刑罰
「おい、我々の偉大なるイケメン帝国の歴史もちゃんと覚えていないとは…イケメン主義に対する侮辱とみなすぞ?」
ええ、いやいやいや何そのギャグみたいな名前の帝国?イケメン主義ってなんだよ。この人こんな冗談言う先生だったっけ?
綿太は焦っていた。いや焦るでしょ普通。
「フツメン身分以下の者がイケメン身分の者に声をかけられたら必ず返事をすること!基本的イケメン権も忘れたのか。」
綿太が黙っているの見て教師は続けざまにそう言い放ち、綿太を呆れ気味に睨んだ。
さっきから何をいってるんだ?この先生、本当におかしくなってしまったのか?破家田先生ってもっと大人しい…
あれ。
また綿太は驚いてしまった。綿太の知っている社会科教師、破家田鶴蔵は何よりもそのハゲ頭で有名な男だ。でも目の前に立っているこの男はどうだろうか。ハゲどころかロン毛に茶髪だ。おまけにちょいワル親父風のナイスミドルを気取った感じの顔立ちになっている。
「破家田せんせー、布都くんは真面目に授業を聞いていませーん。」
「お仕置きが必要だと思いまーす。」
女子生徒たちが猫なで声で言った。昨日までうっせーなハゲ破家田、と影口を叩いていたようなやつらだった。
「こらこら、おまえら、確かに今の布都の行動には問題点が多々見受けられた。けど、一方的に非難するのはよくないんじゃないか?」
にんまりと笑いながら破家田はこっちを見た。何か寛大な処置をするっぽいことを言っているぞ。これは安心していいのか?
「イケメン身分の下にあるとは言え、フツメン身分は特に大切にしなければならない身分層だからな。ここテストに出るぞー。さてさて、布都、おまえには補習としてこの場で実習をやってもらう。」
補習?実習?いったい何をするつもりだ?
「何、政経範囲の実習だよ。すごく簡単だ。坂。立て。」
そう破家田が言うと一人の冴えない男子生徒が教室の隅で立ち上がり、よろよろと前の方に歩み出てきた。
これにもまた綿太は困惑した。綿太の知っている男子高校生、坂宇摩男は一年のときからサッカー部のホープとして活躍し、甘いマスクで女子生徒からの人気も厚い男だ。つまり、イケメンだった。
何だあの冴えない男は。何だあの醜い面は。何だあの忌々しい、おどおどした自信なさげな目付きは。
全てが逆だ。正反対だ。
「さて、刑罰の実習だ。布都、坂の歯を殴って折れ。」
破家田は爽やかに笑って言った。破家田の口からはキラリと真っ白な歯が覗いていた。