Chapter.14「木を隠すには森の中」
当の炎術会場は、混乱していた。
「なんだ、あれはっ!?早く射手を呼べ」
「ばか、お前、知らねえのかよ!ありゃビヘッドって言う新型の殺戮マシーンだ。そんじょそこらのやつじゃ相手にならねえ、黙って逃げろ」
「マジかよっ!」
そういって逃げ出そうとした客は転んでしまった。
「うわあああああああああっ」
客には時が止まったように見えた、走馬灯というやつか、と思ったが否、実際はビヘッドの動きが止まっていた。
「…な…んだ…」
空から降って来た見え無い斬撃で、客の目の前でビヘッドは真っ二つに割れ、上半身は地に落ちた。
「愛、伊吹中佐に連絡してこっちに情報を回すように頼んでくれ、それと一般人の避難誘導をっ!!」
「了解!!みなさん、私は射手の伊吹愛軍曹です。私について来て下さい!」
「……はい」
突然空から降りてきた二人に戸惑っていた客であったが、徐々に冷静さを取り戻し愛の指示にしたが避難し始めた。
「さて…と、」
黒羽は避難して行く愛を見送ると、振り返って呟いた。
「じゃあ、やるとしますかね」
一人呟くと、黒羽は自分の足元で圧縮していた大気を解放し、爆発的な跳躍でビヘッドの群れの中につっこんで行った。
「ここまで来れば安全です。あとは鉄道係員の指示に従って避難してください」
「ありがとうございます」
炎術パフォーマンスの会場から羽方駅に向かう道中にいた一般人を誘導してどうにか無事にたどり着いたのは、会場を出てから三十分後だった。
「失礼。統括府へ、伝令願います」
愛は自分の隊員証を見せながら手当たり次第に射手の隊員に声をかけた。
「はい、どういった内容でしょうか?」
愛は何人目かでようやく伝令係を見つけた。
「はい、では。第三特務隊伊吹愛軍曹から九州統括府伊吹紅葉中佐へ、大至急、この事件の統括的な情報を第三特務隊隊長天竜黒羽中尉へ開示するよう願います。天竜中尉も私も現在無線機を携帯していません。できれば一台無線機を貸していただきたいのですが…」
「了解しました。ではこれをお持ちください。」
そう言うと、伝令係は自分の持っている無線機のうち小型のものを一つ愛に手渡した。
(なんか、思ったよりすんなり受け取れたわね)
「現在その端末はアクティブです。このランプが赤く点滅したらこのボタンを押せば通信が可能です」
「ありがとうございます」
「では、許可が下り次第その端末に連絡を入れます」
それを聞くと、愛は再び会場を目指して走って行った。
「沖田さん、よかったんですか?いくら隊員といっても統括府以外の人間に無線機なんか渡して」
「ああ、伊吹中佐の娘さんだ」
「ほんとですか?」
「…ああ、親バカだからな…あの人」
「そんなにですか?」
「会うたびに写真を見せられている」
「……」
一瞬だけ変な空気になった現場であった。
(何か…変だ)
一人残った黒羽は会場に放たれていたビヘッド達を駆逐しながら炎術エリアの隣のエリアまですでに制圧を完了していた。
「っと!」
今度は寸前のところでビヘッドの斬撃をかわし、返す刀で真っ二つに切り裂く。
(またか、何なんだこの感覚は?)
