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第六話

 食事を終えた二人の少女は、ホテルに戻り、フロントで鍵を受け取った。幅広な階段を上った二階の、通路の一番奥に位置するツインの角部屋が、二人の宿泊する部屋となっていた。予約をしていたわけでもないのに、良い部屋が取れたのは僥倖だった。ユーディーは旅の幸先の良さを感じながら鍵を開けて、エファと一緒に部屋に入った。部屋の灯りをつけると、手前のベッドの脇に、頼んだ荷物が運び込まれていた。内装はクリーム色を基調としたシンプルなもので、暖色系の照明が部屋を温かい感じに照らしている。窓は少し小さく、通りの店が放つ光がまばらに見えた。

「ユーディーさん、どっちのベッドがいいですか?」

 エファは、ベッドを前にして、初めてのお泊まりに興奮を隠しきれずにいた。声が弾んでいる。普段が大人びているだけに、ふとみせる年相応の子供っぽい一面がやけに可愛らしいとユーディーは思った。警護のために自分がどちらのベッドで寝るべきかという考えは、エファの声で消えてなくなってしまっていた。

「ボクはどちらでも構わないよ。キミが好きな方のベッドを選ぶといい」

 入口のドアに鍵をかけながら、ユーディーは答えた。エファは少し悩んでから、入口に近い方のベッドにちょこんと座った。

「では、こちらのベッドにします」

 てっきり外の見える窓側のベッドを選ぶかと思っていたので、ユーディーは少しだけ意外に思った。エファはベッドの脇から自分のトラベルバッグを引っ張り上げて、自分の横に置いた。さらに頭の上のシルクハットを取って、その上にそっとのせた。ユーディーは奥のベッドに向かう前に、エファの足下から自分の荷物である麻袋を拾い上げようと腰を屈めた。そのとき、エファがにわかに体を動かしたので、ユーディーの顔の前で白い髪が揺らめいた。銀色の煌めきと、甘いシャンプーの香りが、ユーディーの視線をエファへと向けさせた。

 ベッドの端に座る白髪の少女は、高級な人形のように静かに美しかった。ユーディーの動きは思わず止まってしまい、ただ目の前の少女を見つめることしかできなかった。

「どうかしましたか?」

 急に動きを止めて自分を見るボディガードの様子を不思議に思い、エファは小首をかしげた。

「いや、なんでもないんだ。気にしないで」

 ユーディーは慌てて荷物を抱え上げ、窓側のベッドへ向かった。どうして、彼女の白い髪にこれほど目を奪われるのか。確かに白く輝く頭髪は純白の絹糸のように美しいが、美しさだけが理由なのか。ユーディーは自身の心に起こった波に、対処しきれずにいた。麻袋を自分のベッドの上に放り投げてから、窓に近づいてそっとカーテンを閉める。ひとつ息を吐いて振り返ると、エファが背中に手を回し、ワンピースドレスのファスナーを下ろしにかかっていた。

「シャワー、キミが先に使っていいよ」

 何か喋らないと、また白い髪と背中に自由を奪われそうだった。

「はい、ありがとうございます」

 エファはそう応えると、ファスナーを下ろし終えて、その細い腕を袖から抜く。透き通るような白さの肩が露になった。あまりに華奢な後ろ姿に、ユーディーは彼女が護衛の対象であることを改めて思い出していた。

「何もないと思うけど、シャワールームで何かあったらすぐに言って。ボクはずっとここに居るから。それと、先に言っておくけど、ボクがシャワーを使っているときに誰かが部屋を訪ねてきても、鍵は開けちゃダメだよ」

「ユーディーさんがシャワー中に、鍵を壊して誰かが襲ってきたら、どうします?」

 そんなことはないと分かっていながら、エファは悪戯っぽく質問した。

「そのときは、裸で髪がシャンプーまみれだとしても、浴室から飛び出すさ」

 ユーディーの少し冗談っぽい回答に、ふわりとした白髪と白い肩が微かに揺れた。後ろ姿からも、エファがクスッと笑ったのが分かった。それから体をひねって、窓際に立っているユーディーの方を振り返る。胸元を脱ぎかけのワンピースで隠している仕草が、子供ながらに色っぽかった。

「そんなことにならないように、二人で一緒にシャワーを浴びるというのはどうですか?」

 ニッコリと笑顔で、エファが提案する。確かに、一緒に入れば入浴という無防備な時間に目を離さず護衛することができる。ユーディーは妙な気恥ずかしさと護衛の利便の間で葛藤した。だが、プロとしてどちらを重んじるかは明白であった。

