《R.P.S》
本物川小説大賞投稿作品です。
『いまどき体を鍛えるなんてもう古い!片手と頭で力を掴め!超新感覚ゲーム《R.P.S》!』
『コマンド入力なんて面倒なものとは今日でオサラバ!頭で動かす新感覚ゲーム《R.P.S》!』
『簡単操作と体力いらずで、小さなお子様からお年寄りまで楽しめる!知育から健忘症防止まで役立つゲーム《R.P.S》!』
本物川が薄暗い店内を見渡すと、そんな広告が壁を埋め尽くさんばかりに貼ってあった。おそらく《R.P.S》がまだ公式で売られていた時のものを、この店のオーナーが各地を歩いてかき集めて来たのだろう。
だが広告たちもここにあっては意味をなさない。この店にたどり着いている以上、ここには《R.P.S》に憑りつかれた連中しかいないのだから。
既に店内には熱気で満ち満ちていた。建前上はプレイ前の懇親会が行われているが、みな会話はどこか噛み合っておらず、目は落ち着かない様子で時折店の中心にあるリングを気にしている。
無理もない。《R.P.S》に重大な欠陥が見つかり、販売中止、及び回収が始まってから今年で10年目だ。久しぶりの《R.P.S》ともなれば浮足立つのも当然だと言えよう。
そんなことを考えていると、突然リングの中央にスポットライトが当たり、一人の燕尾服の男がリング上に上がった。
「皆様、今夜の催しものは楽しんでいただけていますでしょうか?」
男は手に持ったマイクに向かって、静かに話し始めた。
「今日の催しに来られた、ということは《R.P.S》については既に事前にご存知の方々がほとんどだとは思われます。ですがここでもう一度だけ、《R.P.S》の歴史を振り返ってみたいとは思いませんか?我々ほどのフリークが、この歴史的な夜に集まったのです。ここでもう一度、この悲劇のゲームの歩みをかみしめたいとは思いませんか?」
そう言うと男は言葉を切った。
いつの間にか店内に流れるBGMは消え、客たちの会話も途切れ、店内は静寂のみが流れていた。
次第にポツリポツリと、拍手の音が聞こえてきた。次第に拍手は大きくなり、本物川もいつのまにかその両手を鳴らしていた。
リング上の男は満足げに笑みを浮かべ、両手で拍手を止めるよう促した。
「ありがとうございます。では僭越ながらわたくしが、この悲劇のゲームについて語らせていただきます。」
既に客たちの目線は彼一人に向けられ、その言葉を今か今かと心待ちにしていた。
男は会場の、そして何より自分自身の熱を諌めるように大きく深呼吸をした後、やがてぽつぽつと語り始めた。
「……《R.P.S》は21世紀終わりに開発され、大ヒットとなったオフラインゲームです。オンラインゲームが全盛期であったこの時代に、オフラインゲームを出すのは無謀であると誰もが思っていました。しかしその予想を大きく裏切り、《R.P.S》は後に国民的ゲームと評されるまでの大ヒットになりました。それは何故か?」
男は右手を上に突き上げ、右腕の袖をまくり上げた。その手首に付けられた金属製のブレスレットが、誰の目にも映るように。
「最大の理由にこのゲームの簡便性が挙げられるでしょう。私や皆さんが頭に付けているこのマインドリーダー、手首のブレスレット、そして対戦相手さえいれば、老若男女を問わずいつでも《R.P.S》を楽しむことができたのです!」
男の口調は段々と熱を帯びてきていた。
「またその簡便性に関わらず、己自身の想像力のみで広げることのできる無限のゲーム性もその魅力の一つでした。元になったゲームではそれぞれの手の相性が歴然でしたが、《R.P.S》では想像力や本人の資質如何によって、その相性さえひっくり返すことができました。それらの要因によって、《R.P.S》は寝たきりの老人から物心ついたばかりの子供まで、ゲームを知らなかった主婦からゲームマニアの学生まで、本当に幅広い世代からの支持を受けることとなりました。比喩ではなく、日本中どこでも《R.P.S》が遊ばれていたのです!…………しかし……」
