ウィリアムが災難
「もう兄弟げんかは終わったのかしら?」
「母上、あれをみてそれだけですか。」
「多少アベルが光ったところで、貴方たちの兄弟げんかはいつもの事でしょ。」
「・・・・・・・。」
ちょうどアベルが光り終わり?兄達二人が部屋へ引き上げたところで中庭からアベルの母がやってきた。
大物なのか、育て終えた子供たちに興味がないのか、彼女は力の発現した騒ぎを兄弟げんかの一言で片付けた。
その上、茶会の準備を任せたのにいつまで遊んでいるのだと理不尽な事を言われた。
しかしキルラー家の女王様に逆らえる者は誰もいなかった。
無言でメグが肩を叩いて慰めてくれた。
アベルとメグは当初の予定どおり中庭でお茶会に参加、いや任された準備から参加した。
しゃべるのは主にアベルの母親であるソフィアで、二人は聞かれたことに対してただただ答えていた。
しかしメグはすぐ話についていけなくなった。貴族の会話などわからない単語だらけだったのだ。早々にメグは理解する努力を投げ出した。
会話に混じれないメグは今、いかに会話の隙を狙ってお茶を飲むかを実践していた。香り高い紅茶などハッパー町では中々手に入らず、もちろん高価だ。味わう機会はここしかない。
「で、アベルは領主様へは褒美をねだり損ねたのね?」
「母上、下品ですよ。領主様へは御心のままにと伝えました。」
「メグさんはちゃんと言えたのにねぇ。」
「ええ。はっきりといいました!」
アベルは思わずつまんでいたクッキーを砕いてしまった。母親に眉をひそめられながら指先を払い、またそれを蒸し返すのかと溜息をついた。
メグは珍しく理解できた会話に嬉々として返事をした。隣では母親がメグを褒めている。
「母上。ああいった場は形式的に希望を聞くだけですから。」
領主様のご厚意で今回は希望を聞かれたが、あの場はアベルとメグを城の重役達に顔を見せることが目的だったのではないだろうか。重役達にどこまで伝えているかわからないが、アベルとメグという変わった能力を持つ要注意人物を皆に知らしめたのだろう。
褒美については後ほど使者が書類をもって来ると言われた。内容を確認して署名をすれば終わりだ。メグの希望もあるし、きっと自分も幾ばくかの報奨金を受け取ることになるだろう。
その時にメグを森へ送る任務も伝えられるかもしれない。通常業務に戻る事ができるのはまだ先になりそうだ。ここ数日は光るアクセサリーの探索任務から客人の件までなんだかんだと巡回仕事に就いていない。詰所に行ったら文句のひとつも言われそうだ。
下っ端担当の溜まっているだろう仕事を思い出してアベルはまた溜息をついた。
「まあ!ちゃんと希望は通ったわよ。良かったわね、メグちゃん。」
「やったー!アベルとずっと友達だー!!」
「母上?希望が通ったとはどういうことですか?」
アベルが仕事に思いを馳せている隙に、母親がさらっと重要なことを言ったような気がする。
通った?
どうして過去形?
「先程使者殿が来ていたもの。ウィルが貴方の代わりに応対していましたよ。
仕事場からこちらへ来る最初の時よ。
金額まで聞いていないけど、ウィルがサインしていたから希望が通ったんでしょ。」
「ウィル兄さんが? うーん、ロバート兄さんじゃないなら大丈夫か。
それにしても、俺を呼んでくれたら良かったのに。」
ロバートは面白がって何か企みそうだが、ウィリアムならきちんと受け取ってくれているだろう。しかしアベルは真面目な兄が自分を呼び出してくれなかったことに疑問を感じた。
それにロバートと揉めた後も何も言ってくれなかった。いくら兄弟げんかの後でも、領主の言付けを伝え忘れるなんて、あのウィリアムがするだろうか。
「私も使者の方にお茶をお出ししないといけないでしょ?
