とばっちり
「アベル!」
金色に光るそれは、獣のような速さで飛び込み、メグを自分の背後に隠した。仄かに光るアベルは肩で息をしながらこちらを睨んでいた。
「ふぃー、今度は蹴りかよ。ウィル兄さん、助かった! 後、よろしく?」
俺には無理、とロバートは長男ウィリアムに丸投げしてウィリアムの背後に隠れた。
「えぇー?これは手こずりそう・・・・・・・。」
出来ないとは言わないんだ、というロバートの憎まれ口を聞きつつ、ウィリアムは面倒そうに眉をしかめて半身を引いた。体術の構えだが、メグには身体の向きを変えたようにしか見えなかった。
ぼんやりのようにみえるキルラー家長男だが、彼は幼少の頃より頭脳明晰な上、特殊な体術にも秀でていた。
上の兄には危機感があるのか、アベルも先ほどより光が強くなっていた。
「アベルー、また光ってるけど、力の使い方のコツが掴めたの?」
「・・・・・・・。」
メグはアベルの背後から顔を出して声をかけたが返事はなかった。代わりに静かにまた背後へ押し戻された。その間も目線はお兄さん達から決して外さなかった。まるで手負いの野生生物のように神経を尖らせている。
それを見て元凶のお兄さんは、ウィル兄さんが今何とかするからメグちゃんは下がってー、と呼びかけてくれた。
「ダメな方のお兄さん、アベルか私に何かした?」
メグはロバートが余裕な態度が気になった。先程のように怖がっていないのだ。
「ダメな方って・・・・・・・。」
「それは僕も気になってるけど、先にこっちをなんとかするね。」
デキるお兄さんウィリアムはアベルに視線をやり、前に二歩進んだ。
アベルはそれをきっかけに、ウィリアムに向かって走りだし拳を繰り出した。風切り音が鳴り、メグは思わず目を瞑った。
しかし殴り合うような音はせず、すぐにドサリと人が倒れる音がしてアベルの唸り声が小さく聞こえた。
「もう大丈夫だよ。可愛いお嬢さんを怖がらせてしまってごめんね。」
「ひゅー、ウィル兄さんの体術は相変わらずキレてるね。助かった。」
メグが恐る恐る顔を上げると、何がどうなったかわからないが、アベルはウィリアムのひざで床にねじ伏せられていた。そのうえ腕が変な角度に持ちあげられていて、あれは相当痛いのではないだろうか。
痛みと冷たい床で正気に返ったのか、アベルの光もゆっくりと薄く消えて行った。しかし目でロバートを睨むのはやめていない。
「筋力と反射速度がいつもより上がっていて危なかったよ!興奮していて隙が狙えたから良かったけど。
ロバートは自分でできないことを僕に押し付けることはやめようね。」
おっとりと言っているが目線は冷たい。ちょっとお怒りのウィリアムの様子に青くなったロバートは慌てて弁解しだした。
「アベルが光る理由がこれでわかっただろ! それだよ、ウィル兄さん。」
「私?」
ロバートはメグを指さして言った。
「嫉妬だよ、嫉妬。心の狭い男だよな。この子に男が絡むと逆上して攻撃するんだよ。
童貞の初恋で病んでるなんて、魔女様も災難というか・・・げっふぅ」
最後のセリフはアベルのこぶしで遮られた。ドサリと今度はロバートが床に倒れた。
ウィリアムがアベルを放したのだ。彼は騎士の情けだと、憐れんだ目で弟達を見ていた。
「ということで、アベルはメグちゃんに首ったけ。ってかいい年の男が赤面するのも気持ち悪いな。
・・・・・・・睨むのをやめろアベル。お兄ちゃんは頭脳派であって肉体派じゃない。
メグちゃん、ちょっとアベルを安心させてくれる?そう、腰に手をまわして。
そうそう、話が終わるまで抑えていてね。」
赤く腫れた頬を撫でながら、しかし口の減らないロバートはメグにアベルを抑えさせた。柔らかい身体を押し付けられ抱き付かれたアベルは大人しくなった。というか動けなくなった。
「ダメな方のお兄さん。光る理由って?どうていってわからないけどそれが病気なの?」
「やめっ、メグ、そこでしゃべるとくすぐったい!」
アベルの脇腹から顔を出して質問するとダメだったようだ。アベルが身をよじって逃げようとする。しかしこの手を離せばまた光ってお兄さん達と殴り合いを始めそうで怖い。