特に変わった攻撃をしてくる訳ではない。
誰かに統率され、隊としてのレベルが上がっている訳でもない。
だが…
「まるで手ごたえが違…」
ビヘッドを相手にしているのにまるでTOPを相手にしているような…
「あっ、なーるほど、こいつら、TOPをビヘッドと同じ外装にして送り込んだな」
黒羽の中で渦巻いていたわだかまりが一気に消えた。
そう意識して冷静に対処すると、TOPと思われるサイボーグは、TOPの動きと酷似した動きを見せていた。
「なら、話は早い」
黒羽は大きく後方に跳ぶと、軽く魔力を溜めこんでそれをサイボーグの群れに向かって放った。
黒羽が放ったソレは、無数の小さな鎌鼬となりサイボーグたちを襲った。
「よし、これで目印ができた」
見ると、先ほどの黒羽の攻撃でボディに傷が入った機体が数多くいた。
つまり、この攻撃で傷が入った機体がTOPというわけだ。
「ふっ、これじゃビヘッドの中にTOPを混ぜてんじゃ無くて、TOPの中にビヘッド混ぜてるって感じか」
まあ、そりゃ戦術として理にかなってるか、などと思いながらも、おかまいなしにTOPとビヘッドを次々と破壊していった。
「黒羽っ!!…じゃあ無かった、隊長!!」
愛が到着すると、黒羽はIブロックまで制圧していた。
「おう、早かったな」
「ええ、まあ」
そりゃあんたの制圧スピードの方なんじゃないの?と一瞬疑問に思ったが、すぐに自分の仕事を思い出した。
「これ、通信機」
「おう」
愛が黒羽に通信機を渡すと、呼び出し音が鳴った。
「ちょうどだ。…はい」
黒羽は愛にも聞こえるように拡声ボタンを押した。
《こちら伊吹中佐。そちらは天竜中尉か?》
「はい、我々第三特務隊、天竜黒羽中尉、同隊伊吹愛軍曹は会場Dブロックにてビヘッドに遭遇。緊急性を鑑みてこれらと交戦、および一般人を避難させ、現在D~F、およびIブロックを鎮圧。まだ他に交戦中のブロックがあるのならそちらへ向かいますが?」
《こちらも、現在状態は切迫している。だが、特三に九州統括府から命令することはできない。加勢してもらえるならしてほしい》
「無論です」
《では、会場の地図データをその端末に送る。報告によると、会場の中心であるAブロックにビヘッドを大量に確認。そこで戦力が二分されていている。そこを突破し、騒動を鎮圧したい》
「大量に?」
《…どうかしたのか?》
「そいつらと戦闘は?」
《いや、ビヘッドと交戦できるだけの者がその付近にいない。紀里の部隊は本部の護衛をしているからな》
「そうか、羽方は紀里一族の縄張りだったな」
(紀里って確か、九州に拠点を持つ魔衣師の一族の一つだったわね)
《…で、それが?》
「そいつらは、ビヘッドでは無いかもしれない」
《どういうことだ?》
「先ほど、ビヘッドの外装をしたTOPを確認。おそらくそこいるほとんどがTOPだと考えられます。それらを止めるだけでもある程度の被害は軽減できるでしょう」
《…了解。Aブロックにはその様に伝えておく。そちら二名も至急向かってくれ》
「了解」
黒羽は通信機を切った。
「聞いた通りだ。行くぞ、愛」
「ええ」
そう言った黒羽がまさに飛び立とうとした瞬間、愛がその首根っこを掴んだ。
「ぐはっ」
「ちょっと」
「何だよ」
「あんたどうやって行くつもりよ?」
「はぁ?飛んでいくに決まってるだろ」
「決まって無いわよ。私はどうすんのよ?」
黒羽は平然と答えた。
「走って来いよ」
「自体は切迫してるのよ!?早く着いたほうがいいに決まってるじゃない!」
「だからってなあ」
「いいから早く行きなさい!命令よ」
「俺が隊長だ!」
「これは生徒会長命令よ」
結局、黒羽が愛をおぶってAブロックに行くことになりそうだ。
「ちっ、まあ確かに時間がねえ」
「行くわよ」
黒羽の背中で愛が叫んだ。
「お前が言うな」
「はい、こちらAブロック」
《こちら統括府本部、Aブロックへ。先刻、別働隊より報告があった。交戦中のビヘッドの内、外装をビヘッドに似せたTOPが大量に発見されている。そのブロックにいるビヘッドもTOPの可能性がある。事実を確認しろ》