客間にご案内するだけにして、後はアベルを呼んで任せようとしたの。
そうしたらウィリアムが気が付いて、後は任せてと言ってくれたのよ。」
そう言えば、と母親は頬に片手を添えて小首を傾げた。
「使者の方もアベルを、と言っていたわね。」
「・・・・・・書類を見せてもらってきます。」
嫌な予感が動悸とともに膨れていく。アベルは音を立てて立ち上がり、母親に礼をひとつするだけで別館に走った。
置いて行かれそうになったメグも真似して小さくお辞儀をして席を立ち、アベルについて走った。
ついてこいとは言われなかったが、ここにいてもこれ以上もうお茶が入りそうになかったからだ。
「ああ、メグも来たの?・・・いや来た方がいいか。
ウィル兄さんだから大丈夫だと思うけど。」
「良い方のお兄さん?」
「ロバート兄さんは悪い方なんだよね。」
思わず苦笑いが浮かんだ。メグは顔もそうだが名前も憶えるのが苦手のようだ。
そうそう、殴られたほうが悪い方だね、とアベルの問いに頷いていた。
祖母と二人きりの暮らしが長かったメグにとって、名前は必要性が低いのかもしれない。それなのに自分の名前は愛称から正式な名まで気にかけて覚えられている。
こんな時だがアベルはそのことに気付き、密かに優越感を味わった。
たいして広くもない屋敷のため、数分でウィリアムの私室に辿り着いた。
アベルがノックしようと手を振り上げたと同時に、扉は勢いよく開いた。
あと一歩進んでいたらアベルの鼻は削れていただろう。
「お、お前らちょうど良い所に・・・・・・・。」
扉から転がり出てきたのはロバートだった。目がギラギラしていて額も汗でテカっている。キルラー家の美男三兄弟とも言われ、櫛とハンカチを手放さない彼が珍しく取り乱しているようだ。
「おや、アベルと魔女様じゃないか。僕に用かな?」
ウィリアムも扉から顔を出し、ロバートは忙しいから彼の用も僕が聞くよ、と笑顔で言った。
アベルはウィル兄さんに聞きたいことがあっただけだと答えると、ロバートはまるでハンカチをぎりぎりと噛んで悔しがる夫人のような顔をして去っていった。
これは嫌な予感が当たったらしい。アベルの背中に嫌な汗が伝った。
ウィリアムは昔から兄弟の中で飛びぬけて出来が良かった。
ケンカは力量が違いすぎればできないもので、ウィリアムは兄弟を優しく諭すことはあっても、感情にまかせた殴り合いはしなかった。それは相手がケガをすることはわかり切っていたし、うまく回避する手段を取っていた。
しかし、アベルもロバートも知っていた。彼は容赦ない一面があることを。
まだ皆が幼いころ、アベルとロバートが遊んでいていた時だ。ウィリアムのお気に入りのおもちゃを二人で取り合って壊してしまった。二人はすぐに謝りにいった。
その頃ウィリアムはもう貴族の通う学舎の初等科に在籍し、早熟なことを除いてもそのおもちゃを使って遊ぶ年頃ではなかった。
もう使っていないおもちゃに対して、優しい兄はいつものように許してくれると思っていた。
しかしウィリアムは怒った。
軽い謝罪の言葉を言って走り去ろうとした二人の首根っこを掴み、引き摺って中庭の池に放り込んだのだ。
火災時の貯水槽も兼ねている池は子供には深すぎた。
水音に気が付いて父親が駆けつけるまで、二人は池の中で走馬灯を見ていた。
その間、ウィリアムは無表情で波立つ水面を見ていただけだった。
ウィリアムが本気で怒ると命の危険まであるのだと心に刻まれた事件である。また彼の地雷がわかりにくいため、ロバートとアベルはその後も何度か恐怖体験を繰り返すことになった。
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