はじめてのおつかい
「ところでさ、キラ星石はもうここに戻ってる? すぐに返してもらえるかな?」
店が忙しくなってきたと使用人が呼びに来て話し合いは終わった。
キラ星石については村長と三男はまだ大丈夫ということで部屋に残ってもらった。早速マーガレットはキラ星石を返して欲しいと三男に言った。
「それは僕なんかより、騎士様のお仲間に聞けばいいだろ。」
三男はマーガレットじゃなくアベルに向かって言った。さっきのマーガレットに対する態度とは大違いだ。じりじりとした恨みがましい目で睨んでくる。
あー、嫌な予感当たったかも・・・・・・。アベルはがっくりと項垂れた。
アベルの想像通り、キラ星石は他の騎士が強引に持って行ってしまっていた。三男が店先でキラ星石を客から返してもらっているところをちょうど他の騎士に発見されたそうだ。
三男の隣で町長は苦いものを噛み潰したような顔をしている。抗議をしたいがどうしようかといったところだろう。マーガレット嬢に取り成してもらいつつアベルは騎士を代表して謝りたおした。
領民は大切にっていつも言われているだろうよ、(脳筋の)先輩!!と心の中で罵りながら。
なんともかっこ悪いことになりながらも、キラ星石について町の皆が口をつぐむようにすることと約束を取り付けた。マーガレットの生活を守るためといえば町長も事も大変さに気づいて協力的になった。
ようやく退室する頃には日が上り切っていた。宿屋に追加料金を請求されてしまうというとアベルが焦って暇をつげると、三男が去り際にアベルを睨んだまま、悔しそうにポツリと言った。
「マーガレットはさ、これだけしても俺たちの見わけついてないんだろ。お前は派手な色付きで良かったなぁ、ちくしょう・・・!」
と言い捨てて行ってしまった。
聞こえたのはアベルだけだったようだ。あの対応は恨みだけじゃなく嫉妬も混じっていたのか。
そのあと、話の中でマーガレットが十年以上も付き合いがあるのに町長三兄弟の区別がついていないと知った。彼らは年もそれぞれ二、三年離れているしようだし似ているが見分けがつかないほどとは思えない。
アベルは彼らを間違えない自信があると言うと、マーガレットはおばあちゃん(たまに町長)以外滅多に人と会わなかったからか人の見分けがつきにくいのかもと笑っていた。笑い事じゃない。
三男の仄かな恋心は、マーガレットの関心を引こうとしても引けないことで次第に歪んでしまったんだろう。
アベルは三男に少しだけ同情した。
もうお日様は中天を過ぎていた。急いで宿屋に向かい馬と荷物を受け取った後、アベルとマーガレットはサザ町に向かった。サザ町はルーン領下の城下町である。そう、マーガレットは初めてハッパー町を出るのであった。
騎士がキラ星石を持ち去ったのは昨日。もう検分されているだろう。領主様の気が済めばそのまま返却になるだろうから持ち主が受け取るほうが手続きが早い。
反対に興味が湧いたと製作者探しに騎士が派遣されでもしたら。その時もアベルが行けたら良いが、何分今回の任務に就けたのは先輩の気紛れのとばっちりだ。次は素行のよろしくない騎士がマーガレットと出会って乱暴を働くかも知れない。
どちらにせよさっさとキラ星石を取りに行ったほうが安心だった(主にアベルが)。予定通りマーガレットの祖母は亡くなっていて製作者はいないと言い張ろう。今朝の打ち合わせで、キラ星石がすでに領主様の手に渡っていたら直接取りに行こうと決めていたのだった。
ポク、ポク、ポク、ポク・・・・・・。
馬を引きながら二人はサザの町に向かってのんびりと歩いていた。涼しい風が二人の髪を揺らしていく。町までの街道は踏み均されていて歩きやすい。今歩いている草原は風が吹くたびに波のようにうねっていた。
「・・・・・・そうしたら誰も知らないっていうんだよ。一人も知らないって逆におかしいだろ。
町長も俺たちをそれとなく町から追い出したがるし。
で、商人にだったら話してくれるかなと思って成りすましてさ。
町の外の住人から聞きこもうと近づいたんだ。
町では面が割れているしね。」
アベルはおどけて頭の毛を少しつまんだ。なるほど金髪碧眼は目立つ。マーガレットは納得した。
「そういうことか。森から来たから変だと思ったよー。
町の人だったらぐるっと森を迂回して、遠回りだけど南から川沿いに来るんだ。
ここら辺は精霊の力が強いから。あの森は慣れていないと迷うし、危険だしね。」
「ここは精霊の森なんだね。ホントあの時マーガレットに会えて良かったよ。」
「助けるつもりはなかったけど、助けてよかった。友達ができたもんね!」
そのセリフは複雑である。マーガレットの笑顔に対しアベルの笑顔は引きつった。
この調子で歩き続ければ明日の夕方頃には町に着けるだろう、とアベルは話を変えた。
領主様の城まではさらに半日ほどかかるから目的地までは二晩はかかる。
しかし馬を飛ばせば一晩で済むのだ。深夜になるが町に着く。
ハッパー町では先に手紙を上司に送っておいたから領主様に会う手続きはしてくれている。早く町に着いても問題はない。
