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はじめてのおつかい 2

空が白み始めた。ようやく朝だ。任務で徹夜は珍しくないが、眠いものは眠い。マーガレットの家で飲んだ目が覚めるお茶が懐かしい。原料を深く考えなければ素敵な嗜好品だ。帰りのハッパー町まで送るときに分けてもらえるかな。アベルは朝日を全身に浴びながらぼんやりと考えていた。


すると背後の扉が軋みながら開いた。マーガレットも目の下にクマができていた。


「おはよう、マーガレット。ごめん、もしかしてうるさくて寝られなかった?」


目の下を指さして声をかけた。なるべく音を立てないようにがんばったけど、怯えているマーガレットには怖かったに違いない。しかしマーガレットは首を横に振って小屋から出てきた。見ればすぐに出発できる準備が整っていた。


「おはよう、アベル。昨日はありがとう。室内で寝られて助かったよ。

 ねえ、早速なんだけど出発しない? アベルはどうかな? もう出発できる?」


朝一から早口でまくし立てられた。


「? 今でも出発できるけど。ちょっと待ってくれたら朝食を作るってあげられるよ?」


マーガレットは昨日からの怯えた態度のままだった。一刻も早くここを離れたいのだろう。野盗はこの地域の管轄の騎士に頼めば引き取ってくれるし、結局このまま出発することにした。


暫く歩いて元の広い街道に出た。そこで驚いたことに、マーガレットは馬に乗れるように努力すると自分から言ってきた。真剣にに向かって乗せてくれと頼んでいる姿は滑稽だったが、それを上回る必死さが伝わってきた。


パッカ パッカ パッカ ・・・・・・・。

どうやらマーガレットは馬との会話に成功したらしく、馬は乗せることに納得したようだった。

今は二人で馬に乗り、風を切って気持ちよく進んでいた。

この調子ならサザの町で泊まらずとも、夕方には直接領主様の下へ行けるだろう。


暫く進むとキレイな湧き水の出る休息所にたどり着いた。朝から何も口にしていない二人は、朝昼兼用で簡単な食事と休憩を取ることにした。

このころにはマーガレットも緊張を和らげていた。お尻が痛いわー、とはばからず尻をさすっているのでアベルは注意しなくてはいけなかった。だが同時にいつものマーガレットの態度にほっとしていた。



「やっと調子が戻ったみたいだね、マーガレット。昨日は怖い想いをさせてごめんね。」

簡易コンロで湯を沸かしながら話しかけると、マーガレットは目をまんまるにして驚いた。


「アベルもアレが見えたの!?」


「アレ?」


「・・・・・・やべっ。」


魔女様は色々と隠し事が多いようだ。口を押えてあらぬ方向を向かれた。

アベルは小さく溜息をはいた。今に始まったことではないが、彼女は本当にうっかりすぎだ。

何か彼女なりの言えない理由があるのだろう。彼女に危険がありそうならば聞き出すが、食事の後でも良いかとアベルは作業を淡々と続けた。


湧いた湯を白湯用にコップに取り分けて、残りの湯はスープ用に。湯の入った鍋には干し肉と堅パンを削り入れ、乾燥ミルクとハーブを追加してパン粥を作った。

淡々と食事を作りしゃべらなくなったアベルにマーガレットは居心地の悪い思いをしているようだった。



温かいうちによそった粗末な食事を渡す。


「ありがとう。」


マーガレットはおずおずと受け取ると食べ始めた。そして、誰にも言わないで欲しいとの前置きで話し始めた。

聞く前からしゃべってしまうとは。ちょろすぎるよマーガレット!

話を上手く聞き出すためにはどんな手管を使うかな、と考えていた自分が馬鹿らしくなったアベルであった。


「昨日の宿の村で最近、何人もの人が亡くなっているんだ。アベルは知っていた?

 それも強い恨みや怒り悲しみを強く感じて亡くなったみたいで。みんな女の人だと思う。

 だからか女の私にその感情の残りカスみたいなものがまとわりついてきてね。

 それが怖くて怖くて仕方がなかったんだ。」


一度話し出すともう隠すこともなくスラスラと続いた。逸れ人の話かと思ったアベルは恐怖で食べたものがせりあがってくる思いだった。

顔色を無くしたアベルを見て、マーガレットは慌てて言った。


「逸れ人とは全く違うから!例えるなら真っ黒な霧のようなものかな。

 アベルはアレ、見えなかったんだよね?」


「ああ。いたって普通の宿泊村に、ひねりの無い野盗共だったよ。」


「野盗がいたの!?そっちの方が怖いよっ。アベルの基準がおかしい!」


野盗の事は気がついていなかったようだ。しまった、言わなきゃ良かった。


「あの黒い霧につかまっていると次第におかしくなるからね。ゾッとしたよ。」


「っておい。だったら受付の男は・・・・・・・。」



男が殺したから土地が狂ってしまったのか、男が狂った土地に侵されて殺していたのかはわからないが。

後日。地域担当の騎士から、あの宿泊村は取り壊されて僧侶に清められたと聞いた。



「何だよ、ほとんど逸れ人の話じゃねぇか!!