男が再びその言葉を切った。
男がその次の言葉を言い淀んでいるのは、リングから離れた本物川でさえ感じ取れた。当然だ。《R.P.S》を愛してやまないフリークであればこそ、この後の言葉を紡ぐのは躊躇われる。
……やがて男はゆっくりと、再び言葉を紡ぎ始めた。
「……しかし、人々から愛されたこのゲームは、その人気絶頂期から間もなく、社会から排斥されることとなりました。《R.P.S》のプレイヤー同士が起こした事件をきっかけに、ある教育学者が《R.P.S》の想像力によるゲーム性と暴力性を結び付け、『《R.P.S》は現実での暴力行為を助長する危険なゲームである』と主張し始めました。これを皮きりに世論は《R.P.S》を排斥する動きに大きく傾いていきました。元々他のゲーム会社の市場をすべて奪う形でヒットした《R.P.S》には嫌悪感を示す企業も多く、それらの企業がこの排斥運動を後押ししました。」
男の声は悔しげに、そして苦しげに震えていた。その気持ちは本物川にも理解できる。いや、本物川だけではない。ここにいる全員が共感していることだろう。人々に愛された《R.P.S》は、皮肉にも人々の手によって社会から取り除かれていった。
「……そして今から遡ることちょうど10年前の今日、企業側はついにその風評被害に耐えかね《R.P.S》の販売中止、及び回収を決めました。既にその頃には《R.P.S》のプレイヤーは『犯罪者予備軍』のレッテルを貼られ始め、プレイをしていれば比喩ではなく石を投げられることさえありました。時の政権もこの運動を後押しし、《R.P.S》の評価は『国民的ゲーム』から『犯罪者育成ゲーム』へと落ちて行きました。それから10年、今では街で《R.P.S》の名を聞くことはなくなりました。」
……無論、ここに至るまで《R.P.S》プレイヤー達が行動を起こさなかったわけではなかった。販売中止決定直後は反対署名やデモが各地で起きていたし、当時の識者の中にいたプレイヤー達もテレビやラジオに出ては《R.P.S》の安全性について懸命に語っていた。
だがプレイヤー達は声を上げるのが遅すぎた。排斥運動があった時点で《R.P.S》のプレイヤー人口は全盛期の半分にまで落ち、もはや残っているのは狂信者とも呼ぶべきヘビープレイヤーしかいなかった。そんな人々がどんなに世間にゲームの安全性を訴えかけても、世間のライトユーザー達は社会から排斥されたものに触れようとはしなかった。
加えて、《R.P.S》は社会のある部分において、そのルールを破壊しかねない危険性を持っていた。《R.P.S》は暴力事件など些細なことに思えるような、社会の、その根幹を大きく揺らがせる危険性を孕んでいたのである。それに気づいた当時の政権が、《R.P.S》の撤退を後押ししていたことは想像に難くない。
「こうして《R.P.S》は完全に人々の記憶から消し去られ、社会から抹消されました……、ですが。」
男はそこでマイクから口を離し、俯いた。
……客達は男の言葉を待った。なぜならその後に紡がれる言葉こそ、自分たちが今夜ここに集まった理由なのだから。
やがて男は徐々に垂らした頭を上げていき、口にまで持っていったマイクにしがみつくような姿勢のままゆっくりと、しかし確かな熱を込めて言い放った。
「……ですが!そんな幻のゲームのプレイが今夜!もう一度可能となるのです!この場所!《R.P.S fighters》にて!」
男の顔にはもはや一切の陰りはなかった。マイクにすがりつきながらも前を向くその顔はもはや歓喜に満ち溢れ、ある種狂気に憑りつかれたような笑顔を浮かべていた。そしてそれは、客たちもまた同じだった。
「……あぁ、そうだ!その言葉を待っていた!」
客の一人が男の熱気に耐えられずそう叫びだすと、他の客たちも口火を切ったように次々と叫びだした。
「そうだ!俺たちはずっと待っていた!」
「10年間、この高ぶりを抑え込んできた!」
「この日が来るのを、ずっと待っていた!」
「そして今日、その静寂が破られるんだ!」
