人々の集まった街
幕間.
コツン、コツンと重い靴を履いた者が複数歩いている音がそこに響いていた。
それだけで暗い通路には複数のヒト、あるいはその他の生き物が進んでいるのは予想出来るものだが、明かりひとつないその場においてはそれが何者なのか等、把握出来ようがなかった。
そんな中先頭を行く者だけはその並々ならぬ気配から、只者ではないことが見て取れた。
彼らの歩くのはいつしか通路から外に出ていた。外も夜中のようで真っ暗で一人としてその表情を読みよることが叶わなかった。ただ、先頭についてゾロゾロと歩き続けるような印象もあった。
その一向がようやく足を止めた時には高台にいた。先頭に歩いていたものが辺りを見渡せる場所に着いたと同時に真っ暗だった空の雲の間から月がひょっこりと顔をだし、少しだけ辺りを照らし出した。
少し照らされただけでもこれまでの暗闇を考えれば十分辺りを見渡すことが出来た。
「時間通りだな」
先頭を歩いていたものの顔が月に照らしだされた。
そこにいたのは力が暴走し、世界を造りだしてしまった彼であった。
しかし、その表情にはいつかの全てから裏切られたときのものや、怒りの感情に任せて森を燃やした時のようなものとは全く異なるものであった。
「……」
すぐ後ろに控えていたものが彼の傍に歩み出て何か耳打ちしたが、辺りが静寂であっても何故かその声は響いてこなかった。
「……」
彼は耳打ちされた後、何かを考えるような仕草を見せたが結局結論は出さなかったようだ。
いや、出せなかったのかもしれない。
彼はただ黙って、月明かりに照らされた大地を見続けていた。
3.
「それで、長官にこき使われてると」
「単にノワールさんが忙しくていけないだけだろ。代理……なんてそこまで大きいものではないけど、ようは代わりに行くだけだ」
総督府の中で会ったファーラは出入口を目指して歩き出したショウキのすぐ隣を歩いていた。
こちらも特に仕事がなくて暇なのか、どうやらついてくるつもりのようであった。
特に断る理由のなかったショウキは歩きながら簡単に説明していた。
本来の彼が総督府長官であるノワールから与えられた任務は市街地で噂になっている謎の商店の調査であった。
具体的な位置は分からなかったものの、商店なら市場にあるのが定石と軽く考えた結果が喧嘩騒ぎの目撃に繋がり、一度総督府に戻ることになるのだが、そこは割愛することにする。
「謎の商店ね…」
噂の調査が武官の仕事だとは本来ならばきっと誰もが笑い飛ばす所なのかもしれないが、実際に今のショウキ達にはそんなことくらいしか仕事しかないのだから彼らからすれば複雑な心境でしかなかった。
「ファーラはそんな感じの噂を聞いたことは? 僕は実はそれらしい噂を聞いたことなかったのだけど…」
ショウキは任務内容に戸惑っているファーラに問うが、ファーラはそんな状態だったのですぐには答えられなかった。
その反応に知らないと判断したショウキはそれ以上に何も言う事もせず、ただ黙って歩いた。
二人とも諜報員のようなことは一切しないのでそういった噂に疎いのである。勿論諜報のエキスパートであったとしてもそんな噂話まで網羅しているわけはないが。
黙ってまだ考え続けるファーラを横目に見ながら歩いていたショウキであったが、総督府を出た途端に外からの眩しい日差しに思わず左手で目を日差しから守った。
数秒後、日差しに慣れた頃合いを見計らって掲げていた手を戻した。
そして、改めてその先にあるものを見つめる。
総督府は市街地の最北に位置いているが、少し高台になっているため、入り口からだと少し下の方に市街地で暮らす人々の平和な姿がよく見えるのだ。
今日もいつもとて変わらない平和な姿を見つつ僅かな階段を降りると、人の往来の非常に多い通りに入る。この辺りは人々が集まりだした頃に、建物群が出来たエリアであり、そのため、異なる世界の建築方法が並んでいて総督府の建物が出来た時にはそれも相成って、傍目からすればカオスといってもあながち間違いでもないような状況であったのだが、もう一ヵ月も過ごしていれば、慣れてしまっていたものも少なくない。
