第三話
祖父の事務所で依頼の内容を聞いた翌日の夜、ユーディーは酒場に居た。それは酒を愉しむためではなく、仕事仲間から今回の依頼に関する情報を仕入れるためであった。
ユーディーは目的の人物を視線で捜したけれど、仕事終わりの人々で沸き返る店がそれを邪魔している。一旦カウンター席に腰掛けた。
「ミルクを」
バーテンダーは若すぎる客の容姿を一瞥した後、淡々とグラスにミルクを注いだ。グラスがカウンターに置かれると同時に、ユーディーの隣席に人影が滑り込んだ。
「ミルクって……子供じゃないんだから」
人懐っこい口調でからかうのは、目当ての人物であるリーゼ・ランメルツであった。
「ボクはまだ子供だよ」
ユーディーはグラスを傾けながら、横目でリーゼを眺める。ブロンドのショートカットを白い指先でいじっている。ゆったりとしたシャツにデニムのパンツというラフな格好だった。見た目の線は細いが、コロコロ変わる表情と大げさな身振りが彼女を少し大きく見せている。それがユーディーの以前から抱いている印象だった。
「マスター、あたしマティーニね」
リーゼはカウンターに少し身を乗り出し注文を告げた。
「リーゼ、わかっていると思うけど、今日は」
「わかってるって。例の少女護衛依頼のことでしょ。仕事熱心だねぇ」
茶化した態度のリーゼに、マティーニが差し出された。
「仕事のリスクを最低限に抑えたいだけだよ、ボクは」
ユーディーはグラスを置き、リーゼがマティーニの量を半分にするのを待った。
「でも、だいたいのことは資料を読んだんでしょ?」
「だいたいは、ね。その先を調べるのがキミの仕事」
ユーディーの言葉にリーゼは軽く笑って、半分残ったマティーニを飲み干した。バーテンダーは離れた席の客を相手にしている。
「まぁ、そーゆーことだね。それじゃお姉さんがお得な情報を提供してあげる」
人差し指をたてながらそう言った後、ニッと白い歯を見せてリーゼは笑う。まったく、どっちが年上なんだか。少し子供っぽい表情を見せる、六歳も年長の仕事仲間を前に、ユーディーはそう思った。けれども彼女の仕事に対しては信頼を置いている。六歳どころではない、何十歳も年上の情報屋よりもリーゼを信頼している節さえあった。それだけ付き合いも長いのだ。だからリーゼの目の奥の光が真剣さを帯び、これから話が本題に入ることをユーディーは感じ取っていた。
「今回の依頼の概要は、資料にあったとおりの警護なんだけど、懸案事項があるとすれば、対象の女の子がアルビノだってことかな」
「アルビノ?」
聞き慣れない単語に、ユーディーはおもわず聞き返していた。
「あたしも詳しいわけじゃないんだけど、生まれつき体の色素が薄いというか、とにかく真っ白なんだって、肌も髪も。それで目の色は血の色が透けて紅いんだって」
ユーディーはふーんと相槌を打つ。アルビノの少女を想像しようとしてみたけれど、うまくイメージできなかった。ただ、実際に真っ白な紅目の少女が現れたら、ちょっと神秘的だと思った。それでね、とリーゼは話を続けている。
「アルビノの人は太陽の光に弱いらしいの。特に今回の対象はまだ子供だし」
リーゼは話しながらピックをつまみ上げ、その先に刺さったオリーブを咥えた。
「つまり、ボクは彼女に日光浴させないよう気を付ければ良いわけだ」
「まずひとつ、留意するべき点はそこね」
思わせぶりな口調で、リーゼはまた笑う。
「まだ、なにか?」
「というより、ここからが本題」
訝しむユーディーに対して、リーゼは笑顔を崩さない。カウンターの照明がカクテルグラスに反射し、笑顔の女の瞳に映って光る。
「最近、アルビノを狙った人身売買の噂があるの」
なるほど。ユーディーは得心した。その表情を見て、リーゼは付け加える。
「アルビノ自体が珍しいから、いくつも事例があるわけじゃないし、組織的な犯罪かどうかわからない。けど、最近世間じゃ『教団』を名乗る連中がアルビノを神秘的に扱っていて、大衆にもその風潮が浸透してきているみたい。なーんか臭うよね」
いつも要点をおさえた確実な情報を持ってくるリーゼだが、今回は噂の全容を掴みきれていないようだった。
「なんだかキミらしくない胡乱な情報だなぁ」
ユーディーは親しみと皮肉の溜め息を混ぜた。
「アルビノに関する情報や事例が無さすぎるんだよぉ。アルビノがらみの犯罪と言ったって、起きてない事件は調べられない。『教団』ってのも怪しいけど、シッポは掴めないの。だからただの噂話。でも、無視するわけにもいかない話でしょ」
確かに、今回の護衛対象がアルビノの少女だというなら、リーゼの話を全く無視することはできない。もし組織的な犯罪に巻き込まれたら、一対多数の戦闘になる可能性が高くなる。もちろんユーディーにはそのような状況に対するいくつかの術がある。しかし、準備は必要だろう。
「持っていく装備を考え直してみるよ」
ユーディーはゆっくりとグラスを空にした。
「あんまりたくさん武器を持って、後で肩が凝ったなんていわれても困るよ。確かな情報じゃないんだから」
リーゼは困ったような笑顔でユーディーを見た。
「わかってる。言っただろう、ボクは仕事のリスクを減らしたいだけだって」
それから、列車の時刻やルート、滞在することになるであろう街など、細かい情報について二人は確認した。その日の情報料は、情報の最たる部分が曖昧なこともあり、格安でいいとリーゼは言った。ユーディーは小額の情報料を彼女に渡し、彼女のマティーニ分の支払いもしてから、夜の酒場を後にした。