「「「俺たちは今日!!そのためにここにやってきた!!」」」
そこには既に熱狂しかなく、男が語りだす前にあったくすぶるような熱はすっかり消し飛んでいた。
リング上の男の顔にはもはや歓喜の色しか見出せないほど、満面の笑みが浮かんでいた。手は抑えきれないといったように拳を作って震えており、登場した時の紳士然とした雰囲気はすでになく、そこにいたのは客たちと同じ一人の《R.P.S》フリークだった。
「入り口で既に各人にマインドリーダーとブレスレットは受け取っているかと思います。!さぁ皆さん、思い思いに対戦を!……と、行きたいところではありますが!折角10年ぶりに行う《R.P.S》です、まずはエキシビションマッチをご用意させていただきました!さぁ、素敵なゲストのお二人に、このリングにて対戦していただきましょう!言わずと知れた『あの甲子園』の再来です!春原様!そして、本物川様!リングへお越しください!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」」」」
そんな叫びに呼応したように、二階席からスポットライトがリングから離れた壁際にいる本物川に向けられる。リングを挟んで向こう側にもスポットライトが当てられていたおそらくあそこに春原がいるのだろう。
「……まったく、オーナーも人が悪いですわね」そう呟いて本物川はしばし逡巡していたが、やがて観念しリングへと歩を進め始めた。スポットライトが本物川の歩みに並走する。
客たちは戸惑いと興奮、そして高揚感をもはや抑え切れてはいなかった。
「馬鹿な、本当にあの本物川なのか!?あの一件で《R.P.S》存続派の怒りを買って殺されたって聞いたぜ!?」
「いやいや、本物川はいつも自分の《R.P.S》ステータスのコピーを残しておいていたらしい。大方あいつは本物川の影武者、本物はすでに死んでいるんだろう」
「いいや、あれは一芝居うったのだとも聞く。なんでもあのままではろくに表を歩けなかったゆえ、穏健派が存続派に見せかけて本物川暗殺を演じ、本人は別の名で世間に潜んでいたのじゃよ」
「皆そんな噂話で本物川かどうかを確かめようとしてるなんてバッカみたい!本物の本物川かどうかなんて、今から始まる《R.P.S》を見ればわかることじゃない!」
「それもそうですな……。しかしながら真に驚くべきは、春原がこんな場に来たことですじゃ。あやつはあの甲子園後《R.P.S》の撤退を後押しし、その功績が大きく評価され今では公僕と成り果てていたはず。よくのこのこと現れたものじゃ」
「いえいえお爺様、それは表の春原様のお話。裏ではその公僕としての立場を活かし、政府や企業に回収された《R.P.S》機材をこちらに横流していたとお聞きします。今夜この《R.P.S fighters》がオープンできたのも、ひとえに春原様の御助力あってのことでしょう」
「更には《R.P.S》の撤退を推し進めながらも、《R.P.S》が完全にこの世から消し去られぬよう、他ならぬ《R.P.S》存続派の影のリーダーとしてその活動を支えたとも聞く。春原は《R.P.S》はもはや排斥される定めにあると知りつつ、少しでも《R.P.S》存続の道が残せるよう、表と裏を文字通り駆けまわったのだ。見上げた漢じゃないか!」
そんな周囲のざわめきは収まるところを知らず、店内は増々騒々しくなっていった。だがそんな中でも本物川はあくまで自分らしく、優雅にリングへと向かっていった。凡夫どもには言いたいことを言わせておけばいい。どうせ自分に《R.P.S》で敵うものなど、この中には一人もいないのだから。
リングの端へたどり着くと、先ほどの燕尾服の男が本物川に向かって手を差し伸べていた。
「そんなフリルだらけの格好では上がりづらいでしょう。私でよければ壇上までエスコートいたしましょう」
そんな男のしぐさがあまりに滑稽で、思わず本物川は笑ってしまった。先ほどまでリングで吠えていた男と同一人物とは到底思えない。
