出会い
原案・ストーリー構成 とカゲ
執筆・世界感設定 津山八雲
序.
彼にとって世界はつまらないものだった。
生まれた時からずっと孤独で、あるいは虐げられてきた。いつしか彼にはつまらないという感情しか頭に残っていなかった。
いつも一人で木の下で三角座りで佇んでいるだけである。唯一動くのは空腹の限界が近い時か、咽が渇いて仕方のない時だけであった。
何故、そんなつまらない世界でまだ無意識に生きようとしているのかは彼自身が理解出来ていなかった。あるいは考えることすら放棄していたのかもしれない。
いや、それ以上にそんな設問を与えるような人間、もしくは生物が彼の元に誰一人としていなかったというのも大きいのかもしれなかった。
ただ、最低限のことしかしない彼は本当に生きているのかも怪しい点である。
寝る、起きるという観念がなかった。ただ意識があるかないかというだけであった。食料も一日に山菜が一食一人前あればいい方で、食べる食べないも限界まで気の赴くがままだ。
そこまでしてよくぞ生きていられるものであったが、彼には不思議な力があるのをほかならぬ彼自身が知覚していた。
しかしそれはきちんとコントロールすることが出来なかった。
物心ついた時から気づけばものを吹き飛ばしていたり、焼き払っていたりしていた。
当然のように周りは彼から離れていき、『化物』、『悪魔』等と呼ばれるようになっていた。
気付いたら家族すらも自分の前から露のように消えていた。それは突然だった。もとより家族との会話というものすら年単位で行った記憶でなかった。そもそも会話というものが成立したことも滅多になかったが。
表で散々殺気だった大人にものやらなにやらを投げられた後、家に入ったら何もなかった。人の気配が感じられなくなっていた。
「え…?」
思わず口から出たのはそんな戸惑いだった。家族にすら捨てられた事を肯定したくなく、個々の部屋を見に行こうとした矢先、彼の足は何もない床で何故か滑ってしまった。
さっと足元を確認していると、少しドロッとした液体が床の広い範囲にこぼれていたことに気付いた。
「これは油…?」
だがその直後、彼を迷わす暇を与えず、すぐ真後ろから火の手が上がった。外から火が投げ込まれたみたいようだった。
一瞬にして炎上する家の中、彼は全てを理解した。
家族どころか、世界に捨てられたのだと。
それから混乱した頭でもなんとか脱出し、今のところに至ったわけであるが、積極的に生きようなどという気力がもうなかった。それでも生きるでもなく死ぬでもなく中途半端になってしまってはいるのだが。
その夜も彼は三角座りのままで佇み、ただ黙って星空を見上げていた。
空は雲一つなく、星以外の光は存在しなかったので、数多の星が見えていた。
風もなく物音ひとつしない完全に寡黙な世界だった。
「いい夜だ」
それは突然静寂を破るように響いてきた。当然ながら彼が言葉を発したわけではない。
彼が思わず声のする方に振り向くと彼より少し年上の若い男が立っていた。
「君はどう思う?」
突然現れた男に彼は久しくしていなかった困惑の表情を見せるが、男はそんなことは構わず彼に聞いた。
その眼差しに彼は警戒する様子を見せたが、男がしばらく彼の目を見たまま動かない事に気付くと諦めたような口ぶりで設問に答えた。
「いい夜だろうが、悪い夜だろうが、関係ない。ただつまらないだけだ」
意図せずにぶっきらぼうになってしまっていたが、男は残念そうに溜め息をついてから思わず夜空を見上げた。
「世界の数多の地を旅してきた私でも、こんないい夜にはそうそう出会えないよ」
「いつもと変わらないと思う」
「いつもこんな夜を過ごせているのなら、君は恵まれていると思うけどね」
きっと男は何気ない言葉を掛けたつもりだったのだろう。だが、『恵まれている』という言葉に彼には皮肉にしか聞こえなかった。
男を見ていた目は殺気立ったものへと変わった。
「こんなので恵まれているものかっ」
突然の変貌に男は怪訝な顔をするが、すぐに言葉に紡いだ。
「これで十全に恵まれているとは確かに言えないね。しかし私は森羅万象から花鳥風月を感じ取れるのは素晴らしいことだと思うのだよ。それすなわち世界の根本につながっているのだと思う」
自然界の素晴らしさを雄弁に語りだした男を前にして、彼は徐に立ち上がり、その右手からはメラメラと自然発火したとは到底思えない炎は燃え始めた。
その炎によって紅く照らされてる彼の顔を見て男は察したように目を細めてから、炎に動じることなく言葉を続けた。
「なるほど。何か塞ぎ込んでいたのは遠目に見えた時から分かっていたけど、そういう事情か」
その言葉に彼が反応する。
「分かっただろう。決して恵まれてなんかいないことが」
「ああ。世界中どこに行っても君のような不可思議の力をたまにいるが、迫害されているものだ」
またしても彼は男の言葉には何か引っかかった。
