Chapter.13「欲しいものは欲しい!」
「ああっ!もうっ!」
「へー、こんな大きな祭りにもこんな店があんだな」
射的の出店の前には、黒羽と愛が対照的な態度で立っていた。
「なあ、もういいじゃねえか」
「何言ってんの黒羽っ?あのテディベアのブラックベアシリーズはシリアルナンバー付きのこの世に1000個しかない限定品なのよ?めちゃくちゃほしかったのに、予約の段階で抽選になっちゃって結局買えなかったんだから!!」
(何も泣くこたぁねえだろ)
そういう愛の指先には全長60センチほどの黒毛のテディベアが鎮座していた。左目を囲むようにふてぶてしく刺繍された真っ赤な星が、どこかの特務隊の隊長を連想させる。
「そう言ってもうお前三千円も使ってんじゃねえか」
「大丈夫よ!これ元々定価七千八百円するんだから。あと四千八百円の余裕があるわ!」
「あっそ…」
(そういったってさっきから一ミリも動いてねえじゃねえか…)
「ああ、またっ!おじさん、もう一回」
「はいよ。三百円ね。次はがんばりなよ」
(へっへっへ。まったく、こういう客はたまらんぜ、いくらでも金落としていくんだからな。絶対に落ちるわけねえのに…)
などという出店のおっちゃんが心の中で思っていたが、その心は見事に黒羽に大体読まれていた。
(取らせる気ねえな…まあ、そんな高価なもんをほいほいと取れるようにするわけねえが…というか、完全に客を集めるためにおいてるだけだな)
「あああああああああああ」
「残念だったね、どうする?」
「当然、もう一回よ!」
黒羽はため息をつくしかなかった。
「ん?」
そこで、おっちゃんは初めて黒羽の存在に気付いたらしかった。
「そこの君!」
「何だ?」
うんざりといった感じで黒羽は答えた。
「彼氏かい!?とってあげたら一気に株が上がるよ」
(この娘の連れなら、こいつもいいカモになるだろ)
(こいつ、俺までカモにしようとしてやがるな?)
またしてもおっちゃんの心を読んだ黒羽は何やら企んでいる様子で、自分の財布から小銭を取り出しながら言った。
「彼氏じゃねえけど、やってやらんこともない」
「じゃあ、三百円ね」
「愛、ちょっとどいてろ…」
そういって愛の横に立つと料金を支払い、近くにあった空気銃を取ってオッチャンに尋ねた。
「訊くが、この空気銃からでたコルクがものに当たった後、倒れたものがもらえるんだな?」
「ああ、そうだが、変わった言い回しをするね」
「たとえば、弾が台に当たってその反動で倒れてもオッケーってことだな?」
「もちろん、もちろん。面白い発想だね。それなら同時に二個ゲットすることもできるかもしれないよ?」
(そんなことできるわけねーだろ、バカな小僧だ)
店主が心の中でほくそ笑むと、愛が黒羽に耳打ちした。
「あんた、何言ってるの?そんな重たいものが動くわけないでしょ?」
「いや、一ミリも動かねえ熊に向かって三千円打ち続けたお前が言うな」
すると、黒羽はテディベアよりかなり下に狙いを定めた。
「ちょっと、ほしいのはあのクロちゃんよクロちゃん!」
クロちゃんとは、例のテディベアのことである。
「うるせえな…いいんだよ」
そういうと、黒羽は空気銃の引き金を引いた。
空気が擦れる鋭い音とともにコルクは景品の乗っている台に命中し台を吹っ飛ばしたあと、その上にあった景品をすべて倒した。
その弾の威力は、それこそまるで魔術を使ったような威力であった。
「な…」
店主は起こった事態についていけず口をパクパクさせていた。
「ふぅ…、確か、台でもどこでも、当たれば倒れたもんがもらえるんだったな…いやあ、まさかこんなに倒れるとはなあ…」
「あっ、えっ?」
店主はその言葉で我に返ると、今度は倒された景品と自分の損害を計算し、再びパニックに陥っていた。
(なぜだ?なぜ落ちた?あの空気銃で倒せるものなんてせいぜい二、三〇〇円程度の景品だけのはずだ。まして、台を吹っ飛ばすなんて…)
「いや、それは…」
店主は何とかその場を取り繕うと、頭の中を整理し始めた。
(こいつ、まさか魔術を…、いや、しかし、こいつは蓄魔器を持ってねえ。じゃあ、何故だ?)