「了解」
《また、もうじきそちらに援軍が到着する。『風の支配者』、特三の天竜中尉だ。到着後、中尉の指示に従え》
「了解」
通信を終了した隊員は隣の隊員に話しかけた。
「どうやって確認を行いますか?」
「遠距離からの攻撃だ。接近戦では本物だった場合、対処できないからな」
「では、そのように」
「全員一斉に攻撃しろ」
「「「「了解!!」」」」」
号令とともに隊員たちは一斉に各々の術をサイボーグの群れめがけて放った。
「おお、やってる、やってる」
「やっぱりだいぶTOPが混ざっていたわね」
「……」
「どうしたの?」
黒羽は近づいてくる戦場を見ながら眉間にしわを寄せていた。
「やはり何かおかしい」
「何が?」
「まだやつらがAブロックにいることだ」
「そりゃあ、隊員たちが頑張ってるからじゃないの?」
「にしても…だ。その隊員達はビヘッドとの交戦ができないもの達って話だったろ?」
「ええ」
「だとしたらもう少し前線は後退しているんじゃないか?」
「…」
「まあ、とにかく現場へ行くぞ」
「ええ」
「隊長、支援はまだでしょうか?」
「ああ、そのようだな。できるだけTOPを潰しておけ」
現場の士官が比較的冷静に部下に指示を出していたが、次の瞬間は肝をつぶした。通常、人が空から降ってくるとは思わないからだ。
「お呼びのようで」
「っ!!?」
隊員たちが声のする方を見ると、黒羽達がすぐ後ろにいた。
「誰だお前らは!?ここは危険だ、早く避難しなさい!」
黒羽達は私服なので、こうなることは目に見えていた。
「それはちょっとできない相談だね」
「何を!」
黒羽はポケットから隊員証を取り出してちらつかせた。
「では、あなた方が」
「特三の天竜中尉だ。こっちは伊吹軍曹。統括府本部からの命令で支援に来た」
「失礼しました。私は統括府第五機動隊、杉原少尉だ。話は窺っています。以後、ここの指揮権はあなたに与えられています。」
黒羽より十歳ほど年上の眼鏡をかけた青年が先ほどの命令を伝えた。
「了解。ではここは自分たちが引き受けましょう。我々二人で道を開きます。そちらはその後の一般人の避難経路の確保を」
「了解しました」
黒羽は早速杉原に指示を出すと、それについて行こうとした愛に向けて言い放った。
「愛、お前はあいつらの始末だ」
「……はい?」
黒羽が言うあいつらとは、どうやらビヘッドを指しているようだった。
「あんた、何言ってる訳?」
「もちろん、俺がサポートに回る。まあ、何事も経験だ、経験」
「でも、私には交戦許可が…」
「ここは湖野林じゃないし、今は緊急事態だ。そしてここの指揮権は俺にある」
黒羽が得意げに答えた。
「で、他に質問は?」
「……オーケー。分かったわ、やってみる」
「ならまず一番手前のやつだ。他に近づいてくる奴は俺が引き受けるからそいつだけに集中しろ」
「了解」
愛は全力をこめた炎の塊をビヘッドに投げつけた。
「だめか」
愛の放ったそれはやはり、前回のビヘッドとの交戦時と同様に魔法反射装甲によって弾かれた。
「やっぱ、正面からじゃ無理か…」
「そりゃあ、物理的に無理なんじゃないの?Miが全然足りないんだから」
黒羽はすでに二体目をしとめながら冷静に状況を判断していた。
「愛、ビヘッドの首の後ろ、人間で言う頸椎の辺りにある黒いコードが見えるか?」
「えっ?どこ?」
黒羽は三体目のビヘッドをなぎ払った。
「だから、この辺だよこの辺」
黒羽は自らの後ろ髪を右手で上げ、左手の人差し指で自分の首筋を指した。
「頸椎がどこの骨かは知ってるわよ!どこにそんなコードがあるのよ」
「だーかーら…」
黒羽は軽く地面を蹴って宙を舞うと、自分が今しがた真っ二つにしたビヘッドの上半身を拾って今度は直接コードを指した。
「これだ、これ。こいつを切れないか?」
「何それ?」
「知らん!さっきお前の攻撃が当たる直前、このコードの付け根が光ったんだ。もしかしたら対魔法装甲を発動するための駆動回路、あるいは魔術に反応するセンサーで、感知して装甲が発動しているのかもしれん」
「光ったって、あんたどんな動体視力持ってんのよ」
