部の近くってことはもう誰か行ってるかも知れんが…」
「そうね」
「つーことで俺は飛んでくぞ」
「えっ、ちょっ…」
「じゃーな」
言うなり黒羽は二人を置いてさっさと行ってしまった。
「行っちゃったわね」
「…、はっ。さっさと行くわよ」
愛と早子は学校に常設してある射手専用車両で現場に急行した。
「んー?何だこりゃあ」
黒羽が現地に着くと、そこにいたのは射手隊員では無かった。
「あいつらは…、戦車か?」
戦車は射手同様に政府直属の機関で、主に重火器を駆使してOZに対抗する組織である。構成員は文明人がほとんどで、射手との仲はさほど良くない。
黒羽は空中から風の斬撃を放った。
「何だ?」
目の前にいたビヘッドの首が突然落ちたことに戦車隊員は驚いた。もちろん、黒羽によって破壊されたのだが…
「はーい、こっからは射手特三の私天竜黒羽が引き受けまーす」
「射手だとっ!?」
「貴様!余計なことを!特三だとっ!?若造は引っ込んでろ」
「隊長は何処にいる!?」
(はいはい、どうせそんな反応だと思ったよ)
黒羽は頭をかきながら答えた。
「俺がその特三の隊長だ。そもそも、何で戦車がうちの支部の目の前でビヘッドと交戦しているのかを伺いたいね。それに…」
黒羽はさらに後方から迫って来たビヘッドを二つにすると、周囲に散らばった薬きょうとビヘッドの残骸を見ながら続けた。
「ビヘッドには通用して無いようだが」
「黙れ!そいつらはまだまだ序の口だ。我々には新兵器があるんだよ」
「新兵器?」
「その通りだ」
戦車隊員が道を開けると、奥から灰色が混じった顎鬚を蓄えた男が現れた。
「私は戦車湖野林支部第二小隊隊長の粟飯原だ。その新兵器の実務試験をかねて今回の戦闘許可を得ているのだ。今回は優先的に我々が戦闘を行うことになっている」
(そんな話聞いてねえぞ)
「へー、が、しかし我々我特三にも出動命令が出ているんだが…」
黒羽は先ほど聞いた未来のことばを思い出してみたが、やはり出動要請があったと記憶している。
「それは我々の後方支援の要請だ。だから余計なことはせず、そこで見ていたまえ」
せっかくビヘッドの弱点の検証をしようとしていた黒羽であったが、
「まあ、いいが」
「なら、下がっていたまえ」
そう言うと、他の隊員達がその新兵器をもって最前線に出てきた。
「構え!」
粟飯原が指令を出すと、隊員たちは大型の銃(どちらかと言うとバズーカに近い)を一台のビヘッドに狙いを定めた。
「撃て!」
隊員たちは一斉に弾を放つと、それはビヘッドに命中し、当たった瞬間地面にワイヤーを張った。
次の瞬間、青い火花が散ってビヘッドの動きが固まった。
「へー。ワイヤーは絶縁体か」
どうやら着弾した後、電流が流れてビヘッドをショートさせようとしているようだ。ワイヤーは足を地面に固定させたかったようだ。
「よし、効果ありだ。次の機体を狙え」
「甘いな」
黒羽は冷静に状況を判断した。
「何っ!?」
言うや否や、黒羽は地面を蹴って低空で滑空した後風の刀、『風ノ太刀』を生成させながらビヘッドに近づいた。
「どこからどう見ても完全に停止しているじゃねえか」
「じゃあお前の眼は節穴なんじゃねえの?」
黒羽とビヘッドの距離が二メートルまで迫った時、ビヘッドはワイヤーを引きちぎった。
「まあ、あのプラグ切る時間ぐらいは稼げるか?」
黒羽は一人誰にも聞こえない程度の声で呟くと同時に、右手の風ノ太刀でビヘッドを切って捨てた。
「何故だ?何故電流が効かなかったんだ?」
「対魔装甲がいやに分厚かったからな、対電装甲もされてたんだろ」
「くっ」
(つーか、そういった情報は射手と戦車じゃ共有してねえのか。おそらく戦車じゃまだビヘッドを撃破してなんだろうな)
などと思いながら黒羽は次の機体を破壊していった。
「ちょっと、これはどういうことよ?」
「さあね」
黒羽が振り返ると愛達が到着していた。
「まあ、何というか、戦車の方々の手伝いだ」
「はぁっ!?」
「何で?」
「さあ、よー知らんけど…、お前らだけか?」
愛と早子を見て不思議そうに黒羽は訊ねた。
「ええ、他の連中とは会っていないわ」
(しっかし、こいつらにビヘッドの弱点を教えるのはさすがにまずいんだろうな)
こいつらとは、もちろん戦車の隊員たちのことだ。
ひとり自問自答する黒羽に、早子は業を煮やして話しかけた。
「で、私がしなければならないことって何?」
