本物の王子様
「クレイア様は、天上に住んでいるのですか?」
マーガレットは恐怖を紛らわそうと、勇気を振り絞って会話を試みた。自己紹介をする辺り、会話もしてくれそうだ。初めクレイアは少し目を見張って驚いたが、案の定面白そうに話し始めた。
「その様子だと、君はこの大陸に他の国があると知らないのだろうね。
私の国はあの南の山脈を越えたところにある、ルクシャーンの王が治める国だ。
我らは険しい山々を飛空籠に乗って越えてきたのさ。」
「ルクシャーン王国、飛空籠・・・・・・・天上の方ではなかったのですね。」
この人達は遥か彼方から来た人間だった。天の使いではなかった。
「この籠を飛ばすには特殊な技術と才能が必要でね。操作できる者が現れるまで15年前も待ったよ。
ああ、海路は過去に何度も挑戦したらしいが戻って来た船は無いからね。
今は海路を行こうとする者は誰もいないよ。」
だがこちらに辿り着いた船はあるようだ。
クレイアとバレットは自分たちの血脈を感じ取ることができた。かなり薄まっているが、騎士達の数人、アベルもルクシャーンの血が混じっていると感じた。過去にルクシャーン王国の船が辿り着いていたに違いない。
おかしいのはこの娘だ。混じっていない、純粋なルクシャーン人なのだ。辿り着いたルクシャーン人だけで血を守って来たのかも知れないが、それにしては我々を知らなさすぎる。第一、ルクシャーン人の攻撃がわからない様子は演技ではなかった。
金髪碧眼でなく、なによりこんな近くでも王族の血を感じられないのは王女でない。しかし捨て置けないと何かが引っかかった。
「ルクシャーン王国では、みなさん金の髪に碧の眼なんですか?」
マーガレットに髪を見られ、そう言えばアベル以外の騎士達に金と碧の配色はいなかったなと思い出す。
「王家の血筋はほぼこの配色だが、国民はマーガレットのような茶色も珍しくない。
海を越えてもっと南へ行けば別大陸もあるから、そちらの人も移住していたりするし色々だな。」
「別の大陸もあるのですか! 色々な人がいるなんて、なんだか楽しそうです。」
マーガレットはハッパー町の街を歩く人々を思い出して言った。みんな茶色だ。
「アベルのような金髪碧眼は、こちらでは珍しいんですよ。クレイア様も王子様みたいで素敵ですね。」
「私は四番目だがな。」
?
「何度目かの王位継承権争いの真っ最中だ。まあ、あと少しで私が王だ。」
クレイアは物騒な笑いをして言ったが、マーガレットは話を理解するのに精一杯で気が付かなかった。
「絵本では王子様一人しかいなかったのですが、実際は四人もいるんですね?
王は領主様?みたいな人なんですよね。
・・・・・・! すいません。王子様だとは知らずに私ったら。無礼な態度でごめんなさい。」
今更ながら失礼な話し方ではなかったろうか。町長息子達には婆くさい話し方だと言われていたのだ。
クレイアは言葉が通じるだけで十分だと言った。なるほど、言葉が違う国もあるらしい。
「大丈夫、失礼だと思っていないから。では、次は君の話も聞かせてくれると嬉しい。」
「私の?」
と、うっかりクレイアの方を見てしまった。今までは微妙に視線を誤魔化していたのだ。
それはそれは肉食獣が狙いを定めたような顔だった。本人は微笑んでいるつもりなのかもしれないが、それが視界に入ってしまったマーガレットは、嫌な汗が腋や背中に吹き出した。アベルのトラウマもこんな感じなのかしら。関係のない事を考えて気を逸らそうとがんばってみる。
「クレイア様! 準備が整いましたー!」
話をしなくてはと口を開けたところでバレットが声をかけてきた。籠のまわりではいつの間にか騎士達も自由に身体を動かしていた。アベルは隊長と思しき人と何か話していた。どうやら今後の予定が決まったようだ。手紙らしき紙束をバレットから押し頂いた隊長は、騎士の半数を引き連れて城に戻っていった。
バレットと一緒にこちらに戻ってきたアベルは、この二人は賓客として扱うことになり、残った騎士は籠を警備すると教えてくれた。そして話ながら、さり気無くマーガレットを背中に庇ってくれた。助かった。あちらの視線は怖いほどわかるが無視だ。
「参りましたよ。こちらの言葉は不自由しないから、当然言葉も一緒かと思っていたら全く違うんですよ。」
やれやれとクレイアに報告している。
「アベル君が訳をしてくれたので助かりました。
手紙の内容を戻る騎士に言って聞かせて、その手紙も渡しました。
騎士が言うには馬車をよこすからここで待てとのことでした。思いのほか、丁寧な対応でしたよ。」
バレットはニヤニヤと人が悪い顔で話している。騎士達の怯えた様子を笑っているようだ。
「未知の力でねじ伏せられて恐怖を感じただろうに、彼等は冷静に働いていたよ。おかげで助かった。」
おやそうですか、とバレットが返すと、クレイアは明日の天気を話すように応えた。
「ああ、余計な殺戮をすれば、我々の今後の行動が取りづらくなるからね。」
実際に二人を捕えようとした騎士達は、近づいただけで身体の自由が奪われ、(トラウマで馬鹿にされているが)騎士団で上位を争う実力のアベルが吹っ飛び、恐怖に陥った。
ところが、この二人は外国からきた王族と従事であり、15年前にこちらに来た王女である妹を探しに来ただけだという。そして妹を見つけたらすぐに帰るという。さらに妹が帰国したくないなら、書類にサインを貰うだけでも良いという。
それができないなら、騎士達に使った力で無益な戦いが起こるだろうと手紙には記されていた。
内容は物騒なところもあるが、言うことを聞けばさっさと帰ってくれそうだ。刃向う手段がない自分たちは、全力を挙げて人探しに協力するしかないのだ。未知の力で打ちのめされた騎士達は素早く指示に従った。
アベルとマーガレットは、世話係と言う名の人質として残ることになった。二人の要請だ。
アベルは手紙の訳を手伝って嫌でもわかった。15年前に王女がこの地に来て、15年前に迷子になったマーガレットはそれに深く関係している。しかしそれを言えば、マーガレットは危険に晒されるのではないか。それを思うと言いだせなかった。
それにあの二人は薄々気づいているだろう。何かとマーガレットを傍に置いて探っているようだ。
怯えるマーガレットを背後に庇っていられるのも今の内かもしれない。
「人探しと言っても、あてはあるのですか? 15年も経っていたらわからないかもしれませんよね。
それに15年前に外国の方が来られた記録はありませんよ。」
アベルは物騒な話をマーガレットの前でしてほしくないのもあり、話の流れを変えるために気になっていたことを聞いてみた。旅装が身軽な二人を見て違和感があったのだ。
「私の国に住む者たちは、自分の血を感じ取ることができるのだ。妹という身内なら特にね。
探すのも特定するのもそれほど難しくないだろう。」
「君からも薄く感じるよ。アベル君は何代か前にルクシャーン人の血がはいっているでしょ。
騎士達の中にも何人かいたね。」
不思議な力があるものだとアベルは驚いた。だとしたらマーガレットは王女ではないのだろう。なのに何故まだ執着するのだろうか。
「この国の人々は我々と姿は似ていても、種族の違いはかなりあるようだ。
この国の人々は力に全く無防備であったし、力を持つものはいないのだろう?
ねえ、マーガレット?」
「え?」
アベルは思わず声が出た。何故マーガレットに聞く?
マーガレットはアベルのシャツを握りしめた。
読んでいただき本当にありがとうございました。




