トラとウマ2
遅くなりました。ごめんなさい!
そしてちょっとホラーかもです。
「アベル!?」
バレットの手を振り払い慌てて駆けつけると、アベルは目を固く瞑っていて揺すっても叩いてもピクリともしない。呼吸はしているから生きているのだろうが、この状態は最近見たような・・・・・・・。ハッとしてクレイアを見た。
「クレイア様が動けなくしているんですか?」
「そうだ。力は身体に留まっている。放出させなければ大丈夫だ。」
「そうじゃなくて! 何で動けなくしてるんですか! クレイア様、ヒドイ!!!」
マーガレットは叫んで力いっぱいクレイア様を睨みつけた。
それを見てバレットは面白そうに眺めているだけだった。
クレイアはマーガレットの怒りの勢いに少し眉をひそめつつ答えた。
「今からアベルの魂の変質部分を戻すために拘束している。必要なことだ。」
クレイアはアベルが逸れ人で怯えていたところからずっと観察していたと言った。先程やっと変質場所をみつけたのだと。
バレットは目の能力が低いため、王族のクレイアが直々に探していたのだった。しかし魂の観察などやり方は知っていても知識だけだったクレイアは、見つけるのに思った以上に時間がかかった。
「ほ、本当に?」
「ええ、本当です。クレイア様のご慈悲に感謝をして下さいね。」
こう見えてもクレイア様は次期国王である王子様なのですから、と大して敬っているように見えない態度でバレットは言った。
「労働に見合う対価が必要だと、私に言ってきたのはお前だ。風遣いのバレット。
お前の対価は次期宰相だろう? まったく。次期宰相ならば、せめて表面上だけでも敬え。」
クレイアはいつもの事なのだろう、淡々とバレットに言った。
あまりの二人の気安い会話に、マーガレットはぱちくりとまばたきをして二人を見た。騙そうとしている感じではないけれど。トラウマを治すなんて本当だろうか・・・・・・。
バレットは溜息を一つついてマーガレットを見た。
「私は金でも良いかと言いましたが、クレイア様が、アベルの傷を治してやれとおっしゃったのです。」
「と、言うことだ。早速とりかかろうか。」
「因みにこの治療は、我々ルクシャーン人しかできないですから。マーガレットちゃんの能力があって良かったですねぇ。」
本当かどうかなんてわからないまま、マーガレットはなんだかんだと二人に流されて治療に参加させれることになった。もう断れないのなら、やるしかない。治ったらめっけものだとマーガレットは腹をくくった。
逸れ人の恐怖で苦しみながらも、人々を守ろうとしていたアベル。私も彼の助けになるのならなりたい。
マーガレットは胸の奥から心地よい感情が湧き出るのを感じた。しかしまだ、この感情に名前はついていない。
三人でアベルを囲み、マーガレットは仰向けのアベルの右側に座らされた。踏み固められた道に横たえられてアベルは寝心地悪いに違いない。早く終わらせてあげたいと、マーガレットはバレットに指示を仰いだ。
「おや、積極的になりましたね。いいでしょう。クレイア様、場所はどこですか?」
「うなじから肩にかかる辺りだ。珍しいことに胸じゃない。」
「おや、でしたら うつ伏せにした方がやりやすいですね。」
バレットはしゃがむとアベルの上着を脱がせ身体をひっくり返し、腕を組ませてその上に頭を預けさせ、寝ている体制にした。月が明るい晩で良かった。手元が見えるほど明るいため、マーガレットは脱がされ投げ捨てられた上着を拾い、畳むことができた。
「年頃の娘は男の裸を見たら恥ずかしがると思うのですが、マーガレットちゃんはまだ興味がないようですね。」
ちょっと面白くなさそうにバレットは顔を上げて言った。アベルの鍛えられた胸板を見て、恥ずかしがる様を想像していたのだ。バレットは仕方がないので後でアベルをからかって遊ぶことに決めた。
「マーガレットちゃん、ここの辺りに力を巡らせて。そう、迷子石の力を移すんです。」
バレットは光る迷子石をマーガレットに持たせ、アベルのうなじから肩にかけて力を移すように言った。
「力が行き渡ったら、黒いしみが感じられるようになってきます。そうしたら、それを・・・・・・・。」
ゆらゆら揺れる迷子石の光が、アベルの身体に馴染んでいく様子が手に取るように感じられた。
ああ、うなじから肩にかけて漂う闇に、光が、吸い取られていく。
「マーガレットちゃん、同調が早すぎる! 力を抑えて・・・・・・・。」
バレットの声が遠くに聞こえた。
------じゃあなー。次の満月の夜は森の前で集合なー!月が真上に上ったらだぞー!
------おう、みんな忘れんなよー!
------絶対忘れないよー!