「ではお言葉に甘えて。しかしオーナー、これはまた随分な仕打ちじゃありませんこと?こんなの招待された時は言っていなかったわ」
「お許しください、本物川様。もし招待した時点であなたにすべてをお話してしまえば、きっとあなたは来なかったでしょう。もし仮来たとしても、そこにいたのは『《R.P.S》プレイヤー』としての本物川ではなく、ただの道化を演じる本物川様だったでしょう。だから私は、どうしてもそのことをお伝えすることができなかったのです」
「あら、見くびられたものね。私がそんなことで失望や手加減をすると思って?いくら10年の歳月がたったとはいえ、私が『本物川』であることに変わりはありませんわ」
「はは、これは手厳しい。そうでしたね、10年も経ったのですっかり忘れておりました。『本物川』は《R.P.S》には一切の手抜きをせず、ただ真正面からぶつかっていくのみ。それが『本物川』が『本物』たる所以でしたね」
「でもその非礼、今なら許してさしあげますわ。なにせ今日は10年ぶりの《R.P.S》ですもの。そのくらいのことで機嫌を損ねていては、『本物川』の名が泣いてしまいますもの」
「ありがたいお言葉です」
そんな児戯のようなやり取りを繰り返しながら、本物川は燕尾服の男とともにリング上へとたどり着いた。
本物川がリングを見渡せば、どうやら春原はまだリングに上がってこられていないようだった。
「あら、春原はまだ来てないの。レディを待たせるなんて相変わらず失礼な殿方だこと」
「仕方ありません、あの方は人気者ですから。事情を知る者にとっては《R.P.S》の救世主にも見えるでしょう。そんな彼が自分のすぐ近くに来ているのですから、呼び止めたりような人も多いでしょう。それを無碍にできるほど、彼が冷たい男でないことは他ならぬ本物川様が一番分かっていることでしょう?」
「ふん、随分とあの男のことを買っているようじゃない。あんな周りに媚を売るような生き方、私はごめんだわ。たとえ誰も寄りつかなくたって、《R.P.S》さえあれば他には何もいらないわ」
「それでこそ本物川というものです。……おや、どうやら彼もようやく上がってこられたようですね」
いつの間にか反対側のリングの端から、黄色い歓声が次々と飛んでいた。そしてその歓声を背に、黒の学生服と学生帽を身にまとった男がリング場へと上がってきた。
「久しぶりだな、本物川。随分老けたようだが」
「ええ春原さん。なにせどこかの誰かさんのせいで、10年も《R.P.S》をプレイできなかったんですもの。いっぱしのフリークなら老け込んで当然ですわ。……あら、でもそんな春原さんはむしろ若返っているようですわね?」
「相変わらず口が減らないな。10年の甲子園も、そんなふざけた調子で挑みやがって」
「あら、それは聞き捨てなりませんね?確かに凡夫に合わせて振る舞いをふざけたものにはしているけれど、私、《R.P.S》に対してはふざけたことなど一度もありませんわよ?」
「黙れ。あの最後の甲子園で、お前は《R.P.S》を侮辱した。俺たちが情熱をかけて積み上げてきたものを、お前は一人で壊しやがったんだ」
「なにを言ってらっしゃるのかしら?あれはルールに則った正当な手ですわよ?現にシステムはエラーを吐き出さなかったじゃない。それが全てよ」
「ふざけるな!あの後審判団の厳正な判断の元、あれは反則手だったという結果が出ただろう!それこそ純然たる事実じゃないか!」
「審判団なんて曖昧なものに身をゆだねるからそうなるのよ。審判といえども所詮は人の身。システムの意図などくみ取れるわけがありませんわ」
「……ならお前は、そのシステムの意図をくみ取ったうえであんな手を選んだとでもいうのか」
「勿論ですわ。でなければあんな手、甲子園の決勝で出そうとは思いませんんもの」
……春原はしばし呆然とした後、諦めたように一度こうべを垂れ、そして本物川に向き直った。