 ユーディーもミリタリーコートを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外した。

 二人とも裸になったところで、タオルを持って浴室へ向かった。浴室は部屋がツインだからなのか、トイレは別になっていて浴室自体も結構な大きさがあった。

 タオルを濡れないように入口のステンレスバーに掛けてから、バスタブに入った。向き合い、至近距離で並んでみると、エファはユーディーより頭ひとつ分以上背が低いことが分かる。エファの顔は丁度ユーディーの胸の前にあった。細い金縁のサングラスは、服と一緒に置いてきている。そして、その裸眼の紅い目は何かに驚くように丸く見開かれていた。

「どうかした?」

 ユーディーは不思議に思い、綺麗な白の頭髪を見下ろしながら尋ねた。

「いえ、ユーディーさんのおっぱい、大きいなと思って」

「な、何を言って……」

 予想外の答えにユーディーは動揺を隠せなかった。

「ごめんなさい、変なことを言ってしまいました。でも、ユーディーさんすごく美人だし、それでおっぱいも大きいなんて、ちょっとうらやましいです」

 ユーディーのふくよかな胸を見つめるエファの視線はしかし、羨望というより彼女が触れたことのない母性への欲求だったのかもしれない。

「ボクは胸が大きくてよかったと思うこと、あまりないけどなぁ。それに、ボクを美人だというキミだって、十分可愛いと思うけど」

 実際、真っ白な髪や紅い目にばかり注意が向きがちだが、エファは目鼻立ちの整った可愛らしい容貌で、将来的には並ならぬ美人に成長するであろうことを予感させる。

「ユーディーさん、意外とお世辞がお上手なんですね」

「その言葉、そっくりそのままキミに返すよ」

 けれども二人の美しい少女は、どちらも自分の優れた容貌に無自覚であった。

「それより、早くシャワーを浴びてしまおう。いつまでも裸でいると風邪をひいてしまうよ」

 ユーディーは、いつまでも胸を注視されるのが少し恥ずかしかったので、シャワーの蛇口をひねった。程よく熱いお湯が、シャワーの口から吐き出される。

「後ろを向いて。髪を洗ってあげるから」

 シャンプーボトルを手許に引き寄せて、ユーディーは言った。エファは素直に背中を向けた。

「最近のボディガードは、髪まで洗ってくれるんですね」

「キミみたいな、綺麗な髪の女の子だけさ」

 ユーディーはボトルから適量のシャンプーを左の掌に出した。

「やっぱり、ユーディーさんはお世辞上手です」

 エファは笑いながら、お湯を頭に受けた。

 それから短くない時間をかけて、二人の少女は髪を洗い、身体を洗った。エファの髪の柔らかさと繊細さが、ユーディーの手にいつまでも残っていた。

 シャワーを終えた二人は、浴室を出て各々寝間着に着替えた。エファは身体より少し大きめのシルクパジャマで色はダークブルーである。袖が随分と余っている。また、入浴前に外したサングラスもかけなおしていた。エファは視力が弱く、サングラスには度が入っているので、室内でもサングラスをかける必要があった。一方ユーディーは白いショートパンツにゆったりとした黒のタンクトップというラフな格好を寝間着にしていた。

 しばらく少女達は会話を交わして時間を過ごしていたが、じきにエファの方が眠気を帯びてきた。慣れない旅の初日でもあるし、まだ子供であるエファに疲れがあらわれるのも当然といえるだろう。エファはサングラスを外してナイトテーブルに置き、ベッドへと潜った。ユーディーはそれを見届けると、部屋の灯りを消した。そして、自分のベッドの脇に置かれたスタンドライトだけを灯して、銃の手入れを済ませることにした。

 銃の手入れを終えて、弾丸を装填していると、眠っていると思っていたエファから声をかけられた。

「ユーディーさん……」

「どうしたんだい? 明日は朝早いから、もう寝たほうがいいよ」

「それが……疲れているはずなのに、どうしてか眠れないんです」

 ボディガードとの二人旅という、ある種異様なシチュエーションがストレスとなり、気が立っているのだろうと、ユーディーは考えた。しかし、自分が彼女に何をしてあげられるのか分からずに、ただ手に握った銃を見つめる。

「ひとつ、わがままを言ってもいいですか?」

 ベッドの中で小さく身体を動かしながら、エファが言った。声が少しだけ細く聞こえた気がした。

「うん。なんだい」

「こんなことお願いするのは、子供っぽくて恥ずかしいんですが……一緒に、寝てもらえませんか?」

「いいよ」

 ユーディーは静かに答え、自分のベッドから離れた。ナイトテーブルの上、エファのサングラスの隣にリボルバーを置いて、スタンドライトを消す。自分が少しでも彼女の気持ちを落ち着かせることができるなら、一緒に寝てあげるくらい訳無いことだとユーディーは思った。

 掛け布団をめくると、エファが場所を空けてくれたのでそこに滑り込んだ。

「ありがとうございます」

「さぁ、おやすみ」

 エファはユーディーの左手をキュッと握って目を閉じた。ユーディーは、これなら部屋をツインで取らなくてもよかったなと思った。こうして二人の少女は旅の一日目を終えた。

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