「同朋がいるのは知らなかった」
彼はそう呟くが、一方で男は片目をつむり、まじまじと彼を見つめた。
「探してみればたまに見つけられるものさ。もっとも君の奥底に眠ってるその力は私が見かけた者たちよりも群を抜いた力があるみたいだけど」
そこにきて彼は男が額に汗を浮かべていることに気付く。それは彼の右手から出ている炎による熱さによるものなのか、はたまた自分の力を目にして恐怖からなる冷や汗なのかは分からない。
そういう推察する彼の様子に気付かず、男は語りを止めなかった。
「全くとんでもない力なのは私でさえ察することが出来るよ。全く恐ろしいものだ。君なら世界を変えられるのじゃないか?」
「……」
「でも、考えようによってはその力も恵まれていると、考えられるのじゃないかな?」
その言葉に彼の目に怒気が現れ、それに反応したかのように力は爆ぜた。
次の瞬間には辺り一面が爆発を起こし、木々は焼き焦げ、吹き飛んだりし、爆発の中心にはクレーターが生まれた。
「恵まれてなんかいないさ」
クレーターの中心で、再び一人になった彼はつまらなさそうにそう呟いた。どういうわけか彼は無傷だった。
そんな中、ふと男の言葉が蘇った。
『君なら世界を変えられるのじゃないかな?』
彼は黙ってその言葉の意味を考える。
「変える…変える…作り変える…」
そう呟くと、彼は両手の掌を出した。
「作り変える…作り変える」
念じるように言葉を重ねると、自身の体から不思議な力が強くなるのを感じ、ふと辺りを見渡してみれば大地が揺れ、雷鳴が轟き、強い風が吹き荒れ、風によって爆発から燃え続けている日は勢いを増し、矛盾を起こすような大雨が降り出した。
「作り…変える…」
初めて自らの力を自らの意思でコントロール出来ているのを感じると、段々意識が遠のいていくのが分かった。
やがて、彼の意識は闇に堕ちていった。
1.
日を重ねる毎に街は大きくなっていく。新たな区画等入ってしまえば道に迷ってしまうのは必須だ。
だが、比較的最初の方に出来た区画は見知ったものだ。
「つまり、見知った区画からはあんまり出たくないんだけどね…」
そんなことをぶつぶつと呟きながら人の集まる市場という区画を一人の少年が歩いていた。
その少年は鴉羽色の髪に、やや目立つ赤い目をしており、その片手に小さなメモを、腰には刃渡りが柄より短い剣…というよりナイフを携えていた。
「頼まれたから請け負ったものの、まさか市場の外だとは夢にも思わなかったよ…」
手にしていたメモを見つめながら、頭を抱えていた。
「まあ言っても仕方ないよね…」
しばらくそのままであったが、やがて諦めたようにそう言った。その直後に深い溜め息をついてから踵を返した。
少年はそのまま市場から立ち去ろうとしたが、ふと、なにやら騒がしい複数の声に気付いた。その方に振り向くと、人だかりも出来ていた。
何かイベントだろうかと、気になった少年はポケットにメモを仕舞い込んでから人だかりのもとに近づいていった。
しかし、人だかりを半分無理やり別け入って様子を窺った直後にこの行動はミスであったと悟った。
その騒ぎは喧嘩だったのだ。
騒ぎの中心には二人の男がいた。
片方は細長い槍を、もう片方は同じく細長い棍を手にしていた。
既に互いの怒りは沸点を大幅に超過してしまっているようで、周りに他人がいることにも全く厭わない様子で武器を構え、殺気立っていた。
その直後、同時に動いた彼らは自らの武器で打ち合いを始め、辺りはカン、カンという音が響き始めたほか、固唾を飲んで様子を見ていたギャラリーのうち、主に女性陣が悲鳴を上げ始めた。
「一体何があったんだろ…?」
少年は殺気と共に始まったその打ち合いに目を奪われたまま誰に言ったわけではないのだが、そう呟くとそばにいた老人が答えた。
「単にぶつかっただけじゃよ。ただ、槍を持ってる方はその時に買ったばかりの饅頭を落としてしまったのじゃ」
「それだけで?」
少年は老人の説明を聞いてから呆れたような顔をしたが、老人の説明はまだ終わっていなかった。
「いや、どうもその饅頭はなけなしの金だったらしく、食べれなくなった饅頭代を払えと言い始めてのう…じゃが棍の男はどうも短気な男のようでな、最初は悪かっただなんだの言っておったのじゃが、堪えきれずに逆ギレしてもうての…」
「なるほど、それで今に至ったと…」
少年は呆れたまま、溜め息をつくと腰に携えた自分の剣を見た。
数秒ジッと見つめていたが、少し目をつむり、考えるような仕草を見せて。
「よし、やめておこう。騒ぎを大きくするのは得策じゃないし」
と、呟いた。
すぐ目の前では冷める予感を見せない二人が、熱気高めたまま打ち合いを続けている。
少年は自分は関係ないという顔で、背を向けた。
しかし次の瞬間、槍の持ってる方が、棍の男の猛攻を受け始め、一方的な攻撃に変わった。