「・・・・・・だから馬に乗ってくれないかな? ね、マーガレット。」
「怖いから無ー理ー!」
「大人しい牝馬だよ。俺も一緒に乗るからさ。もうさっきみたいな態度は取らせないから。」
ハッパー町を出てすぐ二人で馬に乗ろうとした。アベルが先に乗り、マーガレットの手を取って引き上げようとした。そこまでは大人しくしていた馬が、マーガレットが馬に触れた途端に身体をブルリと揺らして前足をかいて威嚇したのだ。
マーガレットは何もしていなかったと思う。隣で歩く分には何も無かったから油断していた。初めて馬に乗るんだ、と好奇心いっっぱいだったマーガレットはこのことですっかり怯えてしまい、それからずっと馬には乗らずに歩いている。
「困ったな。女性に野宿させるわけにはいかないしな。」
「私は気にしないって!」
あははーと能天気に笑うマーガレットに困るアベル。
「騎士として俺が困るの!」
未婚の男女が野宿だなんて。騎士として結婚前の女性に外聞が悪いことはさせられない。
「仕方がない、簡易宿泊村に寄るか。幾分かましだ。」
「村があるならそれでいいじゃない。自分の宿代ぐらい出すよ。」
「いや、それはこちらの経費でだすから大丈夫。あー、でも建て替えは頼むかも。」
マーガレットは容赦なくアベルからお礼という名の高額な宿泊費をせしめたのだ。お礼はするっていったもんねー、と金額まで決めて請求された。想定外の出費にアベルの懐は極寒だった。
夕暮れも過ぎ、そろそろ日が終わろうとする頃。薄墨色の景色の先にいくつか小屋が立ち並ぶ集落が見えた。近づくにつれ寂れた雰囲気が漂ってくる。マーガレットはアベルの後ろに隠れるように引っ付いて歩いた。若い女性を連れていたら面倒事が起こりやすい。アベルは隠れてくれるなら好都合だとそのまま集落の一軒の小屋へ向かった。中に入る前にマーガレットに注意をしておく。
「マーガレット。怖い目に遭いたくなければ、これから大丈夫と言うまで何も言わずに俺から離れないように。わかった?」
「何が怖いのか理由を知ったらもっと怖いよね。なら私は何も言わないし、何も聞かない!」
「・・・・・・よろしい。」
初めての旅で神経質になっているのだろう。マーガレットは夜の闇に子供のように怯えていた。
早く部屋を借りて休ませてあげよう。アベルは目の前の小屋へ入り、受付を済ませると違う小屋へ向かった。その間は幸運なことに他の客に会わなかった。マーガレットは小屋に入るまでずっと口を押えていた。面白いからアベルはそのままにさせておいた。後でばれて怒られたが。
ここは簡易宿泊村と呼ばれる集落で、似たようなものが街道沿いに所々に存在する。場所によっては犯罪者くずれのたまり場になっているため注意が必要だ。アベルも宿として利用するより、犯罪者の捕縛のために入る回数の方が多かった。
でも屋根と床があるしなぁ、とつぶやいて目の前のたき火に枝を放った。アベルは小屋の扉を背に寝ずの番をしていた。別々の小屋に泊まればマーガレットが襲われるかもしれないし、同じ小屋なぞ夫婦じゃあるまいしということでアベルは見張り番をしている。マーガレットは恐縮したが、こちらの都合で連れてきたのだから当たり前の事だと言って納得させた。女性を野宿させるよりは良いだろう。
小屋の中の気配が落ち着いて動かなくなった。マーガレットは寝たのだろう。そろそろかなとアベルが腰を上げると三人の気配が近づいてきたのが同時だった。
「・・・・・・おお優男。今すぐ失せろ、その小屋んなかのもんは置いてな。」
開口一番、三人の中で一番大柄な男が言った。残りの二人の男は黄色い歯をむき出して下卑た笑いを上げている。どうやら野盗のようだ。
「一応聞くけど、どういうわけで?」
特に焦った様子も無くアベルは言った。周りの気配を探るもこの三人だけのようだ。
「生意気な態度はてめぇのためにならんぜ。優男よぉ。」
「若い女と金を置いていけば命は取らないでやるっつってんだよ。」
「おではお前のキレイな髪と穴でもいい・・・・・・・。」
苛立つ野盗達はそれぞれの獲物を構えて脅してきた。もう言い訳できない、犯罪者に確定だ。
アベルは足元に落ち葉で隠していた長剣を器用に蹴り上げた。うまいこと手に収まる。
瞬間アベルは踏み込み横一線に剣を薙ぎ払った。
「!?」
暗闇にどさり、と人の倒れる音がした。
「っつーか最後のやつ、ツラッと気味悪いこと言ったな。」
返す刀で二度目の攻撃が決まり、もう一人が打ち据えられていた。剣は鞘に収まったままだが強打されればひとたまりもない。二人の仲間が倒れたのを見て、最後の大柄な男は一目散に逃げた。
「賢明な判断。だが逃がさないよ。」
アベルは身軽に走り出し、酒でたるんだからだを揺らして走る男をもれなく打ち据えた。
暗闇の中、いつも持っている騎士の備品から縄を出して野盗共を縛った。
ああ、無駄に疲れた。
後は朝まで何も起こりませんようにと願いつつ、アベルはまたたき火の前に座った。
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