「……分かった。もういい。お前がねじが外れてるのなんて10年前から分かっていたことだった。いいさ、ここで俺が勝って、大衆に分からせてやる。こいつは『本物』なんかじゃない。俺こそが『本物』なんんだと」
「『本物』は私一人で十分なのだけれど」
「抜かせ、システムの穴を使う『偽物』め」
「随分な言われようだこと」
本物川は諦めたように頭を振った。まぁいい、こんな衆人環視の中だが、『あの甲子園』の決着をつけられるなら文句はない。どちらが『本物』か、どちらが本当に《R.P.S》を愛していたのか。その答えが出るのであれば、こんな舞台でもすこしは楽しめそうだ。
いつの間にか燕尾服のオーナーはリングの外に出ており、手にはリング状から運んできたマイクが握られていた。
「さあ、お二人がリングに上がりました!今から10年越しの『あの甲子園』の続きが、そして10年ぶりの《R.P.S》が、われわれの目の前で繰り広げられるのです!心の準備は出来ましたでしょうか!?すぐにでも叫べるように、喉はしっかり広げてきましたか!?我々は今夜、再び歴史の証人となるのです!」
「ルールはベーシックルール!ジャッジはマシンジャッジ!では10年前と同じ、あの掛け声で始めましょう。皆さん、準備はよろしいですね!?では行きましょう!」
「「「「「「「「「「R.P.S!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」
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《R.P.S》、正式名称を《Rock.Paper.Scissors》。つまり日本語で言う『じゃんけん』。そう、『じゃんけん』ある。《R.P.S》はつまるところ、じゃんけんをするゲームである。
基本的にはマインドリーダーを頭にブレスレットを手首に装着し、『ロックペーパーシザース!』の掛け声とともに、プレイヤー同士がじゃんけんをすればゲームスタート。
ルールも基本はほとんど変わらない。グーはチョキに強く、チョキはパーに強く、パーはグーに強い、単純なルールだ。この簡便性が《R.P.S》が流行った一つ目の理由。だが、それだけなら《R.P.S》はここまでの人気を誇ることはなかった。
《R.P.S》にはもう一つのルールがある。それはそれぞれのイメージを読み取り、可視化し、闘わせること。じゃんけんの手をプレイヤーが示したあと、頭のマインドリーダーが各人の『じゃんけんの手』に対する脳内のイメージを読み取り、腕のブレスレットから可視化する。それらを戦わせるのが《R.P.S》の二つ目のルールだ。
一つ目のルールで能力値の優劣が決まる。有利な手を選んだは不利な手を選んだものよりも基本ステータスが上昇し、有利に戦況を進めることができる。だがここに二つ目のルールが加わると、有利不利が逆転する可能性が出てくるのだ。弱々しい『紙』のイメージでは、たとえ相性差があろうと火の属性を纏った『隕石』の攻撃を耐えしのぐことはできないのである。
このルールが《R.P.S》の人気を爆発的に加速させた。なにせ一人一人のイメージは違うため、対戦相手ごとに多様な勝負が楽しめる。
また各人は読み取るイメージに対して事前に働きかけることができる。例えば有名プレイヤーが『チョキ』に対して『裁ち鋏』のイメージで使っているのが広まった場合、一般プレイヤーも同様に『チョキ』のイメージを『裁ち鋏』のイメージに固めることによって同じように使うことができる。勿論オリジナルからは出力が落ちるがそれらのイメージに付随する能力は相違なく扱うことができる。
それに加え、イメージは自身の想像力によって補い強化することもできる。先ほどの『裁ち鋏』で言えばそこからデコレーションしたり、取り外して二刃にする、シュレッダー式の鋏を想像するなどしてその能力を変化・強化することができるのだ。
