君はだれ? ここはどこ?
「わからないよ? だから迷子なんだよ。アベル大丈夫? 眠いの? 私も眠いよ!」
眠くなってきたらしいマーガレットに文字の事情を伝えると、やはり私はどこかのお姫様じゃないのか、もしかして妖精なのかとうっとり夢を見だしたので、今夜はそこで話を終えた。
マーガレット姫の集中力はここまでのようだ。
「よきにはからえー。」
姫になり切ったマーガレットはおやすみなさいと言いたかったようだ。目を離した一瞬に横で寝た。鼻がぴー、ぴー、と暢気に鳴っている。
初めに会った時はあれほど警戒していたのに。野生の動物を手なずけた感じがする。アベルは少し笑ってしまった。
乗りかかった船か。俺がなんとかするさ。
アベルは本日2度目のお姫様抱っこをして運んだ。
ピチピチ、ピーピー。ピチピチ、ピーピー。
小鳥のさえずえりが聞こえて目が覚めた。
朝だ。歪みのない高価そうなガラス窓からキラキラと朝日がこぼれている。
あれれ。寝過ごした。布団が柔らかかったからかな?どんなに疲れていても夜明け前には自然に起きていたのに。
珍しく寝坊したマーガレットは周りを見回した。昨日最初に案内された客間だった。
全体的に歴史を感じる(古臭い)作りをしており、壁紙が所々黄ばんでいるのはご愛嬌だ。
しかし流石男爵家、窓ガラスは歪みなく外がキレイに見えるし、寝具はノリが効いたシーツで布団は柔らかい。マーガレットは気持ちよく過ごせた。
たしか昨夜はリビングでアベルと話していたと思ったが、途中から記憶がない。
たぶんその場で寝てしまったんだろう。そしてアベルに運んでもらったに違いない。ありがたや。
独りで生活して半年、知らず知らず気を張って生きてきたんだろうか。
独りじゃなくなった途端気が緩んでしまったようだ。
マーガレットは自分の間抜け加減に小さく笑った。
何故だか不思議とアベルといると気を許してしまう。
そう、まるで。
「お母さん!」
「おはよう、マーガレット。」
言ったと同時に扉がガチャリと開いた。
そこにはアベルが驚いた顔で立っていた。
「ごめん! いつもの癖で起きた気配があったから開けてしまった。
それより、お母さんって。なにか親について思い出したの?」
「・・・・・・イイエ。何でもないよ。」
ぬるい笑顔でごまかした。
アベルは顔を洗おうと呼びに来てくれたようだ。寝間着でついて行こうとしたら案の定、カーディガンを羽織らされて怒られた。
理想のお母さんがここに居ましたー!
昨日同様に嵐のような朝食をごちそうになった後。
アベルは家族に事情を話していたのだろう、すぐに城に向かうこととなった。
またしてもアベルの家族は全員で見送ってくれた。
「アベルの都合につき合わせてごめんなさいね。」と女王様。
「俺じゃない、領主様の都合だ。」とアベル。
「終わったらまた戻っておいで、お嬢ちゃん」とムキムキマッチョおじさん。
「父上、一応この子18歳らしいよ。」と老けた王子様。
「じゃ、アベル貰ってもらえるじゃん!良かったな。」とちょっと老けた王子様。
「私は庶民ですから、アベルさんを買える程のお金は持っていませんよ?」
「・・・・・・・。」とみんな。
みなさんどうして黙ってしまったのだろう。
兄達のやり取りをぶった切ってくれたマーガレットに感謝しつつ出発した。
二人で馬に乗ってのんびり城に向かう。からかわれるのが面倒で早めに出てきたから、時間に余裕はあるのだ。
「うわあ、アベル、朝日がまぶしいねー!」
「城は東の方向にあるからね。まぶしいなら俺の後ろに乗り直す?」
「前が見えた方がいいからこのままが良い!」
