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第十九話

「喋れることは全部しゃべったんだ、見逃してくれないか」

 鈍色の銃身の前で、老人は惨めな懇願を続けていた。教主を名乗り、人心を扇動し、少なくない人間が所属する組織の長であった彼は、しかし一人の少女の前において愚物と成り果てていた。命惜しさに、その口は綿毛よりも軽くなった。おかげでユーディーはリーゼへの報酬となる情報を、想像以上の容易さで手に入れることができた。

 ユーディーはグリップを握る右手の親指で、リボルバーの撃鉄を起こす。

「ほ、本当だ。嘘も隠し事もない、喋った通りなんだ」

 眼前の金属音に、老人は主張する。

 ユーディーはその顔面に弾丸を撃ち込んだ。

「キミみたいな人を生かしておくと、エファや罪のない子供たちが安心して街を歩けないじゃないか」

 巨大な祭壇の前で仰向けに倒れる皺だらけの屍体を横目に、ユーディーは部屋の奥へと続く白い扉の前に移動する。それから、尋問中にあらかじめ教主から取り上げておいた鍵で、その扉を開けた。

 そこには二、三歩で渡りきれる短な通路があって、突き当たりに大部屋の入口を片開きにしたような、レリーフの扉が見えている。二歩で通路を渡り、その扉も開け放つ。

 先程の大部屋を小さくしたような、周囲すべてが白い部屋。脚に飾りを施されたチーク材の小さな机と、その上に置かれた銀の水差し。白いシーツのベッド。そこに腰掛ける、白い髪の少女。

「ユーディー……さん……?」

 少女は丸いサングラスの奥で、紅い目を見開いた。自然と透明な雫が頬を伝う。

 思わず立ち上がり、駆け寄る。ユーディーはそれを優しく抱きとめる。

「エファ、無事だったかい? 何かひどいことをされたりしなかった?」

 特に外傷のなさそうなエファの姿を確かめながら、それでも心配そうにユーディーは尋ねた。

「いえ、私は特に。閉じ込められていただけでしたから。それよりユーディーさんこそ、その怪我‥……、血が……」

 鉄の臭いと、ミリタリーコートの血染めを見てエファは狼狽する。

「ちょっと痛いけど、これくらいなんてことないさ。良かった、キミが無事なら、それで」

 ユーディーの顔に笑顔が戻る。

「でも……」

 エファは、血が滴るユーディーの左手の甲にそっと指で触れる。生温かい液体がエファの白い爪を赤く塗った。

「たしかに、このままだとキミの服に血が付いちゃうな……。あのベッドのシーツ、取ってもらえるかい」

 ユーディーはミリタリーコートを脱ぎながら、エファに頼む。

「え、あっ、はい」

 エファは言われた通りベッドへ戻り、シーツを剥がした。裸になったマットレスにユーディーは腰を下ろし、コートをベッドの端に掛ける。そして腰の革袋からバタフライナイフを取り出し、エファから受け取ったシーツを帯状に裂いていく。

「私がやります」

 エファは、ユーディーが作った即席の包帯を彼女の肩に巻きつける。

「もっと強く巻いて」

 バタフライナイフを革袋にしまいながら、遠慮がちな手つきのエファに言う。

「はい」

 エファは手に力を込めて、締め付けた。

「痛っ」

 傷の痛みに、ユーディーは苦悶の声を漏らす。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「いや、いいんだ。そのくらいきつく頼むよ」

 応急手当を済ますと、ユーディーはミリタリーコートを羽織り直し、エファに手を差し伸べた。

「さあ、ここから出ようか」

 傷の手当に集中していたエファは、改めて自分の置かれた状況を思い出し、細長く綺麗な指の手を取った。

「やっぱり、ユーディーさんて素敵な人ですね」

「えっ」

「信じてました。必ず助けに来てくれるって。それで、本当に助けに来てくれました。貴女を、信じて良かった」

 エファの瞳は潤み、その赤をより鮮やかに煌めかせる。

「約束、したからね」

 ユーディーは照れたように言う。

 二人の少女は、手を取り合ったまま微笑んだ。

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