最初の『じゃんけん』としてのルールは一般層を、二つ目のルールは主に既存のゲーマー層に大きくウケた。一つ目のルールは一般的に社会に受け入れられているルールを使用することによって、一般層が受け入れやすい地盤を作ることになった。二つ目のルールは単純に運だけだった『じゃんけん』に対して、努力によって覆せる点を作ることによって、ゲーマーたちの勝負熱を燃え上がらせた。
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「さて、両者の初手が出ました!春原様はパー、そして本物川様はグー、初手は春原様の優勢です!だが皆さんもここで終わりではないことはご存じでしょう、これは単なる『じゃんけん』ではなく《R.P.S》なのですから!」
本物川の初手は春原のパーに対して弱いグー、だが本物川は極めて冷静だった。こんなものただの相性占いのようなものだ。ここからが《R.P.S》の本当の勝負なのだから。
本物川と春原のブレスレットから煙のような靄が吹き出し、それぞれに何かを形作っていく。
「さぁ、両者のイメージが可視化されていきます!春原様のこれは……、波!そう波だ!おそらくパーの広がりゆくイメージから迫りくる大波をイメージしたのでしょう!それに対して気になる本物川様のイメージは……、こっ、これは何だぁ!?」
本物川の手の中にはいつの間にか、ド派手な装飾が施された一本のフライングVが握られていた。
「エレキギター!?馬鹿な、本物川様が出したのは確かにグーだったはずだ!何がどうなれば『グー』が『エレキギター』に変わるんだぁ!?」
オーナーの困惑が店内に波及していくのが本物川にも感じ取れた。そしてそれは対戦相手の春原も同じようだった。
「おい、これはどうなってる!?いくらイメージとはいえ、しっかりとした結びつきがなければ可視化はされないはずだろう!マシンルールが適用されていないのではないか!?」
「いいえ春原、ルールはしっかりと適用されているわ。見なさい、私たちのマインドリーダーとブレスレットは正常を示しているわ」
「なら何故!?」
「あら、あなたともあろう方が分からないの?このゲームは《ロック・ペーパー・シザース》なのよ?なら私が出したのは『グー』ではなく『ロック』とも取れませんこと?」
オーナーはその言葉を聞き、大きく目を見開いた。
「なるほど……!たしかに『ロック』といえば『ギター』……!甲子園でも様々な絡め手を使って決勝に進んだ、本物川様らしい手だと言えましょう!」
「春原の出身地は海の近く、となればこの男のこと。『パー』に対してイメージを固定・強化しやすく、圧倒的な『波』を創造することは予想出来ていました。ですのでそれに対して弱い対面となる『グー』に電気属性の『ギター』をあらかじめ固定しておいたのですわ」
「っく……、相変わらず姑息な手を使う……!だがしょせん急場しのぎのイメージだ!中学までを孤島で過ごし、固められつづけた俺の『波』!そんなものに負けはしない!」
「そんな強がり、一撃で覆して差し上げますわ。それっ!」
春原の『波』が本物川に襲い掛かると同時に、本物川は手の中にある『フライングV』の弦を思い切り弾く。すると『フライングV』のヘッドから鋭い雷光が、『波』に向かっていった。
「ぐぅぅぅ……!馬鹿な俺の『波』がこんな急場しのぎに負けるなんて……!っ!うわああああああああああああ!!!!!!!」
春原の叫びとともに、春原のイメージであった『波』が靄となって消えていった。
「決まった!緻密な調査によって対策を練り上げ、不利な対面を属性効果によってひっくり返した、本物川様の勝利だああああああああ!!!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
10年前と同じ勝負の光景に、観客から抑えきれない大きな歓声があがる。
「流石に本物川は『本物』だ!あんな手普通じゃ考え付かねぇぜ!」
「対する春原の『波』も、ものすごい迫力でした。生半可なイメージでは、あそこまで大きな波は作り出せないでしょう」
「やっぱすげぇよ《R.P.S》!早くプレイさせてくれよお!」
