第十一話
次の日の朝、ベッドの中で抱き合ったまま二人は目を覚ました。
昨晩の熱が残ったままのベッドの中で、寝起きの顔を突き合わせ、二人とも妙な気恥ずかしさを感じていた。
「おはよう、エファ」
「おはようございます」
エファは紅い目を眩しそうに細めている。
「朝食前に支度を済ませてしまおうか」
ユーディーはベッドから起き上がり、軽く伸びをした。
エファは枕元のケースから取り出したサングラスをかけた。
それぞれすっかり意識を覚醒させると、二人は支度をはじめた。
服を着替え終わった頃に、エファは手提げの中から小さな包みを取り出した。包みはギフト用の包装である。それを手に持ってユーディーに近づく。
「あの……ユーディーさん」
「ん? なんだい?」
ブラウスの最後のボタンをとめていたユーディーは、不思議そうにエファの包みを見た。
「これ、プレゼントです」
エファは包みをユーディーに差し出した。
「プレゼント? ボクに?」
いつの間に、用意したモノだろうか。ユーディーには見当がつかなかった。
「はい、昨日のお礼と、これからもよろしくお願いしますの意味も込めて……受け取ってもらえますか?」
少し恥ずかしそうにエファは言った。
「もちろんだよ。ありがとう」
パールピンクの包装紙に、赤いリボンが結ばれたプレゼントの包みをユーディーは笑顔で受け取った。
「開けてもいい?」
「どうぞ。気に入ってもらえると良いのですが……」
ユーディーは丁寧に包みを開く。中身はどこか見覚えのある黒いスカーフだった。ワンポイントで白い百合の花が刺繍されている。
「これ……スピンデルドルフで買っていた……」
「はい、ユーディーさんに似合うと思って、プレゼント用に包んでもらっていたんです」
そういえば、あのときエファに好きな色を聞かれたことをユーディーは思い出した。
「ありがとう。大切にするよ」
ユーディーはスカーフを首に巻いた。黒地の布は彼女の黒髪にとけ込むようで、白い刺繍はくっきりと明るく映えていた。
その後、二人は仕度を整えて部屋を出た。このままチェックアウトも済ませ、朝食は外で適当に食べるつもりであった。階段を下りてフロントまで辿り着くと、昨日の白髪の紳士が再び対応してくれた。チェックアウトを済ませると、気持ちのよい対応で扉を開けて、送り出してくれた。
エファが手提げから日傘を取り出し、開くのを待ってから、ユーディーは歩き出した。
少し歩くと、昨日襲われた場所にさしかかった。どうしても意識してしまい、二人とも身体がこわばった。
そのとき、小路の入口に一台のトラックが停まり、荷台のコンテナから何人かの男達降りて、小路に入ってきた。明らかにまともな連中ではない。ユーディーは反射的にエファの手を取り、いま来た道を引き返そうとした。しかし、振り返った道の先にも、どこから現れたのか、同じような格好の男達が立っていた。
待ち伏せ。
ユーディーは直感した。この連中は昨日の男とは違う。気配を感じさせることなく獲物を包囲することができるプロだ。しかも、数が多い。組織的に動いている。
「……まずいな」
ユーディーはおもわず呟いた。
目に見えているだけで、敵の数は九人。リボルバーの弾倉に入っている六発の弾丸だけでは倒しきれない数である。もちろん、予備の弾丸は十分に持っているし、それが無くとも一人で全員を相手にする手段をユーディーは身につけている。しかし、いまここで彼らを相手に戦闘することはできなかった。それは、エファの安全を完全に保障できないからだ。ここは、相手の出方を見るしかなかった。この状況で、すぐに発砲してこないということは、すぐさま命を奪うつもりはないということだ。打開のチャンスを待つしかない。
トラックから降りてきた男の一人が、ユーディーに向かって言った。
「我々も目立ちたくないんでね。アルビノを傷つけたくなかったら、こちらの指示に従ってもらおう」
ユーディーは両手をゆっくりと頭の後ろに回した。エファは日傘を地面に落とし、ユーディーの後ろで彼女のコートを強く握った。
「二人ともあのトラックのコンテナに乗ってもらう」
男がトラックを親指で指す。同時に他の男達が静かに自動拳銃を構えた。
「変な気は起こすなよ。我々としてもアルビノを傷つけるのは本意じゃない」
ユーディーは、エファを連れてゆっくりとコンテナへ向かった。エファの身体に害を及ぼす目的ではないようだが、口先だけで信用できる情報ではない。
男は冷徹に、いやらしく笑った。
「白のお姫様と一緒に、女騎士の同行も許してやるんだ。いい子だからおとなしくいうことを聞いてくれよ」
二人は正体のわからない男達と一緒に、トラックのコンテナの中に閉じ込められた。
ユーディーは状況と対策を頭の中で整理すると同時に、連日何故か襲われることになってしまったエファの様子を心配した。
ユーディーの心配とは裏腹に、エファは意外すぎる程落ち着いていた。
「怖くない?」
ユーディーはなるべくいつもとかわらない調子で、エファに尋ねた。
「怖いです。すごく。でも、ユーディーさんが必ず守ってくれるって、信じてますから」
エファの声は小さかったが、強い、信じる力がこもっていた。
コンテナの扉が閉じられ、薄暗いランプだけがコンテナの中を照らした。
トラックが何処ともわからない目的地へ走り出した。




