兄さんが事件です
突然題名を変えて驚かせてすいません。題名から内容が想像つかないことに迷いながら更新していました。
これでスッキリ。最終話です。よろしくお願いします。
アベルはウィリアムの笑顔に恐怖体験の既視感を覚えた。
いつも優しく頼りになるウィリアム兄さんだが、経験上、彼の地雷を踏むとやばいのだ。
その上彼の地雷は非常にわかりにくい。
「あ、あの。書類を見せて欲しいんだ。何で、兄さんがサインしたの?」
うっかり過去の恐怖体験を思い出し、アベルは緊張のあまり片言になってしまった。メグは続いて部屋へ入って来たが、興味深そうに周りを窺っていた。書斎も兼ねた次期当主の部屋は壁一面本棚が置かれていた。メグは思わず、本がたくさんある、と呟いていた。
ウィリアムはそんなメグを見て微笑み、本棚から挿絵のキレイな本を一冊引き抜くとメグに勧めた。メグが本を持って部屋の奥まったところに置かれた長椅子腰かけると、ウィリアムは作業机に座り、アベルを対面して置かれた椅子へ座らせた。
「書類は父上に渡してあるし、僕の手元にない。そんな大事な書類は持ちださないよ。
使者には、交渉の余地があるかを確かめたかったからだよ。」
アベルはそういうこと苦手でしょ?と優しく微笑まれたら、悪い予感など気のせいに思えてきた。
確かにウィリアムの言うことは正論だった。領主様方と話が終わった後で、褒美は使者と交渉してもらえばよいと言われたのだ。アベルは素直にサインするつもりでいたし、父親にそう伝えていた。
ウィリアムは金額を上げることはもちろん、役所の人件費の補助も願えないかと狙っていたといわれ、アベルはぐうの音も出ない。さすがの兄上だった。
「一緒に出掛けて領主様にいう手もあったけど、心証を悪くするかなと思ってね。
どうせ式典はお飾りの場でしょう。アベルの素直な態度で好感を持ってもらえればいい。
僕は書類の段階で希望を盛り込んでいこうと思ってね?」
そうだ、とついでのようにウィリアムは付け足した。
「魔女様の後見としてキルラー家が付くことになったよ。だからアベル、婿に行ってね。」
「ああ、後見ですか。メグ、これで安心だね。」
兄の後半の言葉を、アベルの脳は理解することを拒否した。
貸してもらった本に目を通していたメグは呼びかけられて顔を上げた。やけに爽やかな笑顔を向けてくるアベルが胡散臭くて片眉を上げた。本は見るだけで会話は聞いていたが、最後のウィリアムのセリフが聞いたことがない単語が幾つかあってよくわからなかった。そう言えばムコって最近よく聞くようになった単語だとメグは思った。
「それとね、アベルは貴重な働き手だから抜けるとなるとキルラー家は苦しくなるな、とつぶやいたんだ。
そうしたら向こう十年間の人件費を三人分増額してもらえたよ。
言ってみるものだねぇ。」
アベルは苦しい判断を迫られた使者殿に同情した。ウィリアム兄さんのことだ。つぶやいただけではなかったにちがいない。アベルは騎士となり独り立ちしているし、ましてやキルラー家の家計を担ってもいない。なのにごり押して通してしまうウィリアムの手腕はさすがだ。
アベルはウィリアムの最後の言葉をまだ理解したくなくて、思考を明後日の方向に飛ばした。
「使者もなかなかのやり手だったけどね。
人件費を付ける条件に、息子が三人もいるのだから、揺るぎない後見の証として誰か婿に行けと言われたよ。」
「あ、あにうえ・・・・・・・。」
「アベル、コウケンとムコがわからない。」
メグは固まったアベルの態度でどうやら思わしくない状況に陥っていると察した。さらに魔女である自分にも関係する話のようだ。話に加わってアベルの助けになりたいところだが言葉の意味がわからない。メグはこの状況を抜け出すべくアベルに話しかけたのだが。
「俺もどうしてこうなったのか、わからない・・・・・・・。」
嫌な予感は当たった。
アベルは強引な婚姻話に頭を抱えた。人件費と引き換えにムコとして売られた。
