自宅兼薬草の森 3
「おばあちゃんが書いた内容は以上です。」
字が読めない客人達のため、前魔女の手紙はマーガレットが読み上げた。
それは15年前の飛空籠が燃えながら落ちてきた時の事から始まり、中盤からはマーガレットの成長の記録となって淡々と書いてあった。
最後に、前魔女の心情がつづられていた。
『たぶん一緒にあった遺体は親姉妹だろうと思う。だがそう言ってしまってはこの子も人生に希望が持てないかもしれない。精霊の塚だと言って墓をつくって日々参らせるので、遺体のことは黙っていさせて欲しい。迎えに来た方は、どうか真実を教えてやってくれ。情けないが私には言えそうにない。どうか、どうかあの子が幸せでありますように。魔女バイオレットより』
「おばあちゃん・・・・・・・。」
「マーガレット。大丈夫?」
「うん。・・・・・・おばあちゃん、バイオレットって名前だったんだと思って。」
「あ・・・はい、そこね。」
クレイアもバレットも、女王が亡くなっていることは予想の内だと言っていた通り動揺はなかった。手紙とその他の品を簡単に確認すると、精霊の塚に行きたいと言った。骨を回収して王弟達に見せるそうだ。骨にも力は宿っており、血族にはわかるらしい。アベルはルクシャーン人とは便利なものだなと独り感心した。
「それと、ララナの迷子石を貰ってもよいか? 飛空籠に戻れば多少の金はある。」
「いえ、これはクレイア様の持つべき形見でしょ。変な使い方して、こちらこそごめんなさい。」
マーガレットが形見の入った籠をクレイアのもとへ置いた。
クレイアは中から迷子石の入った箱だけ出して、後はマーガレットに返した。
中に入っていた布は当時の飛空籠の帆の部分の予備だという。初期の飛空籠は上昇させる熱風や突風の衝撃の耐久性が足りず、予備を使う間も無くこの森で燃え尽きて落ちた。発見された時、マーガレットはこの布で包まれ、さらにその上から両親がマーガレットをしっかりと抱いて倒れていたそうだ。残念ながら両親は亡くなっていたが、おかげでマーガレットは生き残った。
王女はすでに小さな棺桶に入って落ちていたそうだ。手紙には棺桶ごと埋めたと書いてあった。
「後は君の物だ。迷子石のこと、感謝する。」
これは生前ララナ王女が飛空籠を除いて、唯一クレイアにねだった物だそうだ。
「これが私を導いてくれたとは、ララナは本当に賢い子だな。」
クレイアは懐かしそうに、そして少し悲しそうに笑って、懐にしまった。
精霊の塚が実はお墓だったとは。
マーガレットは精霊の塚をじっくりと眺めた。
手紙を確認した後、家からそんなに遠く無い森の中に4人はいた。
よく参るように言われていたけど、そういうことだったのか。両親が眠っていると突然言われてもピンとこなかった。おばあちゃんが亡くなった時は世界が終わったみたいに悲しかったけれど。
迎えを待てっておばあちゃんに言われて、義務みたいに思っていたのかな、と今更のように気付いた。
マーガレットは改めて簡素な石の塚をみた。墓だと言われてみたら、どこからどう見ても手作りの墓だった。小さい頃の思い込みとは恐ろしい。
ララナ王女の骨は、アベルの頑張りによって早々に手に入った。もうすでに棺桶は埋め戻されて、アベルは休憩中だ。
クレイアの話を聞いてララナ王女は大人の印象をもっていたが、小さな棺に幼児の白骨が横たわっていたのは驚いた。確かに話の中でクレイアは、五歳にもならないと言っていた。
その悲しい運命に、改めて黙とうをする皆であった。
マーガレットは塚の周りで摘んできた花を添えて、掘り返した後を簡単に掃除をしながらバレットへ声をかけた。気になっていたことがあったのだ。
「そういえば、ここは王女さまの力が溢れているんですか? 私、感じたことないんですけど。」
「ええ。私も不思議なんですが、この土地と上手く混じっているのか、とても穏やかな力です。」
「ああ、城のような強引に入ってくるような力ではないな。
森の入口で漂っていた力は確かにララナ王女の力だと確信したが、ここへ来ても苦しくない。
たかだか15年程度で力が消えるとは思えないが・・・・・・・。」
その時アベルはピンときた。ララナ王女の漂う力が頭脳に働いたのかもしれない。
「森に吸収されてしまった?」
思い出されるのは、びちびちと動き回る木の根。そういえば薬草も特殊と言っていなかったか?
