遭遇2
「・・・・・・町長さんからの紹介ぃ?」
警戒心いっぱいの目で彼女が睨んでくる。彼女の口の周りには泥がべったりと張り付いていた。
彼女の悲鳴に思わず口を塞いでしまったことは仕方がないと思う。
扉にかけたマーガレットの肩を掴んだのはお茶目な八つ当たりだけど。
元から彼女も土まみれなんだから、泥が付いたぐらい許してくれても良いと思う。
自分勝手な言い訳は心の中だけでする。
胡散臭い男改めアベルは、彼女に見捨てられた後、そこまで深くなかった穴を早々に脱出した。ただ残念な事に穴全体に水が滲み出ていて頭からつま先まで泥だらけになったのだ。もちろんコッテリ付いた泥を落とす時間も無く、必至で気配を追って急いでここまで来た。
実は彼女に会うまで森で迷っていて、置いて行かれたらヤバイと必死だったことは内緒だ。
悲鳴を上げた彼女に驚き、アベルは咄嗟に口を塞いだ。マーガレットはこいつはやはり犯罪者だったのかと恐怖に陥れられ、動けなくなったところでアベルが自己紹介を始めた。
アベルは彼女が落ち着いたと勘違いしての行動だったが、マーガレットは口を塞がれ、恐怖を与えたアベルに怒っていた。泥を付けて怒らせただけではなかったのだ。
アベルは怒った彼女には未だに名前も教えてもらえず、話し合うこともできなければ任務も終わるはずもなかった。
できれば明るい内に宿に戻りたい。お天道様は登り切ってだいぶ経っていた。
「もう一度言うけど、こんにちは、お嬢さん。
僕はアベル、商人の見習いなんだ。
ルーン町から来て、昨夜からハッパー町へ滞在してるんだ。」
「・・・・・・。」
「目的は、光るアクセサリーがあるって噂を聞いて探しにきたんだ。
でも今は町には無いって言われて、直接買い付けにきたんだ。
この辺りに製作者がいるって町長に聞いたんだけど詳しく教えてもらえなくてさ。
紹介ってのは言い過ぎだった。ごめんね。」
「・・・・・・。」
マーガレットはこの男がいくつか嘘をついていることに気が付いた。しかし彼女は、彼がぼんやり光るアクセサリーのために嘘をついてここまで来る理由がわからなかった。
マーガレットは気が付いていないが、明かりはお日様と火だけの世の中で、光る未知の物体は城下で注目された。領主が自分の領地で起こった噂を突き止めたくなるぐらいに魅力的なモノだった。
「これで誤解は解けたかな?
ところでお嬢さん、アクセサリーの工房は君の家かい?
ぜひ仕入れさせてもらいたいんだけど。
え、違う?
だったらせめて、あなたの名前だけでも教えてほしいな。お嬢さん。」
アベルはセリフの最後に爽やかな笑顔で締めた。しかし残念ながら泥でこってりしていた。
マーガレットはしかめっ面のままっだったが、黙っていても終わらないと悟ったのか渋々口を開いた。
「光るアクセサリーなんて知らない。
あなたに名前も言いたくない。
第一この家を教えてもらったのなら薬草の森から入って来ないはずだよ。」
「薬草の森?」
やはり森のことも知らなかったようだ。
「そろそろ森を出ないと日が暮れるよ。ここは逸れ人が出るの。
いくら騎士様でも、剣の効かない逸れ人は危険でしょ。」
「騎士って?・・・いや、逸れ人だって!!!」
マーガレットは最後は面倒になって色々言ってしまった。そもそも普段から人との交流も無いのに、腹の探り合いのような会話は難しすぎたのだ。なんだか疲れて、始めの怒りも薄れてしまった。
マーガレットがお小遣い稼ぎにと作ったキラ星石は、遠い領主様の町まで噂になってしまったようだ。
さらに身分を隠した騎士がやってくるようになってしまった。
何とも面倒なことになったものだとマーガレットは後悔した。
町の人が楽しめたらという思いと、ついでに懐も温めたくて(こちらが本音)、おばあちゃんの約束を破ってまで作ったのに。
天国のおばあちゃん、ごめんなさい!ほとぼりが冷めるまで内職は自粛します。
心の内で謝っておいた。
・・・・・・次はもっとうまくやろう。
マーガレットの脳内会議が終わっても、騎士様は動かなかった。
「?」
早くしないと日が暮れる。マーガレットにしても同じだ。
収穫したものは傷まないように処理しなくてはいけないし、なにより自分も泥まみれだ。早く身ぎれいにしたい。
さっさと風呂に入る準備をしなくては!
動かないアベルに背を向けて、本日二度目の扉に手をかけた時。
肩をサッと掴まれたと思ったらクルリっとまた半回転された。
「お嬢さん。逸れ人ってホント?!」
向き合ったのに、下を向いたままのアベルは肩から手を放してくれない。
「ホント。
っていうかいい加減・・・」
マーガレットはまた家に入れず、うんざりして文句を言おうとした。
するとアベルが顔を上げたと思ったら、みるみる泥まみれの顔を歪ませて、次の瞬間に消えた。
と、思ったらアベルは彼女の足にすがって這いつくばっていた。
マーガレットの本日二度目の悲鳴が出そうになったところで、アベルは半泣きで震えてながら訴えてきた。
「俺、ホントにそういうのダメなんだよ・・・・・・。
もう道なんてわかんねぇし、日暮れまでに森抜けるなんて無理だって。
屋根の下ならどこでもいいので泊めてください!
宿代も出します、ホント、お願いします!!!」
逸れ人とは実体を持たないヒト、いわゆる幽霊だ。
強い感情、主に死に際の怨念などが森に漂う精霊と混じって害をなすと言われている。
害とは人の生きる力である精力を吸い取るのだが、特筆すべきはビジュアル面で、かなり怖いのだ。
出会えばトラウマものである。
もしかして、泣いちゃったの?
言葉も僕から俺になっちゃってるし。
騎士様がキラ星石の何を探りに来たんだと思ったけれど。
初めの胡散臭い印象と違い、この騎士様は相当情けない感じの人らしい。犯罪者じゃなく騎士様なら危険なこともないだろうし。
そもそも、森の一人暮らしは会話に飢えるのだ。腹の探り合いじゃないなら歓迎だ。アベルからハッパー町以外の話が聞けるだろう。もちろん宿代の話も忘れていない。
現金収入って大事。
マーガレットは初めの怒りは完全に忘れてにんまりした。
「仕方がないな。」
マーガレットは渋々といった体でアベルに手を差し出し・・・足から引きはがした。
「どうぞお入り下さい、アベルさん。さあ、立って下さい。」
「!」
こちらを見上げた目はきれいな碧眼で、涙に潤んでいた。
「ありがとう!本当にありがとう!」
大の大人が涙目ってどうかと思いながらマーガレットは家に招き入れた。
でも、あの眼はキレイ。
ふとそう思った。