しかしこんな状況を突き付けられても、身の内にある獣の本性が喜びで震えているのも感じるのだ。
欲しかったモノが身の内に転がり込んできた。
拒否の言葉は喉につかえて出て来ない。
アベルはついに己の思いを自覚してしまった。蓋をして仕舞い込んだはずの、胸が苦しくて仕方がない感情は、その蓋を押上げて胸の奥からあふれ出した。
「アベル?」
こちらを不審そうに伺うメグに顔を向けると、彼女の唇がやけに艶めいて見える。
アベルは頬を赤らめた。次いであわてて頬を手で覆い、さらにテーブルに突っ伏した。
メグは己の質問がアベルを苦しめたのかと焦った。
二人があわあわとするのを冷静に見ていたウィリアムは仕方なく声をかけた。
「魔女殿。アベルは少し疲れたようですね。僕がお話してもかまいませんか?」
ウィリアムがアベルを不憫な童貞だと憐れんだ目で見つつ、メグを誘い本棚の奥の長椅子に移動した。アベルはそのまま捨て置いても良いだろう。
「さて、魔女殿。貴方の報酬にも関係あることですし、どこから説明した方が良いでしょうね。」
ウィリアムは微笑んだ。
―- 六ヶ月後。
暑い季節もとうに越えて、森も町も冬支度に取り掛からなくてはならない頃。
アベルはハッパー町で自警団の指導に明け暮れていた。何せ自主的に集った有志の若者たちだ。騎士のアベルから見れば鍛えどころ満載だった。赴任当初は町長の息子たちを筆頭に生意気な態度に悩まされもしたが、誠実なアベルの態度と、先祖返りの人並み外れた力に、みな尊敬と少しの畏怖のこもったまなざしを向けるようになっていった。
「アベル、午後は南の森の巡回に行くぞー!」
やたらに元気なブラウン団長の声が聞こえた。了解、とこちらも声を上げ、手合わせ中だった町長の末息子の木刀を払い落した。一瞬の出来事に末息子はどこへ木刀が消えたのかわからず、きょろきょろと辺りを見回した。
訓練中はお互い木刀を使用しているが、当たれば大きなケガもする。アベルは自分の後方へわざと飛ばした彼の木刀を拾い上げ、二本とも彼に片付けるように言って渡した。
「どうだ、あいつらも使えるようになってきたか?」
「何とか形にはなってきました。やる気は十分にありますからね。」
「自警団から騎士候補生に格上げだからなぁ。やる気を出してもらわにゃ、こちらも困る。」
「この地で精霊の森の護衛隊を作れとは、領主様も強引ですね。」
「俺の引退前のひと仕事だ。英雄様もがんばってくれよ。」
ごつごつした手がアベルの肩を叩いて労った。
領主から賜った報酬は、幾ばくかの報奨金とメグの住む精霊の森を守る仕事だった。
・・・・・・メグと共に。
与えられた仕事はキルラー男爵家がメグの後見になること、さらにメグの住む精霊の森を守ることも含まれていた。
それは監視に等しいとは気付いていた。異質な力を持つ二人をまとめて田舎に閉じ込め、森の護衛隊を立ち上げるよう、引退間近のブラウン団長を置くのだ。護衛隊が形になればアベルに任せてお役御免だと団長は言う。しかしこの地に奥方を連れてきて、終の住処を近くに買ったと言われたら何らかの思惑があると思うのは当然だろう。
「深く考えるな。結局、お前が惚れた魔女様を守り続ければ良いだけの話だ。」
「言われるまでも無く。」
若造は頬を赤くしながら早口で言った。
魔女様を手に入れるため、金の騎士は求愛した。
しかし魔女様も手ごわいもので、夫婦の意味が理解できなかった。
説明した金の騎士がヘタレだったせいもある。
お互いが真に理解しあい、愛情を交わし、夫婦となれたのはもう少し後・・・・・・・。
金の騎士と森の魔女 おしまい
お気に入りに入れて読んで下さった優しい皆さま、更新が途切れ途切れなのに辛抱強く読んで下さった皆さま、たまたま読んで下さった皆さまなどなど、読んでいただきありがとうございました。やっと完結できました。番外編もやってみたいですが、とりあえず完結付けます。拙いお話にお付き合いくださった皆様に感謝します。ありがとうございました。