 俺、本当にダメなんだよ!もうぅ。

 マーガレットの尻なんかかまってられるかーーーー!!」


「ヒドイ!アベル、私の尻も大事にして!

 それに黒い霧は見えなかったでしょ、全く逸れ人じゃないじゃん。

 ちょっと、歩くの早いよーーーーぐふぅ。」


出発すると急ぐアベルに荷物のように馬に担ぎあげられ、マーガレットは最速の走りで城まで連れて行かれた。

言わなきゃ良かった。マーガレットは心の底からそう思った。




初めてのおつかいなのに、かなり難易度が高いように思う。

領主様のお目通りが叶って呼ばれた一室で、尻をなでながらマーガレットは思った(そしてアベルにまた注意された)。


あの後、怯えたアベルに連れられ、死にそうな思いで馬にしがみつき、城下町を走り抜けて城までやってきた。おかげで夕暮れにはまだ早い時間に着いた。ありがたいがうれしくはない。

馬もかわいそうに、厩舎に入った途端ぐったりとしていた。後で角砂糖を買って持っていこう。


普段鍛えているらしい騎士様アベルは涼しい顔でマーガレットをここまで運んできた。そう運んできた。馬から降りたら立てなかったのだ。アベルは予想していたのだろう、さっさとマーガレットを抱き上げ、お姫様のように横抱きにして運んだのだった。


王子様に抱えられ城を行くお姫様の気分を存分に味わった、なんて思えれば良かったが、どこまでも荷物扱いのアベルに屈辱を感じたマーガレットだった。



「私は立派な大人なのに! 抱っこなんて荷物か子供扱いだよ。」

お行儀悪くソファーに座りながら足をバタつかせて不満を訴えた。


「・・・・・・ごめんよ、マーガレット。

 町で助けた婦人方に好評だったから、騎士は女性をいつもああやって運んでいるんだよ。」


「ええ?町では変なことが流行ってるんだねー。」


マーガレットの扱いに慣れてきていたアベルは上手く言いくるめた。



すると突然アベルは入口に目を向けて、口の前に人差し指を当てた。

これはしゃべってはいけないということであってるのかな。マーガレットは口の前に指でバツを作ってみた。

アベルはにっこり頷いて、打ち合わせ通りに頑張ってねとささやいた。



すぐに開くと思った扉は、熱々のお茶がぬるむぐらいの時間が経ってから開いた。

その間何度もアベルに目線で問うたが首を横に振られた。

アベルには扉の前に誰かいるのがわかるらしい。

ホントかなーとマーガレットが失礼なことを考え始めた時にノックがされ、二人の50代前後の男達が入ってきた。アベルが立ち上がり、つられてマーガレットも立ち上がった。

痩せ気味の目つきが鋭く雰囲気の怖い男の後に、ジョルト町長ほどではないがお腹が少し出始めた体系の、温和そうな口髭を蓄えた男が続いた。二人ともマーガレットと同じ茶髪に茶色い目だ。二人とも仕立ての良いスーツを着ている。怖い顔の男は手に何か乗せたトレイを持っていて、温和な顔の男の斜め後ろに控えた。


「本日はお時間をいただきありがとうございます。

 騎士アルベルト・キルラーとハッパー町のマーガレットでございます。」


アベルはマーガレットに見せてくれた騎士の礼を取った。慌ててマーガレットも頭を下げる。


「いやいや、ご苦労であった。彼女が噂の魔女様かい?」


怖い顔の男以外の3人がソファーに座ったところで温和な顔の男が切り出した。こちらが領主様だった。

怖い顔の男は秘書らしい。領主様の後ろに静かに控えている。


「はい、最近魔女を受け継いだばかりの、ですが。

 噂はどうやら先代魔女様のものだったようでございます。

 領主様、どうぞはるばるやって来たマーガレットの話を聞いていただけませんか。」


アベルがマーガレットをちらりと見た。

さあ、打ち合わせ通りがんばろう。マーガレットは小さく頷いた。

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