「御国では、木の根がヘビのようにのたうち回ったりしますか?」
「そういう怪異は聞いたことがありませんね。」
なにを突然言い出すのだと、不審者を見る目で見ないで頂きたい。これはあんたら一族の影響だろう。
ララナ王女の力とこの森は大層相性が良かったようだ。
偶然にも王女の願いはこの地で叶えられたのだ。
ちょいちょい、とマーガレットを呼んで木の根や薬草について聞いてみた。やはりここの植生は他とは少し違うという。
「ということで、マーガレット。この森は特殊らしいよ。
根っこの事も含めて、ララナ王女様のためにも、誰にもしゃべらないでね。」
軽く説明してマーガレットにくぎを刺した。遺骨泥棒など流行ったら困る。
「普通の木の根は動かないっておばあちゃんが言ってたけど、ここだけだったんだねー。」
毎度思うがマーガレットは適当に流しすぎだと思う。
まあ、マーガレットは森から出ることもほとんどないようだし、ばれる可能性はほとんどないか。
「そう、ここだけだよ。」
結局アベルも適当に流した。
俺がしっかりマーガレットを見張っていれば良いか。
アベルのお母さん属性が発揮された。
念のため、客人達には帰り道にマーガレットの木の根の狩り?収穫?を見てもらった。
客人達は王女の力の行き所に納得し、そしてマーガレットの家でお茶を飲んだことを少し後悔した。
その日の内にアベル達はハッパー町の宿に戻り、明日の朝、領主様の下へ向かうことになった。
すでにハッパー町に伝令役の騎士が来ており、宿の支払いも先に清算してくれていた。
彼には折り返し、客人の用事が済んだ事を急ぎ伝えてもらった。騎士は用事が済んだと聞き、足取りも軽く馬にまたがり、砂煙と共に去っていった。
帰りの道中は何事も無く、和やかに進んだ。
「何が、和やかにだーーーーー!」
もう少しでルーン城下に入るところだったのに。
アベルは絶望して叫んだ。
馬車の外を見れば、夕闇に溶け込むように逸れ人が揺らめいていた。
「アベル君はいったい何に絶望しているのかな?」
バレットが困惑顔で聞いてきた。客人のお二人は怪訝そうに、小さくなって震えているのアベルを見ている。
マーガレットはアベル側の窓をみて遠くに逸れ人を見つけた。
怖がる人ほど見つけてしまうのかしら。精霊の森でもないのに珍しい。アベルも運がない人だ。
あれ、こちらに寄ってくるみたい。
「バレット様、アベルは心の傷を負っていて、逸れ人に会うと取り乱すんですよー。」
「逸れ人、と言うのはあの悪霊のことかな?」
バレットは窓の外を指さした。逸れ人はさきほどより近い場所にいた。
クレイアは取り乱すアベルの方が面白いのかじっと観察していた。
アベルは頭を抱えて外を見れないようだ。
あ、汗がすごい。棺桶を掘り返したときは涼しい顔でやってのけたのに。
「バレット様の国では悪霊と言うんですね。
そう、あれって見た目が怖いから。子供の頃に見ちゃうとトラウマになったりするんです。」
「あれは人の死に際の無念ですよ。幼子が見ると、魂が一部黒く染まるのです。」
「魂が黒く染まる?」
「ええ。一部ですが。だから異常に怖がるんです。
国では、王家のような大きな力と無念の死が結び着くと主に悪霊になりますね。
城のまわりでは毎年数体発生して、被害に悩まされております。」
数体のところでアベルの身体の震えが大きくなった。
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