しかし傍から見ればいちゃついているようにしか見えなかった。
「誰得ってお前得だな。自分がやらせたことだけど、なんか腹が立ってきた。」
「ロバート、僕たちは仕事に戻らなきゃいけないんだよ。早くしてくれる?」
話の先が見えてきたウィリアムはすでに飽きてきたようだ。冷静に話を先へ促した。
「はいはいウィル兄さん。お察しのとおり、単純な話だよ。
アベルは魔女様に関して感情が高ぶると光りが増して、常には出ない力が出るようになるんだよ。
力に引っ張られて感情も激しく上下するみたいだし。先祖返りとはいえ厄介な力だな。」
「さすが兄弟一の頭脳派だね。だったら、アベルは彼女に近づかなきゃ今までどおりなんだ?」
「どうかな? アベルのは消えたのに、光りがまだメグちゃんに纏わりついているし。
どれだけ離れたら消えるのか。執着を感じるねぇ。」
「え?」
「ダメな方のお兄さん。私は光っていないですよ。」
思わずメグはアベルから手を離して自分の身体をはたいてみたが、やはり埃しか出なかった。
アベルはメグが離れてホッとした反面、自分の気付かなかった執着心を身内に語られて猛烈に恥ずかしかった。
しかし聞き捨てならないことを言われた。メグまで光るとは。そう言えばどこかでよく似た現象を見た気がする・・・・・・。アベルは赤くなった頬を両手で隠し、なんとか思い出そうとした。
雷光の獅子とまで呼ばれたアベルだが、残念ながらその姿はまるで乙女のようであった。
「何? みんなして俺をからかってるの?
ほら見てみろよ、これ。アベルから金の粉みたいな光が道を作ってさ、メグちゃんに向かっているじゃん?」
ロバートは確かに見えるそれを指さすが、メグもウィリアムも奇妙な顔をしている。アベルは上の空でブツブツ言っていて話にならない。
ロバートは周りの反応に焦りと仄かな恐怖を感じ始めた。
「あれ? ウィル兄さんにも、光がまとわりついてる・・・・・・・。」
見えるこの光を信じてもらおうとウィリアムに近づいたロバートは顔色を変えた。
そこへパタパタと走ってくる足音が聞こえた。渡り廊下から別館の役場の職員であるニナが来るのが見えた。ニナはふっくらとした体を揺すって小走りにやってきた。優しいタレ目がちな顔つきの彼女は、兄達二人にニコリと話しかけた。
「ウィリアム様、ロバート様、キルラー様から伝言を頼まれました。
今日は人手も足りているので、お二人も奥様と同じくお休みにしても良いとのことです。
あと、急ぎの要件があれば教えてほしいとのことです。」
「ああ、ありがとう。特に火急の件はなかったよ。父上によろしく伝えて。」
「あ、」
「何?ロバートは急ぎの懸案って持ってた?」
ロバートは何かに驚いたような顔をしていたが、慌てて取り繕うように無いよとだけ答えた。
ではまた明日、とニナはおっとりと微笑んで戻って行った。
「ねえロバート。君の考えでは、その光は本人の執着心を現すようだと言っていたね。」
ニナが見えなくなるとウィリアムはロバートに確認するように言った。穏やかな表情は特に変わっていないが、声が僅かに低かった。それを受けてロバートは否定されたわけでもないのに何故だか顔色が悪くなった。
「ウィル兄さん、俺はなにも見えていません! ええ、今まで全て冗談ですよ?」
ロバートは急に今までの態度か嘘のように自分の意見を否定し始めた。
ええ? ダメな方のお兄さん、言ってることが違う、とメグが遠慮なく突っ込みを入れると、黙れ小動物!と小声で反撃された。ロバートは怯えているようだ。
「・・・・・・兄さん、俺も少し見えるかも。」
ええ!?と皆が声を上げると、アベルが、思い出した、と小さく言った。
曰く、今日の城からの帰り道で光る粉を纏うメグを見たが、幻想かと思っていたと。
加えて先程から急に、何か見えるような感じで、かすかに力の流れを感じると。
「メグが客人に力を教えられた方法は、力をぶつけられて覚えたんだよね。」
兄さんも素質があって、俺の力と接触して目覚めたのかもしれない。
アベルの言葉にロバートはひどく嫌な顔をした。
読んでいただきありがとうございました。
ウィリアムの体術は合気道と護身術を合わせた感じです。