愛が呆れて言った。
「別に…、それにこういったことは前々から話にはなっていた」
「こういったことって?」
愛は対峙するビヘッドから自分に有利な間合いを取りながら尋ねた。
「ビヘッドの弱点だ。以前、例の工場で俺が二つにして回収したビヘッドを解析してる途中、どれほどの耐魔性があるか、耐久テストをしたんだが、二つにした下側が150Mi / sで粉々に吹き飛んだそうだ」
「えっ、でも…」
愛は、徐々にビヘッドに詰め寄る。
「ああ、本来はその程度じゃびくともしないはずだがな、しかも、上半身は同じMiで傷一つつかなかったらしい」
「それで?」
黒羽はさっきまで持っていたビヘッドの上半身を襲いかかってくるビヘッドに投げつけた。
「OZがいかに技術力が高いからって、急激に能力が上昇したことに専門家が疑問を持ってな。対魔法装甲は常時展開されていなんじゃないかってことになったらしい。稼働時間とバッテリーの問題もあるし」
「へー、だから上半身にそのセンサーあるいはそのスイッチがあるってこと?」
「まあ、それがどれなのかは分からなかったみたいだがな。さっきのお前の攻撃で臭い反応があったから試してみるだけだ」
「試すのは私だけどね」
そう言って、愛は一気にビヘッドの後方に回ると、コード目指して炎の剣を作って投げつけた。
「よし!」
愛の放った炎は見事にコードを切断した。
「切れた」
「やはり、対魔性があるのは装甲部分だけか…」
「うっ」
ビヘッドが愛に向かって襲ってきた。
「愛!思いっきりぶつけてやれ!」
「わっ、分かってるわよ」
一瞬条件反射で怯んだが、すぐに炎の生成し、今度はそれを玉としてビヘッドに放った。
「やった」
鈍い音とともにビヘッドは崩れ落ちた。
「どうやら、当たりだったようだな。じゃあ、もう二、三体試してみろ。後のは俺が片づけとく」
「むかつくわね、その言い方。こっちはこんなに苦労してるのに」
さすがに副隊長と言うべきか、愛はそう言いながらもビヘッドを同じようにコードを切断後、破壊していった。
「ふう、しかし、あんたも…」
「ん?どうした」
「嫌みったらしく、私が三体倒すのに合わせて最後のビヘッド倒すこと無いでしょ」
「…いや、なんつーか、ほら、テーブルマナー的な」
「そんなところにマナーなんて求めて無い!!」
黒羽は余裕綽々に答えた。
「だが、大きな前進だ。これで一般の隊員でもビヘッドに対抗できるんだからな」
「ええ、まあ、そうね」
「まあ、それなりの実力は必要だろうが…」
そこへ、通信が入った。
「こちらAブロック」
《こちら統括本部。天竜中尉か?》
「ええ」
《Aブロック以外の鎮圧はすでに完了の報告を得ている。そちらはどうだ?》
「ちょうど今、鎮圧を完了した。杉原少尉達は現在、一般人の避難誘導中だ。何の問題も無い」
《そうか、協力を感謝する。現在を持って、天竜中尉および伊吹軍曹、諸君らは通常の指揮系統へ戻る。よってこれからは各自の判断で動いてくれ》
「了解、無線は杉原少尉に戻しておきます」
《では、交信終了》
黒羽は通信機を切った。
「まあ、事態は収拾しているようだ。ビヘッドの報告は帰ってからでいいだろう」
「そうね」
愛が帰ろうと歩みを進めると、黒羽がついて来てないことに気づき、振り返った。
「どうしたの?」
「すまん、愛。お前を休ませるつもりでここへ連れて来たんだが」
妙に素直に謝る黒羽に愛は面食らってしまった。
「なーに?調子狂うわね。さっきは人で実験していたくせに」
「まあ、そうなんだが…」
「いいわよ、別に。射手に入ってるんだから、こういうことは覚悟してるわ」
「えーっと、なんつーか」
「何?」
黒羽は一瞬ためらったが、
「お前って、実は結構大人なんだな」
「どう言う意味よ!!?」
「いや、また嫌みったらしくしつこく怒鳴られるんじゃねえかと思って、先謝っとこうかと…」
「そういうことか!返せ!私の気づかいを!」
「さーて、帰るか」
「人の話を聞け!!」
黒羽はいつもの調子で愛を完全に無視しながら羽方駅に向かって歩いて行った。