今度は黒羽と空気銃をまじまじ見る店主であったが、もちろん黒羽が蓄魔器を持っているはずはなかった。
そのあわてる店主をしり目に、黒羽は飄々と言ってのけた。
「でもまあ、こんなにもらっても荷物になるだけだし、その熊のぬいぐるみだけで勘弁してやるよ」
「ほらよ」
「うわー、クロちゃん!!」
出店からしばらく行ったところで、黒羽が黒いテディベアの頭をつかんで愛に差し出すと、愛は飛びついて黒羽からテディベアを受け取った。
そのテディベアの足には、しっかりと本物である証のシリアルナンバーが0598としっかりと刻まれていた。
「…こんなもんのどこがいいのかね?」
「あんた、この子のよさがわからないなんてどうかしてんじゃないの?」
どうやら、愛は聞く耳持たぬといった様子だったので、黒羽はそれ以上反論せずに、ご機嫌な愛の後ろを黙ってついて行くことにした。
「…ところで、よく取れたわね」
「まあ、あいつは俺の敵じゃなかったってことだな」
「何それ?」
愛は、黒羽の言っている意味が分からない様子であった。
「いいんだよ、俺をカモろうとしたやつが悪いんだ。この世には敵にまわしちゃいけない人間がいるってことを教えてやっただけさ。その熊は勉強料だよ」
「どういうこと?」
「気にすんな。お前はそれがほしかったんだろ?」
「…まあ、そうだけど」
「じゃあ、さっさと次行こうぜ。まだ行きたいとこあんだろ?さっさと済ませてくれ」
そういって黒羽はすたすた歩いていたが、愛がその場に立っているのに気付いて振り返った。
「…ありがと」
「だから、気にすんな。俺は今回お前を連れてきた責任があるからな」
黒羽は顔を進行方向に向きなおすと、頭の後ろで手をひらひらさせながら言った。
「ほらほら、あれよあれ」
「ん?」
愛が指差す方向をみると、遠くの方で炎の柱が上がっていた。
「ふーん」
「あんたねえ、もっと楽しそうにしなさいよ」
「だって別に興味ねえもん」
「持ちなさいよ、興味を。今から行くんだから。」
「安心しろ。興味無いけどちゃんとついて行くからよ」
「でもさ、どうせなら楽しんだ方が得じゃない?」
「そんなもんかね」
まあ、愛のいうことも一理ある…と考えて黒羽は愛の先を歩み始めた。
「でもまあ、それ、どっかに預けたらどうだ?」
それとは、もちろん件のテディベアである。
「そうね、他にもいろいろあるし…、確か家まで送ってくれるサービスがどこかにあった気が…」
そういうと、愛はカバンにしまっていたパンフレットで手荷物配送所の場所を確認し始めた。出店で黒のテディベアを取った後も、色々と店を見て回りながらここまで来たので、愛の荷物は結構な量になっていた。
「まあ、送ってもいいけどよ、これ以上ものは増えねえのか?またあとで送るんなら余計な金がかかるぞ?」
「大丈夫よ。あとは炎術ショーだけだから…」
「ああ、そう」
「あっ、ていうか配送所目の前じゃない。ちょっと待ってて、送ってくる」
「へいへい、さっさとしてくれ」
荷物を預けにいった愛の後姿を見送りながら、ボーっと空を仰ぐ黒羽であった。
「お待たせ、ちょうど今から配達ってところにぎりぎり間に合ったわ」
「そうかい」
「ええ、これなら明日の朝には着いてるわ」
「じゃあ、さっさと行こうぜ」
黒羽は、言うなり腰を上げてさっさと歩き始めた。
「ちょっと」
「なんだ、今度は…」
「どこに行くのよ」
「Dブロックだろ?」
「そうよ、分かってるのに何でそっちに進むの!?」
黒羽は炎の上がる方向へまっすぐに進んでいた。
「ああ?」
「あのね、DブロックはこのIブロックからは一度Fブロックに行ってその後Eブロックから入らないといけないの」
愛は持っていた地図を広げて言った。
「ふーん、じゃあこれでいいか」
「何がこれでいい…きゃっ!!」
次の瞬間、愛は体のバランスを崩したかと思うと、気付けば黒羽に抱きかかえられていた。
「な、なな、何を…」
「何って、この方が速えーだろ」
そう言うと、黒羽は大地を蹴って宙に舞った。
「へえ、すごい、ホントに空が飛べるのね」
「当たり前だろ、風の支配者なんだから」
「あんたの常識は一般の常識じゃないことは言っとくわよ、一応」
「そうか?」
「そうよ」
言葉通り、黒羽と愛は会場上空を飛んでいた。
「あんたが転校してきた時、急に私の背後に立っていたのはこういう理由だったのね」
「ん?まあそうだけど」
「だったら最初に言っておきなさいよね。びっくりしたでしょ」
「無茶言うな」
「それにしてもいい眺めね」
「聞けよ、人の話」
Eブロック上空で愛が気付いた。
「割とみんな気付かないものなのね、人が飛んでいるのに」
「みんな祭りに夢中なんだろ」
黒羽の言うとおり、上空から見る景色はどこもかしこも人、人、人。二人に気付いているものは皆無の様であった。
「ん?あれは…」
「何?」
「いや、別に…」
「なによ、もったいぶって」
黒羽の視線の先には昨日道長と行った蓄魔器のブースが見て取れた。
(あんな遠くに行ったのか、昨日)
などと心の中で思っていると、大きな爆発音で黒羽は現実に引き戻された。
「っ何だっ!!?」
「あそこっ!!」
愛の指差すその先をみると、まさに向かっていた炎術パフォーマンス会場が燃えていた。
「まさか、炎術の事故?」
「いや、違うな」
黒羽が目を細めて言った。
「あれっ、まさか…」
「ああ、そのまさかだろうな」
黒羽が特三に配属される原因となった鈍く光るソレは、炎が上がる会場をわがもの顔で闊歩していた。
「行くぞっ!」
「ええ」