「ああ、やっぱ、それ、無し!!」
「はぁっ!?何で!!」
せっかくここまで来た早子は黒羽言葉に納得がいかない様子であった。
そこで仕方なく黒羽は早子に耳打ちした。
「今、戦車の前でそれをやると機密事項関係がいろいろとまずいんだよ」
「…はあ、じゃあ私たちはどうすればいい訳?」
肩をがっくり落とした早子はじとっとした目で見た。
「まあ、とりあえず俺が全部片付けるか…」
そう言うと黒羽は風ノ太刀を再び生成するととりあえず早子の後ろにいたビヘッドを串刺しにした。
「きゃっ!」
「さーて、じゃあ、やりますかね」
黒羽は地面を蹴ると空中で体をひねると風ノ太刀を槍状に変え、下にいたビヘッドにめがけて放ち二機撃破した。
(相変わらずTOPも含んでるな)
「こらこら、貴様何してる!?」
「ん?」
着地して黒羽が声の方を見ると、粟飯原が叫びながら近づいてきた。
「何って、あんたらの新兵器とやらが通じなかったんだろ?」
「くっ…」
「だから、後援の俺がひとまず片しておきますよ」
言いながら次々とビヘッド、あるいはTOPを撃破していった。
「愛、支部に連絡してこいつらの回収方法の指示を仰げ」
「了解」
全てのビヘッドを撃破し、黒羽は愛に指示を出すと、粟飯原が食ってかかった。
「それは、我々が引き取る」
「えっ、それは…」
早子がうろたえていると、黒羽の口調が変わった。
「おい、あんまガキだからってなめるなよ。OZの身柄および対地球人用兵器の回収については、撃破した部隊に全権利が与えられることぐらい知ってんだぜ?」
黒羽はあたりを見回しながらはっきりと宣言した。
「それとも無理やり奪ってみるか?ビヘッドに勝てなかったお前らが、それを破壊した俺に勝てるとは思えんが…」
「ちっ、ガキが…」
「なんなら出るとこで手もかまわんぜ?俺は」
粟飯原は小さな声で呟くと、自分の隊に向けて号令をかけた。
「我々は撤収するぞ」
「「「「了解っ!!」」」」
苦虫をかみつぶしたような顔をして粟飯原達は去って行った。
「へぇー」
「どうした?」
今まで向けられたことの無い早子からの視線に黒羽の頭上には疑問符が浮かんだ。
「いや、なんていうかあんた大人に対しても物おじしないんだなあって」
「まあ、こういうことは慣れてっからな」
「しかし、あんたの言葉づかい、冷や冷やしたわよ」
通信を終えた愛が二人の会話に合流した。
「いいんだよ、あれくらいじゃねーとこの業界じゃガキの言うことは通らねえよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんさ、で、どうだったんだ?」
愛は耳に着けていた通信機を外しながら答えた。
「ああ、支部から回収班が来るからそれまで私たちは待機ですって」
「了解。つーかさっきも聞いたがここにいるのはお前たちだけなのか?」
「そうね。あんたが特三に入ってからは未来は伝令の仕事一本になっているから現場には来ないし、あとの二人は学校外なんじゃない?」
「まあ、いい。とにかく愛、ここを頼む」
「えっ?あんたは?」
「俺はちょっと特四に用があるんだ」
「特四?」
特四とは、隣の町にある第四特務隊のことだ。
隣町の特務隊に何の用があるのか、早子には理解できなかった。
「まあ、どっちかってぇーと、そこの隊長にか…」
「隊長?」
「ああ、十八支部のことでな」
「ああ、あんたが昔いたとこ?でもなんで特四の隊長に?」
「特四の隊長も元十八支部だから」
「へー」
「つーわけだから、頼んだぞ」
それからほどなくして、射手の回収班が到着し、愛と早子はビヘッドを引き渡して帰路についていた。
「それにしても、一体何人いるのかしらね」
「誰が?」
唐突な愛の質問には早子はそう訊ねるしかなかった。
「十八支部よ。うちに黒羽、で、お隣さんにもいるんでしょ?うちも向こうもそんなに階級の高い都市じゃないのよ?それなのに支配者が二人もいるなんて」
「まあ、確かに」
「…」
「どうしたの?」
みると、早子が立ち止まって何か考え事をしていた。
「いや、今日隊長の意外な面を見たって言うか」
「ふーん…そう?いつもと変わらないアホ面だった気がしたけど」
「…」
「何?」
「いえ、そうかもね」
「そうそう全然変わらないって」
早子はそれで納得したのか、歩み始めた。
(ふーん)
それは僅かな機微であったが、早子は自分の中のそれに気付いていた。