忘れたい記憶? 忘れられない記憶? それとも、忘れたくない記憶だろうか・・・・・・・。
お日様の後を追って明るい月が上ってきた。今日は待ちに待った精霊の森探検だ。アベルは朝からわくわくしっぱなしだった。しかし親兄弟に悟られてはいけない。絶対に行かせてもらえないからだ。真面目に勉強も頑張って、疲れたからと言って早めにベットにもぐりこんだ。2階のこの部屋からは何度も抜け出して遊びに行っていた。夜に抜け出すのは今回が初めてだったが、月は明るい。今夜は天も味方している。後少ししたら出発だ。
7歳のアベルは毎日が楽しかった。
貧乏男爵家の三男であるアベルは、毎日市井に混じって遊んでいた。しかし男爵家は自らの意思で貴族の社交を絶っていたわけではない。町の役所を任されていたため日々忙しく働き、収入も役所を運営するためにほぼ使われ、とても貴族のような暮らしは出来なかったのだ。家がデカいだけで、何ら町の人と変わらない暮らしだった。
一番仲良しのリーはアル中の父を持つガキ大将だ。リーは常にあざがどこかにあって、アベルの親が何度もリーの親父に注意をしていた。アル中親父は酔うと暴力を振るうのだ。リーと知り合った切っ掛けも、役所に呼び出されたリーとリーの親父を見かけたからだ。でもリーはいつも明るかった。痩せた身体は素早く動き、ケンカも一番、逃げ足も速い。もちろん木登りも一番だった。
そんなリーが素敵な提案をしてきた。満月の夜、精霊の森に探検にいこうというのだ。もし大人たちが聞いていたら、ゲンコツを喰らっていただろう無茶な話だった。しかし下町の悪ガキ集団は目をキラキラさせて賛成した。とてつもなく素晴らしい冒険に思えたのだ。
当日の満月の夜は気が逸って、アベルはかなり早く到着してしまった。まだ月は登り切っていない。アベルは森の近くの小川に座り込み、月の光でキラキラする流れを眺めていた。
ふと何かの気配を感じて顔を上げると、2mほど離れた向こう岸にリーが佇んでいた。
------いつの間に来たんだよ。ビックリするだろ、声かけろよなー。
------・・・・・・・。
------こっち来いよ。飛び越えられるだろ。ほかの奴らは一緒に来なかったのか?
話しかけて返事がないことに気がついた。リーは下を向いたままだったのだ。偶にアル中親父に殴られすぎて口が腫れてしゃべりにくいことがあったが、しゃべられないとは今回はもっとヒドイ傷なのだろうか。
------大丈夫か?
そしてリーは。リーは、そのまま滑るようにこちらに来た。向こう岸からこちらの岸まで。
------アベル。
俺は濁った瞳と血まみれで黒くむくんだリーを見た。
細い手足を振り回し、誰にも負けない、己の境遇を悲嘆することなく、いつも明るかったリー。
------アベル。
リーだった逸れ人は、俺の名を呼びながら抱き付いて、消えた。
その後、喉が切れて血を吐く程叫んでいた俺を兄達が回収しに来たららしい。記憶が飛んでいた。
偶然、アベルが夜中に居ないことに気が付いた家族は誘拐かと思ったらしい。夜中にも関わらず町中探し歩いていたら、下町の子供の一人が今日の事を思い出したらしい。
二日前、リーがアル中親父に殴り殺されて探検は中止になったけど、もしかしたらアベルは知らないまま森に行ったかも知れないと。
俺は下町の子供たちと遊んでいたが毎日とはいかなかったのだ。腐っても貴族な俺は勉強もしていた。森の探検に行くため、最近は勉強も抜け出さず真面目にしていたのだ。
暗転した意識の中、夕暮れの草原にいた。もうすぐ夜だと瞬き出した星空から、星が、尾を引きながらぽつぽつと振ってくる。
近くの光を受け止めようと出した自分の手は、まだ柔らかい、こどものものだった。
掌に乗った星は、キラキラと炭酸の泡のように小さくはじけて、湧いては消えてを繰り返した。
小さなアベルはこれをどこかで見たような気がした。
------アベル。リーちゃんは、最後に伝えたいことがあったんだよ。
------そう。魂が天に上る前に強く思ったこと。
------『リーってあだ名だったけど、ヘンリーじゃないからな。リリーなんだぞ。』って。
------照れくさくて言い出せなかったんだって。その気持ちだけが残っちゃっただけ。
温かい声に言われて、胸の奥で固まっていた何かが、緩んでいくような気がした。
ああ、そうか。
一番の親友を、助けに来なかった俺を責めていたんじゃないのか。
リーは、リリーだったのか。
鈍い男でごめんよ。リリー。
俺もいつか天に昇ったら、一番に謝りに行くよ!
読んでいただきありがとうございました。