「……ではエキシビションマッチも終わりましたので、今から皆様お待ちかねのフリー対戦の時間といたします!今ここにいる人々は私が各地から選りすぐった《R.P.S》フリークの方々です!今夜は濃厚な勝負を、心行くまで存分にご堪能くださいませ!」
オーナーの言葉に口火を切られたかのように、観客たちは店内で次々と《R.P.S》での勝負を始めた。客たちのイメージが、所狭しと店内に広がる。『火山弾』『クワガタムシ』『蜘蛛』など、流石はフリークの集まりだけあって、個性的なイメージも多く見られた。
この夜が明ければ、企業から10年越しの《R.P.S》再始動の知らせが全国に告知されるだろう。春原長年のの根回しの末、政権や敵対企業もついに折れたのだ。《R.P.S》は10年の歳月を経て、再び世界に羽ばたくことを許されたのである。
最初は悪評も出回るだろう。全盛期のように上手くいくとも限らない。だが未だにこれだけの人々を熱狂させるゲームが、面白くないわけがないのだ。ゆっくりかもしれない。だが必ずまた、《R.P.S》は世界を揺るがす大ヒットゲームとして返り咲くことだろう。
そんな店内の喧騒を尻目に、本物川は春原に右手を伸ばした。左手には消えゆく『フライングV』が握られていた。
「申し訳ありませんでしたわ。いくら私が高みに登りすぎたとはいえ、ここまで差がついてしまいました。やはりあなたでもこの程度ですのね……。」
言葉をかけられた春原は憑き物のとれたような清々しい笑みを浮かべ、本物川へ言葉を返した。
「……いや、俺も随分と怠けていたようだ……。お前はこの10年間も、変わらず真摯に《R.P.S》に向き合ってきたんだな……。それに比べ俺は」
「卑下する必要ははありませんわ。《R.P.S》はこの10年間、本当にただの一度もプレイされなかったんですもの。今からでも遅くはありません。むしろ今夜始まるのです、《R.P.S》の新しい歴史が」
本物川はリング下の人々を目を細めて見つめた。今は自分と同等のものなどいないかもしれない、プレイ人数もここにいる人々だけかもしれない。だがこうしてもう一度、《R.P.S》は遊ばれる機会を得た。またこのゲームが日の目を浴びる日も、これならそう遠くはないだろう。そうすればいつか、自分のいるこの高みまで上がってくる人間が必ず出るはずだ。本物川はそう考え、思わず笑みを浮かべていた。
「ああ、そうだな。ここから《R.P.S》はもう一度日本中を、いや、世界中を熱狂させるゲームになるだろう。俺がしてみせる。必ずだ」
「ふふ、楽しみにしていますわ。挑戦はいつなんどきでも受け付けておりますわよ。いつでもかかってらっしゃいな」
「そんな態度も相変わらずなんだな、まったく。やっぱりお前は清々しいほどに『本物』だよ。……ところで一つだけ聞いてもいいか?さっきの試合のことなんだが」
「あら、なんですの?」
「10年前、お前は確かに『ロック』ではなく『グー』を使っていたはずだ。人のイメージはそう簡単に変わるものじゃない。お前一体どうやって、あんな高出力の『ロック』を会得したんだ?」
そんな質問に、思わず本物川は声を上げて笑ってしまった。春原ともあろう男がそんなチンケなことを気にするなど、あまりに器が小さすぎないだろうか。本物川のそんな反応に、春原は恥ずかしそうに俯いていた。
「……そんなに笑うことないだろ、気になるものは気になるんだ」
「あら、ごめんなさい。あまりに面白かったものでついね。まあ簡単な話ですわよ……」
本物川はやっとの思いで笑いを抑えると、春原に向き直って答えを口にしたのだった。
「この雲隠れしていた10年間、私は私を誰も知らないアメリカに亡命しておりましたの。あなたがたには最初は『グー』かもしれませんけれどね、今日私の中では最初から『Rock』でしたのよ?」
久しぶりに書きあげた気がします。こんな機会を作ってくれた本物川氏に感謝を。
どんなものでも構いません。ご意見、ご感想お待ちしております。