閑話 あの時のあの人達
閑話です。少し前のあの人達のお話です。短いですが、よろしくお願いします。
「ちょ、っと、クレイア様!
手伝って、くれたって、良いじゃ、ない、ですか!」
「私はそっとしておけと言ったのだ。やりたいのなら一人でやれ。」
「淑女、一人くらい、普段は軽いもの、ですけど、飛空籠、制御しな、がら、は、キツイです、ね!」
「籠の運転を頼る身として、お前の邪魔はしないが、協力もせん。」
「クレイア様の、いけず!」
真っ暗闇の中、揺れる足場に身体を持っていかれないように踏ん張るクレイア。
反対にバレットは飛空艇の床に這いつくばっていた。床の中央には開閉できる穴があり、バレットはそこに身を乗り出していた。その片腕は小柄な女、マーガレットの腰に回しており、彼女を宙づりにしていた。
バレットは何度も引き上げようとするも、籠を浮かす力の制御をしていると身体の力は上手く出せず引き上げられなかった。
マーガレットは突然の出来事と高所の恐怖で呆然として固まっていた。
バレットにとって下手に暴れられるより助かった。
このままもう少し高度を上げれば、制御を解いて籠がゆっくりと落下しても墜落しないだろう。
そうすれば彼女を引き上げる時間が稼げる。
もう少し、そう思った瞬間。
金色に輝く何かが視界に飛び込んできた。ソレは碧の目を怒らせてマーガレットに飛びついた。
---これは俺のだ---
ソレはまるで獣のような唸り声を上げて、あっという間にバレットの腕にいたマーガレットを奪って落ちて行った。
喉笛に牙を突き立てられたかと思うような、ゾッとする瞬間だった。
「・・・・・・この高さは!」
しかし瞬き一つで我に返り、風の制御を切り替える。
彼女たちの落下する地面から吹き上げるように風を起こす。戻って来た風の流れが、間に合ったと知らせてくれる。
おかげで乱暴な制御の切り替えになり、籠は派手に揺れたがご愛嬌だ。
視界の端に、頭をさすっているクレイアをみて少しニヤリとしたのは内緒だ。
「先祖返りも馬鹿に出来ないな。」
クレイアはもうかがり火も見えない闇に沈んだ景色を眺めて言った。この高さを飛んでくるとは。国の騎士でもできる者はなかなかいないだろう。
「自覚のないうちに奪ってしまいたかったのですが、間に合いませんでした。」
今まで欲しいモノは涼しい顔で手に入れてきたバレットが、悔しさをにじませて言った。
「ははっ。お前を出し抜くとはアベルもやるな。帰ったらどこぞの令嬢を世話してやる。
気を落とすな。」
クレイアは思わず笑った。感情はもう無くしたと思っていたが、残っているじゃないか。湧き出てくるような感情が気持ち良い。
クレイアの穏やかな表情をみたバレットも変化に驚いた。
これまでも感情を表に出せないクレイアの傍に控え、時折暴走する主を宥めすかし抑えていた。
こんな人らしい顔をするクレイアは見たことがなかった。
ルーンの地は、よほど王族の力と相性が良かったようだ。
バレットも自然と口の端が上がる。
「またルーンの地へ、行きましょう。早く王になって国交を築いて下さい。」
「ああ。だがマーガレット嬢に関しては協力しないからな。」
「なんだか意地悪さに磨きがかかりましたね。」
「アベルにも世話になっただろう? 恩を仇で返すことはせん。」
「義理堅い王も良いでしょう。わかりました。でもご令嬢の紹介は遠慮いたします。」
「では治癒に秀でた者を探させようか。」
「結局探すのは私じゃないですか!仕事が増えるだけです。」
「どうしたらよいのだ?」
「マーガレットを引き上げるのを手伝って下さったら良かったんですよ!!!」
逃した魚は大きく見えるのか、自国に帰った後も決してバレットは結婚相手を探そうとしなかった。
しばらくの間、バレットに取り入るため女性を紹介しようとする者は、普段の三割増しで鋭い狐目に睨まれることとなった。
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