「ハイ、ハイ。お姫様、マーガレット様。」
ポク、ポク、ポク、ポク、と軽快に馬を進ませて行くと小さく城が見えてきた。もう直ぐで城下町の門に着く。そこから詰所に寄って謁見の申請を出して、あ、俺の勤務変更の申請も。着いたらやらなくてならない雑務を考えていたら、マーガレットが腕の中で声を上げた。
「アベル! あれ見て! 太陽の中に影が浮かんでるよ!?」
「!」
太陽を背に、城の上空に大きな影がふらふらと浮かんでいた。バルコニーや見張り台に騎士達がワラワラと飛び出していくのが小さく見えた。
「マーガレット、しっかりつかまって!」
馬は全速で駆け出した。
アベルたちの馬がようやく城下町の門に着いた時、大きな影もこちらに向かってきた。ここは原っぱになっている。大きな影も降りやすい場所なのだろう。地上の騎士たちを引き連れて、それはふらふらと降りてきた。
それは、近くで見ると大きな籠にそれよりもさらに大きな袋が上で膨らんだものだった。
ズドン!っと思った以上の音と共に大きな籠が落ちてきた。
上に付いていた袋は籠の落下に一拍遅れて、花が萎れるようにゆっくりと萎んでいった。
遠巻きに騎士たちが固唾を飲んで見守る中、大きな籠がガタガタと震え、籠の一部が剥がれるように開いた。
次の瞬間、騎士たちは一斉に剣を突き付けた。中から二人の若い男が出てきたのだ。動きやすそうな服にマントを羽織り、鍛えられたとわかるしなやかな身のこなしをしていた。
特筆すべきはどちらも金髪に碧眼だった。
「やあ、豪勢なお出迎えご苦労だった。
で。ここはどこだ?」
アベルは馬が興奮して暴れださないようにとマーガレットの保護も兼ねて少し離れたところにいた。
離れた場所だが、籠の様子はよく見えた。アベルもまさか中から人が出てくると思わなかった。
空から人が降りてきたよ!と興奮してマーガレットの様子を伺うと、なぜか怯えて泣きそうな顔をしていた。
「マーガレット、怖かったの?大丈夫?」
「あの、籠、すごく嫌な感じがする・・・前もすごく怖かった・・・・。」
身体が震えている。
「嫌な感じ? 前も? あれを知ってるの?」
思わずマーガレットの両肩を持って顔を覗き込んだ。
マーガレットの丸い目には、いっぱい涙が溜まっていた。
ああ、これは見ちゃダメだ。小動物をいじめたような、妙な罪悪感で胸が痛い!
女の涙?に参って話を聞けないでいると、急に後ろに気配がした。
「!」
殆ど本能でマーガレットを抱えて横に跳ぼうとした。
しかし次の瞬間、アベルだけ原っぱへ吹っ飛ばされていた。コロコロと芋のように転がってようやく止まる。
右ひじと右わき腹が痺れて熱い。それは一呼吸すると激しい痛みに変わり、アベルは呻くしかできなかった。
「アベル!」
マーガレットが心配して叫ぶ声が聞こえた。今は俺だけにしか攻撃していないらしい。
剣を向けていた騎士たちは何やってたんだ。応援を呼ぼうと騎士達のいる方向に首を向けようとしたが、痛みと別に身体が動かない。何だこれ!
空の住人、女性には攻撃してくれるなよ・・・・・・・。
痛みに呻きながら見ることしかできない。
先ほど騎士に話しかけていた男がマーガレットに近寄った。アベルを吹っ飛ばしたのはこいつだろう。マーガレットがいっそう怯えているのが見て取れた。
機嫌の良さそうな表情をしていた男はマーガレットに話しかけようとした。
が、一瞬引いてよくよく彼女を見ると、不思議そうに首を傾げた。
「君はだれだ?」
読んでいただき本当にありがとうございます。
7/21 セリフを少し編集しました。話の流れは変わりません。