無論、このエリアを使わなかったりする人からみれば違和感の塊でしかないが。
と言っても普段は総督府の中で待機していることが多い二人にとっては親しんでいるとまでは言わないが、もはや慣れた景色ではあるので特に気にすることもなく雑踏の中へと進んでいった。
この辺りは先程ショウキがいたエリアとは異なり、主には居住区である。簡単に軒先に店を構えている家もあるにはあるのだが、商人の多くは市場という制度が出来た際に居住区と自らの店を別々に設けた者が多いのだ。
なので、実をいうとここだけが総督府へ行く人や荷物が多く行きかうので混雑しているだけなのだ。
つまり、大通りを避けて一本外れた小さな通りを行けば比較的すばやく行動出来るのである。
それを分かっている二人は、互いに確認することもなく、路地へと進んでいった。
路地は家と家の間の小さなスペースであるが、子供らの往来も多く決して人の通れないということはなく、寧ろ三人程度なら並んで歩いても全く問題ない空間なのである。
「所々屋根があるから、雨の日はこっちが快適だよね」
何気なくショウキが呟くと、溜め息つく。
「私は戦いづらいから好きじゃないわ」
「大丈夫、大丈夫。いざここで戦闘になったらその時は僕が守るよ」
ファーラはショウキの言葉に思わず顔を一瞬赤らめるが、すぐに少しショウキをにらんだ。いや、にらみ以上に怒気を含んでいるようにも見える。
「突然何を言い出すのよ!」
「いや、何で怒るのさ…。別にそこまで怒るところでもないだろ?」
「べ、別に怒ってなんてないわよ!」
「そう? なら良かった…」
ショウキは胸をなで下ろしたが、ファーラはその安堵を裏切るように言葉を続けた。
「怒ってはないけどひとまず、一発くらいは食らってもらおうとは思ったわ」
そういうとファーラはどこからともなくロッドを取りだし、それを掲げた。そうするとと、彼女の周りには小さな火の玉が生まれた。
ロッドで火を召喚し、それを飛ばしたりして操る。それが彼女の能力なのだ。
「いや、それは物騒だってばっ!?」
火を見てショウキが青ざめながら呻くが、ファーラの周りに浮かぶ火は消える予感を見せない。
ふと、ファーラは一歩ショウキに近づくが、ショウキは同じ分だけファーラから距離をとろうとする。
「ちょっとファーラ、さすがにこんなところで力を使うのはさすがに問題だって…」
逃げるような態勢をとりつつ、ショウキはそう呼びかけるが、ファーラは何も言わずただロッドを構える。
ショウキはまだ火が近づいてこない筈であるのに、何故か汗が止まらなくなっていた。
4.
ノワールはいつも通り長官室と呼ばれている自分の執務室で、いつも通りの作業をこなしていた。
そんな中、外からノックする音が聞こえてきたので顔を上げた。
「どうぞ」
それだけ言って、誰が入ってきてもいいように姿勢を正して来客を待った。
「失礼する。相変わらず忙しそうだな、長官」
入ってきたのは四十代の男だった。
「ああ、忙しいさ。で、そんな忙しい中なんの用だ? タイト?」
タイト、と呼ばれた男はふてぶてしく笑うと、おもむろに手に持っていた複数の紙をノワールに示して、それを机の上に置いた。
「これは?」
ノワールは不思議そうな顔を見せたが、一方のタイトは極めて厳しい顔をしていた。
「今すぐ…ということはないだろうから後で時間が出来た時にでも見てくれればいいが、なにやら賊らしきことをしている輩がいるみたいだぜ」
その言葉にノワールも厳しい顔をした。
「賊か」
「ああ。つまり、あんたの軍備増強は正解だったということだ」
タイトは顔を崩さずそう言ったが、ノワールにはそれ不思議と面白がっているように聞こえた。
「そうか…」
ノワールはただ静かにうなずくだけに留めた。