遭遇
ざっざっざっざ。
ぐいっぐいっぐいっ。
昼間でもなお薄暗い森の中。ひと際大きな木の根元に、なにか大きな塊がモソモソと動いている。ソレは近づくにつれ、どうやら人の後ろ姿のようだとわかった。ソレは腰のあたりの深さの穴に屈みこんで、熱心に土を掻き出しているようだ。
彼は職業柄気配を消し、近くの木陰に身を潜めたが、その人物からは思ったより可愛らしい呟きが聞こえた。
「もう・・・ちょっと」
「?」
ざっざっざっざ。
ぐいっぐいっぐいっ。
「・・・・・・ぅおりゃ!」
「!!」
気合が入った声が野太い。これは可愛らしくない。
彼女(?)は土にまみれた太い縄状のものを引っこ抜いた。掲げた手には、腕を広げたぐらいの長さもある縄状の何かが握られていた。ソレは彼女の手から逃れようと、そこら中に絡みくようにうねって動いている。
あのように動くのなら、蛇なのだろうか?それにしては縄状のものに細い根のような繊維が幾つも付いて見える。
そう、まるで木の根のように見えるが・・・・・・、それは未だに全力でうねり動いている。
彼は偶然、女性(だと思う)が不思議な獲物を捕らえたところに出くわしたようだ。
ビチビチビチ、うねうねうね、びちびちびち・・・・・・。
穴からはい出した彼女は顔を含め全身を泥まみれにしていたが、小柄な若い女性にみえた。彼女は引っこ抜いたものをしばらく嬉しそうにみていたが、すぐに我に返ってヘビ?をムチのように地面に叩きつけた。彼は一瞬見つかったかと身を強張らせたが、どうやらヘビ?を絞めたようだ。彼女は慣れた動作で動かなくなったソレを小さく巻き取り、腰に付けた籠に押し込んだ。
様子を窺っていた彼は、この人物の可愛い声に期待していた分、野性的な行動にちょっと引いた。
しかし彼女の作業もひと段落したようだ。
青年は、早くこのつまらない任務を終わらせようと、木陰から一歩踏み出した。
「こんにちは、お嬢さぁーーーーーーー!!!」
青年は、木の根元にあった掘りたての穴に滑り落ちた。
彼女の掘った穴は、一つではなかったのだ。
「・・・・・・どちら様ですか?」
「ねぇ、初めに聞くことがそれ。」
「・・・・・・御用は何でしょうか?」
「・・・・・・とりあえず穴から出たいな。これも君が掘ったの?」
見たことのない青年が穴に落ちた。今は泥にまみれているが、服が草臥れていない。こんな小奇麗な恰好は村人じゃないだろう。新品同様の服で森に入る村人なんて贅沢ものはいない。
この青年、胡散臭い。彼女は思った。
この青年は穴を掘った私に責任があるといいたいのだろうか。穏やかに話そうとしているようだが笑顔がひきつっている。勝手に穴に落ちたのに、八つ当たりだろう。
それに、こんな森に道を外れて入り込んで来るなんて、何か後ろ暗いことがある者かもしれない。
面倒事はもっとごめんだ。
彼女は無言で後退り、急いでその場を離れた。
見捨てたともいう。
「え、えぇっ!ちょっとーーー!?普通は手を貸すでしょう!?
お嬢さーーーーん!」
少し後に青年の叫び声が聞こえた。
彼女はいつものケモノ道をかき分けて、やっと家に着いた。
先ほどの胡散臭い青年は何だったのだろうか。まあ、穴もそんなに深くないし自力でなんとかできるだろう。あの狩場も遭難するような場所じゃない。引き返せばすぐに村への道はあるのだ。あの青年が犯罪者で逃げるために道を逸れたのかもしれないし、そんな人なら尚更助ける義理も無い。
それにここまではケモノ道を通ってきた。道を知らない人間がこの家まで辿れることはないだろう。
彼女・マーガレットは青年を憂うことなく今日の収穫を思い出し、ホクホクしながら家の扉に手をかけた。
と、同時に背後から泥まみれの大きな手がマーガレットの肩を掴んだ。
「こんにちは!お嬢さん。」
反射的に振りむけば、泥まみれの胡散臭い男が、胡散臭い笑顔で立っていた。
一瞬の後、マーガレットの悲鳴で周囲の鳥たちが一斉に飛び立った。