そして、槍が棍に弾かれ、槍を受けた男は、
「参った」
と、地に伏せた。
だが、弾かれた槍は宙を舞い、不思議にも背を向けた少年の方へと、向かっていった。
「!?」
ほんの小さな風をきる音でサッと振り返ると一瞬仲裁してやろうかと考えた際、抜こうとしていた剣を今度こそ抜いた。
槍の刃の部分が少年に当たるか当たらないかという紙一重の位置で、剣によって弾かれ、辺りには甲高い音が響き、直後には空を舞った槍は、重力に従い地に落ちた。
再び響いた甲高い音に、辺りにいた人の目線が少年に集まり、一旦は安堵していた周りの民衆に再びどよめきが起こった。
それと同時に剣を構えなおした少年の目には確かな怒気が感じられた。
棍を持っている男と槍を持っていた男にとって、それは殺気にも感じられた。
槍を既に手放していた男はその場にへたり込んでいたまま顔を青く染め、まだ棍を持っていた男は額に汗を浮かべながら、棍を構えなおした。
「せっかく騒ぎを大きくしないためにこの場は黙っておこうと思っていたんだけど、随分恐ろしいことをしてくれんだね。危うく死んじゃうところだったよ」
怒気を宿らせている目で棍を持っている男をしっかりと見つめながら、そう言った。
「勿論あんたらがわざと僕を狙ったわけじゃないのは分かるよ。けど、人間やっていいことと悪いことってどうしてもあるよね? あんたらの以前住んでた場所はどうだったか分からないけど、少なくとも僕の周りでは殺し合いなんて普通には行われないものだったし、殺し自体にいいイメージが皆無だったよ」
構えていた二人はどちらも動いたわけではない。だが、少年の言葉と共に発せられる覇気に棍を持っていた男は何も言えずにただただ押されていた。
「まあ、とりあえず今回は被害者になりかけたのは僕で良かった。けど、危なかったという事実は変わらないし、今後もあってはならない事だよね」
少年は一度目をつむると、剣を天へ向けた。
するとどうだろう、刃渡りが短かった剣が光輝き始め、そればかりか長さも普通の剣とそう変わらないものに変貌するではないか。
「きれい…」
「なんと…」
民衆からはそんな声が漏れ、皆が皆剣に目を奪われていた。
「……」
一方で先程まで争っていた二人は揃って、剣と少年に対し、息を飲んでいた。
「さあ、この光の切れ味を試してみたくない?」
少年はそこまでいうと、まだ棍を持ってる男にのみを見つめ始め、剣をしっかり握った。
「ま、待て、いや、待ってください。我らは既に勝負を決着し、結果として貴殿に危害を与えかけそうになってしまったのも謝罪したいと思う。だから、今は剣を引いてはもらえないだろうか?」
槍を持っていた男は、自分よりかなり年下の少年に恐怖を感じながら、そう述べた。
少年はそれをチラッと見下してから、ふと思いついたように左手を剣から離し、ズボンのポケットから腕章を取り出した。
「!?」
その場にいた少年以外の人間はそれを見た瞬間にどよめきが起こった。
「総督府…だと」
棍を構えた男がうめくように言った。
「総督府直属部隊の人間…ということだよ。周りにも被害出かけたし現行犯として拘束させてもらうよ」
そこで少年は更に思いついたように言葉を続けた。
「なんなら僕を倒せたら逃げてくれてたって構わないし、僕も上には報告するつもりはないよ。元々さっきまでは関与するつもりもなかったしね」
「……」
棍を構えた男は返答はしなかったが、構え直し、先程とは打って変わって闘志を露わにした。
少年もそれを認めると、左腕に腕章を止めてから両手で剣を構え、
「いざ参る」
と、一言だけ言った。
するとその場は静寂となった。
数秒経ち、民衆の誰かの唾を飲み込む音が響いた瞬間に二人は同時に動いた。
「なっ!?」
その直後に棍の男は悲鳴を上げた。
少年の光の刃が急に長くなり、十メートルはあった筈の距離から、斬撃を放ち棍を二つに切り裂いたのだから。
「これがうちの家系の伝家の宝刀たる魔法だ。光の刃を自由に操るってね」
その言葉に棍の男はショックを受けたように倒れた。
「これで決着…かな」
少年はそう呟くと、負けた男に対し、更に言葉を重ねた。
「総督府直属のショウキっていうのが僕の名だ。ひとまずこの喧嘩騒ぎ起こした罪を償ってもらわなきゃいけないね」
そういうと、ニッコリ笑ったショウキは沈む二人の男を拘束した。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
この作品は原案者であるとカゲさんが七年程度前に考えて、設定を細かく作ったところで止まっていたものを私、津山八雲が引き継ぎ書かせてもらったものです。
設定はあるものの世界観やキャラクターに関しては私なりの解釈ですので、とカゲさんの考えたものと差異があるみたいですが、今後とも二人で協力しながら、最後まで頑張って参る所存ですのでしばらくお付き合い下さいませ。